舞踏
焦げ地の大陸。
ユミトメザルより50kmほど東にて。
ギズル、ウーログ、リニーの3人が、黒く輝く魔法陣を囲んでいた。
「ギズル殿下、その…本当に上手く行くんですかね…」
リニーは、魔法陣の中央に薬液を流し込んでいるギズルに向けて、不安げに確認する。
「シュレア=ロードハート。それが眷属のヴァンパイアの名前だ。」
「しかし、悪魔召喚の儀式で呼びだそうだなんて、幾ら何でも…」
その時、漆黒だった魔法陣が鮮血のような赤色に変わる。
「掛かった!」
ギズルはそう叫び、直ぐに召還呪文の詠唱に入る。
ヴァンパイアのアンデッドは本来、この世界では存在し得ない物である。
故に、ギズルがいつも武器としている“情報”など、当然存在しない。
「有り得ない…一体どう言う原理なんだ?」
ウーログは、着々と光を増して行く魔法陣を眺めながら感嘆を漏らす。
「悪魔とは本来、天使と同じく限り無く純朴に近い魔法生物。魂の構造も強靭で、専用の呪いでも無い限り萎える事など無く、輪廻の速度も異常だ。だから我は、推測した。」
魔法陣の輝きが最高潮に達しようとした時、ギズルは足で魔法陣の一部をかき消してしまう。
「個体では無く、魂だけを呼び出す簡易降霊術で召喚出来るのではと。」
魔法陣の表面から、赤黒色の液体が溢れ出て来る。
液体は直ぐに形を成していき、シュレアとなった。
「そちらからわたくしを呼び出すとは、実に良い度胸じゃない♪キュフフ♪さあ、たっぷり遊んで…
「起動。」
ギズルがそう呟いた瞬間、シュレアは地面から突き出して来た氷の刃により串刺しにされる。
「キィ!?」
「【氷枷】【魂結】【ジェイルブリザード】。」
次々と氷魔法を繰り出すギズル。
応戦しようにも、シュレアの身体は既に殆ど氷漬けになっていた。
「リニー。やれ。」
ギズルがそう言ってシュレアを指差すと、その方向に光り輝く矢が放たれる。
「【ホーリーアロー】!【アンチデーモンショット】!えっと…もう一回【アンチデーモンショット】!」
思いつく限りの悪魔特攻系スキルを放つリニー。
“ドシュッ…ドシュドシャッ…”
スキルは意味無かったが、物理攻撃としてのダメージがシュレアに入って行く。
「キ…キィ…!?」
「【抜刀斬】!そして、【薪割り切り】!」
確実に傷付いていくシュレアに、ウーログからの追撃が入る。
「これは中々癖になるな。」
洗濯糊で作ったスライムを、定規で切っている時の様な手応えに、思わず笑みを零すウーログ。
「キ…イイ…」
他の従属者と比べ、圧倒的に脆いシュレア。
(このままでは、またわたくしのせいで…ティーミス様が…!)
自分の驕りと油断により、また主人を殺してしまうのか。
(そんな事…認めない!)
「キイイイイ!」
リニーとウーログに向け両手を翳し、手のひらから紅色の針を一本ずつ勢い良く伸ばす。
「っと。」
「危ない。」
当然ながら回避する二人。
一見すればそれは、不意打ちが失敗した様に見える。
実際は、少し違った。
「キイイィィィ!」
シュレアは叫ぶ。
それぞれの針の先端に空間の歪みが現れ、リニーの方にはナイフが、ウーログの方には火球がそれぞれ射出される。
「…!」
リニーは、そのナイフの見慣れた挙動を見切って回避する。
「ぐああああ!?」
ウーログは、火球の直撃を喰らう。
ウーログは一瞬火だるまになったが、ギズルの放った冷風を浴びると直ぐに全快した。
「ふん、そう来たか。」
ギズルは少し苦い顔で呟く。
空間の歪みから、ピスティナとカーディスガンドが飛び出してくる。
カーディスガンドは戦場に着くや否や直ぐに上昇し、上空まで逃げ去ってしまう。
ピスティナとシュレアが白兵戦を担当し、上空からカーディスガンドが強力な魔法攻撃で援護すると言う、いつのまにか形成されたスリーマンセルの陣形である。
「アルベルト。そっちに一匹行ったぞ。」
ギズルは、襟元に仕込まれた通話魔法陣に向けて報告する。
「ドラゴニュートなら今、もう僕の目の前にいるよ。」
雲の少し上。
上空でペガサスに跨り待機していたアルベルトは、剣を抜く。
「ガアアアアアアアアアア!!!」
カーディスガンドはドラゴンの咆哮をあげながら、右手に火球を出現させ、アルベルトに向けて投げ出す。
「【対魔の盾】!起動!」
アルベルトは、左手に構えた盾を火球に向けて掲げる。
純白の盾は紫色のオーラを纏い、火球はそのオーラに触れた瞬間に掻き消える。
『良いかアルベルト。お前の役目は、それの魔法が地上まで届くのを防ぐ事だ。間違っても死ぬなよ。』
アルベルトは、ギズルから激励とも命令とも付かない通信を受け取る。
「了解。」
正義と信仰の名の下に、悪を挫き弱きを救う。
それが、聖騎士の原動力たる理念。
「グルルルル…」
カーディスガンドが爪撃型魔法を二発ほど飛ばすが、全てアルベルトの盾に弾き返される。
どう見ても魔法が効いていないアルベルトだったが、カーディスガンドは変わらず魔法を放つ続けていた。
「ねえドラゴニュート。お前にだって、何かを学ぶだけの頭はあるんだろ?」
九つの紫色の魔弾を全て防ぎきった所で、アルベルトはカーディスガンドに話し掛ける。
カーディスガンドは、変わらず魔法を放ち続ける。
「…全く皮肉な話だよね。君も僕もギズル殿下もみんな、ティーミスが何かを思いつくのを待っているなんてね。」
〜〜〜
「ぐるる…がう!」
ピスティナは、氷の杭で串刺しにされているシュレアに回し蹴りを繰り出す。
“バキィ!”
