戦い下手
「文献によると貴女、大量召喚系のスキルを使うそうじゃない。」
「そ…そうですが…あれは出てくるのは皆弱くて…」
エルは、やれやれと言わんばかりに、手のひらを上に向けながら首を振る。
「成る程。これはいよいよ、“咎人。偉大なりや皇帝ギズル・ケーリレンデにて処さるる”の信憑性が上がってきたわ。」
エルの小さな手が、最後の王冠をボードに置く。
「このゲームの名前は、“ゼビ盤”。勝利条件は相手の大将の駒を討ち取る事。敗北条件は…貴女のご想像通り。各プレイヤーが毎ターン駒を進めて遊ぶゲームよ。」
「………」
ティーミスは特に何の気なしに、自分陣営の王冠に指で触れる。
すると王冠の下から小さく細い蔦が、数方向に伸びる。
「どう?ボードも駒も全て私の手作り。特に駒には、私特製の初心者用魔法が掛けられているわ。」
どうにも、目の前の妖精と蔦の魔法が繋がらない。
ティーミスはそう考え、視線を僅かにリテの方へとずらす。
リテは神妙な面持ちで、ティーミスの手とティーミス側の駒を見つめていた。
「…特製の魔法、ですか…」
ティーミスは両手を広げて、自分の駒のほぼ全てを同時に触る。
「ひぃ…!」
リテの慌てる声が、ティーミスの耳に確かに届く。
王冠の下から蔦がふよふよと伸びてくるが、タイミングはバラバラで、一度伸びた後引っ込んでまた別な方に伸びるなんて言う現象も起こっていた。
「あ、えっと…同時に触ると、ちょっとした不具合が起こる事があるから、出来れば一つづつお願い…ね?」
エルが慌てた様子で言う。
ティーミスは、リテの方を見てみる。
「はぅぁ…」
リテは手を額に当てながら少しふらふらしていたが、ティーミスに見られている事に気が付くと慌てて体勢を立て直し、平常を取り繕った。
「どうかしましたか?ティーミスさん。」
「…ぷふ…」
ティーミスは吹き出しそうになるのを堪えて、再びボードに目を向けた。
「さあ、そろそろ始めましょう。先手後手は貴女が決めて良いわよ。」
エルはそう言って、指をポキポキと鳴らす。
「えっと…その…」
ティーミスはどうして良いか解らなかったので、一先ずお辞儀をする。
「よ…よろしくお願いします。」
エルはニコリと笑うと、お辞儀を返す。
「はい。よろしくお願いします。」
それから二人は、当然ながらゲームを始めた。
「それは歩兵。動けるのは前方一マス分だけよ。」
「そうですか…その割には、いつの間にこんな場所に…」
ゲームは、エルの完勝が続いた。
「ふっふっふ…そこに陣取ってる斧使いさえ倒せばこっちのものよ!」
「………」
初心者と経験者と言う立場の違いを考慮しても、ティーミスは弱かった。
沢山の初心者を見て来たはずのリテですら不自然さを覚えるほど、ティーミスは弱かった。
「えっと、そこガラ空きだけど、大丈夫?」
「あ…」
エルの大人気のなさはさておき、ティーミスは本当にゲームが下手だった。
「あれ…私、まだ傭兵駒使ってないよね…」
「………」
ティーミスは途方も無く下手だった。
それはもう、エルが“イキる”気すら失う程。
「あの、ティーミス?貴女かれこれ二時間は悩んでるわよ…?」
「………」
ティーミスはゲームが下手だった。
それも、ティーミス自身が思っている以上に。
「…か…勝った…」
「そりゃ私が歩兵のみ縛りだったからね、はぁ…ちょっと一旦辞めましょう。」
エルはそう言って、再びベッドの上に戻る。
「見ていて思ったんだけど貴女、もしかして駒を一つも失わずにゲームを進めようとしてない?」
「にぇ?…い…いえ、そんなつもりは…」
「だって殆どの対局で、私、貴女の駒を殆ど倒さずに勝てたもの。」
「………」
ティーミスは、先程までの事を振り返ってみる。
斧使いが破れて以降は斧使いは使わなくなり、歩兵が倒されて以降は歩兵を殆ど動かさなくなっていた。
