灰空を背負う龍
空は、灰に水を混ぜて作った泥の様な濃い灰色をしている。
黒い風を切りながら、灰色の空の向こうから途轍もなく巨大なドラゴンが飛来してくる。
向かう先は、亜人解放軍本拠地。
“ドン!ドンドン!”
亜人の城を囲う様に聳え立つ山々に置かれた大砲が、一斉に放たれる。
遠隔通信が使えない為、その砲撃にはとりとめが無く、その攻撃はただ撃っているだけ、と言う印象を強く受ける物だった。
“ドオオォォォォ…”
着弾地点が爆発する。
大気中の灰が混じり、爆発すらも鈍く醜く霞んだ。
“ガアアアアアアアアアアア!!!”
ドラゴンは咆哮をあげる。
ドラゴンの身体中に搭載された、大小様々な無数の迎撃設備が、その砲身を、ドラゴンを包囲する山々に向ける。
“ドン!”
“ダダダダダダダダダ…”
“キイイィィィ…ドオオオオオオオン!”
レーザー、実弾、様々な物が放たれる。
形大きさ様々あれど、果たす役割は皆同じだった。
山々が倒れていく。
又は、吹き飛んでいく。
又は、融解していく。
山を越え、山を越え、また山を越え、龍の双眼は亜人解放軍本拠地を捉える。
岩山の頂点に聳え立つ古城を中心とした、かつての古都を改造して作られた要塞都市。
都を囲う壁の上には、街を守護する為の城塞兵器の数々が並んでいる。
そんな兵器達が、数十年振りに重たい砲身を動かし、灰空を背負う龍に狙いを定める。
“ドン!ドン!ドン!”
火薬の爆ぜる音が響く。
砲弾は龍に直撃し、そこで同じ質量のニトログリセリンにも引けを取らない大爆発を起こす。
元々の装甲や艦装はある程度のダメージを受けたが、後から生えてきた龍の部分には傷一つ付かなかった。
艦装の欠けた部分からは赤黒色の半液が湧き出し、すぐ様そこに新たな武器や装甲を形作る。
元のものよりも数段頑丈で、高性能な物を。
“ゴオオオオオォォォォ…”
龍が口を開く。
その口内からは、禍々しい赤黒色の光が漏れ出ている。
内臓を揺さぶる様な低音も響く。
“ドオオオオオオオオオオオオオ…”
龍がその口から、極太の赤黒色の光線を放つ。
街は、街全体を覆うドーム状の結界により守られたが、その結界も直ぐに、直撃した部分から解ける様に壊れ始める。
結界に小さな穴が空き、そこから漏れ出た細い光線が建物の一つに直撃する。
着弾地点一帯をえぐる程の大爆発が発生した。
光線は、次から次へと街を襲う。
結界が完全に破られていないにもかかわらず、街は凄惨な状態になっていた。
古城の背後から、細く長い大砲がせり出してくる。
最大まで伸びきった大砲は倒れ、古城の屋根を台にして龍に砲頭を向ける。
ブレスを吐き尽くした龍は、燃え盛る街を睥睨しながら結界のすぐ前まで移動する。
魔法を防ぐ結界は物理に弱い。その逆も然り。
故に龍は、結界にその爪を突き立て、牙を突き立て、食い破る事を試み始めた。
直ぐに、結界に龍の牙が食い込み始める。
古城の上の大砲の砲口の前に、四重ほど魔法陣が展開される。
砲口に、光が集まっていく。
“バシュウウウウウウウ!!!”
古城の大砲から、一筋の光線が放たれる。
光線は魔法陣を通過する毎に太くなっていき、4枚目の魔法陣から出る時には、巨大航空戦艦と同じ大きさの龍の体を、すっぽりと包み込める程太くなっていた。
“ガアアアアアア!ガア…ガアアアアアア!”
