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神出鬼没

朝。

東龍会総本山、亜責ノ都。

ティーミスは、都の中で最も大きな屋敷に連れ込まれていた。


「じゃ、あんさんは此処で待ってておくんなし。あんさん事、当主に紹介したいやさかい。」


女性はそう言い残すと、ティーミスを客間に残し部屋を去る。


(一先ず安心して良い…のかな。)


ーーーーーーーーーー


重要欠損部再生率 12%


ーーーーーーーーーー


未だに一つ目状態から進展の無いティーミス。

ティーミスは今、自分には時間が必要だと言う事を理解していた。

ティーミスは一先ず、部屋の観察を始める。

床は畳。扉は襖。背後には床の間と、蘭の花が描かれた掛け軸。座っている場所は座布団の上。柱や天井は木造。

和室と言う単語をそのまま具現した様な、そんな部屋だった。


唐突に襖が開く。

ティーミスはその一瞬で、何故だか寒気を感じた。


「ほがほが。はぐはぐはぐ。」


(…?)


全く聞き取れない奇妙な言葉が聞こえる。

ティーミスは、空いた襖の方を見る。

部屋に入ってきたのは、先程とは別のドラゴニュートの女性。

白地に青い雲が描かれた着流しの浴衣。艶のあるいかにもな黒目黒髪。ドラゴン的な特徴が先程の者と一致しており、同じ種のドラゴンだと言う事が伺える。

その手には、ティーミスを此処に連れ込んできた先程のドラゴニュートの女性の、首無しの死体があった。


(…!)


女性は何食わぬ顔で部屋の中を進み、ティーミスの正面に座る。


「ごくん。ふぅ…全くすみませんねぇ。うちの老害がご迷惑をお掛けしたらしくて。あ、あんさんこれ、要りますか?」


女性はそう言って、ティーミスに死体を差し出す。


ティーミスは咄嗟に、その女性に手のひらを見せる。

否定の合図である。


「そか。なら失礼して、」


そう言うと女性は、死体の足先を口に入れる。


そして、それを丸々一体、顎を外しながら一気に吸い上げ丸呑みしてしまう。

その様相はさながら蛇の捕食シーンだが、女性が膨らんだり太ったりする様子は無かった。


「では改めまして。わっちはフカセツ言う者です。何の因果か。今は東龍会会長兼神龍やっとります。」


訛ってはいるが、先程の物よりかはずっと聴き易い言葉。

音が朧げにしか聞こえないティーミスでも、その女性の言葉を理解する事が出来た。

ティーミスは、ぺこりとお辞儀をする。


「別にかしこまらんくてもええのですよ。元々原因はわっちらでありんすから。

今回はその、貴女さんの事についての謝罪と…厚かましいのは重々承知ですが、この事を内密にして欲しいちゅうお願いの為に此処にお呼びいたしましたんでありんす。」


そう言って、フカセツはティーミスよりも深々と頭を下げる。

その顔は、何処か何かに怯えている様だった。

ティーミスはその様子を、黙って見つめていた。


フカセツは顔を上げる。

部屋は、静かである。


ーーーーーーーーーー


精神干渉無効が発動しました。


ーーーーーーーーーー


それから少しして、フカセツは何かを諦めた様に喋り出す。


「すいません…何故だか、貴女さんの考えとる事が解らないので…喋れん事は重々承知しており、それを踏まえてお願いでありんす。

どうにか、じぇすちゃーか何かが欲しいでありんす。頼み事をしているのはこちらの方。何か気になる事がありましたら、大凡は答えるつもりでありんす。」


(……)


ティーミスは先ず、大門の方角を指差す。


次に、何かを積み上げる様な仕草。


そして最後に自分を指差し、首を傾げた。


「あれは一体何をしとるかって事でありんすか?」


ティーミスは首を縦に振る。


「あれは“咎人”ゆう人間を探してるんでありんす。警察の内部にいるわっちらの仲間から、それっぽいもんが街にいるかもちゅう連絡が入ってな。だから手当たり次第、人間の雌童を集めてたんだす。無駄骨やも知れんが相手も相手でありんす。大事に越した事はないと言う事で。」


ティーミスの背に、悪寒が走る。

探されているのはティーミス。

そして先程見た罪無き少女達は全て、ティーミスの為に死んだ。

外部から強制される死の辛さを、ティーミスは良く知っていた。


一瞬ティーミスは罪悪感を覚えたが、直ぐにそれは払拭される。

殺したのはティーミスでは無い。

要因ではあるが原因では無い。

よって自分とは無関係。


(そんな訳…無い…!)


