腐食者達
(これは…龍笛?)
ユミトメザルの城の地下室で、ドゥルンジタは遠方から聞こえてくる笛の音で目を覚ます。
龍笛とは、龍伴の民が遠方のドラゴンとコミュニケーションをとる為の笛である。
本来、この焦げ地の大陸では聞こえてくる筈のない音である。
(まただ。…まさか、龍伴の者が僕を探しに来たのか?)
ドゥルンジタは、あらかじめ龍伴の民に神龍脱退の事は伝えておいてある。
敬虔な者が自分を連れ戻そうと考えたとしても、特段おかしな話では無い。
出向き、改めて自分の意思を伝えよう。
ドゥルンジタはそう考え、地下室の壁に外へと繋がる空間の歪みを形成し、そのままユミトメザルの壁外へと出た。
(笛の音は向こうからか。)
ドゥルンジタは、笛の音が鳴る方へと進んで行く。
浮遊能力を持った龍装のお陰で、魔力の無いこの大地でもドゥルンジタは飛行する事が出来た。
(…何だ、これは。)
ドゥルンジタは笛の音の音源に辿り着く事が出来たが、そこには龍伴の民は居なかった。
代わりにあったのは、棒で括り付け、自然風の力で音が鳴る様に細工を施された龍笛物だけだった。
何かがおかしい。
そう気付いた頃には既に、ドゥルンジタは拘束用の魔法陣の中に居た。
「く…失敗か。まさか本物のドラゴンが掛かってしまうとは。」
ドゥルンジタの目の前に、不自然な蜃気楼が出現する。
蜃気楼はすぐに色や形を持ち始め、やがてそこに一人の剣士を出現させた。
ウーログである。
「貴様。何者だ。」
ドゥルンジタは問う。
「妙なトラップに掛けてしまった事は謝る。が、今は作戦の為に名乗る訳にはいかないんだ。許してくれ。その魔法陣は一過性のものだ。二日もすれば完全に消えて無くなる。」
ウーログは端的にそう答えると、目の前に一頭の黒馬を出現させ跨った。
「俺は今から、咎人を殺しに行くんだ。」
「…!」
ウーログのその言葉を聞いた瞬間、ドゥルンジタは凍りついた。
少なくともこの地上に存在する生物にとって、咎人の討伐など夢物語の筈だった。
それをウーログがあまりにも普通のことの様に話すので、ドゥルンジタは圧倒されたのだ。
「咎人?それが何なのかは判らないが、気を付けて行ってくれ。」
ドゥルンジタは、咎人など知らないと嘘を吐く。
もしも彼に、ティーミスを殺せる力か算段があるのだとすれば、それに自分がティーミス側の存在だと知れてしまったら。
そもそも、龍笛を使ってドラゴンをおびき寄せるトラップなど、ドラゴンへの畏怖が少しでもあれば絶対に作らない。
ましてやそれに本当にドラゴンを嵌めてしまえば、普通の者ならば正気を保つことすら叶わないだろう。
否。
おかしいのは、そう思っているドラゴンの方だった。
「後日、レイドクランからいくつか謝礼の品を送らせてもらうが、今一度謝罪を表そう。すまなかった。」
ウーログはそれだけ言うと、ユミトメザルの方へと向けて駆け出して行った。
(最強…か。)
ドゥルンジタは魔方陣の中で、とぐろを巻きながら物思いに耽る。
かつてドラゴンは、畏敬の対象だった。
それはドラゴンが最強だったからである。
しかし、今の最強は間違い無くティーミスである。
故に、ドラゴンは最強では無くなり、仮にティーミスがいなくなったとしてもかつての威厳は二度と最強には戻らない。
ドラゴンを超える存在が出現出来る事が、もうこの世界で証明されてしまったからだ。
ドラゴンを超えるティーミスが人の手で倒されようものならば、この世界の最強種族は人間と言う事になる。
(今まで我々は、どれ程危うい玉座に踏ん反り返っていたのやら…)
ふとドゥルンジタは、自身が微塵もティーミスの心配をしていない事に気が付く。
自分は意外と薄情な奴だったのか。
違う。
ドラゴン如きがティーミスの心配など、身の程知らずも良い所だと理解していただけだった。
〜〜〜
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警告。
『ユミトメザル』上空に、空間学的な抹消系大魔法の展開を確認しました。
生存を優先する場合は退避、土地の存続を優先する場合は術者の撃退を行ってください。
《退避》《撃退》
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ティーミスはユミトメザルの壁の上に座りながら、そんなシステムウィンドウをただただ見つめていた。
「逃げれば此処を失う。此処を守るにはあれと戦うしか無い。誰の仕業か、大体検討が付きますね。」
ティーミスはウィンドウを閉じると、壁の外へと視線を向ける。
ユミトメザルの外には、異形のアンデッドが三体。
魔導師の格好をしたグールをかばう様に佇んでいた。
「…随分と手の込んだ嫌がらせですね。」
ティーミスは虚空から刀を取り出すと、ゾンビの一団を討伐すべく地上へと飛び降りる。
この時はまだ、ティーミスはそれがただの嫌がらせだと思っていた。
「こんにちは。腐ったお客様。土に還してあげます。」
ティーミスは、フルアーマーのゾンビに向けて剣先を向けて、そのまま一気に駆け出す。
剣士ゾンビの鎧に刻まれたエンブレムが目視出来るか否かの地点で、ティーミスの目の前にウィンドウが表示される。
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【“騎士グラハム”】
ネームドモンスターの為、ライブラリデータ無し。
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「グラハムさん?」
次の瞬間、ティーミスの脳裏にグラハムとの戦いがフラッシュバックする。
戦士ゴガン、魔法使いリカリアと共に、脱獄間もないティーミスと対峙した騎士である。
当時ティーミスは満身創痍にまで追い込まれたが、結局ティーミスは、最後は3人とも惨殺してしまった。
何故、グラハムさんが?
