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呼び捨て

ユミトメザルの城の廊下にて。

ティーミスは、全長が3m前後にまで縮んだドゥルンジタが、廊下を這うようにして移動しているのを見付ける。


「あの…貴方、縮んでませんか?」


ティーミスはドゥルンジタの頭の前にしゃがみ込む。


「ああ。何故だか解らないけど、此処には魔力が全く無いからね。」


ドラゴンは、半魔法生物である。

食物を分解して得たエネルギーを利用する非魔法生物としての特徴と、周囲の魔力を取り込み続ける魔法生物としての両方の性質を兼ね備えている。

故にドラゴンは、食物が無くても魔力があれば、逆に魔力が無くとも食物があれば、生存し続けえる事が可能だった。

今回のドゥルンジタの場合は、食物だけで体を維持できる様にする為に、身体が一時的に非魔法生物へと変化したのだ。


「もしかして…そのうち、魔力が無くなって死んじゃったりしますか?」


ティーミスは突如、不安になって問う。


「いや大丈夫さ。身体はこれ以上小さくはならない。」


ドゥルンジタがそう答えると、ティーミスはほっと胸を撫で下ろす。


「だけど、移動は少し不便かな。」


ドゥルンジタの身体は、遥か遠方から見ると銀糸の様に映るほど細長い。

浮遊を前提としている為手足は極端に短く退化しており、蛇の様に素早く這いずる為の筋肉も備わってはいない。

言うなれば今のドゥルンジタの移動事情は、陸に上がった魚の様な状態だった。


「移動が不便…ですか。では、少し待っていて下さい。」


ティーミスはそう言うと、アイテムボックスに手を突っ込み、大量の鎧を付近に放り始める。

どの鎧も焦げていたり、錆びていたり、歪んでいたり割れていたりとスクラップ状態である。


ーーーーーーーーーー


【壊れた鎧】×32を合成して、【龍鎧】を生成しますか?


《はい》《いいえ》


ーーーーーーーーーー


「いいえ。」


ティーミスは否定する。


ーーーーーーーーーー


【壊れた鎧】×32と【パラダイムシフトプラン】を合成して、【龍鎧】を生成しますか?


《はい》《いいえ》


ーーーーーーーーーー


「はい。」


堆く積み上げられた壊れた鎧が、次第に赤黒色への変色と、半液への融解を始める。

鎧はすぐさま解け合い、一つの赤黒色の塊となる。

ティーミスはその赤黒の塊に、一枚のマザーボードを放り投げる。

マザーボードは飲み込まれる様に塊の中へと沈んでいき、完全に沈みきると、塊は変形を始める。


塊は圧縮され、変容し、四つの赤黒色の部分鎧となった。

赤い宝石があしらわれた、リング状の黒い兜。中央に巨大な赤い水晶が埋め込まれた胴当て。手の甲に丸い赤い宝石が埋め込まれている、一対の小手。


ーーーーーーーーーー


【龍鎧】が完成しました。

アイテムボーナススキル《飛行》が追加されました。


ーーーーーーーーーー


ティーミスは、完成した鎧を眺めると、達成感により僅かに微笑む。


「出来ましたよ。ドゥルンジタさん。」


「と…咎人よ。創世の龍すらも超える貴女の創造能力はよく分かった。だが、その様、どう見ても…」


誰がどう見ても二足龍用の装備で、ドゥルンジタにはとても合いそうには無かった。


「大丈夫ですよ。ドゥルンジタさん。」


ティーミスはその大きな小手の一つを、両手でやっと抱え上げ、それをそのままドゥルンジタの左腕にはめてみる。

小さなドゥルンジタの手では、小手の指に自身の指を通す事も叶わない。

否。

小手はすぐ様縮小し、ドゥルンジタの退化しかけの手にぴったりとはまる形に変化した。


「な…!?」


ドゥルンジタは唖然とする。


「解ります。この機能、便利ですよね。」


ティーミスは自身のサンダルを見ながら、得意げに微笑んだ。

そのままティーミスは、残りの鎧もドゥルンジタの方へと投げる。

鎧はまるで意思でも持っているかの様にドゥルンジタの該当部位へと吸い寄せられて行き、彼の体に合う様に変形し装備される。


「咎人よ…これは一体何のスキルなんだ?」


「これはスキルじゃありません。ただの機能です。」


「機能…だと?咎人よ、貴女はゴーレムか、はたまたホムンクルスの類なのか?」


「いえ。私は工場でも、試験管の中でも無く、お母さんのお腹の中から生まれた人間です。」


ティーミスはふと、今の自分の発言に疑問を抱く。


「そう…人間の筈でした…多分…」


ティーミスは暫しの間、特に訳も無く窓の外を眺める。


「じゃあ、今の私は何なのでしょう…」


ドゥルンジタは這いずり、ティーミスの傍まで移動する。


「じゃあこうしよう。僕は神龍を辞めたから、神でもドラゴンでも無いただのドゥルンジタ。だから君も、ただの…えっと…」


「私の名前はティーミスって、言います。」


「ティーミス。ドゥーメルの森のエルフの言葉か。美しい良い名前だ。じゃあ、ティーミスと呼んで良いかな。」


「ええ。」


ティーミスは目を閉じる。


「では私も、ドゥルンジタって呼んで、良いですか?」


「ああ。勿論。」



〜〜〜



=========


(先天性スキルなし)


