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働かざる者

飢えた高原。

山頂。


レンガで舗装された道を進むティーミスは、道の先に大きな屋敷を見付けた。

屋敷は石英や加工された木材から成り、先程のミイラの集落にあった物とは造りが大違いである。


ーーーーーーーーーー


task2

悪徳領主モーガスを撃退せよ


ーーーーーーーーーー


「…はぁ…」


スタート地点から更に高所の筈だが、空気は少しも薄く無かった。

酸素の濃度自体はティーミスが普段暮らしている地表とそう変わりはしないが、先程まで低酸素環境に居たティーミスには、その空気を吸う事が凄く気持ちが良かった。


“誰ぞ…”


「?」


ティーミスは何処からとも無く、乾きしゃがれた声を聞く。

背後かと思いティーミスは振り返るが、先程自身で歩いて来たレンガの道以外には何も無かった。

ティーミスが正面から視線を外した時間はほんの一秒も無い。

その筈が、ティーミスが再び正面を向いた時には、既にティーミスの正面には何者かが立っていた。


「!?」


ティーミスの知る貴族が着る様な上等なバスローブに身を包んだ、褐色の肌の中年程の男だった。


ーーーーーーーーーー


【悪徳領主モーガス】

自領の民から食物による税収を法外な量行い、民達を飢えに苦しめさせる悪徳領主。

《西北流剣術》と《義勇拳》の二つの武術を極め、近接戦では無双の強さを誇る。

あなたと同格のモンスターです。


ーーーーーーーーーー


この男も、先程のミイラとは違い普通の人間に見える。

身長は180cm程。短い黒髪。黒髭によって顎と陣中が隠れ、鋭い青い目はティーミスの事をじいと睨んでいる。


“我が領地に…何の断りも無しに足を踏み入れるとは…”


モーガスは右手を挙げる。

モーガスの手に次第に赤色の筋状の光が集まり、やがて光は終結し一本の赤黒色の剣を形作る。

モーガスが剣を持った手を振り下ろすと、小鳥の声の様な不気味な風切り音が鳴った。


“いざ。叩き斬ってくれようぞ。”


次の瞬間、モーガスはその場に旋風を残し消える。


「っ!」


背後からの殺気を感じ取り、ティーミスは背後を向き咄嗟に右腕を挙げて攻撃に備える。


ザブシッ!


「…にぇ…?」


ティーミスの腕は、第一関節の辺りで見事に切断され、毒性の無い普通の人間の血が飛散する。

次の瞬間ティーミスは思い出した。

先程死んだ事により、ティーミスはタローエルの加護と血液の毒性を失っていた事に。


“何ぞ。防ぎすらせんとは。”


「う…ぎゃああああああ!」


一拍遅れて、ティーミスに激痛が襲い掛かる。

今のティーミスには、残機が一つも無い。

此処で死ねば終わりである。

在ろう事か、軽い気持ちで自ら飛び込んだダンジョンの中で。


“…やかましい…小童が…”


モーガスは、地面に落ちたティーミスの右腕を拾い上げる。

不意にモーガスの顎が外れ、口が通常の数倍か程大きくなる。

そのままモーガスは切断されたティーミスの腕を一口で平らげてしまう。


“グシャ…グシャ…グシャ…ゴクッ”


「あ…ああ…はうあ…」


“…何故だ…平民にしては実に美味だ。貴様。一体何を喰って生きておる。”


モーガスの青色だった瞳が、赤色に変化する。

モーガスは、怒りに打ち震え始める。


“何故私に寄越さぬ!寄越せ!貴様の持っている美味い物全てを寄越せ!”


「あ…え…えう…」


片腕を失い、ティーミスは現在パニック状態にある。


“…いや、やはり良い。”


モーガスの体に、赤色の靄が纏わり付き始める。


“貴様は美味い。美味い物を普段からたらふく食らった貴族の様な、舌にこべる程のくどくどしい旨味。スラムで苦難に鍛え抜かれた少年の様な歯応え。そして、少女らしい、芳醇な香り。

その全てが、絶妙なバランスで互いを引き立てあっている。四つ星をくれてやろう。”


モーガスは、赤色の剣の切っ先を再びティーミスに向ける。


“あゝ…胸踊る…一体どう調理してやろう…ムニエルか…それとも、敢えてにんにくと煮てみようか…丸焼きでも良い…そうだ。いつか手に入れた上等なハーブを添えるのも良い…”


モーガスの声は良く通る。

良く通る故に、モーガスがどの位置に居てもティーミスの耳には一様に届く。

普通の人間の声の筈だが、何故だか聞き手に悪寒を走らせる様な、それはそれは不気味な雰囲気を纏っている。


「…死ぬ…私…こんな…」


ティーミスは激痛と恐怖で朦朧になった意識の中、ぼそぼそと独り言を呟く。

その視線は、かつて右腕があった場所の切断面を見つめている。


“さあ決めた。首を切り落とし木に吊るそうぞ。”


モーガスは剣を再び構える。

モーガスのその目は、獲物を狙う獣の様な光を湛えている。


「…気持ち悪いです…見ているだけで吐き気がします…」


ティーミスは、自身の腕の断面をそう評する。

次の瞬間、モーガスは再び消える。

ティーミスは残った左腕をアイテムボックスに突っ込み、一本の魔剣を取り出す。

鞘を咥え剣を抜き、左手一本だけで構える。

ティーミスは、再び背後からの殺気を感じ取る。


「…すー…《復讐の始まり(リベンジトリガー)》!」


刀と刀を握る左腕が、刺々しい赤色のオーラを纏う。

ティーミスは先程とは比べ物にならない程の反応速度で振り向き、更に魔刀を防御に正確な位置で構える。


ガキン!


