セカンドチャンス
ユミトメザル。
郊外。
かつては市街地だった広大な空き地に、きっかり千体の黒鎧の軍勢達が隊列を組み待機している。
黒鎧の大隊の反対側には、身の丈程あるブレードを杖の様に地面に突き刺したピスティナが、ピクリとも動かずに彫像の様に立っている。
黒鎧の兵士もピスティナも元を辿れば同種の生物。
命令が無ければ、向かい合ったからとて理由も無く殺し合いは始まらない。
「大丈夫なんですか…?」
少し離れた場所から体育座りでその光景を眺めるティーミスは、傍らで立っているセスベドに不安げに問う。
「ん?何がだ?」
「だって、あれからたったの五分しか経って居ませんよ…?」
「ああ。そうだな。」
セスベドはポケットから、手のひら大程の大きさの割れた砂時計を取り出す。
「短縮アイテムを使ったからな。」
「…?」
セスベドは、割れた砂時計を自身の背後に放り投げる。
砂時計は地面に付くや否や、粉々に砕け散り塵となり消え去った。
「それより早く始めよう。どんな事になったか、俺も気になってる所だ。」
「…?」
ティーミスは首を傾げるつつも、
「…その…始めて下さい。」
ピスティナと黒鎧の軍勢に向けて、開戦を命じる。
次の瞬間、その場に旋風を残しピスティナの姿が消える。
少しして、ティーミス達の元に爆発音と暴風が同時に辿り着く。
「にゃ!」
ティーミスは、暴風と爆風に驚きその身を更に縮こませる。
対してセスベドは、実に愉快そうに戦場を眺めている。
「はっはっは!こりゃ凄い!魔法無しで音速を超えたか!」
戦場で戦うピスティナのその様子は、実に異様な物だった。
“ドン!”
先ず、暴風を伴いながらピスティナが一瞬で出現する。
“ズバシ!”
出来の悪いパラパラ漫画の様に、ピスティナの姿が一瞬で切り払いを終えた直後の体勢に変わる。
直後に、その周囲に居た全ての黒鎧の兵士が至極適当な場所で両断される。
”バン!”
そして再び、暴風と共にピスティナの姿が消え去る。
僅か半秒のこのサイクルが、軍勢の中のランダムな場所で巻き起こり続ける。
最後の一体が倒されると同時に、セスベドのグローブからピッと言う高く短い電子音が響く。
セスベドは自身の手の甲を眺め、軽く笑いを零す。
「3秒23。ギルティナイト1000人抜きのタイムとしてはまあ、金メダルってとこか。」
ピスティナは、かつて黒鎧の軍勢の中心地だった場所で彫像の様に佇んでいる。
「…ん?」
セスベドはティーミスの方に顔を向ける。
ティーミスは体育座りのまま、身を極限まで縮こまらせていた。
よく見れば、小刻みに震えている様にも見える。
「どうかしたか?」
ティーミスは僅かに顔を上げると、一言呟いた。
「…兵士が…死んじゃい…すぎて…お腹が…痛いです…」
「………」
少女にとって、腹は急所である。
〜〜〜
冒険者の都、ビジオード。
地下。
床も天井も黒い鋼鉄。外光は無く、壁に埋め込まれる様に取り付けられた無数の怪しい機材の、無数の淡い光だけが部屋を照らしている。
グオーケス連合が会談を行った円形人工島とビジオードは、同じ文明をその起源に持つ。
相違点と言えば、グオーケスの円形人工島は町を建てる事を目的に創られた物だが、ビジオードの人工島は、この地下空間を目的として作られた物であると言う点である。
ケーリレンデ帝国第三皇子ギズルが、白衣を纏った数人の監視員の案内を受けながら、機械と鋼鉄の街道を進んでいる。
鋼鉄を踏む革靴のコツコツと言う音が、いちいち空間全体に反響している。
この場所に勤める者は、この反響音を元に自身の現在地を推測する事が出来た。
「あちらで御座います。ギズル殿下。」
一行は立ち止まる。
ギズルを監視する白衣の集団の一人が、電子光が僅かに瞬く闇に向けて指を指す。
始めは闇以外何も見えていなかったギズルだが、歩を進めるとやがて、そこにある物が見えて来る。
蝶の蛹の形をした大人一人分程の大きさの茶色い物体が、液槽の前、床にへばりつく様にしてあった。
ギズルは監視員から大きなバスタオルを受け取ると、監視員は伴わずに一人で蛹の元まで歩いて行く。
ギズルは蛹の前に立ち、背後の者達に向けて問う。
「一体、どれくらい前の状態で出てくるのだ?」
白衣の衆の一人が答える。
「一週間前後かと。」
「解った。」
ギズルは左手をバスタオルから離し、顔の横で手刀を作る。
ギズルの左手には次第に氷が纏わり付き始め、氷はみるみるうちに大きく、縦に長くなって行く。
ギズルの手は、氷の剣に姿を変えた。
「お気をつけて下さい、殿下。中の殿下まで斬ってしまったら本末転倒で御座います。」
「その時は、もう一度やり直すまでだ。」
ギズルは、蛹に向かって氷の剣を一振り。
蛹の皮に斜め一直線の切れ目が入り、直ぐにそこから緑色の淡い微粘液が流れ出てくる。
周囲の床はその液体によって淡い緑色に染まるが、ギズルに近い物だけ、ギズルの服に触れる前に凍り付き固まる。
周囲の様相とは裏腹に、ギズルの衣服には染み一つ出来なかった。
“ゴポ…ガポ…”
続いて蛹から出てきたのは、意識の無い一人の青年。
第二皇子、ドナファロスである。
