激情劇場
「は…は…はふ…」
ティーミスは、エントランスに蔓延っていた兵士の最後の一体を倒す。
「…疲れ…過ぎます…これじゃあ…」
ティーミスは左手で拳を作り、右手に装備していたガンドレッドを叩き壊す。
ガンドレッドだった物は一瞬でただの鉄くずと布切れに代わり、ティーミスの手からパラパラと落ちる。
不意に、エントランスにあった豪華絢爛な二枚扉が、重苦しく独りでに開く。
扉の先には謁見の間の様な場所が広がっている。
謁見の間の際奥には国王らしき装束を纏った一体の人型の存在が、何かを待っているかの様に玉座に鎮座している。
ティーミスは徐に、そのダンジョンの第2ステージに踏み込んだ。
「…お邪魔します…」
赤いローブを纏い、頭には大きな冠を付けた国王の様な存在が、人間の老人の様な声で喋り始める。
顔は殆どが白い髭で覆われ判別出来ないが、髭の中から僅かに出た尖った鼻は、暗い青色をしていた。
「第一試験は合格じゃ。候補生よ。一先ずは賞賛を送ろう。」
「…候補生…?済みません、その…」
「では、次の試験を始めよう。」
「えっと…」
「これから召集するは、我国最強の四戦士。貴はその中から一人を選び、力を示し認めさせて見せよ。」
ダンジョンの王は、何処からか取り出した王笏を大理石の地面に打ち付ける。
トンと言う音が響いた瞬間、玉座の間の左右にそれぞれ2体ずつ、合計4体の騎士が出現する。
その体長はどれも3m程で、それぞれ鎧の装飾や武器に明らかな差異があった。
「先ずは力の試練。一拳で千岩をも打ち砕く。剛腕の勇士ドンド。」
玉座の間の一番左端に佇んでいた鎧の騎士が、数歩前に出る。
全身が分厚い鎧に覆われ、赤色のマントをはためかせた騎士。その両腕は、片方づつがそれぞれティーミスの身体の倍ほどの大きさがある。
「次は技の試練。東洋より出で、千の技を会得した異国の剣士。鋭剣の覇王ギンジャー。」
ドンドの隣に立っていた鎧の騎士が、数歩前に出る。
関節部などが引き締まったその鎧は、ドンドの物よりも幾分かは軽装な印象を受ける。背中には緑色のマント、背には4m程ある巨大な太刀を背負っている。
「速の試練。その脚は千音すらも置き去りにせし。俊敏なる勇者ガシュパラレア。」
一番右端に佇んでいた騎士が、数歩前に出る。
その鎧はギンジャーの物よりも更に軽装な印象を受け、その鎧一部位一部も、他から見ても全体的に細い。
はためかせているマントは青色で、腰には双剣がぶら下がっている。
「そして最後は守の試練。その体は千撃すらも容易く受け止め…む?」
王が喋っている間、ティーミスはずっとその謁見の間の物色を行なっていた。
「このクッション…凄くふわふわです…」
ティーミスは眠たげに目を殆ど閉じながら、謁見の間の扉と言う扉を片っ端から開け様々な物を盗み出している。
「これは確か、剣士の方が訓練に使う案山子さん…この布、使えそうです。」
「候補生よ一体全体何をやっている。幾ら童とはいえ、王前での不敬は容赦せぬぞ。」
ティーミスは、来客用のソファから引き剥がしたクッションと案山子をアイテムボックスに収納し、そのまま謁見の間を立ち去ろうとする。
「いい加減にせよ候補生!貴様は!この神聖なる王の御前を何だと思っている!…早く四戦士の中から誰かを選べ。そしてとっとと捩じ伏せられてしま…」
不意に、爆発音が謁見の間全体に響く。
只ならぬ風圧を感じた王は慌てて左側を向く。
“ガン!ガン!グシャ!ガシャン”
玉座の直ぐ右側には、ぐにゃぐにゃにひしゃげた一組の鎧と、それを素手で執拗に叩き壊し続けるティーミスの姿があった。
「これで!良いですか!一夜!限りの!王様!」
「…まさかそれは…不倒の英雄トゥダン…なのか…?」
ティーミスは、かつてトゥダンだったスクラップを素手で掴んでは、鉄片を乱雑に引きちぎり周囲に放り投げている。
「下らない…全く…下らないです!」
ティーミスは、トゥダンの鎧から千切り取った鉄板を片手でくしゃくしゃに握り潰す。
「剛腕…?その大きな腕を…せっかく貰った大きな腕を、どうして戦いの武器にしてしまったんですか!
