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連敗者

ティーミスが、後悔だらけの航海に出た少し後。

冒険者協会本部、作戦室。

20席程が用意されている大きな楕円形の机を、3人の人物が囲んでいる。

一人は、リニー・ベルト。

一人は、茶色いローブに身を包んだ、容姿端麗な黒髪の学者の男。

一人は、丸眼鏡を掛け、聖騎士の鎧を身に纏った、短い金髪の青年。


リニーは少し戸惑った様子で、聖騎士の青年に話し掛ける。


「えっと…アルベルト君、だっけ?」


聖騎士は答える。


「はい。僕の名前は、アルベルト・アシュウェインで間違いございません。」


「えっと、別に書類を疑っている訳じゃ無いんだ。ただ、その…」


リニーは、手元の書類に視線を落とす。

書類には大きく、“第一回、焦土調査作戦”と書かれていた。


「作戦の総指揮に志願してくれるのは勿論ありがたい事だよ。でも…正直言って、この作戦は色々と無茶が孕んでいる。私だったら総指揮なんて絶対にごめんだよ。」


「…僕では不適任と言いたいのですか。レイドマスター。」


「いや、そう言う訳でも無いんだ。ただ少し、読めないんだよ。君の真意が。」


「真意、と言いますと…」


そんな煮え切らない会話は、


「要するにだ。」


不意に、リニーの隣に座っていた若い学者の言葉によって中断される。

リニーの契約を呑み、若返りを果たしたウーログである。


「今回のレイドクエストには、見ての通り最上位冒険者のパーティが集められている。それだけ危険と言う事だ。

そんな危険なクエストの最前線を、神剣七柱に数えられる君が、あろうことか“無償”で引き受けるなど何事かと聞いているんだ。」


組織的な謀略か、或いはアルベルト自身に何か思惑があるのか。

こんなに美味い話がある訳が無い。

何か裏がある。

ウーログもリニーも、そう確信していた。


「ああ何だ。その事でしたか。」


アルベルトは、にこりと笑う。

その笑顔は一見優しい印象を得るが、何処か信用出来ない怪しさを帯びていた。


「別に、恩を売りつけようとかそんなんじゃありませんよ。僕はただ、咎人に会ってみたいだけなんですよ。」


リニーは呆気に取られた様子で聞き返す。


「あ…会いたい?」


「ええ。そうです。」


リニーは書類を漁り、咎人に関する資料を手に取る。


「まあ確かに可愛いとは思うけど…」


「ははは、別にそんなんじゃありませんよ。」


「…咎人に会いたい。本当に、それだけの理由なのかい?」


「ええ。」


アルベルトの底知れぬ笑顔は崩れない。

リニーは続ける。


「…うん。分かった。本当に、咎人を見てみたいだけなんだね。」


「ええ。」


「本当にそれだけだね。後で変な屁理屈立てたり、組織ぐるみであーだこーだ言わないでね。」


「ええ。ご心配なさらずに。」


リニーは不審がりつつも、一先ずこの会議を締める事にする。


「解った。出発は今日の午後だから、遅れないでね。」


「ええ。ではまた後程。」


アルベルトは席を立つと、会議室を後にした。


「ふう…じゃ、私達もそろそろ…あれ?」


リニーの気付かない内に、ウーログが会議室から消えていた。



木の壁。緑色のカーペット。連なるように天井からぶら下がる明るい照明。

冒険者協会本部の廊下。

アルベルトが一人、外を目指して歩いている。


「待て。」


アルベルトは、背後から呼び止められる。


「はい、何でしょう。」


アルベルトは笑顔で振り返る。

アルベルトを呼び止めたのは、ウーログだった。


「君が何故咎人に会いたいのかが、聞けずじまいだったのでな。」


「ああ。はは、別に理由なんてありませんよ。ただの好奇心ですよ。」


「…貴殿、国は何処だ。」


「資料にもあった通り、シュミフ王国ですよ。」


「その前は。」


「えっと、ケーリレンデ帝国で…」


「その前。ケーリレンデ帝国に来る前、何処に居た。」


「……」


「…知っているのか。あの子を。」


アルベルトの顔から、笑みが消える。


「僕はいつも、頂点に居たんだ。」



ーーー



朝。

滅亡より1年前のアトゥ公国。

元は莫大な資産を持っていた貴族の巨大な屋敷を改造して作られた貴族学校。


規則正しく並べられた机。大きな黒板。同じく大きな窓。

最上級生達が学ぶ、高等教室にて。


「おい、聞いたかアルベルト。今日、中等クラスから飛び級した奴が顔出しに来るらしいぜ。」


隣の席に座る男子生徒が、机の上に教科書を並べるアルベルトにそう話し掛けた。


「そりゃ凄いな。一体どんな奴なんだ?」


「さあ。ただ何でも、女の子らしいぜ。」


「…何だ、もう少しなんか無いのか?」


「何言ってんだ、十分重大情報じゃん。」


「はぁ…そうだな。」


今日は、いつもとは少し違う事が起こる。

その時アルベルトが抱いた感情は、その程度の物だった。


始業のチャイムが鳴る。