「ギズル殿下。【ボーナスライフ・コクーン】の副作用の説明は受けておられですか?」
白衣の衆の一人が、ギズルに問い掛ける。
「使用する度に、被蘇生者の本来の寿命が半分になる、と言う物か。」
ギズルはまだ培養液で濡れているドナファロスをバスタオルで包みながら、僅かにほくそ笑み続ける。
「影武者よりも本人の方がずっと良い。それにあと20年そこらで勝手に死んでくれるなんて、こちらとしては願っても無い事だ。」
中身の無くなった蛹の皮が、みるみるうちに枯れ萎んで行く。
「…殿下。兄上様には、蘇生後30日間は安静にする様に伝えておいて下さい。組織がまだ不安定な可能性がありますので。」
「解った。」
ギズルは一人、出口へと向かう。
「30日間は、万が一の時の為に清掃員を増員しておこう。」
〜〜〜
夜。
ユミトメザル。
ティーミスがセスベドに私室として与えた、元は国王の寝室だった部屋にて。
「イヴ。イヴ。起きてるか。」
セスベドはベッドに寝転がりながら、天井に向けて呼び掛ける。
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私に休息の概念は存在しません。
しかし敢えてその問いへの答えを提示するとしたら、はい。起きています。
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セスベドの前に、イヴの映ったシステムウィンドウが出現する。
「騎士団本部の場所は解ったか?」
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はい。
初回通信が不通だった原因は距離の問題だった様です。
既に本部とのネットワーク通信経路も確立しました。
しかし、問題が一つ。
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「何だ。」
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サーバが現存しているのにも関わらず、現状本部側からの送信が確認されていません。
本部のデータライブラリのほぼ全てが、人為的に抹消されています。
名簿すらも存在せず、今や私のオフラインフォルダの方が本部のデータベースよりも沢山のデータが存在します。
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「…そうか。」
自身の故郷が、最後に見た時からどれだけの時間を過ごしたのかはセスベドには判らない。
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私やセスベド様の私情を除いて最適な方法として、一時的にこの世界を拠点に活動する事が推奨されます。
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「ソースの開示を求む。何故そう思う。」
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現状、この区域は人体に対して無害です。
現状、セスベド様の脅威となりうる因子の存在が確認されておりません。
現状、セスベド様の家主であるティーミスとの関係が良好です。
現状、世界膜に特質性が確認されず、広範囲のトリップ行為に適した世界です。
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「リスクは。」
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アンリミテッドトラベラーと仮定されている、ジッドなる人物が不確定要素です。
現状、社会体系等のこの世界の詳細が未知状態です。
何らかの形で本部に認知された場合、二年間の減給処分等の罰則を被る可能性があります。
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「…分かった。」
セスベドは目を閉じ、少し感慨深そうに続ける。
「この世界線を第二の拠点にする。」
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かしこまりました。
これより所在界変更の設定を開始します。
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「ただし、この城は当初の約束通り明日発つ。…ティーミスが悪者と言う訳ではなさそうだが、この世界を中心に活動する上では、どうにも彼女と関わり過ぎるのはあまり良くない気がするんだ。」
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ソースの開示をお願いします。
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「いや、根拠なんざ特には無い。ただの勘だ。」