ティーミスはそんな疑念を抱くが、だからと言って攻勢の手を緩める事も無かった。
「ん…にゃあ!?」
ゾンビの一団まで残り20mと言う所で、ティーミスは急ブレーキをかける。
黒騎士の両脇を固めるゾンビの姿が、あまりにもグロテスクだった為である。
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【ミレニアムハンドグール・狼体】
腕だけで作られた狼型のアンデッド。
機動力と攻撃力に秀でており、軍隊規模の大多数敵に対して有利。
注意
このモンスターは以下の特性を得ています。
《超高速輪廻》
倒された場合、20秒後に復活する。
《リスポーン時無敵・10s》
復活した場合、10秒間無敵になる。
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体の何もかもが人の腕で出来た狼と、
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【ミレニアムフェイスパラディン】
呪術により縫合された集合霊が、儀式により生み出された肉体に宿った物。
膨大な体力を持ち、広範囲攻撃を得意とします。
注意
このモンスターは以下の特性を得ています。
《守護者》
付近の味方の受けるダメージの、一部を肩代わりする。
《超高速輪廻》
倒された場合、20秒後に復活する。
《リスポーン時無敵・10s》
復活した場合、10秒間無敵になる。
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無数の人の顔が縫い付けられた巨漢の男。
その容姿は、ティーミスには少々センシティブだった。
「こ…怖くなんてありませんよ…」
“私はもう強いんですから”、ティーミスはそう言おうとしたが、そんな事も無いと思ったのでやっぱりやめた。
“クグシュフルルルルルッル…”
狼型が、皮を擦り合わせた音の様な鳴き声をあげながらティーミスに向けて駆け出す。
続けて大男型も、のしりのしりと移動を始める。
「…気持ち悪いですね…」
生者ならば躊躇うが、相手が死者ならばティーミスも容赦はしない。
ティーミスは先ず向かってきた狼型を思い切り蹴り飛ばし、次に大男型を八つほどに切断する。
“オオオオオオオ!”
グラハムの剣が、ティーミスの頭上から振り下ろされる。
ティーミスは、躱しも受け止めもしなかった。
“ガンッ!”
グラハムの剣が、ティーミスの脳天にぶつかる。
切断する事も、傷を負わせる事も叶わずに、ただぶつかる。
「…次は、私の番ですね…」
ティーミスは右手でグラハムの剣を掴み、左手の指先をグラハムの頭に向ける。
グラハムはギシギシと音を立てながら剣を持ち上げようとするが、ティーミスが剣を握る力の方が強かった。
「これで、終わりです。」
ティーミスは、グラハムに向けた指先から赤色の光線を放つ。
光線はグラハムの頭に直撃する。
光線の当たった部分はすぐさま変色を始め、ボロボロと崩れ落ちて行ってしまった。
“ガシャゴン…”
グラハムが崩れ落ちる。
次の瞬間ティーミスは、巨大な腕で殴り飛ばされた。
「うぐっふ…!?」
ティーミスはよらよら起き上がりながら、自分を痛めつけた犯人を見つけようと周囲を見回す。
グラハムの隣に、先程切り刻んだ筈の大男ゾンビが、盾のエフェクトを帯びながらそこに居た。
「やっぱりですか…復活するって書いてありましたもんね…」
ティーミスは、大男ゾンビの後ろに隠れるようにしている魔道士のゾンビを睨み付ける。
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【魔導師ゾンビ】
死の魔力により蘇った死者です。
生前に覚えた魔法を使用してくる事があるため、行動の予想がつきにくいのが特徴です。
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魔道士ゾンビには復活属性は付いていなかった。
よってティーミスは、魔道士を先に倒す事にした。
これがただの時間稼ぎだと言う事に気付くのは、もう少し先の事である。