役立たず
「その…えっと…」
異性からの愛の告白は、ティーミスにとっては初めての経験である。
どうして良いのか判らないと言うのが、今の正直な感想だった。
「やっぱり、僕じゃダメ…かな?」
「い…いえ、そんな事は無いですよ。…あ。」
ティーミスは反射的に、ルイの気持ちを受け入れた。
「本当に?本当に、良いの?」
ルイは不安になり、ティーミスに聞き返す。
ティーミスは数秒の間物凄く悩んだ末に、答えを出す。
「ええ。…6年ほど、待っていただけるのであれば。」
それを聞いたルイの表情は、ぱあと明るくなる。
「勿論、何年だって待つよ!よーし、こりゃそう簡単には死ねなくなったなぁ!」
年の割には無邪気に喜ぶルイを見て、ティーミスも何だか良い気分になった。
「あ…そうだ。僕はそろそろ次の狩の打ち合わせがあるんだ。じゃあ、また後でね!」
ルイはそれだけ告げると、足早に孤児院の中へと消えて行った。
「…私の事が好き…ですか…」
ティーミスは暫し、ふわふわとした感覚に浸る。
滅亡を記す通知の事など、その瞬間だけはすっかり忘れてしまっていた。
「…ん?」
ティーミスは、教会の前の道路を歩く蜘蛛のようなロボットを見る。
「……」
ティーミスは花壇の枠にあったレンガを一つ取り、その蜘蛛型ロボットに投げつける。
豪速投を食らったロボットは一瞬でぐしゃりと壊れ、そのまま教会とは反対側の方に吹き飛ばされる。
ティーミスは、今起きた事は忘れる事にした。
〜〜〜
孤児院二階の、かつては客間として利用されていた部屋。
その部屋は広く、ソファやテーブル、更には(もう光は燈らなくなったが)シャンデリアまであり、この孤児院の中では一番豪華な部屋だ。
「明日は西側を探索する。ゼロとまでは行かないが、此処の汚染は他の地点と比べかなり薄い事が解っている。」
剣の少年は手作りの地図を指差しながら、正確なルートなどを他の2人の少年に伝える。
「何か、意見とかは。」
剣の少年は2人に確認する。
「俺はこれで問題無いと思うぜ。」
スグレイは答える。
「ルイ、君はどうだい?」
ルイは腕を組みながら、手書きの地図を吟味する。
「このルートって、例の不発弾を迂回する形だよね。」
「ああ、そうだ。」
「でもこれじゃあ、高濃度汚染地帯を通る事になる。これって本末転倒じゃ無い?」
「ん?」
ルイに指摘され、剣の少年は改めて地図を確認する。
地図上にも汚染は示されていたが、実際の汚染地帯は日々広がり続けている。
二月前に書かれた地図上での汚染地帯スレスレは、実際には汚染地帯の中を通る事を表している。
「本当だ…俺とした事が、見落としていた様だ。済まない、また夜に集まってくれ。これは流石に少しルート修正が必要だ。」
剣の少年はそれだけ言うと、地図を持ってそそくさと退室して行った。
「お前今日冴えてんな。発言するのも珍しいし。何かあったのか?」
スグレイが、ルイの肩をポンポンと叩きながら
「え?それは…」
ルイは暫し考えた後、返答する。
「守りたい人が出来たんだ。狩り班としてだけでは無く、1人の人間として。」
ルイの答えを聞いたスグレイは、あからさまにニヤニヤし始める。
「何だよそう言う事かよ。良いか、間違っても駆け落ちなんてするんじゃ無えぞ。良いな。」
「大丈夫。そのくらい解ってるって。」
不意に2人は、窓の外から羽虫の様な音を聞く。
本当の羽虫ならば、窓からかなり離れている2人の耳に届く程の音量は出ない。
2人は、ほぼ同時に外を向く。
外には、無数の小さなドローンが飛んでいた。
色は黒。どれも一様に、一眼カメラの付いた本体にリング状の四つのプロペラがくっ付いた形をしている。
数は沢山居るが、空を埋め尽くす程でも無かった。
「な…何あれ!」
ルイは取り乱すが、スグレイにより静止させられる。
「落ち着け。ありゃ全部偵察機だ。それにこんな場所を調べる意味なんて無い筈だから、きっとただの通りかかりだろ。」
スグレイの説明により、ルイも落ち着きを取り戻す。
ドローンの一機が2人に気付き、窓の前に滞空し窓越しで観察を始める。
「ッチ、気持ち悪いな。行こうぜルイ。」
スグレイが部屋を立ち去ろうとした瞬間だった。
“ガシャン!”
