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勝敗は問わぬ

クルオール王国外れにある、妙に大きな古びた教会の中。

豪華絢爛な大広間の中。黒い修道服に身を包んだ1人の男が正面に立ち、7〜16歳程の範囲の20人の少年少女達が長椅子に腰掛けていた。

側から見れば。ただの教会の日常の一コマの様な風景である。

事実はさておき。


「チルドレン。今日の君達の使命は、ただ一つ。王国の郊外に出現した咎人の軍勢の撃退。我らが王国を蹂躙せんとする咎人の手からこの場所を守護する事こそが、君達の今日の存在価値だ。

異論のある者は。」


黒衣の男が子供達に質問を投げかける。

その数刻の間。誰一人として、言葉を発する者は居なかった。


「…宜しい。では親愛なるチルドレン。開啓の言葉を。」


不意に少年少女達は立ち上がり、胸に手を当て定型文を宣誓する。


「「「我等の身は主の手。我等の血は主の糧。我等の思は主の思。我等の鼓動は主が為に打たれ、我等の価値は主が繁栄の為に。」」」


子供達の台詞を聴き終えた男は、満足そうに微笑む。


「宜しい。では、行っておいで。」


男がそう告げると、子供達は特段急ぐ様子も無くその部屋を出て行く。

ただ一人を除いて。


「…また君か。」


男は、部屋の隅で彫像か人形の様に佇んでいる1人の、淡い金髪の小柄な少女の元まで歩み寄る。

少女はピクリとも動かず、呼吸しているのか否か、そもそも本当に生命体であるかすらも怪しかった。

少女のそのハイライトの無い僅かに鳶色の黒色の目が何処を見つめているかは、男にも分からなかった。


「起きなさい。シェティ。」


男はそのシェティと呼ばれた少女の首を、手刀で強めに叩く。

不意にシェティの体がビクリと痙攣し、そのハイライトの無い目がせわしなく震えながら男の方を向く。


「良いかい。この国の外で発生している戦争に参加して、外敵からこの国を守るんだよ。分かったかい?。」


シェティは軽く頷くと、他の子供達と同じ様にその部屋を後にする。


「あの子供は何なんだ?」


修道服の男の背後から、別な男の声が響く。


「これはこれは管理顧問官様。お出迎え出来ず失礼致しました。ようこそ、ローローン孤児院へ。」


「孤児院?はは、研究所の間違いじゃ無いのか?」


男は顧問官の方を振り向かずに会話を続ける。

顧問官の方も、男のその癖は今日に始まった事では無いと、その点には特段触れない。


「では先程の御質問に答えましょう。シェティこそが以前お話しした、この実験のリスクそのものです。

今回の人体強化実験は薬物による内科的改造が大部分を占めていますが、今回の実験には認可のにの字も無い様な薬ばかりを使用しておりますので、当然個人差や副作用もあります。」


「つまりあの子供が、人体実験の副作用とやらに冒された結果と言う訳か。」


「ええ。その通りです。」


そう言うと男は、指を折りながらシェティの抱える副作用の暗唱を始める。


「突発性失識症。意識不全。臓器不全。感情不全。痛覚喪失。あと、ピーナツとコハクイチゴへのアレルギーなんかもあった筈です。」


「それはそれは。つまるところあの子は…」


「今では寝言以外では言葉を話す事も出来ません。ええ、御察しの通りシェティはもうただの薬物廃人です。兵士としての成績も特段目立つ物では無いので、頃合いを見て処分する予定です。」


「ふうむ。確かにその問題、無視は出来んな。」


人命もモルモットも、彼等にとっては同じである。

データ取りの為の使い捨ての材料。ただの道具でしか無かった。


「ですので今私は、副作用をより軽度な物へと置換すると療法を研究している所です。あ、それとは別件でもう一つ。近々研究所の支部を立ち上げようかと思いまして…」



〜〜〜



「あの構えは…総員直ちに防御体制に入れ!また“あれ”が来るぞ!」


一方郊外で繰り広げられている防衛戦は、王国側の劣勢だった。

否、戦局としては、両軍とも急激な速度で消耗し続けていた。


“シュウウウウウ……”


