アンノウンルーズ
「やあ。昨晩は済まなかったね。ティーミス。」
ドゥルンジタは、紐の先にぶら下がっているティーミスに向けてそう告げる。
ピスティナはお役御免と察すると、縄を離してティーミスを地面に落とし、ティーミスの体に溶け込み、兵舎の中へと帰って行った。
「…ぐっぷ…」
ティーミスは乗り物酔いを患い、黒色のタールを軽く吐き出す。
否、ティーミスが吐き出したのは灰色の粉末。
ティーミスは既に数ヶ月何も食べずに過ごし、なおかつ自己蘇生や身体再生を繰り返したため栄養失調となっていた。
「いえ…別に怒ってる訳じゃ無いですよ…ただ、急に何所かに行ってしまったから少し心配になっちゃって…」
ティーミスは、起き上がり小法師の要領で起き上がる。
「おや、もう血が止まったのかい?おかしいな…僕の牙から受けた傷は、そう簡単には治らない筈だけど…」
ふとドゥルンジタは、ティーミスの足のあった場所に目をやる。
昨晩は下腹から噛み切った筈だが、今のティーミスには既に僅かに太ももの一部があった。
呪いの篭った竜の牙で受けた傷は、どんな処置を行えどそう簡単に癒える事は無い。
幾ら時が経過しようとも、跡は残るし、場合によっては一生痛みが付き纏う事もある。
少なくとも、通常の生物においてはそうだった。
「で、ドゥルンジタさん。どうでしたか?」
ティーミスは両腕(のあった場所)をパタパタと動かしながら、ドゥルンジタに自身の味問う。
「ああ、正直言って、殆ど骨と皮であんまり美味しくは無かったかな。硬くて歯に挟まるし、血はただただ辛いだけだったし。…今まで食べた人間の中じゃダントツで不味かったよ。」
ふとドゥルンジタは思い立つ。
もしかすれば、今ならティーミスを殺せるのでは無いかと。
ドゥルンジタの口の前に青色に輝く魔法陣が出現し、ドゥルンジタの咆哮と共に魔法陣からは一直線のレーザーが放たれる。
ティーミスは、自身の目の前に空間の歪みを出現させる。
レーザーは、歪みの中へと消えてしまった。
「やっぱりだね。ティーミス。君は。その気になればそんな体にならなくても済んだ筈だ。」
言い終わった瞬間に、ドゥルンジタは思い出す。
ドゥルンジタによる衝動のままの初撃の際、ティーミスは布団から腕を出し、ドゥルンジタの方へと掲げた。
ティーミスはドゥルンジタに、己が身を差し出したのである。
「…成る程。そう言う事か。」
ドゥルンジタは、ティーミスの真意を理解する。
ティーミスは、ドゥルンジタの怒りも攻撃意思も全て理解し、それに“応じた”のだ。
それは、ドゥルンジタとの気の遠くなる程の実力差を持つ者だけが成せる業だった。
「僕が浅はかだったよ。ティーミス。」
ドゥルンジタは祠から降りると、ティーミスの前に首を垂れる。
「僕は最初、君への不意打ちが成功したのだと思っていた。僕はひと時でも、君よりも強い存在だと思えたんだ。でも、違った。」
ドゥルンジタは、ゆっくりと目を閉じる。
「ティーミス。君は、僕に夢を見せてくれた。僕の知る強者は皆弱き者を絶望させる事しかしなかったし、僕自身もそうだった。」
「あの、すいません。さっきから一体何の話を…」
「君は最強よりも上の存在。それこそ本物の神の様だ。」
ドゥルンジタは目を開ける。
数瞬の内に、ドゥルンジタはティーミスの目の前まで移動する。
「だからもう一度くらい、弱者の我儘に付き合ってくれ。」
細長いドゥルンジタの体が、次第にティーミスを囲んで行く。
「ドゥルンジタ…ま…まさか…」
ティーミスは、ドゥルンジタの真意を察する。
「む…無茶ですよ!だって私達…こんな…」
「噛んで死なないなら大丈夫さ。嫌なら僕を殺すと良い。」
その場所には、一人と一匹以外は誰も居なかった。
〜〜〜
乾いた風が吹き荒ぶ荒野の真ん中に、一瞬の閃光と共に、黒炎の大剣を背負った一人の男が現れる。
セスベドである。
「イヴ。本当に、此処で会ってるのか?」
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はい。
2km先に、騎士団本部の信号を確認しました。
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セスベドは辺りを見回す。
砂に埋もれたビル。ボロボロの道路と、道路に止まったまま二度と動かない車達。そして、砂嵐のはるか遠方に見える、巨大な人型の影。
「イヴ、ありゃなんだと思う。」
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ライブラリより情報を照合します。
照合完了しました。
《ハイエルダーダイダラボッチ・ブランク亜種》発祥世界線 8f215w1
超大型人型モンスター。
《陰陽核》と呼ばれる小形原始融合炉により、肉体の維持、及び活動エネルギーを発生させています。
意思疎通は不可。人類に対しては畏怖的。炉から溢れたエネルギーを消費する為に世界線を移動する生態を持っています。
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「ダ亜種が居るってこたぁ、もうこの世界には人間は居ないって事か?」
