鹵獲
戦艦の中。
最も丈夫で最も高い場所にあり、最も安全な部屋にて。
「…ふ。ご苦労だったシーバス。被害状況の報告を…」
回転椅子の駆動を使い振り返るキャプテン。
しかし、そこには自身の側近たる白髪の老エルフは居なかった。
「失礼。客人の方が来たのか。」
キャプテンの視線の先では、傷一つ無いティーミスが高い天井を物珍しそうに見上げている。
「この船は、幾らで売っていただけますか?」
「折角3将を出し抜くことが出来たのに。その拾った命を脱出では無く、私にトンチキな要求を吐くことに使うとはな。
「私の命です。好きに使います。」
「…この部屋の出入口は二つ。一つはその壁の扉。もう一つは、私だけが知っている脱出通路。秘密通路を使えば、監視の目に引っかかる事無く脱出ポットで逃げ延びることが出来る。」
「そうですか。では、私は追いませんのでお逃げください。"森"も、戦う意思の無い者を悪いようにはしないでしょう。」
「要求に応えればお前に秘密通路を使わせてやると言おうとしたのだが、気が変わった。」
キャプテンは、机の裏から無線機を取り出す。
「現在索敵活動中の全将軍級乗組員に告ぐ。至急、最高執務室へ。繰り返す。敵はこの最高執務室に有り。武装し、最高執務室へ。」
キャプテンは管内通信を終えると再び、落ち着いた様子で無線機を元の位置に戻す。
「通信中に私を殺さなかったのは賢明な判断だったと言えよう。もし私が死ねば、本国に自動的に通知が入る仕組みになっているのだからな。」
卓上からコーヒーメーカーがせり出してくる。
キャプテンは、それが全自動で淹れた熱々のコーヒーを飲み始める。
「さて、彼らが到着するまで、ゆっくり話でもしようではないか。」
床にあった小さなハッチが開き、客人用の椅子がせり出してくる。
キャプテンに勧められたので、ティーミスはその椅子に座る。
一見すればプラスチック製の簡素な椅子に見えたが、表面はシリコンの様に柔らかく、使用者の体系に完璧にフィットする構造となっていた。
が、それでも、小さくて軽くて華奢なティーミスには、その椅子は少し大きすぎた。
「さて先ずは、どうやって将軍達の目を逃れたのかを知りたい。私の機嫌を取ることが出来れば、もしかすれば脱出通路をお前に貸してやるかもしれないぞ。」
キャプテンはコーヒーを一口啜る。
ティーミスは、こくりと首を傾げる。
「私はこの船に乗り込んでから沢山の方々と出会いましたが、その、将軍とは誰の事ですか?」
「はっはっは。幼子に階級制度は少し難しかったかな。ではそうだな、大きな斧を持ったオーガと、超軽量合金製のレイピアを持ったリザードマン。そして、銃使いのカマキリ型アーケロンビートル。どうやって彼らの目を誤魔化し、此処まで辿り着いたのだ?」
ティーミスは傾げていた首を戻し、ああ、と言わんばかりに頷く。
「敵から隠れるなんて言う、そんな器用な事私には出来ませんよ。」
「ははは。ユーモアに富んだ面白い答えだ。ただ、答えをはぐらかし過ぎると、かえって質問者を苛立たせることも理解して欲しい。」
「…だから…」
天井から、斧とレイピアと銃が降ってくる。
レイピア以外は破壊されており、生物由来の汚れに塗れている。
"ドンッ!キイイィィィン…ガシャン!"
三つの武器は床に落ちる。
「隠れてませんって。」
「…は?」
天井から、死体が落ちてくる。
一つや二つでは無い。
雨の様に、沢山。
全て乗組員の物である。
「誰からも、隠れていませんよ。」
ティーミスは、虚空から汚れた無線機を取り出し、そこに向かって話し掛ける。
『言いましたよね。私は沢山の方々に会いましたと。』
キャプテンの元に、側近であるシーバスからそんな報告が入る。
その声はティーミスの声で、無線機に話すティーミスの声と全く同期していた。
「…何人だ…何人で此処に来た!」
「一人です。」
「嘘を吐くな!私は知っているぞ、集団行動こそが人間の最も原始的な戦法だとな!」
「疑うのは勝手です。で、どうしますか?逃げますか?戦いますか?」
「………」
かちりと音がする。
スピーカーがすべて壊されていたので音はならなかったが、部屋全体が赤い警告灯で照らされる。
「この船は五分後に自爆する。自動操縦も解除した。例え叶わなくとも、私は最後まで戦い続ける。生きとし生ける亜人達の為に!」
キャプテンは立ち上がり、腰に帯びていた長剣を抜く。
彼自身も、将軍級兵士と同等の戦闘能力を持っていた。
「…そうですか。では。」
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対象を削除しますか?