ーーーーーーーーーー


滅戦士(シャーザー)》の【滅・三連斬】。


ーーーーーーーーーー


滅戦士が剣を右から左に振るう。

横方向の赤色の斬撃が一直線に放たれ、前線を敵味方構わずに切断しながら、城壁に張られた魔法障壁に直撃し漸く消える。


続いて、滅戦士が剣を上から下に振るう。

縦方向の黒色の斬撃は、数名のティーミスの軍勢を断ち切った後、ほぼ威力の減衰無く魔法障壁に直撃する。

王国を千年間守り続けていた魔法障壁の三枚の内の二枚目が、硝子の割れる様な音をたて儚く砕け散る。再生には百年程掛かるだろう。


滅戦士は最後、振り下ろした剣を掲げる。

掲げられた剣から、赤黒色の有害な波動が放たれる。

絶障以外の凡ゆる者が滅戦士から吹き飛ばされ、先程まで戦場に立っていた者達の大多数は倒れ、残った者は後列へと逃げ帰っていた。


「く…あれを何とかしなければ、我々に勝機は…」


滅戦士の周囲には、直ぐさま新たな守衛が集合する。

殺戮の限りを尽くす滅戦士によって、ティーミスの軍勢も王国の防衛軍も半数を切っていた。


“ギギギ…ギイイィィィィ…”


黒鎧を軋ませながら、滅戦士は次の攻撃を準備する。

このままでは突破される。あれが王国の大地に踏み込んでしまう。

迫る現実と護るべき物の間に立たされ、残された防衛軍は心身の疲労もありどうしようも無い絶望へと沈んで行く。

その時だった。


防壁の上から唐突に放たれた飛翔物が、絶障の胸部の辺りを撃つ。

絶障の胸部の辺りにしばし煙が立ち込めるが、その巨体は揺らぐ事も無かった。

揺れ動いたのは、生存している防衛軍の心の方である。


「あれは…!」


「援軍だ!ネクストチルドレンが来たぞおおお!」


防壁の上から魔導回路式ランチャーを放ったのは、軍服を来た15歳程の少年。

防壁の上からは、同じ軍服を着た年齢性別様々な、そして一様に戦場には似つかわしく無い年齢の子供達が、崩れかけの前線に向けて飛び降りて行く。


ネクストチルドレン。

クルオール王国の誇る最先端の魔導生物学により改造を施された、総勢20名の強化人間の小隊である。

軍はおろか王国の重役ですら、その小隊の詳細を知る者は非常に少ない。


「ターゲット確認。分析要請。」


防壁の上の鳶色の短髮の少年が、首元に仕掛けられた遠隔通話用魔法陣に向けてそう呟く。


「要請受諾。分析開始。《アナライズ》。」


次に喋り出したのは、防衛団の後衛部隊に混じる薄ピンク色の髪の少女である。

少女の右目に魔法陣が浮かび上がり、ティーミスの軍勢や自軍の状況などの情報を瞬時に収集し始める。


「分析完了。前線に告ぐ。凡軍の支援、暫し期待出来ず。ヒールセブンによる復旧を待て。大剣持つスケルトンの攻撃力に注意せよ。大盾持つ巨人を打倒す事は、現状では不可。可能な限り避けよ。」


前線に立っていたのは、エンジン付きの剣や合金の双剣、炎魔力の篭った小手などの各々の武器を装備した10名程の子供達。

子供達はプログラムされたロボットさながらに、声を揃えて一斉に答える。


「「「了解。」」」



◇◇◇



軍勢が勝とうが負けようが、ティーミスには関係無い。ティーミスにとって重要なのは、国内の兵士が外に出たと言う状況だけだ。

王国の外で戦争を勃発させれば、必然的に国内の守りが手薄になる。

ティーミスの目的はあくまでも、名簿に載っている人物に“会う”事であってこの国を滅ぼす事では無い。


「な…何だ貴さ…」


王城の門を守っていた一人の兵士が、ティーミスに蹴り飛ばされ近くの植木まで吹っ飛ばされ意識を失う。

ティーミスはそれを見届けると、その足で王城の門を蹴破って破壊し、王城の中へ悠々と入って行った。

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