そしてティーミスは、エルよりも大分後に、否、ギズルよりも遥かに後に、自分の妙な癖に気が付いた。
「このゲームで一番強い駒は、全方向に無制限に移動できる大将。でも私にとっては、大将は戦力では無いの。そりゃ、どうしようもなくなった時は流石に戦わせるけど。」
そう言ってエルは、ティーミスの目の前にある大将の駒の上に立つ。
反対側にはリテが座る。
「歩兵は最弱だけど、何も出来ない訳じゃ無い。逆に傭兵は多能ではあるけれど、歩兵ほど数は多く無い。」
エルはそう言いながら、リテと対局を始めた。
「数が多いなら、盾にすれば良い。」
リテの弓使いが剣士を狙ったが、エルの歩兵が身代わりとなってそれを防いだ。
「弱点があるのなら、別な駒で補えば良い。」
エルの長槍兵の間合いの内側に剣闘士が入り込んだが、後方に配置されていた弓使いがそれを射抜いた。
「1を0と履き違えちゃ勿体ない。少なくともギズルは、100万足す1をちゃんと100万1に出来る人間だった。多分そこが、貴女との差だったんだと思う。」
リテの大将駒を討ち取ったのは、歩兵駒だった。
「ティーミス。貴女に、私が学んで来た事の色々を教えてあげる。貴女の復讐に、私達が勝手に自分達の分を上乗せする事が条件でね。」
「…よろしくお願いします…」
〜〜〜
近隣にある拠点の殆どの物資が、セガネ王国へと運び込まれていた。
幾度と無く行われてきた決死の諜報活動により、魔法結界が女の放つ短剣に一定の効力がある事が確認された。
なので、大量の魔法資源と、それから優秀な結界術者も幾人か用意された。
防壁の門の前で将軍が、これより出陣する軍に向けてスピーチを行っていた。
「諸君!最初に警告しておくが、この戦いで貴様らは死ぬ!」
これは、この将軍のお決まりの文言だった。
「故に、貴様らの役目はただ一つ!“氷牢龍炉心”の運搬が完了するまで、奴の進行をコンマ1秒でも止める事だ!」
無数の刃物が空を切る音が、すぐそこまで迫ってくる。
「奴の主力武器は、刃の嵐と獣の如き兵法!しかし、刃は魔法防御によりある程度抑制できる事が分かっている!故に、貴様ら全員には我が同盟軍の精鋭魔術師より、《抗魔のヴェール》が与えられている!貴様らの任務は、ヴェールの持つ限り対象に接近し、対人戦法による対象の抑制!以上!」
刃の嵐が、防壁を引っ掻く音が響き始める。
どんなに強固な防壁も、削られ続ければいずれ塵と還る。
防壁の裏側には、全方向から掻き毟られたような傷が刻まれ続けている。
「以上!総員!」
将軍のそんな声と共に、壁が外側から弾ける様に崩壊する。
「作戦開始!」
将軍がそう言うと、軍隊は散りじりになる。
将軍も出撃しようとしたが、歩みだした直後に瓦礫に潰されて死んだ。
〜〜〜
“カラカラ…カラカラカラ…“
剣先の描く轍が、導火線の様だった。
ピスティナは何も無い平原を、地平線を目指して彷徨っていた。
「…ぐるるるるるる…」
遠くから、兵士の雄叫びが聞こえる。
彼方から、兵士の足音が聞こえる。
音が、臭いが、空気が、それの中にあった物を呼び覚ます。
「…くたゔぁれぇ…帝国にあだなすぅ…虫ケラどもがあああああああああ!!!」
ピスティナは、無より突如現れた軍勢に剣を向ける。
周囲でめちゃくちゃに飛んでいた短刀が一斉に静止し、その全てがピスティナの剣と同じ方角を向く。
「…とつげぇき。」
全ての短刀が、全く同じ方向に、敵の本拠地の方へと飛んで行く。
しかし、高度や高さが全く揃っていなかった。
兵士は愚か、城の上空すらも素通りする物もあった。
何人もの兵士の胸板を貫きながら直進する物もあった。
そして大部分が、魔法で防護された建物の壁に突き刺さった。
そこには明確な意思など感じられず、災害と呼ぶに相応しかった。
「……ピー……」
ピスティナの喉から空気が抜ける音がする。
先程の発声で余った分である。
目の前には、沢山の兵士が居る。
“パン!パンパン!”