その腕があれば…きっと立派な橋でも、お家でも、何だって作れますよ…岩を壊すよりも、よっぽど素敵な使い道がありますよ…」
ティーミスは疲れ、トゥダンの鎧を引き千切る行為を若干遅める。
「千の技を会得した貴方も。…その時間を何故、他の良い事に使わなかったんですか…?その時間を使って、他の色々なお勉強が出来たかも知れませんのに…
そうまでして何かを殺したいんですか…?何かを剣で殺したいんですか…?」
ティーミスは息を切らし肩を落とし、鎧を引き千切る行為を停止する。
「どうして、産まれ持った才能を戦いにしか…殺しにしか使わないんですか…皆さんはそんなに殺し合いが好きなんですか!何かを殺さなきゃ生きていけないんですか!」
ティーミスは唐突に自身の目を両手で覆い、啜り泣き始める。
「ええ…その通りです…私は…誰かを殺さなきゃ生きていけないんです…」
ティーミスは、かつてトゥダンだったスクラップの上に倒れ込む。
金属が軽く擦れ合う音がする。
「どうして皆さんは…騎士になりたいんでしょう…百戦錬磨の英雄が生まれるのには、最低でも100人分の命が必要なんですよ…?怖く無いんですか…?」
ティーミスはブツブツと独り言を始める。
「やっぱり私が変なんですか…?」
不意にティーミスは、とある思想に辿り着く。
「…まさか…」
ティーミスは、此処以外にも無数の世界が存在している事を知っている。
その事実を知っている故の、“到達”だった。
「…分かりました…やっと…」
ティーミスは、玉座の上で狼狽するばかりの王の襟を掴み片手で持ち上げ、王の顔を自身の目の前まで引き寄せる。
そうしてティーミスは一言、涙声で呟いた。
「おかしいのは…この世界の方では…?」
ティーミスはまた一歩、極悪への道を歩む。
ティーミスが、人一倍臆病な故に。
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おめでとうございます!
あなたは経験と思考の末に、新たな思想を導き出す事に成功しました。
全パラメーターが恒久的に50%上昇します。
4体の敵性存在があなたの新たな思想に傾向し、武装を解除しました。
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「キュフフ〜♪キュ〜フフ〜フフ〜♪さあ軍人ゾンビさん♪今日はご馳走♪天使のお肉ですのよ♪」
「がう。」
まだ夜も深きユミトメザルの城。
渡り廊下にて。
シュレアは頭の無いタローエルの死体を担ぎ歩きながら、天使の肉の捌き方を思い出していた。
笑顔の綻ぶシュレアの口からは漆黒色の油の様な液体が垂れていたが、その事に関してはシュレアは特に気にしていない。
タローエルの首から、黒色の液体が一滴、シュレアの服に軽く染みを残しながら地面に垂れる。
液体は自然発火し、黒色の炎を一瞬の間だけあげた。
「キィ?」
シュレアはそれを不思議に思う。
シュレアはタローエルの首の。言うなれば切り口の部分に深々と指を突っ込み再び取り出してみる。
指には黒色の液体がこべり付き、液体は例の如く黒色の自然発火を起こした。
「この炎何処かで…この感じ…あ。」
シュレアは不意に、空いている手で自身の胸を摩る。
丁度、あの日ティーミスの剣を受けた部分だ。
あの、体の内側から焼かれて行く様な感触は今でも忘れては居ない。と言うよりは、思い出した。
「…何故…」
瞬間、シュレアの胸の内で激情が生まれる。
シュレアは首無しのタローエルの死体を床に叩き付け、思い切り踏み付ける。
「何故貴女があのお方の炎を持っているんですの!?身の程を弁えなさいこの羽虫があああ!」
シュレアはタローエルの体を、何度も何度も力一杯踏み付ける。
タローエルの中の色々な物が潰れたり破壊されたりしたが、今のシュレアにも、ましてやタローエルにすら何も関係無い。
「ぐるる…」
その光景をピスティナはただ、きっと調理過程か下処理か何かだろうと思いながら、ぼんやりと眺めている。
「この!この!この!」
疲労を知らないシュレアは尚も踏み付け続けるが、その怒りと嫉妬の炎も永続では無い。
やがてシュレアは、冷静な判断が出来る様になるまでには理性が回復していった。
「…どうせ貴女はもう使わないのでしょう?その力。わたくしが奪い取って差し上げますわ。」
シュレアはタローエルの腕を掴み、踵を返しそのままタローエルを引き摺りながら歩み始める。
「がう?」
「許して下さいまし軍人ゾンビさん。お肉はお預けですのよ。」
「がう!?」
「…こいつには、わたくしたちの口に入る資格も無いんですの。」
そう言ってシュレアは、ピスティナを置いて自身の実験室の方へと歩き始めた。
「…それを捕まえたのは…私ダアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ピスティナはシュレアの後を追う様に、四足走行で駆け出し始めた。
空には、雲間から満月が覗いていた。