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返却

スラムを歩いているだけなのに、ティーミスは子供達に囲まれていた。


「お姉ちゃん変なかっこ!ねえねえどこから来たの?」


「もう誰も行けない場所から来ました。」


「うわぁ!お腹に入れ墨がある!この人悪者だ!」


「ええ。私は悪者です。しかし、入れ墨が入っている方が全員悪者とも限りませんよ。」


「覚悟しろ悪者め!正義の騎士ルーアン様が、聖剣エクスカリバーで成敗してやる!」


大声で名乗り上げた少年を皮切りに、ティーミスは子供達から虐められ始めた。

しかし、子供達の振るう木刀も、投げつけられる石も、ティーミスに外傷を与える事は叶わなかった。

勿論そこに悪意は無かったし、ティーミスもそれを理解していたので何もしなかった。


しかしそれでも優しさと言う物は、いつだって介入してくるものである。


「こら!あなたたち!やめなさい!」


何処からともなく、ティーミス達の前に少女が現れた。

茶けたワンピース。

足首の辺りまで伸びた、茶色いウェーブ髪。

小柄な体躯。

大きな鳶色の瞳。


その容姿があまりにも愛らしかったので、ティーミスは思わずその表情を綻ばせた。


「うわ!ジディだ!」

「逃げろー!」


その少女を見た子供たちは、一目散にその場から逃げて行った。

その場には、ティーミスと、ジディと呼ばれる少女だけが残った。


「まったく…知らない人まで虐めるなんて、悪い子たち。」


ジディの年は先程までいた子供達とさほど変わらないように見える。

が、挙動や言葉遣いは彼らよりも数段大人びていた。


「ふぅ、それじゃあね。お姉ちゃ…」


別れを告げようと、ジディはティーミスの顔を見た。

瞬間、ジディは一瞬硬直し、やがてその顔に笑みを浮かべた。


「ねえお姉ちゃん。ちょっとあたしのテントまで来て欲しいな。」


「………?」


「大丈夫。変な事はしないから。」


テントの間の小道。

ジディは手招きしながらふらふらと歩き始める。


「これはサービスだよ。」


ジディは呟く。


「!」


ティーミスは走り出す。

周囲には人の気配すら無い。


ジディは角を曲がり、ティーミスの視界から外れる。

ティーミスもすぐ同じ角を曲がった。


「にゃ!?」


本来角を曲がれば、角を曲がった先の場所に辿り着く。

しかし、今回の場合は違った。


先程までは昼間の空だった筈が、天空には満点の星空が輝いている。

石畳の床には、薄く清らかな水が貼っている。

空気は僅かに冷たい。


「よぉ。」


ティーミスの正面、少し離れた所に、男が一人ティーミスに背を向け立っていた。


「お久しぶりですね。ジッドさん。」


ティーミスはそう言いながら、周囲の様子を観察する。

歪み無き水平線はどこまでも広がっており、その世界は月明かりと星明かりに淡く照らされていた。


ジッドは振り返る。


「おひさ。」


ティーミスとジッドは、12本の石柱で円形に囲われた場所に居た。


「調子はどうだ。元気か。カレシは出来たか?」


「何かご用ですか。ジッドさん。」


「…もうすぐお前の世界は破綻する。お前の手によってな。」


そう言うとジッドは、右腕を天に掲げる。

流れ星が二筋、天を駆ける。


「人為によって世界を破綻させる事が出来ると、これで証明されるんだ。スッゲー快挙なんだぜこりゃ!」


「…どう言う事ですか?破綻って何ですか?」


「法則の崩壊。摂理は死に、一寸先すら闇の中。パンドラの箱は最早力を失い、全ては混沌へと落ちる。」


「…だから、どう言う意味ですか?」


「世界が死ぬんだよ。」


人は健康に生きると、赤子から老人になる。

此処までは決まっている。


では、人が死んだ後はどうなるか。

焼かれて骨になるかもしれない。

そのままの姿で、埋葬されるかも知れない。

或いは、色々な弔われ方によって色々な姿に変わるかも知れない。

或いは、忘れ去られてしまえばもっと凄惨な運命に遭うかも知れない。

少なくとも、赤子が老人になる、並みに堅いプロセスは存在しない。


世界でも同じ事が起こる。

1+1が2で無くなるかも知れない。

ある日突然元素の重さがシャッフルされるかも知れない。

ある日突然、世界の全てが素粒子に還るかも知れない。

世界の死後は、世界は常にそう言う不安定な状態になる。


「それが世界の死だ。」


世界は、極めて限定的な環境下によってのみ壊れる。

今回の場合は、別世界の力の干渉を受け続けたことによる変質が原因である。


「…つまり私のせいで、みんな死ぬんですか?」


「は?何で?」


