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騒音被害

無とは無限の裏返しである。

無には無限の可能性がある。

無限の可能性とは一様に、人を魅了する物である。


ある日、大陸一つからほぼ全ての物が消え真っ新になった。

帝国の情報統制も虚しく、その余りにも巨大過ぎる事実は僅か数日で世界全土を駆け巡った。その原因を知り得る者はその中の僅か一握りだったが。

数日ほど経ち、焦げた大陸に残された最後の国家ビジオードから、大勢の人間が隣陸のとある大国に流れて来た。

彼等と一緒に焦げ地の外に齎されたのは、その焦土の詳細な情報である。

無数のダンジョンが湧きっぱなしのまま放置されている。

山や川は愚か、地面には凹凸の一つも無く、大地を歩いていると巨大な石板の上に居る様な心地さえする程である。

そして、


「そ…そりゃ本当か!?」


「ああ。大陸のあちこちに、所有者が不在になった魔力の源泉があってな。」


「でも、どうして何もかもが消えて無くなった大陸に源泉が残ってるんだ?」


「源泉って言葉の意味知ってるか?あれは壊れたり消えたりする様な物では無いんだよ。」


とある旅芸人が漏らしたその一言が、成り上がりや富国を目指す数多の国家の重役達の耳に届くのに、そこまでの時間は掛からなかった。

焦げ地に放置された源泉の数は43箇所。

その中には、かつての大国が所有していた非常に大規模かつ有用な物もある。

どんな弱小国家も列強国へとのし上げる力を持つ魔力の源泉の、国家対抗の争奪戦。

時代の動乱の引き金には十分過ぎた。

しかも今回は、かつてない条件が付いている。


「話には聞いていたが…」


「ダンジョンを取ってみると、本当に、平坦ですね。」


「ああ。此処なら、要塞、戦車、大規模陣形に巨大魔法、何でも出来るぞ!」


この大陸を支配する絶対的なルールはただ一つ。

何も無い。

それだけだ。

戦好きな軍師はこの土地を一目見ただけで興奮に震え、一騎当千の強戦士は歓喜の雄叫びをあげた。

何も無いから、何でも出来るのだ。

各々の全力を思う存分発揮することの出来る戦場。

激化しない訳が無かった。


「ドロウの大魔導師グールンよ!あのデカブツにもう一度あれを叩き込んでやれ!」


「了解しました。すー…《テラディフション=デイブレイク》!」


少なくとも今のその大陸は、少女一人が安眠出来る環境では無かった。



〜〜〜



「…確かに暖かいですし…ちゃんと体温維持の時間も加算され続けています…ですが…」


ティーミスは、姿見で自身の今の姿を確認する。

今のティーミスは、ぬいぐるみの様にモコモコとした桃色の部屋着姿である。今までの扇情的なまでに露出の多い服装とは一転して、その部屋着はゆったりとした長袖に長ズボンのつなぎ。手袋にスリッパにフードまで付いており、フードの中の頭と首と、時折手足首が覗く以外の露出は無い。

フードには、ふわふわで大きな一対の兎耳が、特に意味も無く垂れ下がっている。

姿見には、見かけたら誰しも抱き締めたくなる様な愛らしいモコモコの少女が写っている。


「………」


ティーミスはとてもこれで人前に、ましてや戦争の真っ只中に現れる気にはなれなかった。

ティーミスは姿見から離れ、まだ微かに自身の体温残るベッドに飛び込む。


「…落ち着いて下さい…そうです…シュレアさんの言った通り、此処は私の縄張り…と皆さんからされている場所です…格好を気にする必要は無いですよきっと…

それに…えっと…そうです、この姿で堂々と振る舞うのも、大物の悪役っぽいです。…多分…きっと…」


ティーミスは必死に自身を納得させようとする。

普段の肌の89%程が露出する格好に慣れてしまっており、今のティーミスにはむしろ、この肌の殆ど隠れる部屋着姿の方が羞恥の対象だった。

かつてはそれが、普通だったと言うのに。


“ゴロゴロゴロゴロゴロ!!!”


