約束忘れ
ユミトメザル。
風邪引きから一夜明けた朝。
「…にぁ?」
ティーミスは、目の前に表示されたウィンドウの明かりで目を覚ます。
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『療養』
クエストをクリアしました
リザルト
二日間健康的な体温を維持する+10
【ロードハート・アスコルビンポーション】服用+2000p
2010/150p
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ふとティーミスは思い出す。
粥はポーションを混入させるのに最適な料理だと聞いた事がある。
細かい理屈まではティーミスは把握していないが、どうにも米から溶け出す澱粉が関係しているらしい。
ティーミスはベッドから跳ね降りる。
昨日まで鉛の様に重かった身体が、嘘みたいに軽く動く。
もう、全身に冷たい布が巻きついている様な辛い倦怠感も無い。
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報酬を獲得しました。
【風邪】デバフの解除。
最大HP +150(初回限定)
【王宮医の秘薬】×50
称号『病み上がり』
称号を獲得しました
『病み上がり』
デバフ耐性+100%
アイテムを獲得しました
【王宮医の秘薬】
使用時、デバフ全てを解除します。
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ティーミスは手始めに、窓辺に立てかけられた私室のドアを持ち上げる。
ドアは軽々と持ち上がる。
「ふ…」
今だったら何でも出来る気がする。
ティーミスは、そんな病み上がり特有の精神状態に入る。
ティーミスはその場所から、部屋の反対側、ドアを失い今はただの四角い穴と化した部屋の出入り口の前に立つ。
ティーミスは、裏表を確認した後ドアを元の位置に戻す。
ドアは一瞬で元通りに接合され、その機能を取り戻す。
「ふふ。」
ティーミスは思わず笑みを溢す。
やりたい事は、ドアを直す事以外にも沢山ある。
「そうです。先ずはお風呂に入りたいです。」
ティーミスは胸の内から溢れ出る衝動のままに、私室から飛び出す。
今この瞬間のティーミスは、自分が昨日散々弄り回した戦争の事などすっかりと忘れてしまっていた。
戦場の様子を見に行く様に頼んだ、シュレアの事も。
〜〜〜
「キュフフ〜♪」
ユミトメザルの防壁の上。
シュレアは、ドロウ軍と連合国軍の戦争を睥睨出来る位置に佇んでいる。
右手にはオペラや演劇を鑑賞する為の小さな望遠鏡を持ち、左手には赤ワインの入ったワイングラスがある。
戦争とは、魔族にとっては最高の見世物だった。
愚かな人間達がしょうも無い理由でお互いを殺しあう姿は、魔族の目には至極滑稽に映るのである。
これから戦場で何が起こるかを大凡知っているシュレアは、ささやかな胸を期待に膨らませながら、ワインを舐めつつその時を待っていた。
〜〜〜
ドロウ軍本陣。
軍の大将の座すテントの中。
「来たか。少年兵よ。」
ゼズはこの場所に、総大将直々に呼ばれていた。
「俺に、話ですか?」
テントは、直径が人8人分程の円形である。
総大将が座る為の大きな椅子と、金属製の槍を7本備えた槍立て以外に家具は無い。
テントの中にはゼズと、総大将と総大将の4人の護衛だけが居る。
総大将は、全身に紫黒色の鎧を纏った初老の男だった。
顔もヘルムに覆われ素肌は一箇所も出ていないが、それでも異様なまでの貫禄を放っている。
「あの伝説の戦士バンパを一時でも後退に追いやったその実力、誠に見事であった。そこで貴殿を、正式に軍へ迎え入れられる事になった。
もしも貴殿が望むのならばの話だが。」
「…え?」
ドロウ国軍への正式入隊は、本来ならばそれなりの家柄と厳しい審査へのパスが必要である。
その分、見返りもそれなりにはある。
「貴殿は戦争孤児で、たった一人で兄弟を養っていると聞いた。
もし貴殿が正式入隊を決意したならば、貴殿の兄弟も含め富に満ちた将来を約束しよう。」
現れれば成す術無しと言われて来た伝説の戦士を撃退した少年兵ゼズ。
ゼズはドロウ国全体で見ても、国の新たなる可能性そのものだった。
