罪科の開花
ティーミスは顎腕で地を抉り、聖騎士と、肉のこびりつく大斧をその穴にそっと入れる。
顎腕の中に溜めていた土を吐き出し、正義の英雄三人衆を埋葬する。
ティーミスは近くにあった岩を埋葬地に立て、顎腕を解除し、両の指を組み合わせ、涙を湛える目を閉じ、許しを請う様に祈りを捧ぐ。
ティーミスは祈る。
願わくば自分以外の誰かがこの墓の前に立ち、祈りを捧げてくれます様にと。
「……」
「ジッドさん…ですか…」
「おう。」
始めティーミスはジッドに対していつも通り振る舞おうとしたが、目を泣き腫らしているであろう今の自分の姿を想像したティーミスは諦める。
「…ジッドさんは、どうして私を選んだんですか。」
「たまたまだ。」
「つまり、これも全て私に与えられた運命と。」
「お前がそう言うんなら、そうなんだろ。」
ジッドはティーミスの隣にどっかりと座り、ティーミスお手製の墓の前で、なむなむと呟きながら手を合わせる。
「俺も、お前に謝んなきゃいけねえことがある。好きに生きろだなんて言って悪かったよ。」
ティーミスの姿を少しづつでも観察してきたジッドの考え方にも、少なからず変化が起こっていた。
ジッドはその気さえあれば、努力さえあれば誰しも望み通りの人生が送れる物だと思っていたが、ティーミスの不幸な境遇と、平和を望みながら血と傷にまみれている姿を見る限り、その考えが間違いだった事に気がついたのだ。
「貴方は私に二つ目の命をくれた人ですし、私がこうなってしまったのは自業自得です。
…貴方が謝る事なんて、何もありません。」
ティーミスは乾きかけの涙をぬぐいながら呟く。
極論を言えば、家に帰りたいと言う望みなど結局ティーミスだけの望み。それが他者の不幸を伴うならば立派な傲慢の罪だ。
ティーミスはそれを理解して、それでいて帰りたいと言う欲求が抑えきれず一人苦しんでいる。
今にも泣き出しそうなティーミスを前に、ジッドは何とかして元気づけようとする。
ティーミスは確かにジッドが選んだ観察実験対象だが、その前に一人の人間だと言うことくらいジッドは理解している。
「お、そういやお前その格好似合ってんな。」
「…何ですか突然。」
「いや何となく思ったんよ。ほれお前、顔はお嬢様系美少女なのによ、格好は肌多めロリのそれだろ?萌えんなーって。」
「…は…はあ…」
「だからよ、笑ってみなって。お前にはやっぱ笑顔が似合うぜ。」
「……」
ティーミスは言われるがまま、はにかんだ笑顔を作る。
「おうおう。泣き顔も捨てがたいがやっぱそっちの方が良いぜ。ほれほれ、凶悪主人公っぽく、ドヤァ笑いしてみなって。」
ティーミスはジッドの言うドヤァ笑いは理解できなかったが、言葉の響きに合わせそれっぽい笑顔を作ってみる。
普段は、目元に面影程度として残っていたサキュバスとしての魅力が強調され、ティーミスのその顔は小悪魔の如く背徳的な魅力を帯びていた。
「へ、やればできるじゃねえか。…少し趣旨とはちげーが…まいっか!」
ジッドのいつもと変わらぬ調子に、ティーミスは少し元気付けられる。
「…ジッドさん…その、もし私がどうしようもない程の悪人になったとしても…」
「あ?具体的にどう言う状態だ?」
「それは…私がこの世界の絶対悪になったとしても…」
「だから、その悪人ってなんだ?負け犬って事か?」
「…へ?」
「悪とか正義とか、一体どう言う基準だ?多数決か?気の持ちようか?誰かが決めんのか?」
「…?…???」
「良いか、正義か悪だなんて、そんな言ったもん勝ちな物差しで物事を見る程俺もバカじゃなねえ。
良いだ悪いだなんて勝った奴が後で好きな様に決めりゃ良いんだよ。」
「……」
「良いか、お前がやっている事は悪事でも何でもねえ。ただ、勝負に勝ったってだけだ。
殺されそうだったから殺した。勝負が始まったから勝った。お前自身にとって、それ以上の意味はねえ。良いか?」
「でも、私は人を殺したんですよ!人を…正義の騎士達を…」
ジッドは不意に、にいと満面の笑みを浮かべてティーミスの首の下に指を指す。
「その“正義”様とやらは、お前を救ったのかぁ!?」
「………!
