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「…此処は…?」


ティーミスとローブの女性は、巨大な筒状の通路の真ん中に居る。

壁と天井はコンクリート製。中心には下水の川、川の左右には古びた歩道がある。水よりも粘っこい何かが流れる音が聞こえる。立ち込めるのは、腐臭と薬臭さが混じった様な、常人には耐え難い程の悪臭。

電気は無かったが、天井の所々に会いた網状の穴から陽の光が入ってきていたので視界には困らなかった。


「先程まで私達が立っていた場所の真下、所謂下水道ですよ。」


「げすい…どう…」


「もしかして、あまり聞き覚えの無い言葉だったでしたか?」


「…はい。…起きてからというものの、もう…何が何だか…」


「人間の身でそう言う経験を出来たのは、貴重な事ですよ。」


「…そう言えば、貴女は何者なんですか。」


まるでその質問を待っていたかの様に、女性は素早く反応する。


「初めまして。私の名前は、リテアンリエル。種族は《信仰束ねのカトプレパス》です。気軽にリテとでも呼んで下さいね。」


リテはそう言って、フードを取って自分の顔をティーミスに見せる。


「カトプレパス?確かカトプレパスって、もっとこう…」


「勿論、獣の様な姿の種も居ます。私がたまたまこう言う身体で生まれただけですよ。貴女が女の子として生まれてきた様に。」


「…そうですか。しかしそれでは、貴女が何者なのかと言う本質的な答えにはなっていません。…哲学を語り合おうと言っている訳ではありませんが、私を連れ回す以上は、せめて目的くらい教えてください。」


「私は、私たちは、一世紀程貴女の事を待っていました。予定年を過ぎても貴女が現れなかったので、私の方から探しに行く事にしました。ケーリレンデ軍に着いて行く様に行動すると言う方法で。そして今日、貴女を見つけたんです。」


「………」


地上が揺れ、古びた天井から二人に僅かに土埃が降り掛かる。


「続きは、歩きながらでも話しましょう。」


リテとティーミスは、川上に向けて歩き始める。

道中巨大なミミズに襲われそうになったが、ミミズがリテの姿を認めた瞬間首を垂れて引っ込んで行ったため何も起こらずに済んだ。


「ティーミスさんで、合っていますよね?」


「はい。ティーミス・エルゴ・ルミネアって言います。」


「ミドルネームまであるなんて、素敵なお名前ですね。」


二人は、下水道を歩く。

道中リテは何かに気が付くと、壁に入ったヒビをそっと撫でる。

壁の割れ目からは最初細い枝が伸び、枝はやがて幹となり、幹からは枝が伸び、枝は葉を茂らせた。


「…凄い力ですね。」


壁から生えてきた小さな樹木を眺め、ティーミスは感嘆を漏らす。

樹木はそのまま花を咲かせ、花は枯れ、そこに赤い大きな実を実らせる。


「戦った後なので、この辺で少し休憩しましょう。」


リテは実を二つもぎ取り、1つをティーミスに投げる。


「クリップニの実。別名、北のマンゴー。美味しいですよ。」


リテは、その木の実にかぶりつく。

この悪臭の中何かを食べるのは気が引けたが、喉も渇いていたので、ティーミスもその実を食べる事にした。


「はむっ………はむっ…はむっ…」


水分を多く含んだほんのり甘い実を食べながら、ティーミスは木の様子を観察する。

木は相変わらず、花を咲かせては実を付けを高速で繰り返している。


「ごく…あれ、放っておいても大丈夫なんですか?」


「ええ。自然の恵みは、二人占めする様な物でも無いですからね。」


リテのその言葉の意味を、ティーミスは直ぐに理解出来た。

床の隙間から、壁の穴の中から、ほとんど毒薬の川の中から、無数のネズミ達が現れる。

ネズミ達はリテの生やした木に一目散に向かって行くと、壁を伝って幹を伝って、我先にと木の実に集まっていく。


「この場所では、ネズミすらも飢えています。ちっぽけな私達だけでは、変えられなかった現状です。」


「それを、私となら変えられるのですか?」


「それは、貴女次第です。欲を言えば私達と共に戦ってほしいです。けれど、貴女を満足させる様な報酬を用意出来るか分かりませんし、貴女に協力を強制する意味も方法もありません。」


