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チクタク

アトゥ植民区の昼下がり、掘削機の組み立ても大詰めに入っていた。

屈強な男達が木材や鉄骨などを担ぎ、泉の採掘現場となる大広場へと集結していた。

塔の様な設備が建設されていく様子を、一人の金髪の青年が感慨深そうに眺めている。


彼の名前はレドゥ。

アトゥ植民区の地下の泉に満たされている、マジックエッセンスを汲み出す為の設備の建設に、何も知らされずに派遣された帝国の兵士のうちの一人だ。


「泉の位置は特定できたか。」


レドゥは、付近で何かの記録をとっている魔道士に問いかける。


「特定も何も、このアトゥ植民区の何処を掘っても泉に辿り着きますよ!

しかも、事前調査では計測出来ないほどの深度もあります!間違い無く記録上最も巨大な魔力の泉でしょう!」


魔道士は目を輝かせながらレドゥに答える。

レドゥは魔道士にキザに笑いかけると、再び汲み出し装置の様子をぼんやりと眺める。

レドゥは、泉のあると思しき地下洞窟まで地面を掘削し、そこからパイプを通してマジックエッセンスを汲み出すと言う一連の工程の責任者だった。


(これで、貧困諸国への帝国の支援を充実させる事が出来る。…これで、また世界から飢えが減るんだ…)


魔力とはこの世界において最も重要な資源である。

世界の各地に様々な形で源泉として現れ、それらが年月を経てゆっくりと揮散し生物や物の中に宿っていき、世界に様々な魔法を齎す。

よって一次資源である源泉の確保は国を挙げて行われ、度々戦争にまで発展する。


魔力があれば収穫まで半年かかる穀物は2日で穂を垂れ、怪我や病気は瞬きの間に完治し、きちんと設備を整えれば千里の道を一歩で越える事も出来る。

そして今日その魔力を齎す、歴史上最大の魔力の泉が手に入るのだ。

帝国は更に発展し、近隣の諸国から飢えが消え、最終的には人類全体の進歩に繋がるだろう。


「リーダー!魔力補填完了しました!」


「よし!直ぐに掘削機を起動しろ!」


木と鋼で組み上げられた塔が、獣のような唸り声を上げ、塔の中心に半透明のドリルが生成され地面に突き立てられる。

此処から、人類の新たな進歩と発展が始まるのだ。


「?」


一瞬、空を赤い閃光が駆ける。

次の瞬間、帝国の進歩の象徴たる塔は、ちょうど中心から真っ二つに切断され、ゴロゴロと音を立てて崩れて行く。


(な…何だ?)


倒れ崩れる塔の前に、一人の少女が立っている。

囚人服の上下を両方とも下半身に身に付け、上半身は、胸に巻かれた黒革のベルト以外何も身に付けていない。

艶のあるレンガ色の長髪が塔の倒壊時に巻き起こった風になびいている。町の色を反射した雑脱とした茶色い瞳は、少女とは思えぬ険しい眼差しを湛えている。

その右手には、禍々しい黒炎を帯びた魔剣が握られている。


レドゥは何か物を考える前に、剣を構えその少女の前に立ちはだかる。

その少女が発する圧倒的な威圧感が、レドゥの兵士としての本能に、これは只事では無いと警告していた。


「…何者だ。」


少女は目を細め、レドゥをまるで品定めでもするかの様に見つめる。


「人に名前を聞く時は、先ずは自分から名乗るものではないのですか?」


その美しい顔立ちと整った言葉遣いは、よく躾けられた貴族令嬢のそれを連想させる。

しかしその瞳の奥では、歴戦の英雄の如き強靭な決意が宿っている。


「俺の名はレドゥ。ケーリレンデ帝国兵。第四等級のソードマンだ。」


等級と言うのは、その人物がどれだけの実力なのか、又はそのモンスターや脅威がどれだけのものかを大雑把に測る指標である。

基本的には数字が大きければ大きいほど階級も高く、四等級ともなると並の人間では10人でかかっても勝てるかどうかだ。

だが、レデゥもそれは察知していた。自分と目の前の少女に、圧倒的な格差、あるいは同じ種としての大きな断裂がある事が。


「初めまして。レデゥさん。私の名前はティーミス・エルゴ・ルミネア。この土地の所有者の一人でございます。」


ティーミスは、あくまでも所有者の一人と名乗る。

しかし、他の貴族も権利を持ってはいたが、買収されたか暗殺されたか、はたまた獄中死してしまったりで権利は消えてしまい、今やティーミスだけが正当なアトゥの所有者だった。