歯車とゼンマイによって決められた時間に鳴るベルの音を、音声伝達魔法陣によって各教室に届ける仕組みの、高価なチャイムである。


スライド式のドアが開き、教師が入って来る。

容姿は中年男性。白く長い髪。深緑色の目。浅黒く焼けた肌。人間用のスーツ。気だるそうな顔。足の代わりに生えるのは、20本ほどの木の根。

高等学年の担任教師を務めるのは、木の精霊、ドライアドの男である。


教師は教卓の前に移動し、いつもの様に気だるそうに話し始める。


「はい、まあもう皆知ってると思うが、今日からこの学級に新しい仲間が来ます。さ、入って。誰もとって食ったりはしないからさ。」


教師が、会いた扉に向けて手招きをする。


ほんの僅かに、クラスが騒めく。


少し経ち、部屋の中に一人の少女が入って来る。

煉瓦色の、腰まで伸びた長い髪。ダイヤモンドの様な、オパールの様な、不定色で不可思議な彩色の瞳。愛らしい顔立ち。小柄な体。


「は…始め…まして…です…」


ちっちゃ。

それが、アルベルトがティーミスに抱いた最初の感想だった。


昼休み。

職員室。

アルベルトは、教師に問い詰めを行なっていた。


「すみません。あの子は一体何なんですか。幾ら何でもあれはおかしいでしょう。」


「おかしいって、何が?」


「8歳で高等学級に飛び級って、どう言う事ですか。」


「ああ。…だよな、おかしいよな。」


教師は、溜息を一つ吐く。


「…情け無い話だが多分、魔道学と冒険者学においては俺よりも上だと思う。」


教師が語ったティーミスの素性は、アルベルトにとってはまるで現実性に掛ける物だった。

通常は6年掛かる小等学級の卒業を僅か1年で終わらせ、通常は3年在学する筈の中等学も同じく一年で。

そして現状に至ると言う。

高等学級ではトップ成績のアルベルトも飛び級を経験した身だが、中等学級を一年早く卒業出来た、と言う程度の物。


「ま、俺達と同じ様にあの子もこんな事初めてだと思うからさ、見掛けたら仲良くしてやってくれ。」


この学校の飛び級制度は、少々複雑であった。

ティーミスは、授業は高等学級の物を受けるが、完璧に高等学級の生徒になる訳では無い。

在籍するクラスは小学等級のままで、行事などの授業外の活動も小学等級の物に参加する。

小学等級のクラスに限り男子練と女子練の区別も存在する為、高等学級の男子生徒がティーミスと顔を合わせる場は、主に授業中だった。


それから暫くの間は、アルベルトはティーミスの事を人並み以上に意識する事は無かった。

たまに見かければ、そのキラキラと変わり続ける瞳の彩色を観察してみたり、幼女相手に鼻の下を伸ばす他の男子生徒に呆れたり。


アルベルトが最初にティーミスの事を人並み以上に認識したのは、


「…ん?」


自身の手元に、2位と言う数字が訪ねて来た時だった。


「おい聞いたかアルベルト。あの飛び級生の子、筆記試験で早速1位を…アルベルト?」


アルベルトは返却されて来た成績表を両手でくしゃくしゃにすると、衝動のままに席から立ち上がった。


「…グレン。ティーミスが今何処に居るか判るか。」


「えっと、休み時間はいっつも自分の教室に居るらしいけど…あ、おいアルベルト!何処行くんだよ!」


アルベルトは教室を出て、憤りのままに廊下を進む。


“これより先男子生徒立入禁止”と言う張り紙も無視し、アルベルトは女子練に入って行く。

黄色い悲鳴も先生の制止の声も、今のアルベルトには届かない。

それがアルベルトの、最初で最後の校則違反だった。


“ガラガラガラ、ドン!”


教室のドアが荒々しく開かれる音で、席につきながらぼんやりと空を眺めていたティーミスは我に帰る。


「おいティーミス!」


「にぇ!?」


ズカズカと教室に押し入ってくる男子生徒。

本来存在し得ない筈の光景に、ティーミスはたじろぐ。


「あの…えっと…」


ティーミスは何かを喋ろうとするよりも前に、アルベルトに襟を掴まれ片手で軽々と持ち上げられる。


ティーミスの座っていた椅子が床に倒れ、その騒ぎに他の教室の生徒達も呼び寄せられる。


「ティーミス…お前一体何をした!」


「な…何ですか一体…」


ティーミスはアルベルトの手首を、弱々しく両手で掴む。


「そもそも8歳で高等学級に居る事自体がおかしかったんだ!何だ!金か!親のコネか!」


「………」


ティーミスは、ようやく状況を理解する。

そしてティーミスは、博打に出る事にした。


「…魔道学科…問73…覚えてますか…?」


「は!?」


「あれは…良く出来た…引っ掛け問題で…正しい答えは…“11α”では無くて…“4fx%”です…」


「……は?」


持ち上げられていたティーミスが、ゆっくりと降ろされる。


「っく、はあ…はあ…はあ…」


ティーミスは息を切らしながら、震える手で倒れていた椅子を直し、ぐったりと座る。


「あれは…純魔力から炎属性への転換効率では無くて、炎属性による延焼炎から純魔力への還元率を求める問題なんです…最初の二行を難しく考え過ぎると、引っかかる仕組みになってたんです…」


