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オーディール

今回は怒涛の新地名、新人名ラッシュですが、今回で覚えなくても特段問題ありません。

深夜。

鋼鉄街の人工島。

今は名も無きビルの会議室にて。

そこでは、象徴としての王や貴族と言った体裁的な物では無く、国家それぞれの真の権力者達による夜会が続いていた。


「成る程。」


全員からの報告を聞き終わり、バールハウスは一つの結論を出す。


「要するに、グオーケス連合はまた帝国に敗北したのか。」


グオーケス連合は確かにケーリレンデ帝国とは明確な敵対関係にある。

が、表立った戦争は4世紀前を最後に行ってはいない。

本来ならば戦いが無ければ勝敗なども存在しない筈である。

それでもバールハウスは、現在のグオーケスの状態を敗北と称した。


グオーケス連合の納める国土はこの数年の間に、大量の資源を強奪された。

見せしめに村を焼かれた。

国土を狭められた。

住む者達を殺された、或いは連れ去られた。

今のグオーケスは、戦争もしていないのに敗戦国家の様な状態である。

故にバールハウスは、現在のグオーケス連合を敗北状態と称した。


「…時々、ふと考えるんだ。」


机に足を乗せた状態で座るエミリーが、葉巻の煙を吐きながら発言する。


「もう一層あいつらに全部渡しちまえば、少しは平和になるんじゃ無えかって。国も人もそれ以外も何もかも渡しちまえば、明日か来週、もしくは来年死ぬ筈の奴が生きてられるかも知れないってな。」


その発言に、エミリー自身は余り意味を込めているつもりは無い。

ただの何気無いボヤキの様な者である。

それでも過剰に反応する者は現れた。


「貴様…何を言い出すかと思えば!」


一人目は、エミリーと丁度同年代ほどの、スーツを纏った白髪の男。

ダモーニ・コール。

職業は、グオミラ共和国総合参謀長官。

事実上はグオミラの全権を握る政治家である。


「七光りで成り上がった老い耄れ女狐の分際で、グオーケスの歴史を愚弄するか!」


二人目は、鉛色の鎧甲冑に身を包んだ30代程の筋骨隆々の男。

ダグナ・ゼゲ。

アルノイケ王国軍元帥にして、第7等級の戦士である。

両者とも怒りによって、顔を鬼瓦の様に歪めている。


「何だいあんた達。この“七光りだけで此処に居る老い耄れ”の呟きが、そんなに気に入らなかったかい。」


エミリーは相変わらず葉巻を咥えながら、視線だけをその二人に向ける。


「けけけ。そう言えばあんたら、典型的な国家バカだったな。」


ダグナが、両手で机をダンと叩き立ち上がる。

鋼鉄製の机が僅かに歪む。


「軍人…いや、グオーケスの地に生きる者として、連合と国家に身を捧ぐのは当然の事!それが理解出来ぬ者にグオーケスの空の気を吸う資格は無い!」


ダグナは、右腰にぶら下げていたオリハルコンの短斧を構える。


「武器をとれ老狐よ!此処で即刻叩き斬ってやる!」


「お?やるか脳筋。」


エミリーはポケットからピストルを取り出そうとする。

しかし、第三者からの仲裁によって、会議場に発生しかけていた戦闘の気配が掻き消される。


「やめないか。此処で戦っては、君達の決着が着く前に確実にこの建物が終わるぞ。」


きっちりと七三分けでセットされた黒髪。細フレームの四角い眼鏡。朱色のスーツ。理知的と言う単語から連想出来るそのままの顔立ち。

アーノルド・フレード。

テルキス市国、シダス市国、ダカルフィ公国の三国共通の政府、“Tsd統合政府”の最高責任者である。


「ダグナ。いい加減にその短気を治せ。君だってもうただの軍人じゃ無い。背負っている責任と言う物があるだろう?エミリーも、せめて少しは場を弁えて発言したまえ。それとその、この場に居る者全員の肺を痛めつける煙を撒き散らすのは辞めて頂きたい。」


アーノルドは、自身の隣の席へと視線を移動させる。


「貴女からも何か言ってやって下さい陛下。この中では。貴女が一番受動喫煙の危険性が高いんですよ。」


アーノルドの隣の者は、席には座らずにテーブルに立っていた。

と言うのも、彼女のその全長15cm弱の身体では、人間の為に作られた椅子は合わない。


「私は大丈夫。草の焦げる臭いにはもう慣れたから。」


本物の花びらから作られた白いワンピース。腰ほどまで伸びる眩いほど美しい鳶色の長い髪。つんと尖った耳。エメラルドとルビーの様な透き通ったオッドアイ。顔立ちは愛らしい少女そのもの。そして背から生えるのは、ガラス細工の様に透き通った4枚の虫羽。