突然、ドローンが壊れる。
真下からの投射物が原因らしかった。
「「!?」」
ドローンは墜落する。
2人は慌てて窓に駆け寄り、ドローンがどこに落ちたかを確認する。
深々とレンガのめり込んだドローンは庭に落ちていたが、それを落とした何者かまでは見つけられなかった。
「…何だ?ガキのいたずらか?おいルイ、あれ危ねえから回収しに行くぞ。」
スグレイは壁に立てかけてあった槍を担ぐ。
「僕も武器要るかな?」
「いや、機関銃は目立つからやめとけ。」
スグレイとルイは、庭に落ちたスクラップの回収をしに行った。
〜〜〜
「何だろうね、これ。」
「うわ!動いた!」
「確か“どろーん”って言うんだよ。ほら、空にもいっぱい飛んでるでしょ?」
裏庭に落ちたドローンの周囲には既に、好奇心旺盛な子供達が集まっていた。
「おいコラガキども!今すぐそっから離れやがれ!」
スグレイは、表に出てきて早々に怒鳴る。
子供達は、叫んだり騒いだりしながらその場から退散する。
「…たく、小銃でも積んでたらどうすんだよ。」
スグレイとルイの2人は、子供達に弄り回され今やただのスクラップと化したドローンの元に来る。
ドローンの大きさは、大の大人が両手で抱えあげられる程度。機体の最も硬いパーツの筈のフレームに、レンガが深々と突き刺さっている。壊れてもなお、一枚だけプロペラが回り続けていた。
「それにしてもこれ、誰がやったんだ?まさか俺たち以外にも、スキル使用者が居るってのか?」
スグレイはそう言いながら、ドローンを拾い上げる。
「ルイ、なんか心当たりあるか?」
「え?えっと…」
当然ルイは、真っ先にティーミスの事を思い浮かべる。
しかしこの孤児院では、スキル保持者と割れたが最後。
半ば強制的に狩り班へと加入させられ、過酷な外地探索に明け暮れる日々が始まる。
あの物静かな少女には、そんな責務は似合わない。
「さあ。多分、リブリエルじゃ無いかな?こんな事出来るのは、あの人だけだと思うよ。」
リブリエルとは狩り班のリーダー、剣の少年の名前である。
「そうか…だよな。そうだよな。」
スグレイはドローンを地面に叩きつけ、踏み潰したり槍で突いたりしてスクラップに変える。
そしてフレームを剥がし、内部基盤も引き剥がし、ドローンだった物から小さな箱の様な部品を引き抜く。
バッテリーである。
「よし、無事だったみてえだな。」
スグレイはドローンに搭載されていた小型バッテリーを満足そうに眺めると、本体は教会の敷地外に捨てた。
「…にしても、こいつらいつまで此処に居るんだ?」
スグレイは空を見上げる。
無数のドローン達は、なおも空を徘徊している。
よく見ると、ただ一方向に直進しているわけでは無く、右左折や転回を繰り返していた。
ドローン達は、明らかにこの場所を偵察していた。
「…何だか、嫌な予感がするね。」
ルイはポツリと呟く。
「いつか来るとは思っていたが、もう少し先だと思ってたぜ。」
スグレイは、憎らしそうに話す。
「来るって、何が?」
ルイは問い掛ける。
「この日常の、終わりさ。」
スグレイは答えた。
〜〜〜
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《偵察型ドローン》の暗殺に成功
クエストの情報が一部開示されます。
勢力
鋼の合衆国・業の帝国
[新たな開示情報]
難易度
クリア圏内です
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ティーミスが知りたいのは、クリア出来るかどうかなどでは無かった。
「…本当に、役に立たないですね…」
窓を締め切った暗い部屋の中。
ティーミスは、虚無に向かって愚痴を吐いた。
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8h53m
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