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騒音源自動駆逐機構

ユミトメザル前。

ドロウ軍と連合国軍の戦場となる大地。

既に両軍の隊列は整えられており、後は開戦の合図が鳴り響くのみであった。

高所から睥睨するシュレアの目には、その様子は碁盤の目の様にも写った。


ドロウ陣営。

最前線。


「ふー…」


ゼズは一つ、大きく深呼吸をする。

纏うのは軍服。背中には剣。右手には短刀。

少なくともその身なりは、立派な軍人のそれであった。


(俺ならやれる。何も心配は無い。)


ゼズは、右手に持った短刀を握り締める。


(俺にはこいつがあるんだ。こいつに任せるだけでいい。そうだ。きっと上手く行く。)


基本的にこの世界では、持つ道具の力もその人物の力として捉えられる傾向がある。

ゼズの場合はまさしくテルパム状態だったが、その道具を持っている限りは特に問題は無いのだ。

その分、ゼズを戦士たらしめている短刀を何かしらの形で失った場合は目も当てられないが。


「…!」


その時、ゼズは唐突に激しい目眩に襲われる。

それと同時に、いつか聞いた声も聞こえて来る。


『ゼズ』


「何だ…あんた…誰だ…」


『静寂が訪れるまで。』


「は…?」


『一人残らず。』


「何なんだよ一体…」


『一人残らず。静寂が訪れるまで。一人残らず。静寂が訪れるまで。一人残らず。静寂が訪れるまで。』


ゼズの頭の中に現れた声は、反響する様に延々と同じフレーズを繰り返す。


「何だよ…何なんだよ一体!」


ゼズは頭を抑えながら、その場に蹲る。


(まさか…この短刀に呪いでも掛かってるのか?)


どんなに優れた装備でも、呪い付きとわかった瞬間にただの粗大ゴミへと変貌する。

呪われた装備の使用はどんな国でも原則として禁止され、呪いの装備を一たび身に付けた瞬間にその人物は最重要指名手配犯へと変わる。

呪いの装備は確かに一様に強力だが、それと同時に余りにも危険だった。

所有者の命を吸う程度ならばまだ優しい。

呪いの装備の中には、所有者を敵味方見境の無い狂戦士へと変える物や、所有者の周囲から生命を吸い取る物など、非常に扱い難い物もある。


ゼズは察した。

この短刀は恐らく、所有者をバーサーカーに変える類の物だと。


(…大丈夫だ。声は鬱陶しいが、まだ正気を保てるレベルだ。)


精神侵食系の呪いは、強靭な精神力があればある程度は抑え込む事が可能である。

ゼズは、気合いには自信がある。


開戦を告げる銅鑼の音が聞こえる。


「前衛部隊!とつげええき!」


先導者の騎馬兵が前進を始める。


“うおおおおおおおおおお!”


最前面の四隊が砕け、敵軍に向けて進行を開始する。

先手を打ったのはドロウ軍。

戦力差が互角である以上は、先に攻め切った方が有利だった。


「見えたぞ!敵陣営だ!」



〜〜〜



連合国陣営。

最後列。


神輿型の座の上に、バンパ将軍としてヴィアが座っている。

神輿は十数名程の兵士によって担がれ、連合国陣営の最後方を陣取っている。

バンパを担ぐ兵士は、皆が筋骨隆々の屈強な肉体を持っており、バンパの重量を特に苦にする様子は無かった。


「くーっふふふふふ〜今から開戦が待ち遠しいですな〜」


ヴィアが纏っているのは、かつて戰神とすら謳われたバンパ将軍と同じ物。

合金製の鎧とモーニングスターと、数多の属性攻撃からその身を守る為の刻印が刻まれた勲章の数々。

ヴィアの身に付ける物品一つ一つが城一つ分程の価値を持ち、その全てがバンパの持つ能力を極限まで引き出す為の物だった。


(ふ。案ずる事も無いな。これだけの装備が揃ってれば、適当に武器を振り回しているだけで勝てる。)


戰は実力勝負と良く言うが、装備の力も重要な要素の一つである。

例えば、オリハルコンの鎧と剣を装備した素人と、皮の装備に鉄の剣を持った熟練の剣士は、暫し互角の勝負を繰り広げる。

道具の力とは、それだけ大きな物だった。


開戦を告げる銅鑼の音が響く。

少しして、地平線の向こうから蠢く群が現れる。


「見えたぞ!敵軍だ!」


最前線からそんな声が聞こえる。

進行してきたドロウ軍とそれを受け止める連合国軍との大規模な衝突、そして戦闘が始まる。

遥か後方に居たヴィアだったが、ただでさえ巨大な図体が神輿によって持ち上げられている為、戦場の様子を眺める事が出来た。


(唯一懸念するとすれば、この合金の鉄槌を受け止めたと言う少年兵だが…)


