今、幸せかい?
昼頃。
ユミトメザル。
ティーミスとアルベルトの二人が、近過ぎず遠過ぎずの絶妙な距離を保ちながら、城の西側を散歩していた。
アルベルトは城を指差し問う。
「あれも君が作ったのかい?」
ティーミスは答える。
「いえ、元からあった物を改造しただけです。此処を取り囲む壁も、前此処にあった防壁をそのままコーティングして作った物です。」
「やっぱり、君は凄いなぁ。敵も倒せるし、お城も壁も建てられるし、可愛いし。完璧じゃ無いか。」
「完璧…アルベルトさんには、私がそう見えるんですか?」
「ああそうだよ。君以外の全ての人間から見れば君は、人智を超えた完全生命体そのものさ。」
「…完全…生命体…」
ティーミスは立ち止まる。
「どうしたんだい?褒めたつもりだったんだけど…」
ティーミスは、右手の指をパチンと鳴らす。
二人の前に、赤黒色の空間の穴が出現する。
穴からは二人用ベンチが現れる。
いつ何処で奪って来たかも覚えていない、木製で城の方を向いたベンチである。
ティーミスはアルベルトに聞く。
「疲れました。少し、休んでも宜しいでしょうか。」
アルベルトは答える。
「勿論さ。」
ティーミスとアルベルトは、ボロボロのベンチに腰掛ける。
それから暫く、静寂が続いた。
先に喋り出したのは、アルベルトの方だった。
「ねえ、ティーミス。今、幸せかい?」
「…!」
その質問をされた途端、ティーミスの目から涙が溢れる。
ティーミスは、震える声を必死に抑えながら答える。
「幸せな訳無いですよ…!…独りぼっちは嫌いです…殺しはもっと嫌いです…でも、毎日がそうなんです…」
ティーミスは右の拳で、涙を拭う。
「私…多分、悪者向いて無いんです…グスッ…」
「…やっぱり、納得出来無いかな。」
「…え…?」
アルベルトは空を見上げる。
空は、今にも泣き出しそうな灰色をしている。
「…僕が聖剣七柱に入りたいって言った時、皆は僕を笑った。まあ倍率一万は軽く超える、突飛な夢だったからね、夢を叶えた今となっても、あれは仕方無い事だと思う。
でも、ティーミス。君だけは違った。親も反対する僕の夢を、君だけは応援してくれた。君だけが、僕の事を信じてくれたんだ。」
「…だってアルベルトさん…凄く強かったじゃ無いですか。」
「たったそれだけの根拠で、君は僕に期待してくれた。君を拒絶しようとした僕をだよ?…凄く、嬉しかったんだ。」
アルベルトの頰に、雨粒が落ちる。
アルベルトは続ける。
「…でも、君は?君も、夢を教えてくれたね。“素敵なお嫁さんになる。”って。」
「それは…もう…」
「そうだね。きっと無理だろうね。何でだろうね。
…何で僕は一万人の中の一人に選ばれて、僕の突飛な大望を信じてくれた君のありふれた望みは無理なんだろうね!」
雨が降り出す。
アルベルトは続ける。
「いつも思ってたんだ。君は、誰かの傍が一番似合うって。…レックスと一緒に居る君を見てたら分かるよ。君は大切な人と一緒に居られるだけで、本当に幸せだったんでしょ?」
「…グスッ…ひっく…」
「…何でだろうね…何で、僕の夢は叶って、僕よりもずっと強くて賢い君のは駄目になってしまったんだろうね。何が、違ったんだろうね。」
「グス…貴方は…私の泣き顔が見たくて来たんですか…?」
「ごめん。僕は本気で不思議に思っただけなんだ。ティーミス。ごめんね。」
ティーミスは啜り泣く。
アルベルトは、黙って雨とティーミスの声を聞く。
暫くしてティーミスは少し泣き止む。
「…くすん…」
アルベルトは、再び話し始める。
「ねえ、ティーミス。君に夢はあるかい?」
「…にぇ?」
「僕にはあるんだ。」
アルベルトは、剣を天に掲げる。
アルベルトは夢を語る。
「僕はいつか、いや10年以内に、必ず“神刃”になる。」
「神刃…?」
「まあ簡単に言えば、聖騎士の中で一番強くて偉い人だね。手っ取り早い方法としては君を殺す事だけど…」
アルベルトは、ティーミスの脳天に剣を振り下ろす。
剣はティーミスの頭に当たるが、髪の一本も断ち切られる事は無かった。
アルベルトは、諦める様な口調で話す。
「多分、無理だろうね。」
アルベルトは剣を鞘に納める。
ティーミスは頭を軽くかく。
アルベルトは、ティーミスに質問する。
「君には何かある?夢というか、人生の目標と言うか。」
ティーミスは曇天を見上げ、思考を巡らせる。
ティーミスは答える。
「この世界から、帝国を跡形も無く滅ぼし去る事です。」
「うん、だよね。だと思った。で、その後は?」
「にぇ?…そ…その後は…」