==========


それが、【天賦神の目】がティーミスに下した判定だった。


「…はぁ、頑張ったのになぁ。」


アルベルトは、帰りの船の船室の中、ベッドに寝転がりながら、ティーミスに使い持ち帰った【天賦神の目】を眺めていた。

アルベルトは、ティーミスのその秘めた心の強さを理解しているつもりだった。


「あの子は一体何処で、大陸を丸焼きにする程の力を手に入れたのやら。」


アルベルトは、ティーミスが震えながらダンジョンを歩いている姿を想像しクスリと嗤う。


一人で何十、何百もの極限級のダンジョンを攻略し続ければ、ティーミスの様な超常的な力を手に入れる事は、理論上は不可能では無い。

ただ、今まで誰もそれをしなかった。

そもそも今の今まで、人類が単身で神話級のダンジョンを攻略した事例すら無い。

挑戦した事例は、数多あるが。


「…もしかしたらティーミスは、犯罪者じゃ無くて人類の新たな可能性だったのかもね。」


それが、アルベルトの一か八かのスキル測定作戦から解った、ティーミスに関する唯一の情報だった。


『間もなく、ビジオードに寄港します。騎士団、民兵、並びに冒険者の皆様。焦げ地調査作戦、お疲れ様でした。』


船内放送が、アルベルトの部屋の中にも届く。


「…民兵…か。しかし今回の作戦は、流石にティーミスに対して不敬だったかな。」


第一回焦げ地調査作戦。

その真の目的は、口減らしだった。

焦げ地を追われ、他の大陸に逃げてきた大量の避難民。

それを易々と受け入れられる国など何処にも無く、矮小国家を始めとした国家のパンクがそこかしこで起こっていた。

故に帝国は、国民飽和に喘ぐ参加の国から民兵を募集し、今回の作戦で死地である焦げ地に向かわせ、今回の場合はその8割程がアルベルトの大技によって消し飛んだ。

帝国は既に、ティーミスをある種の機関として扱い始めていた。



〜〜〜



深夜のユミトメザル。

ドゥルンジタの部屋。

ドゥルンジタは、部屋の中にあったベッドを連結させて作った巨大な寝床の上で、とぐろを巻く様に眠っている。

掛け布団から、ドラゴン最大の感覚器官である鼻先が僅かに出ており、目は布団の中にあるが部屋全体の状況を捕捉する事が可能だった。


部屋の扉が僅かに開き、真っ暗な部屋を一筋の光が射す。


「どうしたんだい。ティーミス。」


ドゥルンジタは、自身の領域への侵入者に問い掛ける。


「…怖い夢を見たので、今日は一緒に眠っても良いですか?」


もこもこの部屋着に身を包んだティーミスは、ドラゴンの領域の侵犯の理由を述べる。


「良いよ。ただ、僕は冷血動物だ。冷たい物が隣にあっては、風邪を引いてしまうかも知れないよ。」


「大丈夫です。もう、一回引いたので。」


ティーミスが、ドゥルンジタと同じ布団に入る。

ドゥルンジタは体温を持っていない為、布団の中は僅かにひんやりと冷えていた。

風呂上がりのティーミスには少し心地良かった。


「君はあったかいね。ティーミス、」


「ええ。そう言う生き物ですから。」


「…ねえ。ティーミス。君は強いし、優しいし、何より暖かい。どうして、世界の敵になる事を選んだんだい?」


「………世界が、私の敵になったからです。」


アトゥ公国の地下に眠る巨大魔力源泉を世界が望んだ。

直接手を下したのはケーリレンデ帝国だったが、実質的にはティーミスは世界に故郷を奪われたも同義だった。

少なくともティーミスはそう考えていた。


「ごめんなさい。本当は、そんな大層な理由じゃ無いです。私はただ八つ当たりがしたかっただけなんです。多分。」


「…八つ当たり…か。」


ドゥルンジタはふと、在りし日のフカセツの顔を思い出す。

フカセツは思慮深く、抜け目無く、それでいて茶目っ気のある女性だった。

皆から好かれ、ユグドレリアと言う恋人も居て、神龍にとっての幸せのお手本の様な存在だった。

もしも彼女の死の理由が、ティーミスの八つ当たりなのだとしたら。


「“…ガアアアアアア!!!”」


ドゥルンジタは、衝動のままにティーミスに噛み付く。

ティーミスはドゥルンジタに向けて左手を突き出す。

ティーミスの左腕が、ドゥルンジタに噛み千切られた。


「…っつ…」


ティーミスの食い縛られた歯の間から、僅かに痛々しい呻きが漏れる。

布団が、ティーミスの血で紅色に染まる。


「…そう…です…私は…最低な生物…なんです…もう一本要りますか…?」


ティーミスは、残った右腕も宙に突き出す。


「“ガア…アアア…フカセツ…フカセツアアア!”」


ドゥルンジタは怒りと悲しみと野生の本能に任せて、ティーミスに噛みつき続けた。







「…ぎ…ひぎ…も…もう…良いん…ですか…?」


結局ティーミスは、両手足と胴体の半分をドゥルンジタに喰われた。

ティーミスは八つ当たりに生きている。

だからティーミスは、ドゥルンジタの八つ当たりに付き合った。


「“ハア…ハァ…”…はぁ…ティーミス…」


ドゥルンジタは口元からティーミスの血を滴らせながら、本来の体積の半分ほどになったティーミスを眺める。

ティーミスは、歯を食い縛り今にも泣き出しそうだったが、泣いてはいなかった。

泣くのは、ドゥルンジタの全てを受け入れてからでも悪くない。


「…もう…終わり…ですか…?」


「やっぱり君は、暖かいね。今…君は、生きているんだね…」


「…ええ…今の…私を…生かしているのは…フカセツさんの…魂ですから…」


ティーミスは、汗と涙と大量の血によりぐしょぐしょになっていた。

ゴクリと音を立て、咀嚼されたティーミスの一部がドゥルンジタの喉を落ちていった。

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