罪科の花は未だ枯れれず
薄暗い地下室の中。
ティーミスは、出口への石階段をゆっくりと、名残惜しそうに登っていく。
「……?」
ティーミスの変化は一瞬で、2人は暫し、目の前で何が起こったのかを理解できなかった。
「…皆さま、どうかお元気で。」
「おいティーミス!」
スグレイは、ティーミスを呼び止める。
ティーミスは立ち止まる。
「………」
呼び止めたは良いが、スグレイはティーミスに何を話すかを決めていなかった。
と言うよりも、言いたい事、聞きたい事が多すぎで、喉元で詰まっていると言った方が正しいかもしれない。
何者なのかと問い詰めるべきか。どうして戦わなかったのかと叱責するべきか。
「あの…さ…」
スグレイは、ティーミスの脇腹の辺りを指差す。
「タトゥーあるんだな。ちょっと意外だったぜ。」
「……」
ティーミスは振り返りたくて少しはにかんだ笑みを浮かべると、そのまま地下室を出ていった。
「スグレイ。」
リブリエルがその名を呼ぶ。
「…何だよ。」
「それで良いんだ。」
〜〜〜
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【V-II TYPE5000 Inferno】
マルチアタック式自動照準型重機関銃。
対人、対物共に高い効力を発揮し、ブラッドプラスチック弾にも対応。
しかしその重量が問題視され、初製造より僅か2年で、より安価で軽量な互換機へと移行された。
射度(最速設定時)
1m/1200000発
攻撃力(最大設定時)
8700000
武器スキル
《贖いの譜》(ブラッドプラスチック弾装填時)
同一対象に一定以上(対象の質量依存)のダメージを与える度、魔法属性の小規模なダメージを伴う爆発を発生させる。
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ティーミスは、右腕に持っている機関銃を観察する。
いくら至近距離で見ても、いくら見る角度を変えても、いくら触ってみても、赤い縁取りのある黒い絵の様にしか見えなかった。
「……」
ティーミスの真上に爆雷が落ちてきて、直撃する。
地面は少し凹んだが、ティーミスには傷一つつかなかった。
「………」
ティーミスは空を見上げる。
航空戦艦で覆い尽くされた暗い空。
ティーミスの真上に、5機の戦闘機がブリッジ型に並んで飛んでいる。
「…貴方方が一体何のために戦っているのか、私は知りません。」
ティーミスは、機関銃を天に向けて構える。
狙うは、先程からここら周囲に爆撃を行なっている5機の爆撃機。
別にスコープを覗いている訳では無かったが、ティーミスの視界には照準が表示される。
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目標への自動照準設定完了
命中率 99%以上
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「まるで狙撃銃ですね。」
ティーミスは引き金を引く。
弾倉も無いのに、狙撃銃は連射を始める。
赤色の光を帯びた無数の弾丸が、まるで意思を持っているかの様に、遥か彼方の戦闘機めがけて射出されていく。
“ダ…ガラララララ…”
弾倉を装填した訳でも無いのに、機関銃は弾切れを起こし、そのまま自動停止する。
ティーミスからはもう塵程にしか見えなくなった5機の戦闘機が、一つ残らず墜落する。
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weve1 達成率
5/2003
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「…ふー…」
国二つ分の兵力を一人で相手するのだ。
一朝一夕で終わらない事は、明白だった。
「…次。」
ティーミスはその場で跳躍し、街の中心にありながらまだ倒れていない、12階建てのビルの屋上に辿り着く。
中心には大きなヘリポート。隅で並ぶ二機の自動販売機。屋上全体をぐるりと囲む、緑色の鉄網柵。
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撃破可能範囲内の目標
512
あなたへの敵視レベル
未認識
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ティーミスは屋上の南側に移動し、邪魔な柵は蹴り飛ばして落とし、銃を構える。
13km程向こうの大通りで、ちょうど大規模な衝突が起こっている最中だった。
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多数撃墜形態に移行します
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機関銃の先端が四つに割れて後ろにスライドし、三回りほど大きくなった銃口の奥から、マス目全てに弾が込められた蜂の巣の様な物がせり出してくる。
ティーミスの視界の中の、兵士、兵器全てに照準が現れる。
「…これではまるで、狙撃銃ですね。」
ティーミスは引き金を引く。
弾丸を抱えた鉄のワッフルが射出される。
鉄製の蜂の巣は放たれて少しすると爆発し、そこから無数の弾丸が放射状に放たれる。
大通りに銃弾の雨が降り、兵器は壊れ人は死んだ。
「…100年経っても、私のやる事は何も変わらな…」
ふとティーミスは、屋上全体が赤い光に当てられている事に気が付く。
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[鋼の合衆国]に認知されました。
