カトプレパスの夢
まだ日の沈まぬ午後。
船は、黒色の大地に着陸した。
ティーミスは、この場所に見覚えがあった。
「あの…船、大丈夫なんですか?殆ど切り離されちゃいましたけど…」
「半日もすれば元どおりに再生しますので問題ないですよ。…ただ、着替えを取っておけば良かったと後悔もしています。」
リテの右手に、蔦が巻きついていく。
リテの右腕を包み込んだ蔦はやがて棘が生え始め、棘は一箇所に集まり刃の様な状態になる。
リテはその草の刃を使い、操縦席の壁を切り裂き出口を作った。
「よっと…ティーミスさんもこちらにどうぞ。大丈夫です、この近くには誰も居ませんので。」
「………」
ティーミスは裸足にもこもこ部屋着のまま、切り裂かれた壁から外に出る。
硬く黒い地面は冷やっこく、足の裏が冷やされる感覚がティーミスには少し気持ち良かった。
ティーミスは船の方を見るる。
先程ティーミスが出てきた穴は既に結着を始め、分離した時に出来た断面からは銀色のワイヤーの様な物が伸び始めていた。
「ティーミスさんは、“船虫”と言うバクテリアをご存知ですか?船や車といった大きな乗り物に寄生する生き物で、宿主になっていると機体が損傷すると自ら修復を行うと言う、亜人軍が開発した人工細菌です。」
「…中にあった物はどうなったんですか?例えば家具とか、シュレアさんとか…」
「切り離しを行う直前に、自動的に専用の亜空間に収納される仕組みになっています。その中の物は、それがあった部屋が再生すると勝手に元の場所に戻るんですよ。」
リテが指を鳴らすと、大きなキノコが一つ、黒い大地にへばりつく様に生える。
リテはその中の一つに座ると自身の傍に小さな果樹を生やし、そこから実った果実をもいで食み始める。
日光さえあれば、リテもその周囲の者も、誰も餓える事は無かった。
「…やっぱり、これは摂食だけでは体力は戻らなそうですね…」
リテは果物のヘタを放り投げる。
「ティーミスさん。先程は聞きそびれてしまいましたが、寝る前に確認させてください。」
「…何ですか?」
リテは一つ、深呼吸をする。
「私達は貴女に、この世界を壊して欲しいのです。争いに明け暮れる文明達を断罪し、後世に生きる全ての存在すらも咎め戒める、女神となって欲しいのです。この世の摂理を超えた力を持つ、貴女にしか頼めない事です。
…しかし、もしそんな事になれば、当然貴女の名前は、貴女と言う存在は、世界が黄昏を迎えるその日まで残り続ける事になるかもしれません。恐ろしき悪か、もしかすればそれ以上の何かになるかもしれません。後世の絵巻に、恐るべき異形として描かれるかもしれません。強制などでは無く、…決めるのは貴女です。
今すぐ答えを出さなくて結構ですので
…では私は、少し休ませて頂きますね。おやすみな…」
「…喜んで、引き受けましょう…」
ティーミスは確信した。
そこに、泣きながら歩んだ悪の道の終点があると言う事を。
そこに、重ねた屍が全て意味を持つ瞬間があると言う事を。
「…ありがとう…ございます…ティーミスさん…ふわぁ…おやすみなさい…起きたら合図を送りますね…」
リテの体が座っているキノコごと、とうもろこしを包んでいる様な葉に覆われる。
ティーミスは好奇心に導かれ、その一見すれば髭のない巨大とうもろこしに見える物体の前まで行き、葉を少しずらし中の様子を伺ってみる。
不思議な事は特に無かったが、ティーミスはリテの寝顔を見る事が出来た。
(…本当に美人さんですね…)
ティーミスは葉を元に戻すと、いつでも此処に戻ってこれる様にコインを一枚その場に残し、焦げ地の散策を始めた。
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「今日のご飯はなぁに?リテ。」
キエラは演目を終えると、いつもリテにそう声を掛けた。
その習慣は15年程続いた。
15年はキエラにとっては人生の6分の1に当たったが、リテにとっては一時のマイブームほどの長さだった。
そのマイブームが終わる頃には、キエラは踊り子を辞めて大人になっていた。
キエラ曰く、ある程度売れてる状態で引退した方がかっこいい、との事だった。