違う。
正義は、秩序は、ティーミスを救ってはくれなかった。
人々が希望と仰ぐそれは、ティーミスに一体何をしたか。ティーミスにどれほどの仕打ちをしたか。ティーミスに、どれほど不幸で過酷な道を与えたか。
「良いかメスガキ!倫理と正義は別もんだ!てめえの正義なんて、てめえで勝手に決めりゃいいんだよ!
もし相手がかかってくんなら!互いの正義を掲げろ!そして、全力で互いの正義を叩き潰し合えば良いんだよ!
自分の正義が絶対だって、声をあげて叫べ!良いか!てめえの敵は、全員悪だ!」
「!」
ティーミスの心の中の、何か根幹に当たる部分が音を立てて砕ける。
この人生の中で構築してきた価値観が、砂の城の如く呆気なく崩れ落ちて行く。
ティーミスは今まで経験したどれとも付かない感情によって、今まで流したことの無い種類の涙が一筋、ついと頰を伝う。
(私は今まで…世界の見方を間違えていたんですね…)
わざと悪として振る舞う必要など無い。ティーミスはティーミスのままで良い。
その結果として、ティーミスに罪人としての称号が付くだけだ。
ティーミスは、好きなように生きていれば良い。
もしそれが悪と言うならば、悪とは即ちティーミスの存在証明と同義である。何を恥じ後ろめたく思う事があろうか。
「へへ、泣き笑いっつうのか?相変わらず可愛い顔するなぁ。お前は。」
ジッドはそう呟くと、ティーミスの頭をポンと撫でる。
ティーミスも、自分の頭の上のジッドの手に触れようとしたが、その時にはもうジッドの姿は無い。
「私の…正義…」
ティーミスは自分の正義について考える。
否、正義なんて大層なものでも無い。ティーミスはただ家族の仇を討ちたいだけだ。家族がそれを望んでいるとも知れない。ただ自己満足の為だけの復讐。
それでも良い。それをティーミスが、正義として掲げさえすれば良い。
笑い蔑む奴なんて放っておけ。阻もうとする奴なら叩き潰してしまえば良い。裁こうとする奴がいれば、どちらが正義かはっきりさせてやれば良い。
ティーミスはふと思いつきアスモデウスの小箱も開く。
サタンの小箱からは格闘術を習得できるポーションが手に入ったが、今回もきっと役に立つ物が手に入るだろうと。
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【スキルポーション】
このポーションを使用する事ことで、スキルセット《クリューフェレンの舞踏》を習得できます。
時に穏やかに、時に荒々しく、様々な面を持つクリューフェレン王国で好まれた舞踏法です。
回避や格闘にも応用出来ます。
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「お…踊りですか?」
相変わらず真っ赤で大きなポーションを両手に抱えながらティーミスは目を丸くするが、あって困るのでも無さそうだと判断し、直ぐに風を開ける。
「ぐぷ…ぐぷ…ごく…」
(ああ…不味いです…なのに、前よりも辛くありません…)
ティーミスは、その独特な不味さに慣れてしまっていたためにあっという間に飲み干してしまう。
(しかし、ポーションを飲むだけでスキルを手に入れられるなんて…)
この世界では、スキルと言うものは生まれつきの物。人生に大きく関わる才能のような物だ。
稀に一つも持てずに生まれる人も居れば、三つ程を持ち生きる人もいる。その点で言えば不平等な生だ。
ティーミスも元は無能力者。
ただ体力が少し高いだけの普通の少女だった。
もしスキルポーションなるアイテムの存在が世に知れ渡れば、国を挙げての争奪戦が始まるだろう。
「…あと一つくらい、ダンジョンを回ってみましょうか…」
黄色い小さなダンジョンキーを宙に刺し、ティーミスはそうして出現した扉の前に立つ。
若干の駆動音と共に扉がスライドし、暗い世界へと通じる道をティーミスに示す。
「い…今更、何が起こっても驚きはしません!」
ティーミスはゴクリと唾を飲むと、若干躊躇いながらもその暗い門へと歩いて行く。
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【「雷」ダンジョンキー】
ダンジョン【怠惰の摩天楼】へと誘う門を生成します。
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