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君を忘れない

ヴィアは少し草臥れ、テントの中にあった簡素な木組みの椅子に腰掛ける。

総大将と農兵は暫しの間呆気に取られていたが、総大将がふと我に返る。


「イカれているだと?これがこの国にとっての最善の策なんだ!この国にはもう、バンパ将軍あのお方しか居ないのだ!」


「…分かった。なら、こうしよう。」


ヴィアは農兵が右胸に付けていた、数多の勲章入りのバッジを剥がす。

このバッジは、正真正銘の本物のバンパ将軍がかつて身につけて居た物である。


「なら、俺が“最後”のバンパ将軍になる。」


「…何?」


バンパ将軍の影武者候補は、基本的に二種が存在する。

一種目は、農兵から選出された者。この場合、最後にその農兵は口止めの為に始末される。

二種目は、事情を知る僅かな上層部の中でも戦う力を持つ極僅かな者。この場合、其の者ののスケジュールの調整や、万一にも影武者が倒される事が無い様に、真実が露見しない様にする為の現場、又周囲の綿密な調整等、膨大な下準備が必要である。

当然ヴィアは二種目に当たり、ヴィアが影武者になるに当たってのリスクも当然存在する。


巫山戯(ふざけ)るな。お前は傭国複合隊の隊長だ。今からいきなり、何の波風も立たせずに抜ける事など不可能だ。」


その台詞を待って居たかの様に、ヴィアは直ぐに自身の右手首を総大将に見せる。


「俺は今朝の戦いで負傷し一時戦線を離脱する事になった。それに。既に副官へのバックアップは済んでいる。」


ヴィアは総大将の胸ポケットから、木製の小さな小箱も取る。


「筋書きはこうだ。バンパ将軍は前線で死力を尽くして戦い続け、連合国は見事、源泉を手に入れる事が出来た。そしてバンパ将軍はこの戦いを最後に、戦士人生を華々しく引退する。

これでどうだ。」


「……」


総大将も、内心では判っていた。

こんな事間違っていると。

今まで是正する機会が無かっただけである。

そして今この瞬間が、心の何処かで待ち望んでいたその“機会”であると。


「戦勝の暁には、その話は無理矢理にでも上層部に通そう。ただし、絶対にヘマはするな。」


「分かっている。」


ヴィアは小箱とバッジを身につけている鎧の奥底へと仕舞い込むと、ゆっくりとそのテントを後にする。

時刻は丁度、正午頃に差し掛かっている。


「…全く。バンパ将軍。俺はあんたには会った事はないが、あんたに同情するぜ。」


実力の半分をありもしない血統のせいにされ、更には幻影として戦場に縛り付けられる見ず知らずの戦士に、ヴィアは心からの同情を覚える。

七割は、このままではいずれ軍部に綻びが生まれると思ったから。そして三割は、バンパ将軍への同情から、ヴィアはバンパ将軍の幻影をこの場で絶つと決めた。

が、ヴィアの内心には決意と同時に不安があった。

もしこの戦争に敗れればどうなるか。

バンパ将軍も源泉も無いこの国に、敗戦の衝撃を絶え凌ぐ術は無い。


「…」


テントより500m程進んだ先で、ヴィアはその歩を止める。

もしも敗れれば。

靄の様に形の無い疑念は靄となって、ヴィアの歩む先に覆い被さる。


「?」


不意にヴィアは、視界の端に何か動く物を捉える。

ヴィアは、動く物があった右方を振り返る。

荒縄で縛られた鉄筋の山以外の物は無い。

否。


「血?」


鉄筋の横の地面に血痕がある。

それも一つだけでは無い。

負傷した兵士が移動した際に出来る様な、そんな具合の血痕である。

不審に思ったヴィアは、その鉄筋の山の裏に続く血痕を辿る。


「!」


鉄筋の裏には、兵士の遺体があった。

モーニングスターによって骨と言う骨全てを粉砕された、見るにも惨い戦死体である。

それも、敵兵の。

明らかに普通じゃ無い事が起こっている。

ヴィアの本能はそう警告する。


「酷いですよね。」


「誰だ!」


いつの間にやらヴィアの右方に、少女が一人佇んでいる。


「死んじゃったんですよ。この人。此処で。」


少女は淡い紫色の小さな花の花束を、遺体の傍に供える。


「大きな鉄球の攻撃を受けて、こんな姿になって、それでも意識があって。」


少女は、右手の指で中をなぞる。


「目も見えずに彷徨い歩いて。あんなに遠い戦場から、この場所までこういう風に迷い込んで、此処で。普通考えられますか?手足の関節も使えないのに、一体どうやってこの距離を移動したんでしょう。」