光が龍を包む。
機械音の混じった様な龍の悲鳴が、山々にこだまする。
その音量は、街のガラスと言うガラスが全て粉砕してしまう程だった。
光線は、要塞が使う事の出来る全ての魔力と電力を使い切るまで続いた。
5分と、12秒である。
“シュウウウウウ…ジジ…ジジジ…”
僅かな光の余韻を残して、光線は消える。
黒焦げになった龍から、瓦礫と共に右翼が抜け落ち、翼は果て無き谷へと落ちていった。
そして次に、翼の後を追う様に龍もまた、山の上の要塞に届かず、そのまま深き谷底へと落ちていった。
少しして、何処からか小型の民間飛行艦が現れ、龍の落ちていった方に降りていった。
〜〜〜
天井がある訳でも無いのに夜の様に暗い谷底。
間に間を流れる黒い川を塞きとめる様な具合で、龍は気を失い倒れていた。
既に艦装は完璧に再生し、翼の抜け落ちた箇所も再生が始まっている。
が、龍そのものが意識を取り戻す気配は無かった。
“シュウウゥゥ…”
龍の傍に、小さな船が着陸する。
着陸後直ぐに、船の屋根を突き破ってリテが現れる。
リテは直ぐに、龍の耳元まで駆け寄った。
「ティーミスさん。てぃ、い、み、す、さん!」
リテは、半ば怒鳴る様にその名前を呼ぶ。
龍の目が、ゆっくりと開く。
“ジジジ…”
リテの首元の無線機が、ノイズを吐く。
『どうして分かったんですか?』
リテの無線機から、ティーミスの声が発せられる。
「龍の一挙一動に、確かに、破壊への躊躇いがありました。そこが貴女っぽいなと思っただけです。」
龍の瞳が、再び重たげに閉じる。
『…私が操縦しているだけかも知れませんよ?』
「貴女は、空飛ぶ船の操縦の仕方を知らないでしょう?」
『………』
リテは、“ティーミス”の巨大な頭を撫でる。
「貴女が食らったのは、亜人解放軍最強の城塞兵器、“ケダマ”です。街の持てる全ての魔力と電力を使って放つ、文字通りの、彼らの最後の切り札です。」
『ええ…残念ながら、私はそれに敗れてしまいました。今のままでは、もう…』
「…ようやく判りましたよ。貴女の弱点の正体が。まあ、恐らくは貴女の育った環境が原因だと思われるので、仕方ないとは思いますが。」
『…にぇ?』
「ティーミスさん。恐らく、今飛び立てば勝てると思いますよ。」
『…でも、あんな物があるのでは…』
「言ったでしょう。あれは、街の全エネルギーを集約して放つ大技です。撃とうと思えばいつでもポンポン打てる代物では無いのですよ。」
『…どう言う事ですか?』
「ティーミスさん。この世界のエネルギーと言うのは、有限なのですよ。貴女とは違って。」
『………』
龍は、ゆっくりと立ち上がる。
龍が一挙一動を起こす度、周囲には暴風が吹き荒れた。
リテはその風を利用して、自身の船までジャンプで移動した。
「異なる理に従っている貴女がこの世界の法則を忘れてしまうのは、仕方の無い事だとは思います。裏を返せば、貴女が相手を正しく理解し、正しく対処できる様になれば、貴女は限りなく無敵に近い存在になれると思いますよ。」
リテはせっかく塞がった船の天井に再び穴を開ける。
「私が貴女の片翼となります。もう一度、飛び立ちましょう。ティーミスさん。」
リテは、開けた穴から直接操縦席に入る。
穴は直ぐに塞がった。
龍は片翼を広げる。
リテの船は浮上し、龍の右翼のあった場所まで移動する。
船はその下部から四本ほどの蔦を伸ばす。
蔦は、翼として再生する予定の龍の突起物に巻き付き、龍に船を固定した。
「もう一度飛びましょう。ティーミスさん。今度は私もついていますから。」
リテは、船の無線機に向けて話す。
その無線機は、チャンネルが繋がっておらず、電源すらも入っていなかった。
『誰かと一緒って、良いものですね。寂しくないって、素敵な事ですね。』
それでも無線は、ティーミスと繋がった。
龍はその片翼を羽ばたかせる。
リテの船のエンジンが点火する。
翼とエンジンの力で、龍は再び、その巨体を浮上させた。
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「たった一体だ…たった一体の化け物の為に、我々は"ケダマ"を吐いたのだぞ!」
パニックに支配された解放軍の基地内。
マイクは廊下を早足で歩きながら、通信機に怒鳴っていた。
ケダマは本来、敵の"軍勢"を一撃で焼き払う為の武器。
今回の件は、用途違いも甚だしかった。
「そもそもあれは何なのだ!どうして絶滅した筈のドラゴンが、我らが第三番艦を着てやってきたのだ!」
『誠に申し訳ございません…現状ではあまりにも情報不足で、あのドラゴンの種類すらも特定できていません…』
「構造物を纏いその力を行使するドラゴンなどそう多くは無い筈だ!古書でもなんでも引っ張り出して、急いで調べ出せ!」
襲撃してきたドラゴンに知性はあるのか。
群れで行動する物か、それとも単独行動なのか。
船のジャミングを使えば通信妨害や観測避けは可能としても、問題はどこから現れたのか。
『はい、現在急ピッチでやっておりま…』
通信相手の言葉が、不自然な途切れ方をする。
「どうした。おい、どうした!」
『嘘だ…最高出力のケダマが直撃した筈なのに…』
「おい、何言って…」
廊下の割れた窓から、マイクは外の様子を伺う。
片翼が飛行機に置き換わった竜が、ゆっくりと谷底から浮上してきている最中だった。
確かにその武装はボロボロ(少なくとも彼らの目にはそう見える)だったが、致命傷になる様な傷は見当たらなかった。
灰の混じった黒い風が、割れた窓から吹き付けていた。
灰空を背負い、谷底よりゆっくり浮上していく龍の姿を、彼らはただ、灰にせき込みながら、ぼんやりと見ている事しか出来なかった。