剣火が飛び、モーガスとティーミスの剣が鍔迫り合いを始める。

モーガスは両手、ティーミスは片腕。

常識的に見れば、この状況ではモーガスの圧倒的な有利だ。


“…手負いの獣は何とやら…か?”


「ぎいいいいいい!」


ティーミスが、モーガスを押している。

今のティーミスの力の殆どが、《復讐の始まり(リベンジトリガー)》によって齎された攻撃力の増加による物だった。


ピキ…パキ…


“!”


モーガスがそれに気付いた頃には既に遅い。


パキィン!


モーガスの剣を砕き、ティーミスの剣がモーガスの胴体に深々と一太刀を浴びせる。


“が…ごは…!?”


モーガスの受けた傷からは、黒色のタール状の液体が吹き出す。

ティーミスは咄嗟に目を閉じるが、全身にタールを浴びて真っ黒くベタベタになってしまう。


“この我が…手負い…?面白い…これが最高の食材にありつく為の試練だと言うのならば、受けて立とうか!”


モーガスの傷口は直様に塞がる。

モーガスが自身の目の前で拳をかち合わせると、モーガスの拳に赤色のオーラが纏わり付く。

オーラはやがて形を成し、一対の赤黒色のガンドレットへと姿を変える。


“さあ掛かって来い小娘よ!この我が一瞬で…“


「……」


ティーミスは既に、モーガスの至近距離に立っている。

ティーミスが胸に巻いていたベルトは外され、その鳩尾からは赤黒色の腕が一本、モーガスの下腹の辺りに突き刺さっている。


「やっぱり…ですね…」


ティーミスは戦いの中で、モーガス最大の隙を見出していた。

それは、モーガスが武器を形成している間だった。

ティーミスは心の中で、なんて卑怯な奴だと自分を嗤う。

それでも志半ばで死ぬよりは、卑怯な“手”を使い生き延びる方がずっとマシである。


“バカな…我が…食われるのか…?”


「…ごめんなざい…」


タールにより視界が潰れたティーミスは、目を閉じたまま口を殆ど開けずに喋る。

タールが数滴、ティーミスの口の中に入る。

溶けたゴムの味がした。



〜〜〜



何の光源も無いが為に、暗く沈んだ夜の屋敷の中。

モーガスは一人、偶然庭で捕まえた小鳥をランプの火で炙っている。

自領の民は飢餓によって全員死に、死んだ村にゾンビ化の疫病が蔓延し、ゾンビ達は皆何かに駆り立てられる様にありとあらゆる有機物を食らい尽くしてしまった。

この村の生者はもう、モーガス一人だけだった。

村がまだ生きていた頃に税として掻き集めた食糧で今まで生き延びて来たが、それも2日ほど前に尽きてしまった。

今のモーガスにはもう、奇跡か死しか残されていない。


「カブリ…カリ…カリ…カリ…」


モーガスは、こんがりと焼き上がった名も知らぬ茶色い小鳥を食む。

下処理がきちんと済まされていた為、小鳥は美味かった。

モーガスの、二日振りの食事である。


猛毒の瘴気の蔓延により、人類は瘴気の登って来ない高所に追いやられた。

しかし高度が上がれば上がる程、それだけ生育できる作物や家畜も少なくなる。

そうして山の上の環境に適応できなかった者や、少しでも体の弱い者は直ぐに間引かれ、人類はその数を大きく減らした。

その代わり、争いは起きなくなった。

全ての者が自身やコミュニティの為だけに働く様になり、地上で暮らせていた頃よりかは人類の文明は非常に平和だった。

誰もリーダーには逆らわず、皆が明日齧るパンの為に毎日懸命に働いていた。

そんな世界で領主として生まれたモーガスは、それが人間の根本的な生態だと勘違いをした。

故にモーガスは、過ちを犯した。


「次はこれの倍を持って来い。」


腹が満たされぬのならば、もっと沢山を要求する。

沢山用意できぬのなら、もっと沢山働かせる。

働くことしか知らぬ村人達は、少しも疑わずにモーガスの要求を満たし続けた。

働かせる事しか知らぬモーガスは、村の状態になど気にも留無かった。


ある日、連日に渡る日照りによって村を飢饉が襲った。

モーガスは、村が死ぬまでその事を知らなかった。


死の匂いに瘴気が吸い寄せられ、死んだ村は蘇った。

働き続けた村人達は、喰い続ける化け物の群れへと変貌した。

そうしてモーガスは、孤独になった。


働かざる者食うべからず。

村に伝わる慣用句である。


「…ならば、働こう…」


モーガスは、椅子から立ち上がる。


「腹が満たされる迄、働こう。永遠に満たされぬと言うのなら、永遠に働き続けてやろうぞ。」


モーガスは、赤黒色の瘴気を自身の手の中に集め、一本の剣を出現させる。

モーガスは、死んだ村の方角を向く。


「貴様ら以上に働いて、貴様ら以上に喰らってやろう!文句は…無いな!」


モーガスは自身の鳩尾に、瘴気の剣を深々と突き刺した。



〜〜〜



「…まだ…足りなかったのか…?満たされるには…まだ…」


「…その答えは、私には分かりません。…ですがせめて…来世では…」


「来世だと?」


不意にティーミスは、違和感を覚える。


「巫山戯た事を抜かすなよ小娘よ!我は満たされていない…ならば、まだ働くまでだ!」


ーーーーーーーーーー


QET成功。

対象に大ダメージを与えました。


アンデッドには命が存在しません。


ーーーーーーーーーー

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