突然、少女の右腕がボコボコと肥大化し、大顎の怪物へと変貌する。

大顎の怪物は兵士の遺体を、供えた花ごと一口で喰らう。


「でも、そんな小さな奇跡も、最後は消えて無くなっちゃうんです。こんな風に。」


少女は、祈りを捧げる様に目を閉じる。


「全く同じ事は二度と起こりませんが、同じ結果を迎える方は沢山居ます。戦争と言うのはそう言う物です。」


少女はしゃがみ込み、地面に僅かに残った血溜まりを愛おしそうに指で撫でる。


「こんなに悲しい事はありません。」


少女の放った一連の言葉を聞き終わり、ヴィアは改めて少女に質問をする。


「お前は誰だ。俺達を説教しに来たエルフか?」


「……」


少女は立ち上がり、ヴィアの方を向く。


「私の名前はティーミスって言います。きっと直ぐに忘れてしまうかもしれませんが。」


「…?」


ティーミスの目を見た瞬間、ヴィアのその目から光が消える。


「仮に世界の全てから貴方の名前が消えたとしても、私は貴方の事を覚えておきます。」


ティーミスはアイテムボックスから、容器の様な形をした紫色の花の花束を取り出し、それをそのままヴィアの前に置く。


「さようなら。私の大切な、たれんとさん。」



〜〜〜



「…う…うん?」


ヴィアはふと我に返る。

自分は何故、鉄骨の山の前に居るのか。この奇怪なの紫色の花は何なのか。

ヴィアは疑問を募らせる。

次の瞬間、焦燥の感情が奔流を成してヴィアの心に流れ込んで来る。

自分は一体どれだけの時間此処に居たのか。誰かに見つかってしまったのか否か。

ヴィアは空を見上げる。

時刻は丁度正午頃。

太陽の位置は、テントを出た時と然程変わらなかった。


「…行こう。」


ヴィアは鉄骨の山の陰に身を納め、懐に隠していた木箱を取り出し蓋を開ける。

掌にすっぽりと収まってしまう程の小さな木箱の中には、更に小さな、爪の先程の大きさの桃色の丸薬が十数粒ほどある。

ヴィアはその中の一粒を手爪で摘み、慎重に口に運ぶ。

丸薬は口の中に入った瞬間、一瞬にして消えて無くなる。


「ふー…」


ヴィアの体がブクブクと肥大化して行く。身体中の至る所から肉が溢れているその様は、一見すれば不健康そのものだった。

纏っていた衣服や鎧が、バンパの身体に合わせ別の物へと変質して行く。


(…バンパ将軍はこんな容姿だったのに、結婚出来て、孫まで生まれて、死因は老衰なのか。…成る程。)


いつの間にか屈んだ体勢になっていた戦場に縛り付けられたバンパ将軍の幻が、鎧や節々が軋む音を立てながらゆっくりと立ち上がる。

その頭は、5m程の高さがある鉄骨の山の頂上を見下ろす高さにまで到達した。


「人は〜見た目じゃ〜何も分かんないね〜」


ヴィアはバンパ将軍として、次の戦の軍議の為に、軍議用のテントへと歩を進める。

元の体の数倍の体重があったにも関わらず、ヴィアはその瞬間、自分の体が今までで一番軽く感じた。



〜〜〜



「ゴホッゲホッ…はぁ…」


ティーミスは布団の中に潜り、病重の身を休ませていた。


ーーーーーーーーーー


警告!

