プレゼント
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微グロ注意
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城型ダンジョンの謁見の間の部屋の隅にて。
ティーミスは顔を赤らめながら、部屋の隅でうずくまっていた。
うずくめていた顔を時々上げるが、自身の目の前に浮遊しているそれが目に入った瞬間、また恥ずかしくなり元の状態に戻る。
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新たな思想の名前を入力して下さい。
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ティーミスにとって、先程の言葉はそう大層な物では
ただ溜まったストレスと勢いに任せて適当に言い放っただけの、言うなれば何て事の無いぼやきに近い。
間違っているのは世界の方。ああ、自分は何と愚かな事を言ってしまったのだろう。
ティーミスは部屋の隅で心の中で、自身をそう叱責していた。
ティーミスには、自身の大義を掲げる勇気も度胸も無かった。
「……」
ティーミスは徐に立ち上がり、自身を取り囲む3体の騎士の横を通り過ぎる。
『主…主…我々をお導き下さい…』
騎士の一人が、低くくぐもった声でティーミスにそう告げる。
「…ごめんなさい。」
ティーミスは、彼らをフる。
「私は貴方方の主人ではありませんし、なるつもりもありません。」
『主…』
『我が君主…』
『ご命令を…』
「…私は、私が居なくても生きていられる方まで捕らえるつもりはありません…」
ティーミスは騎士の方を振り返り、彼らに最初で最後の命令を下す。
「では貴方達は、貴方方の元居た世界に帰って下さい。そしてそこを、より良い場所にして下さい。」
『帰る…?』
『帰る…』
『帰る…テルデンジアに…』
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ダンジョンが無力化しました。30秒後に自動消滅します。
おめでとうございます!
あなたは言葉によってダンジョンを攻略しました。
【カリスマ性+30】を手に入れました。
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「カリスマ性…ですか…」
ティーミスは目を閉じる。
ティーミスには、誰かを蠱惑し仲間を増やすつもりは無い。
ティーミスにとって、自分に賛同し自分と共に戦う者とは即ち、自身の一部でしか無い。
これ以上自分の業を背負う“自身”がいたずらに肥大化していくのは、ティーミスには耐えられなかった。
「…?」
再びティーミスが目を開ける。
先程までダンジョンの中に居た筈が、今ティーミスは何も無い場所に立っていた。
否、ぐちゃぐちゃにされた中身の無い甲冑だけは残っていた。
「…帰りましょうか…」
ティーミスはそのスクラップの山から、兜を漁りだし被る。
兜は小柄なティーミスの身体の殆どを覆い隠してしまったが、ティーミスは構わずそのままの状態で帰路につく。
何か物事を一人で思い悩むには、時間がたっぷりと必要である。
兜の中は暗く、程よく心を落ち着かせてくれる。
大きな大きなヘルムの中は、憂鬱と向き合うには最適な環境だった。
◇◇◇
“ガチャン”
「キ?」
真夜中のユミトメザル。
門が開けられる音を聞いたシュレアは、主人を出迎える為に自室から玄関へと蝙蝠化を使い瞬時に判断さ移動する。
「お帰りなさいまし。ティ…」
家に帰って来たのは、下部からほんの僅かに出たティーミスの足で歩く、丁度ティーミスと同じくらいの大きさの鎧の兜だった。
シュレアはその滑稽な姿に、思わず吹き出しそうになる。
「てぃ…ティーミス様!?まさか、変な呪いでも受けて…」
ティーミス入りの大兜はひょこひょこと数本進み、玄関口に向かい合う様に立っていたシュレアに若干接近する。
バイザーの隙間から二つの小さな手が出てきて、バイザーを軽く下にずらす。
大きなヘルムのバイザーに隠されていたティーミスの顔が露わになる。
ティーミスのその物陰に隠れる愛らしい小動物の様な姿や仕草に、シュレアは胸を打たれる。
「キュン!」
「デスメイルの真似…です…」
ティーミスは静かな声でそれだけ言い残すと、バイザーを上げて再びその身を大きな兜の中に隠し、上に上がる為の螺旋階段へと進んで行った。
残されたシュレアは赤いカーペットの上で仰向けにノックダウンしている。
「キィ…幸せですの…」
先程数刻だけ見た光景の余韻に浸っているシュレアの通常の数倍ほど効く嗅覚を、唐突な異臭が襲う。
腐った魚と焦げた薬剤が合わさった様な、常人ならば気を失いかねない程の苛烈な悪臭である。
螺旋階段を上っている最中だったティーミスも、その異臭を感じ歩みを止める。
「…さては、ピスティナちゃんがまた何処かに、死体でも隠してしまったんでしょうか…」
ティーミスは物思いに耽る事を辞め、自身をすっぽりと覆っていた巨大兜を真上に吹き飛ばし脱ぎ捨てる。
「シュレアさん。一緒に腐敗物探しを…シュレアさん?」
ティーミスは先程までシュレアの立っていた方を向く。
そこにはもう、シュレアの姿は影も形も無かった。
「…にゃ?」
◇◇◇
部屋中に張り巡らされたパイプ。一見散らかっている様に見えて、実際の所はしっかりとした秩序に従って並べられた様々な実験器具。かつての使用人室としての面影が残された、やたらと引き出し収納の多い壁。
シュレアが勝手に自室にした、ユミトメザルの一室にて。
“アアアアアアアアアアア!!!”
