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誤解後悔不正解

早朝の、ユミトメザルの城の中。

ティーミスの部屋のベッドの上で。


「はぐ…はぐはぐ…」


手足と殆どの内臓をドゥルンジタに食べられたティーミスは、口だけを使って自身の体に包帯を巻こうとしていた。


「ふぐふぐ…むふぅ…」


上手く巻ける訳も無い為、ティーミスは自己治療を諦める。

既に失った内臓は少しづつ再生を始めていたが、傷口は未だに塞がっておらず、腕や足のあった場所の切断面からは、僅かに血が滴っている。

本来ならば発狂ものの重症だったが、当のティーミスは、痛みによるストレスで目のハイライトが消えているものの、比較的平静だった。


「…はぁ…もう良いです。どうせ放っておいてもいつかは治ります。」


ティーミスは、咥えていた包帯を離す。

足は太ももを僅かに残しばっさりと無くなっている為、今のティーミスは腰と重心の力だけでベッドの上に立している状態だった。


「でも…ドゥルンジタさんのお友達を殺したのは私です。嫌われて当然ですよね。」


ドゥルンジタは、ティーミスを喰らった夜から何処かに姿を消してしまっていた。

ティーミスが彼にあげた龍鎧により、ドゥルンジタは飛行能力を得ていた為、そう危険な目には会う事は無いだろう。

そう、ティーミスは捉えていた。

楽観的だが、同時に現実的でもあった。


「…仕方、ありませんね。」


ティーミスは一瞬だけ、シュレアの名前を思い浮かべる。

次の瞬間ドアが勢い良く開き、シュレアが部屋の中に入って来た。


「お呼びですか?ご主人さ…」


シュレアはティーミスのベッドの正面に立ち、ティーミスの今の姿を見た瞬間、台詞を途切れさせる。

昨日まで五体満足だった主人が、一晩で胴体と頭だけになっていれば当然の反応だった。


「あの、この体では当分は歩けそうにも無いので、暫く私のヘルパーをお願いしたいのです。」


ティーミスはバツが悪そうに、モジモジとシュレアに要件を伝える。

シュレアは、凍りついた様に動かない。


「シュレアさん?」


まさかバグってしまったのか。

ティーミスは若干の焦りを覚える。


「何と…何と…おいたわしや…」


シュレアが、僅かに痙攣しながらボソボソと呟く。


「大丈夫ですよシュレアさん。私は平気ですから。」


ティーミスは僅かに笑って見せなる。

シュレアは両手に赤霧を集結させ、一対の紅色の双剣を出現させる。


「どうせあの《シルバーライン》の仕業でしょう!待っていて下さいティーミス様!今すぐあの魚を三枚におろしてきますから!」


シュレアはそう言い残すと、タックルでガラス窓を突き破り、城の外へと繰り出して行ってしまった。


「あの…ちょっと…」


ティーミスはシュレアを呼び止めようとしたが、その頃には既に、シュレアは遥か彼方。

ティーミスは、呆れてベッドに横になる。


「はぁ…行ってしまいました…」


ティーミスは再び頭の中でシュレアを呼んでみたが、応答は無かった。

仕方が無いのでティーミスは、自身を持ち運ぶ用の【歩兵(ポーン)】を作ろうと、再び身を起こそうと力を入れる。

その時、部屋の天井から大きな半液の塊が滴り落ちてくる。

半液は、瞬く間にシュレアの形を成す。


「…お帰りなさい。シュレアさん。」


「は…はひ…」


シュレアは全身をぐちゃぐちゃに折り曲げられて、目を回して昏倒していた。

ティーミスには劣りはするが、ドラゴンがこの世界の最強種である事は紛れも無い事実だった。

シュレアの体は再び半液に戻って行き、床へと染み込む様に消えて行った。


「シュレアさんは駄目そうですね…でしたら。」


ティーミスが何かを考えるよりも先に、ベッドの下からピスティナが這いずり出て来る。


「ピスティナちゃん。その…私の身体が治るまで、私の体の代わりになってくれませんか?」


「がう。」


ピスティナはティーミスを持ち上げ、腹の辺りで抱き(かか)えると、ティーミスのベッドに腰掛けた。


「よぉ…いーご…だぁ…」


ピスティナはティーミスの頭をポンポンと撫でながら、呻きとも言葉ともつかない声を発する。

ティーミスはピスティナの腕の中で体を回転させ、ピスティナと同じ方向を向く様にする。


「ピスティナちゃん。じゃあ先ずは…」


「がう。」


ピスティナはティーミスを抱えたまま、やっと再生が終わった窓をタックルで突き破り、外へと繰り出す。


「ドゥルンジタさんの元へ、最速で。」


ティーミスは少し格好つけたくなり、ピスティナに向けてそう命令する。


「がう。」


ピスティナは軍服の裏から荒縄を一本引っ張り出すと、それをティーミスの首に巻き始める。


「にぇ…?ちょ…ちょっと!ピスティナちゃん!」


ティーミスは慌てるが、抵抗はしない。

ピスティナはティーミスが窒息しない程度に縄を締めると、ティーミスをナップザックの様に背中にぶら下げ、クラウチングスタートをする。


「ぐぇ…ぴ…ピスティナちゃん、苦しい…私、死んじゃ…」


ティーミスには、首吊りの経験があった。

息が圧迫されて息が詰まり、ドクンドクンと首と頭と目と目の奥が脈打ち、頭から順に感覚が麻痺して行き、次第に何もかもが解らなくなり、やがて意識が落ちる。

ティーミスは、何度もそれを経験した。


