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夜の使い道

とある堕天使の霊魂が宿ったユウガオのタトゥーは、ティーミスに三つの加護を与えた。

一つ目は、身体の何処にでも、視覚、嗅覚、聴覚、触覚を受け取る事が出来る“瞳”を生成する能力。

二つ目は、身体の何処かが強いダメージや反動を受ける際その部分が“プラスチック化”する事によって、体に掛かる負荷を限りなく軽減する力。

三つ目は、



焦げた大陸。

ダンジョンが消滅した際に出来上がる、広い空き地にて。

ティーミスは右手を前に伸ばし、何も無い場所に右の人差し指を向け、弱々しく一言呟く。


「えっと…燃えろー……」


特段予兆なども無く、ティーミスがそう呟いた瞬間、否、ティーミスがそれを望んだ瞬間、伸ばされた指先からは黒色の炎が、ガスバーナーの様に吹き出す。

ティーミスはそれを確かめると、一度その炎を消す。

ティーミスは伸ばした人差し指に、同じ手の中指をぴったりとくっ付け、丁度手が銃の形になる様にする。

ティーミスは、もう一度焔を望む。

ティーミスが黒焔を望んだ瞬間、その指先からは直径がティーミスの上半身と丁度同じくらいの黒炎の渦がレーザーの様に放たれる。

指一本の時に放たれた物とは、大きさも射程距離も桁違いだった。


「自分のした事を忘れるな、と言う事でしょうか…」


ティーミスは、黒炎の力が自身の元に帰って来た理由を自分なりに解釈する。

実際、この世界で起こる事自体に意味など無い。

事象の意味は全て後付けだし、どんな理由を後から付け加えても既に起こった事柄が書き換わる事も無い。

想像するもしないも、何かを思うも思わぬも全てティーミスの自由だし、ティーミスだけの物だ。


「…ふぅ…」


ティーミスは一塊の息を吐くと同時に、あげ疲れた右手をゆっくりと下す。

ティーミスはふと空を見上げる。

空は、夕暮れの橙色に染まっていた。


「きょ…今日は早く帰って寝ましょう…」


ティーミスは僅かに怯えた口調で、そんな独り言を漏らす。

シュレアからのお化けのプレゼントがティーミスの記憶にトラウマとして残ってしまい、ティーミスはまた夜を酷く怖がる性格に戻ってしまっていた。

ティーミスは特に意味も無く踵を返し、数歩駆けた後ユミトメザルの城の自室まで瞬間移動をする。


屋外とは違い、部屋の中は完璧な静寂に包まれていた。

ティーミスは、一人で居る事が怖くなった。


「……」


ティーミスは部屋に上着を置き、城の別の場所に移動する。


城の一階。

簡素な照明。床からの冷気を阻む目的の為だけに敷かれた青い絨毯。部屋の大きさの割には少し大きめの四角い窓。部屋の真ん中にはダブルベッド。

そこはティーミスの私室の0.75倍程の大きさの部屋、かつてはこの城に仕えていた召使いの夫婦が寝泊まりしていた場所である。

そして現在は、ピスティナの三つ目の寝床である。


「ぐるる…ぴぃ…ぐるるる…ぴぃ…」


ダブルベッドの上に犬の様に身体を丸めたピスティナが、小さいながらもはっきりとしたいびきをかきながら眠っている。

軍服姿ではあるものの、その姿は野生の獣そのものだった。

ティーミスは、ピスティナの眠っているベッドの上にあがる。

ティーミスは勇気を振り絞り、眠るピスティナの背を軽くつつく。


「がぷ…」


ピスティナのいびきが止まる。

ピスティナはもぞもぞとベッドの上で丸めていた身体を広げて寝転がった状態になり、ティーミスの方に寝返りをうつ。


「…が?」


ティーミスはピスティナの隣に寝転がり、ピスティナに向けて囁く。


「…怖い事があって、怖くて眠れません…」


「あ”?」


ピスティナは明からさまな疑問符を浮かべながらも、ティーミスをそっと抱き寄せる。


「がう。」


今までは掛け布団の上で眠っている状態だったピスティナだったが、今度は普通の人間らしく掛け布団をちゃんと掛け布団として使う。


「どう?」


「…やっぱり、生温いです。ピスティナちゃんの身体。」


「駄目か?」


「いえ、大丈夫です。」


ティーミスは布団の中で、ピスティナの身体を抱き枕の様に抱く。


「…私には…(ぬる)いくらいが…丁度良いんです…多分…」


と言うのも、ティーミスはもう生者の人肌の温もりを、忘れてしまっていたのである。

ティーミスはピスティナの腕の中で、僅かに浸潤した目を閉じる。

太陽がそそくさと、地平線の向こうへと消えて行った。



〜〜〜



絶海に囲まれた、巨大な円形人工島。

鋼鉄の建物群や、地下のガス路と直結した街灯があり、かつては此処が非常に栄えた都市だった事が伺える。

とは言え、今やその場所に住む場所は愚か、その場所を知っている者すらも限られている。

荒波と乱気流が天然の障壁となり、その場所への物理的な到達は不可能である。

都市全体に存在する夥しい建物や遺構の数々もさる事ながら、都市そのものの構造も非常に入り組んでおり、この場所に精通した者すらも迂闊な寄り道はしない程だった。


(全く…どうしてこうも、毎回毎回場所変えるのかねぇ。どうせ誰もこんな場所には来ないやろ。)