少しして、騒ぎを聞きつけた教師達が教室に突入して来る。

アルベルトの担任のドライアドと、他数名だ。


「おいアルベルト。こりゃ何事だ。」


「…っ!」


弁解の余地など無い。

アルベルトは、こちらに向かって来るドライアドの教師に向き直る。


「誠に申し訳ございません。その…」


「私が呼びました。」


ティーミスが、二人の間に割って入る。


「君が?」


教師は、ティーミスの顔に視線を落とす。


「はい。」


ティーミスの乱れた衣服。周囲の生徒達の様相。僅かに震えるティーミスの身体。

ティーミスが嘘を付いているのは、誰の目にも明らかだった。


「…そうか。で、彼を何で此処に呼んだんだ?話なら教室以外でも出来るだろう?」


「此処から動くのが面倒だったからです。」


「あ…そう…」


ドライアドの教師は、少し呆気にとられる。

付近に居た他の生徒や教師達も、同様に。


「そか。じゃあ、次からは気をつけるんだぞ。まあティーミスちゃんなら大丈夫だとは思うけど、一応は校則だからさ。」


「はい。以後気を付けます。」


アルベルトの担任教師は、アルベルトを軽く引っ張りながらその場を去ろうとする。


「ま、待ってください!僕は…」


アルベルトは慌てた様子で弁明を図る。


「何を言っているんですかキーヘイン先生! 何処からどう見てもアルベルトの…」


他の教師が、ドライアドの先生、キーヘインを制止しようとする。


「良いんだよ。これで。」


「言い訳が無い!全部僕の…」

「しかし先生!」


「…良いんだよ。ティーミスちゃんが良いんなら、それで良いんだよ。」


キーヘインのその一言で、他の教師もアルベルトも、水を打ったように黙る。


「さ、帰るぞアルベルト。」


キーヘインに連れられ。アルベルトはその教室を後にする。


アルベルトは教室から出る時に、ティーミスの様子がたまたま目に入る。

ティーミスは、ぼんやりと空を眺めていた。


廊下。

アルベルトとキーヘインの帰路にて。


「おいアルベルト。」


アルベルトは、担任教師キーヘインに話し掛けられる。


「何でしょう。先生。」


さあ来るぞ。

一体どれだけキツイ糾弾が来るのやら。

アルベルトは、内心期待していた。

そうあるべきだと、信じていた。


「俺はティーミスちゃんの意思を尊重する。今回の件は、まあ、俺の方で全部処理しとく。ティーミスちゃんはお前を許したんだ。もう、二度とすんなよ。」


「……」


アルベルトは、ティーミスを拒絶し排除しようとした。

そしてティーミスは、そんなアルベルトを受け入れ向き合った。

次の瞬間アルベルトは、年齢以外の全てにおいて、自身はティーミスの下だと悟った。


「…く…うう…うぐ…」


「あ。おいおい泣くなって。」



ーーー



「…その日から、僕は彼女に負け続けた。演習でも、筆記でも、人間性でも。」


「実に興味深い。まさか、咎人にクラスメイトが存在したとは。」


「まあ死んじゃった人も居ます。でも、全員じゃ無い。僕みたいに亡命して生き流れた人も居るし、僕みたいに才を認められ出世した人も居る。

ただ大体の場合。自分の出身地の事は隠しているか、口止めされているか、記憶から消されているんですけどね。」


「君は咎人の事をどう思っている。やはり同情する物なのか?」


「…ティーミスが幽閉されたと聞いた時は、正直、心の底から嬉しかった。檻の中では何も出来ないからね。」


「…と、言うと。」


「彼女が檻の中で死んで、僕だけが遠い異国で出世すれば、もう彼女が僕を超える事は無くなる。そう思ったんだ。…でも…違った。」


不意にアルベルトは、頭を抱えその場に崩れ落ちる。


「僕が兵士を倒せる様になった時、彼女は聖騎士と魔法使いとミノタウロスを殺した。僕が一人でソードマン10人を倒せる様になった時、彼女は本気の軍隊に勝った。

…僕は!僕の知らない所で!ずっと彼女に負け続けていたんだ!ずっとだ!」


アルベルトは黙ると、再び立ち上がる。


「…だから僕は、彼女に会って、そして…あの萌える顔を正当な理由で叩き斬ってやりたい。僕は再び、トップに立ちたいんだ。」

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