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その論理にはエラーが含まれています。
《ハイエルダーダイダラボッチ・ブランク亜種》は転移先として人類が“少ない”世界線を選びます。
人類が存在しない世界に《ハイエルダーダイダラボッチ・ブランク亜種》が居る事はありますが、《ハイエルダーダイダラボッチ・ブランク亜種》が居るからといって、そこに人類が存在しないと言う証明にはなりません。
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「ダ亜種が来る程、この世界には人類は少なくなってるのか?」
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砂嵐が磁気を孕んでおり広範囲観測は困難ですが、現状の観測範囲内ではゼロです。
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「全く、1000年守るんじゃ無かったのか?」
セスベドの目の前に空間の歪みが出現し、歪みの中からは一台の黒いバイクが現れる。
セスベドはバイクに跨り、エンジンを蒸す。
“ブロロロロロン!”
「よし、久し振りに飛ばすぞ!」
バイクの排気管に赤色の光が灯る。
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現在この場所は、道路と定義する事が出来ません。
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「だからどうした!」
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道路交通法順守の必要は無いかと。
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「そう来なくてはな!」
爆風と共に、セスベドを乗せたバイクが爆走を始める。
砂に埋もれたビル、形を保ったまま死んだ建物、その全てに、セスベドは見覚えがあった。
此処はかつて、車で何度も通った通勤路だった。
かつては天をも貫くと言われた、ディア商会本社ビルが倒れている。
セスベドは覚悟を決め、騎士団本部の方を見る。
「やっぱり、オザヤマ建設に頼んで正解だったな。」
いくつものブロックを並べたり積み上げたりした様な姿の騎士団本部は、汚れてはいるものの、セスベドの記憶にある姿と何ら変わりはなかった。
セスベドはバイクに乗ったまま、朽ちきった鉄の柵を突き破り本部の敷地の中へと入って行く。
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敷地内に動物性有機物反応有り。
生体反応は無し。
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壁に空いた穴から、バイクを降りたセスベドは施設の中へと入って行く。
土埃が積もっている事を除けば、建物の中は比較的綺麗な状態で保たれている。
朽ち果てたカップ麺の空が床に並べられている。
そこかしこにミイラ化した遺体が転がっている。
そのミイラ達は、突然の死と言うよりもゆっくりと弱っていったと言う印象を受ける。
ミイラの中には、セスベドの見知った顔もあった。
「こいつらは、籠城でもしてたのか?」
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該当有機体を分析します。
分析中…
分析中…
分析完了しました。
対象物は人間の死体。死因は餓死。又は栄養失調、及びそれに起因する疾病。
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「何かから、隠れてたのか?」
ふとセスベドは、ミイラ死体の中にどう見ても騎士団員では無い物を見つける。
そこかしこに、一般市民も混じっていた。
「成る程。此処が“何かから”の避難所だったのか。」
雷のような音が、建物の真上から聞こえる。
「何事だ。まさかその“何か”か。」
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《ワールドバイキング》の来航を確認しました。
推測として、多次元移動に適し、外敵の少ないこの世界線を停泊地としているのでしょう。
彼らは基本的には人類に友好的です。
有害だとしても、騎士団が籠城を迫られる程の脅威ではありません。
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「はぁ…そうか…」
セスベドは、ガラス戸が消えて四角い穴だけとなった窓から、外を眺める。
人が居なくなった世界には居て当たり前の、沢山の多次元生命体達が跋扈している。
しかしそこに、この世界を終わらせられる程の物は居なかった。