「…ん?」


しかし、今回はそうはならなかった。

確かに息は少し苦しかったが、それ以上の事は何も起こらなかった。


次の瞬間、ティーミスは自身の今の状態を思い出す。

肉体の半分程を失っているティーミス。

体重も当然減っていたし、若干ながらピスティナにも体重が載っていた為、致死には至らなかった。


「ぐるるるる…」


ピスティナは唸り声を揚げると、物凄い勢いで駆け出し始める。

壁に向けての、直進である。


「にゃああああああああ!」


物理法則に従いティーミスは、ピスティナの進行方向とは反対向きの力に煽られる。

縄から頭が抜けそうになるのを顎で必死に食い止めながら、ティーミスは何がどうしてこうなったかの考え始める。


先ず、今ピスティナがやっている様な、荷物を背中にかけて走る運送方法は主に軍属のスプリンターがよく行う方法だ。

しかし、本来は風の抵抗を受けにくい形状の特殊なナップザックでやるものであって、もこもこの部屋着を着た手足無し少女を運ぶ際には、普通は絶対に使わない。


「…にぇ!?」


ティーミスはピスティナの目の前まで壁が迫っている事に気が付き、慌てて門を出現させる。

出現させた門は人一人がやっと通れる程度の大きさの、門と言うより非常口の様な物だった。


ピスティナは少しも勢いを弱める事も無く門を通過すると、ドゥルンジタの元へと一直線に駆け出す。

ティーミスの生み出した物は全てティーミスの一部。ドゥルンジタがティーミスからもらった鎧を身につけている限り、ティーミスも、従属者たちも、皆ドゥルンジタの場所を察する事が出来た。


(成る程。ピスティナちゃんは、最速と言う単語に反応して…)


ピスティナは覚えている中で、最も速い物資運搬方法を実行したのである。

ピスティナには理性も知恵も無かった為、その運搬方法がどうして速かったかなどは覚えていなかった。


「…ピスティナちゃん…」


ティーミスは、そんなピスティナが何所か健気に見えた。



〜〜〜



焦げ地の大陸の西側、それ以上の形容のしようの無い場所で。

ドゥルンジタは祠の上に、ダンジョンの入り口に腰掛け、物思いに耽っていた。


「はぁ…彼女には、悪い事をした。」


いくら親友の仇だとは言え、今は自身のボスである事は間違い無い。

それに感情に任せて噛み付くなど、ドゥルンジタらしくも無かった。

ドゥルンジタにとってはそれだけ、フカセツが大切な存在だった。






凡そ三千年前。

深海の底の宮殿で、ドゥルンジタは7体の兄弟と共に産声をあげた。

ドゥルンジタが卵から出て最初に見た者は、何とも嬉しそうな顔の母。次に見た者は、当時はまだ宮殿の召使いとして働いていたドラゴニュートの少女。

これが、ドゥルンジタとフカセツの最初の出会いだった。


フカセツは天真爛漫で、宮殿の召使いの中では一番よく喋った。

仕事の一つ一つが丁寧で、ドゥルンジタ含めた子龍の世話も率先して行う為、時折、喧嘩になった他の召使いを食べてしまう事もあったが宮殿内での評判は概ね良好だった。


魚龍でも無いフカセツに、ドゥルンジタは泳ぎを教えてもらった。

牙も魔法も使えないフカセツに、ドゥルンジタは牙と魔法の使い方を教わった。

ドゥルンジタにとってフカセツは、母も同然だった。


ドゥルンジタが丁度18歳になった頃、ある日フカセツは、ドゥルンジタに初めて自身の野望を明かした。

と言っても、取り留めの無い、冗談混じりの夢だったが。


「ウチはな、いつか偉くて強いドラゴンになって。ウチの村を焼いた人間を一人残らず食い殺してやりたいんでありんす。」


他のドラゴンはその話を、言うのはタダの夢物語と捉えらるし、フカセツ自身も内心はそう思っていた。

しかしドゥルンジタは違った。


「そうか。じゃあ、僕も手伝うよ。」


「そうか?嬉しいのぅ。」


当たり障りの無い返し。

フカセツはドゥルンジタの返事をそう受け取った。


500年後。

ドゥルンジタは、海の外へとフカセツを誘った。

フカセツは最初、トラウマのある地上へと行く事は断ったが、ドゥルンジタの懇願により共に海に出る事になった。

ドゥルンジタは西、フカセツは故郷である東に巣を構え、功績を挙げ、共に神龍となった。



そして、フカセツだけが命を落とした。






ドゥルンジタは祠の上に座りながら、自分が何を間違えたかを考えた。

一体何を間違えたのか。

もしもフカセツを地上に連れ出さなければ、フカセツはティーミスに、陸上生物である人間に殺される事は無かったのだろうか。

もしもフカセツでは無く自分が東に行っていれば、何ならばフカセツと共に同じ地を住処にすれば、何か違ったのか。


ドゥルンジタには解らなかった。


何故、今自分が咎人と一緒に住んでいるのかも。

何故、自分で敵と言ったはずの相手と、同じ寝床で眠ったのかも。


種の存続?

違う。

ドゥルンジタはただ、怖かったのだ。

フカセツと同じ運命を辿るのが。

仲間を平気で裏切れる程に、凄く。


「グルルルルル!ガウガウ!」


下方からピスティナの唸り声が聞こえる。

ドゥルンジタが座っている祠の前に、目を回すティーミスが付いている縄を背負った、ピスティナが佇んでいた。

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