[業の帝国]に認知されました。
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ティーミスは振り返る。
直ぐ上から、虹色混じりの白色の光線が迫ってきている。
空を埋め尽くす航空母艦から放たれた物だ。
「……!」
次の瞬間、屋上全体が蔦のドームで包まれる。
蔦のドーム自体は隙間だらけだったにも関わらず、光線はドームにより弾かれた。
光線の当たった場所から、ドームはみるみるうちに焦げ細り消えていく。
そうしてできた穴から、ローブ姿の人物がティーミスの元まで降りて来る。
白地に緑のラインの入ったローブで、肩と頭を覆っている。背は高め。胸はたわわに隆起しているが、その肢体自体は引き締まっている。纏っているのは一見すれば魔道師装束だが、胸には無線機、腰には拳銃が二丁携えられている。
「ゆっくりしている時間はありません。“ランペイジ”に狙われた以上、停留は死を意味します。」
声は優しそうな女性の物。
フードから零れ落ちた一筋の長い髪は、銀色だった。
「らんぺいじ…?」
「空を覆い隠す、あの船の名前です。」
フードの女性は、自身とティーミスの目の前の、まだ消えて居ない蔦の壁に手を翳す。
蔦が一部分だけ解け、そこに小さな出口が現れる。
屋上が再び、ティーミスだけが見える赤い警告で照らされる。
「私についてきて下さい。」
女性はそう言うと、ビルの屋上から飛び降りる。
「…心中のお誘いじゃ、無さそうですね。」
ティーミスもそれに続く。
二人の着地地点は、ビルの前の道路の真ん中。
『居たぞ!ターゲットだ!』
両方の軍がティーミスの事を、敵軍の精鋭だと思っている。
敵は、道路の両側から迫ってきている。
「折角ですし、貴女が本物か見せて頂けますか?」
「…にぇ?」
「私はニルヴァネ合衆国軍の相手をします。貴女は、ケーリレンデ帝国軍を。」
「…判りました。」
ティーミスは、機関銃を虚無にしまう。
『撃てぇ!』
ケーリレンデ兵達が、一斉に銃撃を始める。
「《晩餐》。」
ティーミスの右腕が大顎の怪物に変形し、銃弾をその図体で受け止める。
「《欲望》。」
ティーミスの左手に赤黒色の半液が纏わり付く。
半液はティーミスの手を、細く、不気味なほど長い指を持った大きな手へと変形させた。
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《欲望》
《怠惰なる支配者の手》を強化し、一定範囲内の全ての物体に効果が適用できるようになります。
効果時間中は、手を用いた全ての攻撃の威力が4/1になります。
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ティーミスは顎腕を掲げ、招手を手招きするように動かす。
周囲の瓦礫や物品は勿論、
『な…何だ!?』
『引っ張られる!誰か、助け…』
近くに居た兵士達も皆、顎腕の喉の奥に吸引されて行く。
“ガリリリ…ガシュ…ガシュ…ガシュ…”
兵士達や武器の数々が、岩や瓦礫と共に噛み砕かれていく。
顎腕は骨が折れる様な様な音を立てながら、次第に肥大化していく。
『…様子がおかしい!総員、一時退…』
兵士の命令が、嵐の様な暴音に掻き消される。
顎腕から放たれた瓦礫混じりの黒い煙のブレスが、進路上の物全てを、風圧で、或いは高速で放たれた瓦礫で、或いはブレスの本来持っている魔法的な攻撃力で、破壊して行く。
ティーミス側の軍は、それで壊滅した。
「そっちも手伝いますか?お姉さん。」
ティーミスは、ブレスを放つ顎腕を軍に向けたまま振り返る。
ニルヴァネ軍の武器だった物は、地面から生えた無数の植物の中にあった。
砲身から小さなピンク色の花を咲かせ、木と一体化している戦車もあった。
「お強いですね。全員殺しちゃったんですか?」
ティーミスは、微笑みを浮かべるローブの女性に問い掛ける。
「まさか。誰も殺しては居ませんよ。皆様に、より良い生を与えたのみです。」
「…にぇ?」
ティーミスはその、多種多様な植物達で形作られた小さな森林を観察する。
よく見るとどの植物達にも、幹や茎、葉や枝に、布や鎧が不自然に引っかかっている事が分かった。
「…まさか…」
ティーミスは青ざめる。
「あれでもう誰かを傷付ける事も、何かに悲しみを感じる事も、飢える事も欲する事も無いでしょう。」
ローブの女性はそう言うと、微笑みの表情のままティーミスの方に振り返る。
「そちらも終わった様ですね。」
「は…はい…」
ローブの女性は駆け寄ってくる。
「貴女が私の探す人だと言う事はもうよく分かりました。そろそろ行きましょう。」
ローブの女性はそう言うと、ティーミスの手を半ば強引に掴む。
「ま…待って下さい。行くって、何処に…」
ティーミスは困惑する。
「私たちの、アジトですよ。」
女性は舌を出す。
その舌先には淡く輝く、飴玉の様な形をした青色の魔石が乗っている。
次の瞬間女性がその魔石を噛み砕くと、ティーミスと女性はその場から転移した。
『た…対象の、転移を確認。』
ティーミスにボロボロにされた軍の兵の一人が、倒れたまま無線通信を始める。
『転移だと?アンチテレポートゾーンで、何故そんな事が…』
『一瞬…石の様な物を確認しました…恐らく、天然のリコールストーンかと…』
『あれはもう何十年も前にこの世界にある分は全て使い切られた筈だろう?見間違いでは無いのか?』
『あまり…大きくは無かったので…まだ…付近に…グフ…』
兵士がそのまま力尽きた。
『…魔法か…懐かしいな…』
通信機も、その言葉を最後に壊れた。