彼女の名前はエル・マーナス・ネル・ドル。

種族はフェアリー。

グオーケスの南に広がる世界最大の大森林、“トル・アウク”を治める、事実上の女王である。


「そう言う事じゃありませんよ陛下。ドズア氏と言う有名な医学者が出した論文によると、妖精や小人と言った小型の種族はその体長に反比例して受動喫煙のリスクが凡そ…」


アーノルドはふと我に帰る。

今の此処は、こんな事を話す場では無い。


「…失礼しました。バールハウス殿。こらお前達も、さっさと武器を収めろ。」


「あいあい。」


エミリーは平然とした様子でピストルを懐に仕舞い込み。

対してダグナは、それはそれは不愉快そうにゆっくりと短斧を元の位置に付け直す。


「…帰り道に気を付けるんだな。」


場が鎮まったのを見計らい、バールハウスが暫く振りに再び口を開く。


「貴殿らは、咎人と呼ばれる存在を知っているか。」


最初に反応したのは、先程までは会議の内容を右耳から左耳に流しているだけだったギグトである。


「話だけなら聞いた事がある。確か、大陸一つを草一本生えない焦土に変えたって言う…」


それを聞いたクラーグが、呆れ半分にギグトに反応する。


「そんなの作り話に決まってるでしょう?実際は、帝国がアーティファクトの取り扱い方を間違えた結果があの大陸らしいわよ。失敗を隠したいのは分かるけど、帝国も随分と嘘が下手になった物ね。」


「咎人は実在する。」


クラーグの台詞に被せ気味で、バールハウスはそう言った。


「…え?」


「咎人とは実在するレイドモンスターの名前だ。元種族は人間族。アーティファクト事故と言う情報こそが帝国の流した虚報だ。

最も、大多数の者は虚報の方を信じるが。」


そう言いながらバールハウスは次々と、机の上に冒険者協会から取り寄せた機密資料を並べて行く。

クラーグは気恥ずかしくなり少し俯く。


「発生経緯不明。初期発見場所は空白。そして、元となった人物に関する情報は一切が破棄されていた。これが一体、何を意味するのか。

ダモーニ。君はこの状況、どう見る。」


「やれやれ…見せてみい。」


ダモーニが、膝の上で軽く指を揺蕩わせる。

バールハウスの机の上にあった資料の山が独りでに舞い上がり、ダモーニの目の前に並べられる。

空中でピタリと静止したその資料の様子は、見えない壁にでも貼り付けられている様だった。


「…バールハウスよ、正気か?」


「余が正気かどうか、それを決めて貰いたい。」


「少なくとも、あんたのしようとしている事自体は間違い無くイカれている。こんな手段で帝国に勝利したとして、その勝利に何か意味があるとはとてもじゃ無いが思えないな。」


不意にアーノルドが、二人の会話に割って入る。


「陛下、それに議長殿。二方ともまた悪い癖が出ていますよ。我々を置いていっては、会議の意味がありませんから。」


それを聞いたダモーニは、白銀色の眉をくいと上げる。


「《複製(コピー)》。」


ダモーニの目の前で静止していた無数の資料が、一瞬だけ白く淡い光を放つ。


「《印刷(ペースト)》。」


次の瞬間、ダモーニの目の前にあった資料と全く同じ物が五組、残りのメンバーの机の上に出現する。

紙の王(パピルスドミネイター)》。

生成。記述。複製。転写。改竄。果ては末梢から復元まで。

紙に関する有りと凡ゆる能力を行使する事が出来る、ダモーニの先天性スキルだった。

当然だが、戦闘や野外生存においては何の役にも立たない。

部類としては圧倒的なハズレスキルである。

それでも彼は、成り上がった。

かつて億の軍を討った英雄と、対等の立場まで成り上がった。


「お前達も、これを見て各々の意見を持て。」


ダモーニは一つ深呼吸をして、次の台詞を吐く。


「偉大なる尊国の国王陛下は、咎人による“オーディール”をお考えだ。」


オーディール。

直訳すれば、“つらい”。

軍事上においての戦法の一つで、何者にも幸せも平和も齎されない為、国家共通のタブー行為とされている。

内容は至極単純である。

攻略目標に、野生の強力なモンスターをけしかける。そのモンスターに語性が無いのなら誘導で、あるのなら契約などを用いて。

国家としての尊厳をかなぐり捨て大いなる存在に泣き付く。

オーディールとは、そう言う戦法だった。

否、戦法ですら無い。

外交関係、民の愛国心、国家のプライド、それら全てを代償する、ただの強制的な敗北回避だった。

オーディールによる勝利では、何も残らない。


「認めん!認めんぞ!」


この会議においては、ダグラを除けば誰も堂々とは反対を掲げはしなかった。

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