それでもティーミスは、アトゥの形を、制度を重んじ、あくまでも所有者の一人と名乗る。


そんな事は、レデゥは何も知らない。


「所有者?笑わせるな。此処はケーリレンデ帝国の植民地だ。ごっこ遊びなら他所でやってくれないか?」


ティーミスはその無表情をピクリとも動かさずに魔剣を下ろし、若干声を張って告げる。


「此処は私の土地ですし、この下にある泉も私の物です。勝手な事をしないで下さい。」


作業員達から若干の嘲笑が漏れるが、ある程度の戦闘経験がある者は凍りついた様に動かない。

レドゥは一歩、崩れた塔を背にしているティーミスの方に歩み出る。


「嫌だと言ったら、どうする?」


ティーミスは魔剣の切っ先をレドゥに向ける。


「示してください。道理を曲げられるだけの力が、貴方方にあると言う事を。」


この場に居る帝国兵の中での最もの強者はレドゥだが、そのレドゥ自身が悟っているのだ。

殺される、と。


「ティーミス殿。貴方は、この下の泉にどれだけの価値があると思っているのですか。

ここの泉の魔力を全て有効活用できれば、世界からは飢えと貧困が消え去り、人類は更なる発展を遂げられるのですよ。

…仮に此処が貴方の物だったとしても、今現在飢えに苦しむ人々と、それを救おうとしている帝国の意思を無下にはさせません。」


これは正義の行いだ。

レドゥはティーミスにそう訴えかけている。


「……し……」


ティーミスは少し俯き、ポツリと呟く。


「この世界の全ての人類が、平和な明日を迎える為に、帝国は更に発展しなければならない。

それが、貴女に分かりま…」


「いい加減にしろ!」


ティーミスが振るった魔剣から縦一文字(いちもんじ)の黒い斬撃が放たれる。

斬撃はレドゥの肩を掠め、そのはるか奥にあった真新しい教会を縦に真っ二つに溶断する。

ティーミスの瞳は、炎の様なオレンジ色の光。憤怒の光に燃えている。


「お前らはそうやって、御託を並べて作った大義名分を掲げるのか!

人類の発展がどうとか言って、アトゥ公国に暮らしていた人々を苦しめ反乱を仕向けたのか!

平和な明日の為に、今日を生きる人々を見殺しにするのか!」


「!」


「…ごめんなさい、少し取り乱してしまいました。

私がどんなに理解できなくとも、それが貴方達の正義なのですものね。それが、貴方達の信じる道なのですね。」


瞼を少しの間閉じ、深呼吸を一つしたティーミスの瞳が、再び澄んだトパーズアイに戻る。

ティーミスの魔剣の切っ先が、レドゥの胴当て、ケーリレンデ帝国の紋章の方へと向けられる。


「では私も、私の正義を掲げます。

…私はケーリレンデ帝国を、必ずこの手で滅ぼして見せます。そうして、ざまあみろと、高らかに笑ってやります。皇帝のお墓を叩き壊して、城をおっきなスクラップにして、帝国とそれに追従する全ての国の王に重り付きの首輪を付けて首の骨をゆっくり折って殺してやります。

それが私の正義です。どんなに歪んでいても、それが私の掲げる、誇るべき正義です。」


「…!」


狂っている。


レドゥがティーミスに抱いた印象は、その一言に尽きた。

それも、沢山の部品が壊れて使い物にならなくなった時計が、それでも何とか駆動しようともがいている様な、どこか物悲しい狂気。


「そんなの間違っている!そんなの正義では無…」


「そう思うなら、私を、私の正義を全力で否定して下さい。」


ティーミスの魔剣に、赤色の光が集結していく。


「私も、貴方達を全力で否定しますから。」


ティーミスからの殺気を感じとり、先に斬りかかったのはレドゥの方だった。剣を横に構え、ティーミスの肢体を切り裂かんと駆け出す。

レドゥはティーミスに勝とうだなどとは思っていない。ただ、時間を確保出来ればいいと思っていた。

ティーミスの魔剣とレドゥの支給品の剣がぶつかり合うが、鍔迫り合いにはならない。


「…さようなら。レドゥさん。」


溶けかけの剣の半分と、胴体から斜めに溶断されたレドゥの半分が地面に転げ落ちる。

加勢しようと立ち上がった兵士達の足が、それを見た瞬間にピタリと止まる。


狂った時計は、狂いを伝染させていくのだ。

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