過剰な能力の行使によって、病魔への抵抗力が弱まりました。

体調不良が悪化しました。


【咳】

断続的にスタミナが消費されます。

【スキル不良】

スキルの使用の際、あなたは一定割合のダメージを受けます。


ーーーーーーーーーー


「まさか…こんなに酷…ゴホゴホッ!」


ティーミスの持つ、恐ろしくも強力なスキルの数々。

ティーミスの感覚では些細な事でも、人体にとっては重労働である。

例えばテレポート。

常人が自力で行うには、膨大な魔力と同時に数週間分の労力が必要である。

ティーミスの使うテレポートは浮世に出回るどの方法よりも楽で効率的だが、それでも少なからずの疲労は生まれる。

そして今のティーミスの体は、そんな些細な疲労を何倍にも増幅させてしまったのである。


「…騒音はその内止みます。…いえ止まなくても、今日はもう、動きたくありません…」


具合が悪いから休みたいと言うのは、動物として実に自然な衝動である。

幾ら化物に堕ちた者とて、血の通った動物であるには変わらないのである。


“コンコン”


ティーミスの私室のドアから、軽快なノックが聞こえる。

少しして、今まで裏表反対に付いていたドアが、外側から思い切り蹴破られる。

当然ドアは外れ、反対側の壁まで吹き飛ばされる。


「キュフフ〜♪ティーミス様〜♪」


ティーミスの私室に、御機嫌な様子のシュレアが入って来る。

フリルの付いた桃色のエプロンを、ゴシックロリータの服の上から着ている。背中には、大きな蝶々結びのリボンが揺れている。

手には黒色のキッチンミトンを付け、両手で少し大振りな黒色の土鍋を抱えている。

土鍋は中が満たされておりそれなりの重量の筈だが、シュレアの足取りはスキップも混じり実に軽快である。


「随分と嬉しそうで…ゴホゴホッ!」


「当たり前ですの〜♪やっと、わたくしが貴女様のお役に立てる機会が巡ってきたのですから〜♪」


シュレアはそう良いながら、ベッドの横にある小さな机の上に、手に持っていた土鍋を置く。

火の手も無いにも関わらず、土鍋はグラグラと言う音を立てながら大量の湯気を立ち昇らせている。

シュレアの渾身の手料理である。


「さあ、お食べ下さいませ♪」


シュレアはキッチンミトンを脱ぎ捨て、高温の土鍋を素手で開ける。

一塊の湯気が部屋に放たれる。


「……」


マッドサイエンティストで死んでる魔族の料理など、まともな筈が無い。

ティーミスはその確信の元、恐る恐る土鍋のある右方を見てみる。


「…にあ…」


「人間は病気の時、これを食べると聞きましたの♪」


土鍋は、出来立ての粥で満たされていた。

青菜の乗った白粥の中央には少し固まった生卵。

生姜などの滋養に良い薬味が散らされている辺りからも、シュレアの心遣いが伺える。


「…何故、お粥ですか?」


「ダメでしたの?」


「いえ、違います。その…ゴホゴホ!」


ティーミスは確かに嬉しかったが、同時に少し不可解でもあった。

この世界において、病床飯の定番は暖かいスープである。

粥という料理がこの世界に無い訳ではないが、病人に振る舞う料理としては、この世界の感性で見れば少し不可解だったのだ。

この世界の感性から見れば。


「…知ってたんですか?私の元の…」


「キィ?」


「…いえ、何でもありません。お粥、有難うございます。」


「キィ♪」


その時だった。

ユミトメザルの外壁の外から、猛々しい角笛の音がする。


「にゃ!」


小心者のティーミスの体はその唐突な騒音に若干跳ねるが、間一髪で粥が溢れる事は無かった。


「またあのヒューマノイド共が…!」


シュレアは一転してその表情を忿怒に染める。


「大丈夫ですよ。シュレアさん。きっとこれが最後で…ケホケホ。」


「キィ?」


「…シュレアさん。お料理を持って来てくれた所申し訳無いのですが…ひと…ゴホッ!…一つ、お願いがあります。もし宜しければ、戦場の様子を見に行って来てくれませんか?宜しければで良いのですが…」


「キィ♪勿論ですの♪お安い御用ですの♪行って来ますわ♪」


そう言うとシュレアは、エプロン姿のまま壁の中へと飛び込み消える。

ティーミスの私室には、再び静寂が戻って来る。


「…いただきます。」


ティーミスは、土鍋に据え付けられていた蓮華で粥を一口食べる。


「…美味しいです。とても…暖かい味がします…」


味は、かまどから出てくる御馳走には劣っている。

それでもティーミスは、かまどから出て来るどんな料理よりもこの粥の方が美味しいと思えた。

この日初めてティーミスは、従属者からの愛を感じ取れた。

淡い紫色の小さな花

シオン

花言葉「君を忘れない」「追憶」「彼方にある人を思う」


容器のような形をした紫色の花

アツモリソウ

花言葉「君を忘れない」「気まぐれ」

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