攫われて
頭部全体にかけての強烈な違和感により、ティーミスは意識を取り戻す。
しかしティーミスは、覚ます目を失っていた。
首から下までは浴衣姿のティーミス。が、首から上、本来頭がある筈の場所には、頭よりもふた周りほど大きな肉色の腫瘍があるだけだった。
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セーフティモード中
現在、一部スキルの使用が不可です。
重要欠損部再生率 10%
即席部位購買部へようこそ。
現在の所持捕食ポイント 400p(毎分1増加)
目(一つ)350p
操者 900p
「おススメ!」捕食口350 p
再生率+10% 1000p
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(…凄く…気持ち悪い…)
目はあるのに闇とシステムウィンドウしか見えない。喉は震えるのに声は出ない。鼻はあるのに、腫瘍の内側の血の匂いしかしない。心音は聞こえるのに耳が無い。
頭全体がとてもむず痒い筈なのに、搔き毟れる頭が無い。
ティーミスは、そんな頭部全体にかけての異様な不快感に襲われていた。
否、今のティーミスにはまだ頭は無い。
ティーミスの頭は、首から上に現れた肉塊の中で再生している途中だった。
ティーミスは、少しの間全身の感覚に集中する。
解ったのは、今自分が身を横にした状態で、冷たく柔らかい物で上下から挟まれている状態だと言う事のみだった。
(…先ずは、現状を把握しなきゃ。)
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目(一つ) 350p
お買い上げありがとうございました。
残高 53p(毎分1増加)
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腫瘍の表面には、横に真っ直ぐな長い一本の切れ目が入る。
切れ目は瞼のようにバックリと開き、腫瘍の表面のほぼ半分を占める程の大きさの瞳が現れる。
ただその新たに生まれた瞳は焦げ茶色をしており、虹彩もティーミスの瞳の物とはまるで違う、全くの別人の物だった。
(これで、前が見え…)
外の世界を見た瞬間、ティーミスの思考が一瞬飛ぶ。
ティーミスが最初に見た物は、丁度自身と同い年程の少女の、視界一杯の死に顔だった。
(………!?)
ティーミスは思わず身じろぎをする。
ティーミスを山頂付近に内蔵していた死体の山が、その衝撃で一気に崩落を始める。
ティーミスも、山を構成していた他の骸と共に地面まで落下する。
(一体…何が…)
ティーミスの背中が、玉砂利の地面に叩き付けられる。
少しして、ティーミスの上に3体ほどの骸が降りかかる。
ティーミスは、その数える気にもならない程の大量の亡骸が全てティーミスと同じ年頃の少女の物であると言う事と、此処が深い霧に閉ざされてはいるが人工的に整備された場所であると言う事、そして現在が早朝だと言う事に気が付く。
不意に何者かの気配を察知し、ティーミスは咄嗟に死体の山の中に潜り込み様子を伺う。
霧の中から、一人の女性が歩いて来る。
かんざしで纏め上げられた艶のある黒髪。上等な着物。丁寧に化粧の施された綺麗な顔。そして、黒髪から僅かに突き出た、梅色の角。
右手には、煙の灯った煙管も持っていた。
「何の騒ぎや思ぅたら、何や、崩れてはりますやないかい。」
女性はそう言うと、息を思い切り吸い込み力一杯咆哮を上げる。
その声は、紛れも無くドラゴンのそれであった。
少しして、霧の空の向こうから数体のドラゴンが女性の元に舞い降りる。
青や茶と色は様々あるが、どれも同じ種類の飛龍だった。
「あんさん達。予定変更だす。これ以上ではウチの庭が汚れてしまうだすから、とっとと片付ける事にしまひょ。」
そう言うと女性は、懐から一本の巻物を取り出し広げる。