ティーミスは、その後の事は考えていなかった。
ティーミスはその後の事について考え始める。
帝国が消え去った世界で、自分は何をしたいのだろうか。
戦う相手が消えたとて、別に普通の人間になれる訳では無い。
アルベルトが喋り出す。
「思うに、君の夢には膨大な責任が伴うと思うんだ。君が帝国に酷い目に遭わされたのは解るし、憎むのも当然だ。
でも、帝国がこの世界の中心、この世界をマワしているのもまた事実。それを消すっていう事は、この世界の形を無に帰すのも同義なんだ。」
「…世界が…無に…」
「だから誰かが、世界を作り直す必要があると思うんだ。そしてそれが出来るのは、壊す事の出来た人だけだと思う。又は、この世界の人類を皆殺しにすれば、そうする必要も無いと思うけど。
でも、無の状態が放置されれば、どうせまた第二第三の帝国が現れる。もしそうなれば君は、世界が終わるまで永久に戦い続ける事になる…かもね。君がどう考えるかにもよるかな。」
ティーミスは、思考を巡らせる。
帝国が消えた世界で、自分のすべき事は何か。
「もしも他に国があれば、新しい国を作ります。無かったら、国は作りません。」
「国は作らないって、どういう事?」
「国と言う概念を消します。みんながみんなの物。そうすれば、少なくとも源泉の取り合いで争うことは無くなります。」
「へぇ。雲を掴むような、突飛な話だね。」
「や…やっぱり変でしょうか…」
実の所ティーミスは、今のは適当に言っただけだった。
ティーミスは恥じらいに俯く。
アルベルトはティーミスに、にっこりと笑いかけ返答する。
「うん。出来ると思うよ。だって君、すごく強いじゃん。」
「にぁ…?」
ティーミスは不意を突かれたように顔を上げ、アルベルトの方を向く。
アルベルトは続ける。
「君の夢の成就には、山ほどの屍が必要になると思う。本来、聖騎士たる僕としては止める立場にある訳だ。…でも今日は、僕はもう剣を抜かない。幸い僕には、空気を読むだけの能があるからね。
ティーミス。きっと次に会った時、僕は君に剣を抜く。その可愛い顔を叩き斬ろうと向かってくる。でも、君に剣を振るう瞬間もずっと、僕は君の夢、応援しているよ。君がそうしてくれたようにね。」
「何だか少し、矛盾してますが…」
「まあジレンマって奴かな。」
雨が小雨に変わる。
薄くなった雲が、僅かに陽光の光を帯びる。
アルベルトは喋る。
「所でティーミス、君、実はそんな服の趣味だったんだね。」
「にぁ?」
ティーミスは、自身の姿を今一度確認する。
ティーミスは、途端に恥ずかしくなる。
「にゃ…ち…違うんです!これはその…システムが!」
「別に恥ずかしい事じゃ無いよ。人には誰だって、その人それぞれの趣味趣向があるものさ。それに、君のイメージとは大分違うけど、似合ってるよ。」
「ち…あぐ…用が済んだならもう帰ってください!」
「ははは。まあ、先ずは帝国打倒だっけ?頑張って。」
アルベルトの目の前に、再びペガサスが出現する。
アルベルトはペガサスに跨る。
アルベルトは、馬上からティーミスに話し掛ける。
「…そうだ、最後に一つ謝らせて欲しい。君が投獄されたと聞いた時、喜んじゃって、ごめん。」
「なんの事かはよくわかりませんが、良いですよ。」
「ありがとう。ティーミス。じゃあね。」
アルベルトを乗せたペガサスが、飛翔する。
ペガサスは一筋の閃光の様な状態になると、ユミトメザルの壁を超え、天空を駆けて行った。
「…ひくちっ」
ティーミスはくしゃみをする。
ユミトメザルはまた、ティーミス一人になった。
〜〜〜
焦げ地調査船。
甲板。
リムリアが、ギルド職員を必死に説得していた。
「まだ隊長が帰ってきて無いんです!もう少しだけ待ってくれませんか?」
「しかし此処は危険過ぎます!雨も降っていますし。これ以上予定時間を超過すると、海流が変わり遠回りになるかも知れないんですよ!」
「でも…」
その時、空に一筋の閃光が走る。
誰かが叫ぶ。
「隊長だ!」
空を走る閃光は、甲板に垂直に向かって来る。
あわや衝突すると言う所で、閃光はペガサスにまたがる騎士の姿に変わり、ふわりと着地する。
リムリアはその名を呼ぶ。
「アルベルト様!」
アルベルトの元に駆け寄るリムリア。
アルベルトは返事の代わりに、方位磁針の様な物をリムリアに渡す。
リムリアは、感嘆する。
「これはまさか、【天賦神の眼】!?しかも使用済み…まさか、これを咎人に…?」
アルベルトはペガサスから降りる。
アルベルトは、リムリアにゆっくりと話し掛ける。
「これで彼女の正体が、解るかも知れない。」