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亡霊

「此処だ。信号が途絶えたのは、この辺りだ。」


黒い風の吹く平原。

宇宙服のような防護服を着た二人の男が、灰を被った草原を踏みしめながら進んでいる。


「確か、こっちが緊急信号を発信したかと思えば、戦車隊の信号が5分足らずで全部消えちゃったんだっけ?」


「ああ。別働隊の信号は問題無く受信できたし、機器テストも全く問題無かった。本部の機材トラブルでないことは確かだ。」


「おおこわ。都市伝説に立ち会ってる気分だぜ。」


「現実的に考えて敵のジャミング攻撃と考えるのが妥当だ。250台全部がそっくりそのまま消える訳が無いしな。」


「…あの…」


「ん?どうした?」


一人の男が、黒い風のヴェールの向こうを指指す。

その指の先には、黒い灰に隠れた岩の様な物があった。


「ただの岩…じゃ、無いよな。」


もう一人の男が、その岩の様な物へと歩み出す。

不意に風が弱まり、黒一色だった大地に僅かに日が差す。


平原一杯に、スクラップが散乱していた。

そのスクラップは、かつては戦車として大地を這っていた物だった。


「…一体…何があったら…こんな…」


片方の男は、四分の一になった戦車を指さしたまま固まっている。

もう片方は、その瓦礫の原に歩み出していった。


沢山の死体があったが、既に灰で覆われて外からは見えなくなっている。

その平原は、壊れた戦車のオブジェクトに彩られている。

中には、ほぼ無傷のまま、隊列を組んだまま死んでいる戦車もあった。


“サシュ”


「!」


砂の塊を踏んだ様な感触を感じ、男は慌てて自らの足元を見る。

男は、人の形をした灰の塊を踏み崩していた。


「…もう分解されているのか…」


灰に覆われた亡骸は、やがて分解され灰そのものへと変わる。

そうして増えた毒性の灰はまた生き物を殺し、その亡骸をまた灰に変えるのである。


「おい、いつまでたじろいているんだ。とっととこの事を本部に」


振り返った男が見たのは、一寸も離れていない距離にある女の顔だった。


“バキリッ!”


女の右足が、唐突に180°程持ち上がる。

生物離れした威力の蹴りを顎に食らった男は、首の骨が折れて絶命しながら天高くに飛ばされる。


「……グル…」


女の背後では、全身に短刀が刺さって死んでいる男が転がっている。

ドサリと音をたてて、女の目の前に先ほど吹っ飛ばされた男が落ちてくる。

女の腰には、後ろで死んでいる男の持っていた無線機がぶら下がっている。

その無線機は電源も入っていないのにチキチキと音を鳴らしながら、何かを探しているかのようにチャンネルを切り替え続けている。


"ピシッ…"


不意にチャンネルが固定される。


「…あ"?」


女は空を見上げる。

灰で覆われ壊れた空には何も無い。

ただ、女の腰の無線機からは、至極劣悪な音質でセガネの国歌を逆再生した物が流れていた。


「…あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」


女の目の前に、大きなツノが特徴的な魔獣が現れる。

女がその魔獣の上に立つと、魔獣は突然音速と同程度まで加速しその場を離れていった。


魔獣の名はナンディンと言い、女の名前はピスティナと言った。



〜〜〜



「まさかお主じゃったとは…いや、やはりお主じゃったとは。…ふむ、実に奇妙じゃ。この状況を形容できる言葉が思いつかぬ。」


龍の瞳の前で、ミズキはそう言いながら頭をポリポリと掻く。

無線機から、再びティーミスの声が聞こえる。


『ごめんなさい。私も思いつきません。』


龍は、視線はミズキに向けたまま街を侵攻し続けている。


「で、何処に行くつもりじゃ?この街には逃げ場所など無い故、うぬが此処でウロウロするだけでこの街の住人は皆々死んでいくぞ。」


『欲しいものがあるんです。翼を治すための瓦礫と、それから…』


龍の視線が、件の巨大砲に向く。

砲身は、もう力は使い果たしたと言わんばかりに重くうな垂れる様に下を向いていた。


「はあ…よいか?ケダマはな、町中から根こそぎエネルギーを収束させ、そのエネルギーを制御し増幅する機構諸々があって初めて成立する物なのじゃ。あれはただの砲身、1パーツに過ぎぬ。あれだけを奪いとっても…」