無数の兵隊が進軍する時の足音が、ティーミスの部屋を揺らす。

若干目標を見失いかけていたティーミスだが、その騒音によって自身が外出する理由を思い出す。


「…きっと大丈夫です…」


ティーミスはベッドから起き上がり、裏表が逆のままの自室の扉の前まで歩く。


「ちょっと苦情を言いに行くだけです。」


ティーミスは扉を開ける。

不意に扉の向こうから部屋に突風が吹き、ティーミスの部屋の中の紙や小物と言った軽い物を巻き上げる。

ティーミスは構わず、その扉から自室を出る。


「今だ!キャタラクトゴーレム二機目を出動させよ!敵の重装歩兵前線を一掃するのだ!」


ティーミスは、ユミトメザルの防壁の上に立っている。

高所故に強風が吹くが、風ではフワモコに包まれたティーミスから体温を奪う事は出来無い。

ティーミスは防壁の上に、戦場側に足を垂らして座る。


ーーーーーーーーーー


【砂糖菓子の悪魔と夢兎の約束】

毎秒最大HPの1%を回復

環境影響無効

物理攻撃無効

全能力値−95%


『これは御主人の趣味ですか?』


ーーーーーーーーーー


当然、この部屋着は戦闘用の装備では無い。

今から元の装備に戻って騒音の元を皆殺しにする事も可能だが、そのせいで風邪が悪化しては本末転倒だ。

呼び出す兵士の能力値はティーミスに依存する為、兵士を放つのも得策では無い。

ティーミスは戦場を睥睨して初めて、自分が解決策を思い付いていない事に気付く。


「……」


地上の兵士達は、幸いにも遥か高所に座るティーミスには気付いていない。

ただ、解決策の替わりにティーミスは、戦場を観察しながらゆっくりと考える時間を持っている。

ティーミスの元に突風が吹く。

ティーミスの着ている部屋着の、フェルト製の簡素な四つのボタンの内の上から三つが外れる。

ティーミスはその事に気付きはするが、体温維持のタイマーが止まっていなかった為そのままにする。

ただ単純に、すぐ外れるボタンを締め直すのが面倒なのだ。


「…風が冷たい…気がします。」


ティーミスはふと視線を落とす。

上着のボタンが外れ、鳩尾から臍の下までが外気を浴びている。

ただ、一番下のボタンだけはかえしが付いており、ちょっとやそっとの事ではビクともしない作りになっている。

逆に言えば、上の三つにはその作りは無い。

まるで意図的に外れ易くしているかの様に。


「…趣味、悪いですね…」


ふとティーミスは、今の自分の服装の状態からある物を連想する。

普通の城壁にはある筈の物。

ユミトメザルにだけ無い物。


「良い事思い付きました。」


ティーミスは久方振りに役者になる事に決める。

人を追い払うのにわざわざ皆殺しを行なう必要は無く、怖がらせるだけで良い。

ティーミスが今回演じるのは、奇人だ。


“ゴオオオオオオン…”


「にゃ!?」


2台目の巨大ゴーレムが倒壊する。

発生した振動と爆音にティーミスはよろめき、防壁の上でしりもちをついてしまう。


「……もう怒りました……」


怖がらせるだけでは駄目だ。

あの中に居る出来るだけ偉い誰かを、どう言うつもりか問い詰めなければ。



〜〜〜



“キエラさん。キエラさん。起きて下さい。”


「ん…うん…」


木製の小手越しの手に揺られ、馬車の中で眠っていたキエラは目を覚ます。

ダンジョンが放置され、更には大規模な戦争の戦場になる危険極まり無い焦げの大陸。

残った僅かな人々は、他の四つの大陸へと散りじりになった。

そんな中キエラ達は劇団長の人脈により、この世界で最も大きな大陸、“央の大陸”の辺境国へと流れ着いた。


「おはようリテ。」


“おはようございます。朝に起きる生活にも慣れてきましたか?”


「大分かな。これも、リテのくれるお茶のお陰。」


キエラは一つ伸びをすると、馬の付いていないテント付きの馬車から外に出て来る。

リテもそれに追従する。

既に外はしっかりと日の光で照らされているが、まだ朝と呼べる時間帯である。


「んーっ。朝に起きるって何だか気持ち良い。わたくしは人間なんだって改めて実感出来ます…あ、出来る。」


“最近思うのですが、キエラさんはどうしてその言葉遣いを変えようとしているんですか?”


「わたくしは今ちゃんと朝に起きて、みんなと一緒の物を食べてる。だから、せっかくだから普通の女の子になってみたいなって。リテの“それ”と同じ感じかな。」


キエラはそう言って、馬車の前に立つリテの方に右掌を差す。

リテは今、とても召喚“獣”には見えない格好をしている。

白いワンピース。同じく白いサンダル。しっかりと解かされた長い髪。そして、大きな木製の一対のガンドレッド。

リテもまたキエラと同じく、変わろうとしていた。


「靴も普通になったし、後はその手だけですね…あ、だ…だね。」


リテは外骨格に引き篭もる事を辞める為に、外出の度に少しづつ外骨格のパーツを取り外した。

最初は胴体を外して二足歩行が出来るようにして、そこから暫く時間が経った後顔が見える様に頭の外骨格を取り外し、そして足、最後は手である。


“ええ…手、ですね…”


リテは少したじろぐ。

森では、手は身体で一番不浄な部位とされてきた。

外出時する時には何よりも先に隠す物。

厳粛な者は、草の糸で編んだ手袋を一生付けっ放しにしていた者も居た。

リテもそこまででは無いものの、少なからずそう言ったモラルは染み付いていた。


“…少し、緊張します。”


「大丈夫だよ。ほら、わたくしが付いてるから。」


リテはキエラの方を見る。

キエラは多大な努力をして、自分を変えようとしている。

主教では無くキエラの人生を謳歌しようとしている。

言葉遣い、生活リズム、仕草の一つ一つに至るまでを見直している。

リテは無骨な木細工に覆われた自分の手を見る。

キエラに比べれば、何て事は無い。


ガチャッガチッ


重たくて不便なガンドレッドを、脱ぎ捨てれば良いだけなのだから。


「わぁ…白魚の様な手って、きっとリテみたいな手の事を言うんです…あ、だね。凄く綺麗な手だよ。」


“ふふふ。貴女は何度も見ているでしょうに。”

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