原因はティーミスだった。

ティーミスがこの場所に来航しなければ、領主の屋敷を占拠しなければ、こんな事にはならなかった。

それに、目的の為の殺戮を咎める資格などティーミスには無い。


(………)


「どないかしましたか?」


腫瘍に生成された目から、涙が出る事は無かった。

どうしていつも、自分が原因で人が死んでしまうんだろう。


ティーミスはフカセツに向けて、首を傾げるジェスチャーをする。


「もしや、咎人を知らないんでありんすか?」


ティーミスは首を縦に振る。


「…なら、話しましょ。

咎人は、わっちら東龍会の…いや、ドラゴンの敵でありんす。咎人に群一つを襲われて、知性の無い子龍達が野放しになって、ドラゴンの社会はあの日からめちゃくちゃになったんでありんす。

ドラゴンの社会は、ドラゴンが地上最強種である事を前提に成り立っているので、明らかにドラゴンよりも強力な生物が現れればそれだけでドラゴンは生態を脅かされるのでありんす。」


自己中。

ティーミスはそう思った。

そしてティーミスは少し、同じ自己中として親近感が湧いた。


「最強であるとは、そう言う事でありんす。」


(……)


ティーミスはぺこりとお辞儀をすると、ゆっくりと立ち上がる。

その時だった。


ーーーーーーーーーー


緊急メッセージを受信しました



差出人、【夜略者(ナイトレイダー)


件名『ティーミス様!今すぐお命を!』


本文(無し)


ーーーーーーーーーー


(!?)


ティーミスは、咄嗟にフカセツを押し倒す。


「な…何であり…」


ティーミスは両手で自身の浴衣の胸元をはだけさせ、鳩尾をフカセツの胸に密着させ、黒色の腕を思い切り突き出す。


「がほ!?」


血が飛び散り、フカセツは嗚咽を漏らす。


ティーミスは自身の口元の辺りの肉を引き裂く。

顎の骨。舌。そして出来かけの筋肉が露出する。


「あ…あんさん…まさか…」


フカセツは、怯えて震えた声で呟く。


半分ほどが完成した声帯から発せられる悪魔の様なザラザラした声で、ティーミスは答える。


「弱肉強食って、残酷ですね。」


ティーミスは、フカセツに突き刺した3本目の腕を引き抜く。


「……せやな……」


フカセツの身体が、真っ白な灰となって消えて行く。


「ぅぐ!?」


次の瞬間、ティーミスは灰の中に倒れ、絶命した。



〜〜〜



夜。

雨。

瓦礫。


「…やまんのぅ。」


黒く焦げた瓦礫を組み上げて作った、柱と屋根だけの屋代。

屋代には、厄災の化身九尾の狐と、泣く子も黙る大妖怪の鬼が、その小さな屋代の中で過ごしていた。


「だな。」


雨の音だけが響く。


「なあ叶酒童子。」


「何だ。ミズキ。」


ミズキは、屋代から一歩外に出る。

雨が、ミズキにも降りかかる。


「…静かじゃな。」


「みんな、どっか行っちまったもんな。」


雨は止まない。


「なあ、ミズキ。」


「なんじゃ?」


「これからどうすんだ?前までがどうであれ、俺たちゃもう同じ、ただの宿無し妖怪な訳だが…」


「…さあな。」


屋敷の柱が倒れ、屋敷が崩れ。屋根が叶酒童子の頭の上に乗っかる。

叶酒童子は、微動だにしなかった。


叶酒童子が、ミズキの横まで来る。


「…なあミズキ、この国に、浮浪者の妖怪の働き口があると思うか?」


「さあな。探せばあるかも知れぬが、見つけるまでが大変じゃろうな。」


ミズキは足元の瓦礫から、一本の和傘を拾い上げる。


傘は焼け焦げ半分ほどが焼失している。

ミズキは構わず、その傘を差した。


「じゃから妾は、一先ず何処か遠い場所に行く事にするぞ。尻尾が9本あると言うだけで、石を投げられたりしない場所に住みたいんじゃ。」


「へ、あんのかよ。そんな場所。」


「…妾の家に来た迷惑な居候じゃが、あやつは妾の事を見ても、妾の正体を知っても、おかしな目で見るような事はせんかった。妾の事を一度も、九尾と呼びやしなかった。

だから、きっとあると思うぞ。」


穴だらけの傘から、雨がミズキに降りしきる。

陰の気を浄化する雨は、小物の妖怪にとっては毒だった。

雨で身体に害が及ぶ事の無い高位な妖怪のミズキでも、雨は浴びてて気持ちの良い物では無かった。

否。

ミズキは、雨の不快感が心地良かった。

今までこの地で浴びてきた害意や悪意を雨が洗い流してくれる気がしたのだ。


「…じゃあな。叶酒童子。もう盗みからは足を洗え。丁度雨も降ってる事だしな。」


ミズキは手をひらひらと揺蕩わせながら、屋代のあった場所を後にする。


「待て。」


「何じゃ。叶酒童子よ。」


「俺も付いてって良いか?」


「何でじゃ。」


「…決まってんだろ。」


叶酒童子は、頭に被っていた屋根を払い落とす。


「俺も行きてえんだよ。普通に働くだけで、稼げる場所にさ。」


「そうか。」


ミズキの差すボロ笠の中に、叶酒童子も入る。


「なら、一緒に行こうか。」


雨の夜。

二人は、此処では無い何処かに消えて行った。

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