部屋の中心にある火にかけられた大鍋がある。
腐臭の発生源は、タローエルの肉体を煮ているこの大鍋だった。
(さては、使った安定剤が古かったんですのね…)
鍋の縁からは腐った様な緑色に変色したタローエルの右腕が垂れ下がっている。
鍋の中のサイケデリックピンク色の液体からは、実態の無い透黒色の人型の物が、下半身が液体に浸かった状態で出現していた。
その黒色の人型の物の形は、生前のタローエルに良く似ている。
(迂闊でしたわ…まさか魂が此処まで我が強いなんて、想定していませんでしたの。しかしこの様子では、流石にもう自我は残っておりませんのよね。)
このまま放っておいても、出てくるのはせいぜい【怨霊】か、良くても【スクリームゴースト】かそれと同程度のモンスター。
この場合、出現した所を叩き斬った後作業を続行するのが一番手っ取り早い。
“アアアアアアアア……アアアアアアアアア!”
「キュフフ♪純朴な何かの衝動だけが溶け残ったんですのね♪これは何かに使えそうですの…」
ふとシュレアは、この部屋に近付いて来る主人の気配を感じる。
流石に人間の鼻でも、強烈な異臭の発生源くらいは特定する事が出来る。
シュレアは、困る。
「キィ…」
一体どうしようか。
もしも異臭騒ぎの原因が自分だと知れれば、愛しの御主人様のティーミスに嫌われてしまうかも知れない。
嫌われて、軽蔑されて、罵声を吐かれ、痛めつけられるかも知れない。
シュレアはそんな事を考え、少し興奮する。
ふとシュレアは頭を振って邪な思考は飛ばし、打開策を考え出す。
(落ち着いて下さいまし…わたくしはあの軍人ゾンビちゃんよりはずっと賢いんですの…)
そしてシュレアは、その頭で考えうる限りの最適解を導き出す。
シュレアは飛び出しているタローエルの魄ごと大鍋の蓋を閉じ、蝙蝠を飛ばしてカーテンも閉め、照明と言う照明全てを消し、シュレア自身も机の下に身を隠す。
金属製の丸いドアノブが軽く回り、柏の木のドアが開かれる。
シュレアの実験室の中に、ティーミスがそっと入って来る。
「お邪魔しま……此処もお留守でしたか。」
少し部屋を見回したティーミスが、部屋を立ち去ろうと踵を返そうとした瞬間だった。
カーテンが勢い良く開け放たれ、ティーミスに向かってシュレアが飛び出す。
「にゃあ!?」
「サプライズですの!」
シュレアがティーミスに飛びついた瞬間、大鍋の蓋が内側からの衝撃を受け真上に吹き飛ばされる。
“アアアアアアアアアアア!!!”
「にゃああああ!?」
ティーミスは思わず尻餅をつく。
ティーミスから離れたシュレアは吹っ切れた様子で、大鍋を紹介する様に両手を向ける。
「プレゼントを作りましたのよ♪キュフフ♪」
シュレアにとっては、一がバチかの大博打だった。