リテは喜んで賛同した。
「これからどうしよっか。リテ。冒険者にでもなろうかしら。それとも、田舎に引っ越してのどかに暮らそうかしら。」
「貴女と一緒ならば、どんな日々でも幸せな日々になりますよ。」
「ふふ、同感。」
劇団を辞めたキエラは、巡業中に最も気に入っていた大きくも小さくもない街に引っ越し、そこで小さな保育園を始めた。
その街には子供を預けられる施設が無かったので、大変喜ばれた。
キエラ自身はそこまで大きくするつもりはなかったが、いつしかそこに孤児や訳あり両親の子供などもやって来る様になった。
キエラはそこで、リテとは別の、もう一人のパートナーと出会った。
彼は教師で、リテのファンだった男だった。
キエラは彼と五年程共に過ごしたが、生涯を共に過ごす願いは叶わなかった。
空に陳腐な戦闘機が飛ぶようになった頃、彼はキエラとその中の娘を残し、軍によって戦場へと連れていかれてしまい、帰って来る事は無かった。
キエラの齢が40を過ぎる頃、いつしかそこは孤児院になっていた。
行商人の通っていた道はいつしか兵隊の行進で埋め尽くされた。
安全な遠い国に娘と孫と子供たちを逃がし、リテとまた二人だけになった頃、キエラは60歳になっていた。
「貴女は良いわねぇ…出会った頃から、少しも変わっていなくって…」
その頃から、空は少しずつ灰色になっていった。
その頃からキエラは、ただぼうっと空を見つめている事が多くなった。
「時々思うのよ。もしこの世界をティーミスが見たら、一体どう思うんだろうって。
…彼女はただ、ほんの少し時代を先取りしちゃっただけかもしれないって、そう思うようになったんだ。
あの子は生きるために理不尽を振るったけど、今ではどの国も同じことをしている。
みんながみんな己の持っている理不尽を磨いて、生きるためにそれを押し付けあっている。」
「…でもまだ誰も、理不尽になり切れていない。そうですよね。」
だからより多くの兵を集める。
だからより沢山の武器を造る。
だからまだ、誰も勝っていない。
キエラの住む町からは、人がどんどん消えていった。
齢88の頃、キエラはさらに年を取り、寝たきりになった。
リテは変わらず美しい姿を保っていたが、キエラは目が見えなくなり耳も聞こえなくなった。
有害な火薬の灰と、爆発音のせいだった。
「……リテ……」
「何ですか?」
「………」
キエラの終の住処は、空襲と経年劣化で廃墟同然になった、かつての保育所だった。
リテの能力だけでは、もうキエラを遠くへ連れ出してやることも出来ない。
それに皮肉にも、死にかけたこの町は軍からの注目度を失い、比較的平和な場所となっていた。
「…焦げ臭いわ、リテ…きっとあの子が戻ってきたんだわ…」
数年ぶりに、キエラがリテの名前以外の事を喋った。
キエラは90歳だった。
「…リテ…あの子の元に行ってあげて…きっと…寂しがっている…筈…だか…ら…」
その数分後、キエラは息を引き取った。
「…ええ。勿論です。」
そしてリテは、ティーミスを探す旅を始めた。
道中、同じくティーミスを探し求めているグオーケス革命軍なる組織と出会ったので、リテはそこに入軍し、物資支援を受けながら、ケーリレンデ帝国軍を追跡すると言う作戦を決行し、
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(…やっと、見つけましたよ…)
目を覚ますと同時に、リテのゆりかごとなっていた葉が枯れ、リテから離れていく。
「…これで、貴女から受けた全ての命令を完了することが出来ました。ここから先は、私の意志に従います。」
リテは信号弾を取り出すと、天に向かって射出する。
やがて、地面に落ちていた120年ほど前のコインが震えだし、その真上に空間の歪みが形成される。
「いい夢は見られましたか?リテさん。」
「ティーミスさん。私と、誓約を結びましょう。」
「…にぁ?」
図らずしも敬語コンビになってしまった( ´・ω・`)
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