「…では何故私は今、貴女と下水道を散歩しているのですか?」


「貴女に、決断を下す前に見て欲しい物があるからです。」


暫く歩いた後、不意にリテは立ち止まる。


「漸く、アンチテレポートエリアを抜ける事が出来ました。」


そう言うとリテは、ポケットから一本のチョークを取り出し、壁に魔法陣を書き始める。

魔法の知識が皆無なティーミスでも、その術式が非常に複雑な物だと言う事が理解出来た。


「凄く、遠い場所に行くんですか?」


ティーミスは、チョークを進めるリテに問う。


「いえ。距離としては、せいぜい隣町程度です。」


答え終わったのと同時に、リテはティーミスの疑問を察する。


「ああ。これですか?これは魔法語を暗号で書いた物ですよ。」


「魔法を…暗号化?」


「半世紀ほど前、この世界に存在する魔法言語は全て解読されてしまい、今や魔法の傍受や詠唱呪文の置き換えは日常茶飯事ですので。例えば…」


『21.8.13.qf36』


下水道の向こうから、機械音が反響して来る。


「そうそう、こう言うのです。これは、合衆国の暗号化魔法ですね。…ん?」


下水道の向こう、ティーミス達が歩いて来た方角とは逆方向から、高速の火炎弾がやって来る。

リテは慌てて作業を放り出すと、ティーミスの前に立ち、巨大なクルミの殻のシールドを形成し火炎弾を防いだ。


「て…敵襲ですか?」


ティーミスは虚無に手を突っ込み、戦闘態勢に入る。


「敵である事は間違い無いと思いますが…大事(おおごと)にはならないと思います。」


「?」


キュルキュルと、小さな車輪が回る音が反響して聞こえてくる。

遥か向こうの方から、車輪のついたウォーターサーバーの様な物がティーミス達の方に、ゆっくりと向かって来る。

それは暫しの間前進していたが、何かにつまずいたのか、そのまま倒れて動かなくなった。


「ニルヴァネ合衆国の自動巡回装置ですね。恐らく、20年ほど前の。」


リテはそう言いながら、手首から三本ほどつるを伸ばし、その箱型ロボットを絡め取り、目の前まで持ってくる。

長方形の白い車体に、四つの小さな車輪。車体の表面には、目詰まりの酷いスピーカーが付いている。


「魔法が打てると言う事は、マジックエンジンはまだ生きている…かも。」


リテはそのロボットを抱え上げると、伸ばしたままだったつるでチョークを持ち、残りの魔法文字を書き終える。

壁に書かれた魔法陣の表面を紫色の雲が多い、雲はやがて中心に吸い寄せられる様なうねり模様を描く。


「お先にどうぞ。ティーミスさん。」


リテに促され、ティーミスはそのうねりの中へと入って行く。

ティーミスの視界は少しの間だけ紫一色に染まったが、歩み続ければ、雲は直ぐに晴れた。


部屋は広めで、黒を基調とした落ち着いた雰囲気である。天井では洒落たシーリングファンが回っている。消灯中ではあったが、壁と置き換わる様な形で存在する大きな窓ガラスから差し込む光により明るかった。

他にも、観葉植物や、テーブルと、それを挟む様に向かい合うソファといった小物もある。

一見すればそれは、一流ホテルのスイートルームに見えた。


「ふふ。お洒落でしょう。私がインテリアを担当したんですよ。」


ティーミスの背後から、リテも現れる。


「では私は着替えてきますので、貴女はくつろいでいて下さい。」


呆気にとられたままのティーミスを尻目に、リテはロボットを抱えたまま部屋の奥へと消えていった。



〜〜〜



瓦礫の街を、黒いローブの男が歩いている。

手からは香をぶら下げ、背後にはゾンビの群れを引き連れている。

群れの中には、倒された筈の者や、破裂した筈の者達も居た。

その中には、孤児院の子供達の姿もあった。

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