孤児だからと言う理由だけでその可能性を捨て去る理由など、ドロウ共和国は持ち合わせては居ない。
「それだけでは無い。孤児である貴殿がドロウ国軍の正式な一員となれば、貴殿と言う前例が生まれれ、貴殿の様な孤児は勿論、低い身分の者にも新たな可能性が生まれる。
貴殿がこの国の、進歩と繁栄の新たな象徴となるのだ。」
総大将は一番近い位置に居た護衛から、鞘に収まった一本の長刀を受け取る。
「即決せよ。ゼズ殿。」
総大将はゼズに向けて、先程受け取った長刀を差し出す。
差し出されたのは、ドロウ国軍の正規部隊のみが所有を許された、【ドロウメーライアソード】と言う刀である。
「でも…俺…」
ゼズは知っていた。
あの時の自分は、絶対に自分では無かったと。
見えない何かしらの力が、たまたま自身の体に働いた結果があの時の撃退劇だと。
たじろぐゼズの様子を見た総大将は、すかさずフォローの言葉を掛ける。
「心配しなくても良い。人と言う物は暫し、絶体絶命の状況下で超常的な力を発揮する事が有る。あの時の貴殿が普段の貴殿の実力だとは、誰も思ってはいないさ。
もう少し気楽で良いぞ。ゼズ殿。」
そう言って総大将は、自身の頭を覆っていたヘルムを脱ぎ素顔を見せる。
整えられた紫色の短髪。同じく紫色の口髭。瞳まで紫蘇色。
人柄の良さそうな、中年の男の顔だった。
「………」
ゼズは暫し考え込む。
もしもあの時の自分が、本当に内に秘めた力を解放しただけなのだとしたら。
そんな考えも、拾った短刀の事を思い出した瞬間に直ぐ様消え失せる。
あれは確実に、得体の知れない少女の元にあった得体の知れない短刀の力である。
では、道具の力も自分の能力の一部と捉えた場合はどうだろうか。
何処まで道具が素晴らしくても、優れた使い手が居なければ意味が無いのだから。
ゼズは、最も合理的で最も楽観的な自己解釈に辿り着く。
「…分かりました。」
ゼズは、総大将から差し出された刀を受け取る。
今日で最後と決めた筈の戦場が、これよりゼズの生きる場所になった。
「おお!よく決めてくれた!」
総大将の小手越しの手が、ゼズの頭をポンと撫でる。
「ようこそドロウ国軍へ。ゼズ三等兵殿。」
総大将は再びヘルムを被り直し、椅子に深く腰掛け直す。
「貴殿に最初の任務を与える。これより最前線部隊の先頭列に就き、先鋒部隊として敵の防衛線を突破してくれ。」
ゼズは、赤黒色の短刀の据えられたベルトを軽く触る。
ゼズは答える。
「お任せ下さい。」
あの短刀があれば大丈夫だ。
もし万が一失敗しても、この短刀があればきっと死ぬ事は無い。
ゼズは自分にそう言い聞かせ、必死に心を鎮めていた。
(俺が…軍人…)
余りにも唐突な話で、ゼズ自身にはまだその実感は湧いていなかった。
「?」
不意にゼズは背後を振り向く。
「どうした?」
当然、周囲の護衛や総大将はそのゼズの挙動を不審がる。
「いえ、ただ…今、誰かに呼ばれた気がしただけです。」
〜〜〜
連合国陣営側。
最後列陣。
「バンパ将軍。こちらは、西の国の姫君からの贈り物です。こちらが、東の小国から送られて来た酒で、そちらが北の遊牧民から届いた食料の差し入れです。」
「ふぅむ。ご苦労。」
バンパ将軍、否、バンパ将軍の姿に変わったヴィアは、バンパ将軍として贅の限りを尽くされた戦場飯にありついている真っ最中であった。
バンパ将軍は、生前から大食漢で有名だった。
故に、戦場に赴いたバンパ将軍の元には毎度毎度方々から、何も言わずとも山の様に差し入れが届いた。
バンパは、それだけ偉大な存在だった。
「ふぅん。こりゃ美味い。香辛料が効いてるな。」
「ん?バンパ将軍。貴方は確か、辛い物が大の嫌いだった筈…」
「あ〜?ああ。平気になったのさ〜」
「そ…そうですか。」
ヴィアは、普段の自分の三倍ほどの大きさの手を使って、鳥の丸焼きを片手で二つほど掴み一口で平らげる。
仮初めの肉体と言えど、維持する為の膨大なエネルギーが必要だった。
「ああ〜早く戦いたくて仕方無いな〜」
(本当に。何なんだ、この衝動は。これも変身の影響なのか?)
ヴィアはこの時、今までの人生の中で最も強い戦闘衝動に駆られていた。
(ん?)
ふとヴィアは、背後を向く。
「将軍殿。どうかなされましたか?」
「いや、何でも無いよ〜」
(今誰かに本当の名で呼ばれた気がしたが…気のせいか…?)