『ええ。分かっています。でも欲しいんです。』


やろうと思えば、否、今さっきも、ケダマを超える出力の光線攻撃を、ブレスと言う形でティーミスは放っていた。

今ティーミスが欲しているのは、力では無い。

力ならば、もう持ちきれない程持っている。


『私は、トロフィーが欲しいんです。私の力を証明し、象徴する物が欲しいのです。』


「なんじゃ。そんな事か。じゃったら確かに、ケダマの砲身はうってつけじゃな。」


龍の装甲の間から、針金が無数に伸びている。

針金は周囲の瓦礫を巻き取ると引っ込んで行き、瓦礫が龍に吸収されると再び伸びる、と言ったプロセスを繰り返していた。

翼の代わりを務めていたリテの船はいつのまにか龍から離れている。

代わりにそこには、ほぼ完璧な状態にまで再生した翼の骨格があった。

砲身を奪い取る頃には、翼は完全に再生するだろう。


「で、そんな大それた飾りを付けて何処に行くつもりなのじゃ?」


『残りの三つの陣営に挑みに行きます。』


「でその後は?うぬは世界を壊した後、どうするつもりなのじゃ?まさか田舎に篭って静かに暮らすとかは言わんよな?」


『…すみません、その後の事は考えていません。ですが、全ての陣営に勝利した後の私にはきっと、もう未練は残っていないと思います。』


龍は、亜人解放軍本部の前まで辿り着く。

龍の背中から二本の太く大きな鉄筋が、砲身に向けて伸びていく。


「っぷ…台詞が最早亡霊のそれじゃぞ。」


『ええ…きっと私は亡霊なんだと思います。…この世界で目覚めた日から…いえ、初めから…』


「で、目的を果たしたらめでたく成仏とな?はっはっは!物事そんなに甘くも無いと思うぞ!」


『ご心配なさらずに。自分まで殺める様な事はしませんよ。それは私の…そう、ポリシーに反します。』


「なーんじゃ。もしうぬ程の大罪を背負った魂が自殺しようものなら、即刻ぬらりひょん様に見つかって妖怪堕ちさせられるのにのぉ。残念じゃ。」


巨大な金属がねじ切れる音を立てながら、大砲が基地から取り外される。

大砲は、龍の背中まで運ばれる。

龍の背から無数の短く赤い触手が伸びてくる。

触手は大砲の向きや位置を調節しながら、龍の身体と一体化させていった。


『…貴女は、この世界が終わった後はどうするのですか?』


「聞いてどうする。」


『お困りであれば、助けようかと…』


「ふ…はっはっは!妾は不死身の大妖怪ぞ!うぬの心配なんぞ要らぬわ!」


『そうですか。それは良かったです。…この立場でこんな事を言うのは、至極不適切な気もしますが。』


瓦礫すらも奪われ殆ど更地になった、かつての亜人解放軍本陣。

龍はその地の中心付近まで移動すると、元どおりになった翼を広げる。


『…では、またいつか。』


「ふ…どうせ直ぐに出くわすじゃろ。さっきみたにな。」


龍が一回翼をはためかせると、周囲に漂う灰が一気に吹き飛ばされる。

当然、ミズキも一緒に。


(…はぁ…そろそろ限界かも…静かな場所を見つけたら、一度休憩しよう…)


龍は翼をしきりに動かし、その体を浮上させる。

この地の地下にはまだ解放軍陣営の住人達が沢山居たが、ティーミスは彼らを放っておいた。

無害な者に手をあげる理由も無いし、仮に有害だとしてもその時はその時で対処できる自信があったからだ。


『ティーミスさん。聞こえますか?』


『どうも…リテさん。さっきはありがとうございました。』


『いえいえ。召喚獣として、主人のサポートは当然でございます。それより、次はどちらへ向かいましょうか。最寄りですと、ニルヴァネ合衆国かセガネ大連盟の本拠地になりますが。』


『…目的地はセガネが良いです。しかし、そろそろ少し休憩がしたいです。』


『かしこまりました。では一度、焦げ地へと戻りましょう。丁度合わせたい方も居ますし。』

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