「世界が焼かれたり、何もかもが消えてしまったりするんでしょう?」


「お前ってそんなバカだったっけ?バカな女は痛い目見るぜ?なんなら…」


前兆など無く、エフェクトもなく、音も無く、ティーミスの目の前にジッドが現れる。

ジッドはティーミスの耳元に近付き、冷たい息と共に囁く。


「今から実演してみるか?」


「…」


「…なんてな。」


ジッドは体勢を元に戻すと、説明を続ける。


「時々こう思う事ねえか?」


ジッドは、右手にリンゴを持っていた。

何処からか取り出す事も無く、先程までは確かに何も持っておらず、しかし今は持っていた。


「重力って誰が考えたんだろう、とか。」


ジッドが手を離すと、リンゴは床に落ちた。

ピチャリと音をたてて、僅かに水飛沫が飛び散る。


「もしも重力が無かったら、人間ってどんな形に進化すんだろうな。とか。」


「…申し訳ございません。ジッドさん。貴女から見れば、きっと私はバカなんだと思います。今のお話から答えを汲み取る事が、私には出来ませんでした。」


「まあ要するにあれだ。世界から一時的に神が消える、つう認識でいいと思うぜ。」


「成る程、そうでしたか。」


ティーミスはうわべだけの返答をする。


「それで、私の前に現れた理由は何ですか。ジッドさん。先程の様子では、私の世界を気にかけている訳では無さそうですが。」


「あ?ああ、そうだったそうだった。」


ジッドはそう言うと突然、ティーミスの首に手を突っ込んだ。


「!?」


血は一滴も出ないし、切り傷程の外傷も無く、ティーミスの命が脅かされる様な事も無かった。

その挙動はまるで、ジッドが幽霊か何かの様だった。


「…っと、あったあった。」


ティーミスが驚きと困惑で固まっている間に、ジッドはティーミスの首から目的の物を取り出す。

それは、今までティーミスを何かと支えてきた異界のアーティファクト、『ルッキングパロメーターナノチップ』だった。


「…な!?」


ティーミスは一瞬、“盗まれた”と錯覚したが、直ぐに『Lpnt』が借り物だと言う事を思い出す。

そこでティーミスは、最悪ながらも最も道理に適った可能性を考える。

ジッドはティーミスのスキルを取り戻しに来た、と言う可能性を。


「あ…あああの…その…」


「この間見つけた新しい観察対象にも『Lpnt』をやろうと思ったんだけど、いかんせん値が張ってな。だから、もう必要無さそうな奴から回収して回ってんだ。…もしかして、まだ要る?」


「いえ、その…私のスキルを取り返しに来たのかと思って…」


「あ?何でそんな事するんだ?お前の中途半端にぐちゃぐちゃになったスキルなんて需要ねーっつーの。…て事で。俺の用事はこんだけだ。ねえと思うけど、お前はなんかあるか?」


「…いえ、何も。」


「そか。んじゃな。」


ジッドのそんな声がティーミスの耳に届いた瞬間、ティーミスはスラムの小道の真ん中に立っていた。

ティーミスは必死に頭を働かせてみるが、最初から此処にいた気すらもしたので、発狂する前に思考を停止させた。


「ん?お姉ちゃん、だーれ?」


ティーミスの直ぐ前に立っていたジディが、不思議そうに首を傾げながら問い掛ける。

見た目も声も全く変わっていなかったのに、ティーミスにはその目の前のジディが先程とは全くの別人の様に思えた。

否、先程ティーミスを異世界に連れ込んだ者とは本当に別人だった。


「…少し、道に迷ってしまったんです。もし宜しければ、此処で一番大きなテントの場所を教えて頂けると幸いです。」


「おっきなテント?うん!いいよ!」



〜〜〜



満点の星空の輝く、何処にでもある何処でも無い場所。

一人残ったジッドは、ティーミスのリンパ液で湿ったナノチップを感慨深そうに眺めている。


チップが抜き取られた場合は、使用者にはもうそれ以上、クエストが課せられる事は無くなる。

しかし抜き取られる以前に発生したクエストは有効で、報酬を受け取る事も出来る。

そしてジッドは、ティーミスから抜き取る直前に、手動でクエストを発生させた。

チップが抜き取られれば、もうシステムウィンドウが目の前に現れる事は無くなる。

それでもジッドは、この最後のクエストをティーミスが勝手に達成するだろうと踏んでいた。


「さあ、次は何処に行こうかな。幻影の鳥と共に有る幼女か、拳で戦う幽霊か、刀使いのジャパニーズビューティーも良いなぁ。…っし、決めた。」


ジッドの目の前に、空間が割れて出来た扉が出現する。


「不幸が日常になっちまったロリ娘にしよう。」


それ以来、ジッドがティーミスの世界に現れる事はもう無かった。

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