ヴィアは座ったまま少し背筋を伸ばし、それらしい者が居ないかを確認する。

少年兵は何人か戦場に出ていたが、話に上がった様な強者は見当たらない。


(ああ。また一人死んだ。本当に少年兵だったのか?小柄なだけだったとか…)


その時だった。


『殺せ。』


「!?」


ヴィアの脳内に、声が響く。

否、声と言うよりも、あまりにも強かった為に声として認識出来てしまう程の衝動そのものである。


『殺せ。奴らを殺せ。静寂を取り戻せ。』


「うおおおおおおおお!!!」


ヴィアはバンパの野太い声で、陣営全体に響く程の雄叫びを挙げる。

ヴィアは、その不自然な衝動に完全に乗っ取られる。


「将軍!?」


「一体どうされましたか!?」


自将の突然の奇行に、兵士達は当然困惑する。

ヴィアは神輿の上で立ち上がり、そのままその巨体で飛び降りる。

揺れと地鳴りが巻き起こる。

ヴィアはそのまま、戦場に向けて一直線に走り出す。

道中の味方の兵士は、バンパの巨体によって吹き飛ばされるか踏み潰されるかをする。

バンパの目は赤色に染まり輝き、その身体は黒く淡い靄の様な物にうっすらと包まれている。

今のバンパがまともな状態じゃ無いのは、誰の目から見ても明らかだった。


ほぼ同時刻、連合国軍の左翼に異変が起こる。


「てやあ!」


短刀一本だけを持った少年兵が、単騎で突っ込んで来たのである。

少年の目は赤色に染まり、その身体はぼんやりと黒色の靄に包まれている。

理性を保っている事を除けば、状態としてはバンパと同じである。


「な…何だこのガキ…ぎゃああああ!」


少年の持つ短刀によって、連合国軍兵が纏っている鎧はバターの様に切れ、身は更にすんなりと切り裂かれる。

本来ならば大事には到り得ない筈の浅い傷でも、高過ぎる攻撃力によって軒並み致命傷へと変わる。

パラメーター処理は、この世界から見たら異界の法則である。


「何だあの武器は!」


「気を付けろ!あれは恐らく即死属性の武器だ!」


故に、この世界の住民は少年の持つ短刀の本質を理解出来る事が出来なかった。


「ていやあああ!」


少年は敵陣に突っ込み、短刀を振るう。

短刀を振るう毎に、少年の身のこなしは少しずつ軽く、素早くなって行く。


ーーーーーーーーーー


【量産武器・スプリンターのダガー】

攻撃力+48000

敵を倒す毎に自身の移動速度と攻撃速度+1%。この効果は重複し、戦闘終了まで持続する。


ーーーーーーーーーー


「はははははは!身体がどんどん軽くなって行く!最高の気分だ!」


自分が無双をしている。自分がこの戦場において最強の存在である。

そんな状況に陥れば、人間誰しも少なからずは快感を覚える。

少年ゼズは理性を保ったまま、自らの意思と衝動によって殺戮マシーンへと成り果てたのである。


「俺が英雄になる!俺が!うおおおおおお!」


連合国軍はみるみるうちにその数を減らし続ける。

時折隊長級や精鋭兵がゼズの前に立ち塞がるが、雑兵と同じく一撃で屠られる。

攻撃力四万八千を凌げる装備など、この世界にはそうそう無い。


「ははは!弱い!弱い弱い弱い!こいつさえあれば、俺は、あいつらは!」


武器の持つ加速能力によって、ゼズの殺戮は一層苛烈さを増す。


「が…は…」


「ひいいいい!」


何名かの兵士が、恐れをなしてゼズに背を向ける。

しかし、既にゼズの移動速度は音速を超えており、ゼズから逃れられた者は一人も居なかった。


「待ってろよロージー!エギ!直ぐに大金持ちにしてやるぞ!」


短刀を振るいながら、一振りで一列を切り裂きながら、ゼズは妄想に浸る。

喝采を浴び、富に溢れ、後世まで語り継がれる自分の姿を思い描く。

喝采はともかく、少なくとも後世まで語り継がれる事にはなる。

稀代の怪事件として。


ドロウ陣営。

本隊。


「ウオアアアアアアアアア!!!」


振り回される鉄球が生物の様に、生きとし生けるもの全てを等しく粉砕して行く。

地平に還るまで。

戦場に、静寂が訪れるまで。

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