杭は破壊され、シュレアは吹き飛ばされる。
「あうっ…うあっ…がががが…」
シュレアは硬い地面の上で二度バウンドした後、数mほど転がり停止する。
(さすが軍人…荒治療過ぎる…)
シュレアは体を折り曲げ、体を貫いたままの氷の杭を砕く。
体内で砕いた砕いた氷は口から吐き出し、ようやくトラップからの完全脱出を果たす。
シュレアは顔を上げ、自身がどれだけ吹き飛ばされたかを確認する。
大体1km程、走れば5秒で戦線復帰できる距離だ。
「あの氷魔道士…今に見てなさい!直ぐに思いつく限り一番酷い殺し方で…」
ふとシュレアは冷静になる。
従属者は全員戦っているのに、ご主人様だけが居ない。
ティーミスが今昼寝中だと言えばそれまでだが、普段から見れば明らかに不自然な状況である。
シュレアは戦場とは真逆の方向、ユミトメザルへと駆け出していった。
〜〜〜
ユミトメザル前。
「はぁ…はぁ…」
ティーミスは、屍兵を前に息を切らしていた。
討伐すること計四百。
とうの昔にゾンビの魔道士は倒せはしたが、ティーミスを囲う様な陣形を組む三体の屍兵は、未だティーミスを阻み続けていた。
復活する度に毎回体力が違うため、三体同時に討伐してその隙にまくと言う戦法が非常に難しい。
一度、一体の所有物化に成功したが、直ぐに別な個体により殺されてしまい解除されてしまった。
「はぁ…はぁ…ぜぇ…もう…疲れました…」
諦めかけたその時だった。
「《ウィップバインド》!」
紅色の鞭が、屍兵の間から飛び出してくる。
屍兵達の背後に、シュレアが居た。
「にぇ!?」
ティーミスは、紅色の鞭でぐるぐる巻きに拘束された。
「い…一体何なんですか!」
「早くそれをお縛り下さいまし!」
「…にゃ?」
ティーミスは自身を縛っていた鞭が消えている事に気が付く。
ーーーーーーーーーー
拘束解除
【絶対拘束の魔道玉】を獲得しました。
ーーーーーーーーーー
「…!」
屍兵の注意がシュレアに向けられる。
ティーミスはその間に、指で魔道玉を弾き出す。
魔道玉は、狼型のアンデッドに直撃する。
“オオオオオオオ…!”
グラハムが、シュレアに向けて剣を振りかぶる。
「キュフフ♪おっそいですわね♪」
シュレアはグラハムの股下を潜って回避し、ティーミスの前まで辿り着く。
“キィン!”
グラハムの剣はそのまま石版のような地面にぶつかり、高く短い金属音が鳴り響く。
シュレアはその隙に、紅色の鞭を二本生成する。
「行きますわよティーミス様!《ツインウィップバインド》!」
シュレアはティーミスに向けて、鞭を両方振る。
鞭はそれぞれティーミスの右腕と胴体に巻きつけられるが、鞭は直ぐに消滅する。
ーーーーーーーーーー
拘束解除
《絶対拘束の魔道玉》×2を獲得しました。
ーーーーーーーーーー
態勢を立て直したグラハムは、今度はその剣を狼型に向けて振り上げる。
どんなに強力な拘束を受けていようとも、一度死んでしまえば全てリセットされる。
「腐肉風情にしては、多少頭が回る様ですわね。」
シュレアは紅色の剣を生成すると、グラハムの剣を弾き飛ばす。
大男型がその大腕で、切り払いにより隙が出来たシュレアを叩き潰そうとする。
「的が大き過ぎます。簡単ですね。」
魔道玉を食らった大男型は拳を振りかぶった体勢のまま硬直し、そのまま後ろに倒れ込む。
残りは、グラハムだけだ。
“オオ…オオ…オオオオオオオ!”
グラハムが雄叫びと共に黒いオーラに包まれる。
その只ならぬ威圧により、シュレアは思わず数本後退する。
「な…なんですの、こいつ。突然《狂戦士化》なんて…」
否、ただひいているだけだった。
「最後の一体になると、彼らはいっつもこうなるんです。」
ティーミスはほぉと息を吐きながら、狂戦士グラハムに向けて走り出す。
“オオオオオオオ!”
グラハムの振り下ろしを悠々回避すると、ティーミスはそのまま魔道玉をグラハムの鎧に押し当てる。
グラハムは、剣を振り下ろした状態で硬直し、それから動く事は無かった。
「…教えて下さい、シュレアさん。一体何がどうなってるんですか?」
「敵襲ですわ。一先ず、軍人ゾンビの元へ!」
「判りました。」
ティーミスがそう言った瞬間、二人の間に蜃気楼の様な空間の歪みが出現する。
二人はそれぞれ逆方向から蜃気楼の中に飛び込んでいき、その場から消え去った。
次回は第四章最終回、「絢爛」をお送り致します。