日が沈んだ事によって自動的に点灯したガス灯で照らされた鋼鉄製の街道を、金髪の男が一人歩いている。

ファッションというよりは実用性に寄せた髪型の金色の短髪。澄んだ蒼い目。ベルトに据え付けられた一組の短剣。貴公子の様に整った顔立ち。そして、隅々まで手入れの行き届いた上質なスーツ。

一見すれば小金を持ったビジネスマンの様にも見える彼の名は、ギグト・ジークリージ。

グオーケス連合個國特別権威代行会。通称“九天”の一人である。


(ええっと?角を曲がった先にある一番背の高い建物だから…これか。)


ギグトは、無人街の中で唯一明かりの灯っている建物の入り口に立つ。

所々錆び付いた、大凡五十階建ての鋼鉄製のビルである。



今は名も無き高層ビルの47階。

部屋の中心に楕円形の机が置かれている、かつて会議室として使われていた部屋、今回も会議室として使われる予定の部屋にて。

部屋唯一の出入り口である木製のドアが開き、予定時間を半時間ほど超過して最後の参加者が部屋の中に入って来る。


「悪ぃ悪ぃ。今日に限って妹寝かし付けるのに結構手こずっちまってな。」


ギグトは少し悪びれつつも、比較的軽いノリで最後の空席を埋める。


「…これで全員か。」


顔を含め全身を黒色のローブで覆った男が、残りの七人に向けて確認する。

今回の会議は臨時故に、都合の付かなかった一人の欠席者が出ているのである。


「全くあんたは…あの堅物が、躊躇いも無く臨時会議を開いたのよ?少しは緊張感って言う物は無い訳?」


妖艶な声質の出席者の一人が、ギグトを軽く叱責する。

赤い学者法衣。同じく赤色の魔女帽子。そしてワインレッド色の瞳に、貴族の様な高貴さを帯びた美しい顔立ち。

同じく九天が一人、クラーグ・アポカリプト。

厳しい名前で間違われがちだか、九天の中の三人の女性メンバーの内の一人である。


「そんなカリカリすんなって。シワが増えて旦那に嫌われちまうぞー。」


「ふ。全くもう…」


全身黒ローブの男が、そんな二人のやりとりを制止する。


「茶番はもう良い。始めるぞ。」


彼は今回の会議の主催者で、九天を纏める一応のリーダー。

名は、バールハウス・ハイドリッヒ四十一世。

職業は現役の国王だが、表立って行う公務を全て影武者に任せている為自身は身を隠している。

それが例え、素性を知る仲間の前だったとしても。


「先ずは各自に問う。諸君らの国家、及び担当地域の近況はどうだ。」


バールハウスのこの質問は、九天会議においてのいわば開会の挨拶の様な物だった。


「どうしたもこうしたも無いよ全く。」


彼のその質問に最初に答えたのは、長い白髪を机に垂らした老婆。

老いてもシワが目立っても尚微かに色気を帯びたその顔から、若かりし頃は相当美人だった事が伺える。

そのスーツを纏った身体も、とても老人の其れには見えない程、余分な肉も老化の兆候も見られず実に若々しい。

彼女の名前は、エミリー・テルミエラ。

グオーケス連合が抱える広大な原野、グオケレイ自然公園を管理する公式組織、グオケレイ=ピスヘイルの最高責任者である。


「帝国が西の森の木を一本残らず持って行きやがった。そのせいでエルフと獣人の難民が山程湧いてな。

でどうなったと思う?当然そこら中で紛争さ。食い物と住処を懸けてのな。」


そう言うとエミリーは葉巻を咥る。

エミリーは指先に火を灯し、葉巻の先を微かに着火する。


「この世界は、この世界に住む全員を養えるだけの力はある筈なんだよ。それを誰かが独り占めしてるだけでな。

…そして肥大化した独占者が力を付けて、また搔き集めるんだ。」


エミリーは、葉巻を一つ大きく吸い込む。

葉巻が少し短くなる。

エミリーは煙と一緒に、胸に溜め込んだ様々な物を吐き出そうとでもする様に、大きく息を吐く。

あいにくその口からは、煙以外は出てこなかった。


「…世界が優し過ぎるから、悪人だけが得をするのさ。」


吐き出された煙が錆びたダクトに吸い出され、夜天に向けて吐き出されて行く。

満点の夜空には、彼女の吐き出した物を受けるだけの十分な理由があった。


「これが私の近況だよ。満足かい?」


夜会はまだ続く。

少し遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

年越しの瞬間は、普通に眠っていました。

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