クラス 船長
《はい》《いいえ》
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「さようなら。」
キャプテンはありとあらゆる生命活動を一瞬で停止させ、そのまま倒れる。
本来ならば死後も暫くは活動を続ける筈の体内細菌の一匹も残らず、全て。
この船の中では、ティーミスこそが神だった。
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許可されていない発信元から以下の操作を検出し、現在は一時待機状態です。
許可、又は却下を選択してください。
・自爆モードへの移行 許可 却下
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「…だめです。まだ使います。」
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操作は却下されました
現在の状態
(あなたを除く)船内乗員 0人
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ティーミスはこの船の全ての者を殺すか、追い出した。
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【超大型航空戦艦】をアップグレードしますか?
《はい》《いいえ》
警告
支払われる経験値が、所有余剰経験値を超えています。強化を実行した場合、一時的にあなたは大幅に弱体化します。
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「…良いでしょう。」
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642,772,395,900expを消費しました。
あなたは325,775,683,923expの負債を受けました。
弱体化レベルは5(最大)
あなたは以下のデバフを受けました。
【戦闘不能】
あなたはダメージを与える事ができません。
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「…うっぷ…?」
突如ティーミスは、猛烈な眩暈と吐き気に襲われそのまま気を失ってしまった。
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「これは絶景ですね…」
リテは空を見上げて呟く。
“ゴ…バキバキバキ…”
鋼鉄の装甲の間から、巨大な黒い翼が生えてくる。瓦礫を撒き散らしながら、機械を突き破って、まるで今まで戦艦の中に閉じ込められていたかの様に、巨大な龍の物の様な黒い手足が生えてくる。
“ゴオオオオオオオオ!!!”
龍の形をした戦艦と言えばそう見える。
戦艦を装備した龍と言われればそう見える。
それが何なのかなど、最早些末な事だった。
「…龍。ですか。懐かしいですね。」
それはかつて天を統べていたので、空に航路を開くために狩りつくされた。
それはかつて海を護っていたので、海を手に入れる為に殺されつくした。
それはかつて大地を治めていたので、大地を治めるべく人類は、それを滅した。
そうしてその種族は、この世界から消え去った。
人類にとって、文明の進化にとって、疎ましかったという理由で。
「文明への叛逆の象徴としては、最高のチョイスですね。」
“ガアアアアアアアアアア!!!”
機械の龍はそのまま、龍になる前に設定された航路をゆっくりと進む。
亜人解放軍の本拠地へと向けて、一直線に。
「…おっと。このままではおいて行かれてしまいますね。」
リテは、自身の船の元へと急いで駆け出して行った。
焦げ地には、小さな森が出来ていた。
そこに生えている木々の幹には、軍服や光線銃が埋め込まれていた。
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巨大な窓と、垂れさがる赤いカーテン。大理石の柱。最高級のエルフウッド製の机。天井一面には、発光性の魔石で描かれた巨大なステンドグラスアートがあり、その光が部屋を照らす最大の光源となっていた。
「…嫌な空じゃ。」
男が一人、窓から見える灰色の空を眺めている。
短い白髪。白いひげ。薄緑色の肌。
このアークエルフの男こそ、亜人解放軍の最高指導者、ゲコゥ・マイクである。
マイクの言葉を知ってか知らずが、基地全体をけたたましい警報音が駆け巡る。
敵影を知らせる警報である。
「ん?」
警報には一寸も動じなかったマイクだが、灰色の空の向こうからやって来るそれを見た瞬間、数歩後退した。
「ドラゴン…じゃと?」
すぐさま、本拠地防衛用の大砲が、灰色のヴェールで覆われた機械のドラゴンに狙いを定める。
この基地は、かつてエルフにとって最も神聖な場所とされてきた神殿だった。
ピラミッドの様な構造のその神殿の形状は、武装を施すのに非常に好都合だった。
“ガガガ…ジジジジ…”
「?」
マイクの机の上に置いてあった無線機が、信号を受信しノイズを発し始める。
『三番艦。帰港しました。』
無線機からは、若い男の声でそんな台詞が発せられた。
その声は、マイクの知らない男の声だった。
『三番艦。帰港しました』
次は野太い声で。
この声ならばマイクも知っていた。
三番艦に配属された将軍級戦闘員、ドグの声だった。
『三番艦。帰港しました『三番艦。帰港しま『三番艦。帰港しまし『三番艦。帰『三『三番艦。帰港し『三番艦。帰港しまし『三番『三番『三番』ました』帰港しました』三』ました『帰港』『三番艦
無数の声が、全く同じ抑揚で全く同じ台詞を吐いている。
まるで、どの声がこの台詞の持ち主なのかを調べているかの様に。
「なんじゃ、一体何が起こっておる。」
“三番艦”との通信を切り、顔面蒼白のマイクは頭を抱えながら通信のチャンネルを切り替えようとする。
『出港します。出港します。出港します出港します出港します出港出港出港』
いくらチャンネルを変えても、聞こえてくるのは壊れた通信ばかり。
『潰れた呪詛から流れ出る赤い怨嗟を舐め取り少女は言っ『三番艦。帰港しました。』
通信機の電源を切っても通信が収まらなかったので、マイクは拳で通信機を破壊した。
「…やはり、真っ先に通信系を駄目にされたか…」
戦術としては、至って普通の手である。
しかしながら、今まで戦術のせの字も使ってこなかったティーミスにしては随分な進歩だった。