「“其の者、頭髪煉瓦色。容姿十から十四の人間の雌童。”こん肉ん中から、一先ず煉瓦色の髪ん子探り出しや。頭無くなっとる者もんな。」
聞きなれない訛りを孕んだ女性の言葉を、ティーミスは全く聞き取る事が出来なかった。
と言うのも、女性とティーミスの間にはかなりの距離があり、ティーミスの耳は分厚い腫瘍の下にあるのだ。
「なんぼさとしちょると。はよ始め。」
女性がそう言うと、女性を囲んでいたドラゴン達が一斉に散らばる。
女性は、霧の中に消えるドラゴン達の後ろ姿を暫し感慨深そうに眺め、
「…ん?」
すんすんと、鼻を鳴らし始める。
「新鮮にゃ子供ん匂いがすると。美味そうじゃ…」
女性は鼻をひくつかせ、舌舐めずりをしながら、暫し周囲を見回す。
「あっちや。」
女性はティーミスの方を向くと、ゆっくりと歩み始めた。
(…まずい、今気付かれたら…)
今の自分にどれだけの戦闘能力があるのかがティーミス自身にも解らない今、無駄な接敵は避ける必要があった。
(此処は死体のフリを…いえ、絶対不審がられますね。)
女性が、ティーミスの隠れている死体の山の直ぐ目の前まで到達する。
交戦は避けられないと察したティーミスは、アイテムボックスから取り出した魔刀を構える。
女性は、ティーミスの隠れている死体の山を通り過ぎる。
「おお。まだ生きちょるんか。」
女性は、ティーミスの隠れる死体の山の直ぐ後ろで倒れていた少女を拾い上げる。
少女は全身に裂傷と火傷を負っており、意識も無く、助かる見込みは微塵も見当たらなかった。
「死んでは味が悪くなると。ほな。」
女性はそう言うと、少女の二の腕に齧り付く。
少女の体は軽く痙攣したが、目覚める様子も無い。
肉が咀嚼され、骨が砕け、血肉が付近に散らばる音。
ティーミスにとってそれは、実に馴染み深い音だった。
「…誰と。」
女性は少女の右足を喰らいながら振り返る。
「そこんおんやろ。仕留めたるさかいはよ出て来きぃや。」
女性はゆっくりとティーミスの居る死体の山の元まで歩いて来る。
女性は右手で喰いかけの少女を抱えながら、左手で死体を退かしていく。
(…あの人の顔が見えたら、直ぐに…)
死体の下で寝転んだ状態のティーミスは、胸の前に構えた魔刀をぎっと握り締める。
「ほ…な。」
ティーミスの身を隠していた最後の遺骸が取り払われる。
ティーミスは直ぐに鞘から剣を抜き、
「まぁ!何とかあいらしゅうござんすか!」
抜いた剣を、辿々しい手つきで再び納刀した。
(!?)
女性は抱えていた少女を付近に放り出し、両手でティーミスを抱き上げる。
「あんさんどっから来たん?全く、ウチん若いのが人間ん間違え攫ってきてしもうたやさかい、こりぁ後ん説教やな。」
(………)
ティーミスの今の頭は、肉塊に大きな一つ目が付いただけの物である。
特殊な趣味趣向でも無い限り、それを見た者の一般的な感想は、“気持ち悪い”だろう。
「ほなエラい怖がらせてしもうたなぁ。ま、先ずは詫びをさせて欲しいのう。ウチでゆっくりしてっておくんなし。」
ティーミスが喋れない事を良い事に、女性はティーミスを抱えたまま移動を開始する。
ティーミスは、一先ず流れに身を任せる事にした。
「あんさん、一つ目童なんちゅう生易しいもんちゃうやろ?解るでー、プンプン立ち込める、その隠しきれん程の強者の覇気がさ。何処かの名家ん子かの。せや、これんキッカケにアンさんとこのお家と仲良くしたいのぅ。ま、誘拐犯ん分際でそりゃ無理な話じゃけの?ほほほ。」
女性が歩を進める毎に、次第に背後の死体置き場が霧の中に消えて行く。
女性が歩を進める毎に、次第に正面の霧から何か巨大な物が姿を現して行く。
(…!)
霧の中から姿を現したのは、巨大な門だった。
柱や塗装は鮮烈な朱色。左右にはそれぞれ別々のポーズをとる2体の木像。扉は無く、代わりに柱と言う柱全てに小さな飛龍が二、三体止まっていた。
そして門の向こうには、先程ティーミスが見た街とは比べ物にならない程発展した、和風街が広がっていた。
「付いたで。此処がウチ、にゃ、ウチらん家じゃ。」