ピスティナは全身に鉛玉を浴びる。
鉛玉はピスティナの服に弾かれるか、ピスティナの体に埋まったっきりか、外れるかのどれかだった。
ピスティナの体は粘土の様で、銃弾はその効力を全く示さなかった。
「…あ”?」
ピスティナの姿が、一瞬でその場から消える。
そこには地面に突き刺さった大剣だけが残った。
「な…」
「瞬間移動…!?」
ピスティナは、一番手近に居た二人の兵士の真上に居た。
頭を兵士の方へ、足は天へと向け、両手は兵士の頭を掴んだ状態だ。
「うぐっ!?」
「ぐぎゃあ!?」
“バボキリッ!”
兵士の頭が、左右対称に180°捻られる。
ピスティナはそのまま腕でジャンプをし、空中で体を回転させ、倒れる兵士達から少し離れた場所に足から着地する。
「遮蔽物も無いのにぃ白兵戦たぁ随分とぉ馬鹿にぃされたぁもぉだぬぁああああああああ!」
兵士がピスティナに飛び掛かる。
攻撃が効かないのならせめて邪魔だけでもと言う判断の下の行動である。
しかし、兵士の体重を一身に受けた瞬間ですら、ピスティナは微動だにしなかった。
それはまるで、足が地面に固定された彫像の様だった。
「…わたしぉ抱いていいのぁ…わたしよりつよいゃっだけだぁ!」
ピスティナは、自身に取り付いている兵士の頭を片手で握り粉砕した後、邪魔な肉塊を振り落とす。
ピスティナはこの一連の動作の間、4秒ほど減速した。
命を賭して時間を稼ぐ。
それが、彼らの受けた任務だった。
「祖国の為に!」
「うおおおおおおお!」
先程使い切った為、ピスティナの周囲には短刀は一本も無かった。
「ぅうぁぁ…?」
軍人ピスティナには、彼らの行動が素粒子程も理解出来なかった。
純朴な愛国心のみによって狂った人間を、ピスティナは死後になってやっと初めて見た。
“ドバシュッ!”
ピスティナの手刀が振るわれる。
兵士が胴体で真っ二つに切断される。
その切り口は、押し切られたかの様に鈍かった。
その兵士は、最期までピスティナを睨んでいた。
「ぁぁ何となぁけない…誇ぃ高き戦士が…あぉう事かアンデッドなどにぃなってしまうとぁ…」
ピスティナは兵士に対して間違った解釈をしながら、特大ブーメランなセリフを吐く。
「グール風情が…祖国への我が思い、舐めるなよ…!」
すぐ隣で、仲間の頭が手刀で真二つにされる。
それでも兵士は、ピスティナへの拘束を緩める事は無かった。
仲間が一人倒れたなら、抜けた一人を補う様に更に強く。
「ぐるるるるるる…」
ピスティナが苛立った様子で唸り声をあげる。
すると、付近に突き刺さったままだった大剣が一人でに持ち上がり、ピスティナに群がる兵士の塊を、ピスティナごと両断した。
〜〜〜
暗い地下。
6人の魔導師が、氷の塊を囲み呪文を詠唱している。
「「「46,2,94a,01,6j,105…」」」
氷は、光り輝く魔法陣の上にあった。
地下室の扉が思い切り開き、慌てた様子の軍人が部屋に駆け込んでくる。
「先生方!術式はまだ完了しないのですか!」
出入り口から一番近い場所に居た老魔導師が、苛立った様子で答える。
「何じゃ!突然入ってきたかと思えば挨拶も無しか!」
「…!すみません、ですが…」
兵士の背後から、数人分の足音が聞こえて来る。
「…此処は僕が食い止めます。この基地も既に敵襲に遭っているので、先生方はどうか、出来るだけ急いでお願いします。失礼しました!」
兵士はドアを閉める。
「…我が弟子達よ。此処にもうすぐ敵が来るらしい。その意味は、分かっておるな。」
老魔導師のその言葉を境に、魔導師達の詠唱する呪文が暗号化されていない通常のものへと変わる。
ドアが再び開かれる。
入ってきたのは、血塗れになった3体のギルティナイト。
しかしそこにはもう、魔導師も、氷塊も、何も無かった。