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テンペストログ

ティーミスの放った烈火は、大陸全土を僅か5分で焦がし尽くした。

がしかし、その大陸に存在する生きとし生ける者全てが死に絶えた訳では無い。

命は確かに儚いが、ティーミスの思うほど脆い物でも無いのである。



爆心地より、平原二つ離れた場所。

娯楽と商業の国、トゥメイエにて。

それは唐突に、暖かい陽光の照る空を覆い隠した。


「…あら?」


何かが焼ける音を聴き、キエラは眼を覚ます。

リテが何か作っているのだろうか。もしや火事か。

キエラはベッドから上体を起こすと、その音が外から聞こえる事に気が付き先ずはほっと胸を撫で下ろす。

もしや隣の家が火事か。

キエラは慌ててカーテンを押し開け、外の様子を確認する。


「…が!?」


キエラは驚愕のあまり、腹の底からおかしな声を出してしまう。

空がいつの間にやら、黒に塗り潰されている。

空からは粉雪の様に、黒色の塵がひらひらと舞い降りている。


「リテ、これを見…リテ?」


キエラは下着姿のままベッドから降り、そのまま居間へと向かう。

案の定、リテの外骨格が部屋から消えていた。

キエラは言い知れぬ胸騒ぎを抱く。

キエラは手早く麻のワンピースを着て、編み上げのサンダルを裸足のまま身に付けると、その格好のまま外に飛び出した。


「リテ!リテ!…一体何処に居るの…?」


キエラがリテの名前を呼ぶと、キエラの手首に光り輝く文様が浮かび上がる。

コンパスの針の様なその文様は、ある一方向を指していた。

誰かから教わった訳では無い。

それでもキエラは、その紋章の意味を理解する。


「リテ…」


キエラは一心不乱に駆け出す。

針の紋様の指し示す場所、或いは、何かが燃える音が聞こえる場所へ。

角を曲がり、商店街を抜け、キエラは国境の防壁付近に到着する。


「…リテ!」


“?”


キエラの身長程の大きさの防壁よりも前には黒炎が灯った巨大な蔦の壁が聳え立ち、周辺には野次馬の群れが出来ている。


「なあ、あのモンスターは一体何やってるんだ?」


「俺知ってるぜ。確かあれって、キエラちゃんのお供だろ?」


「ねえ!空見て!真っ黒よ!」


その蔦の壁よりも少し離れた場所、野次馬の話し声が雑多な喧騒としてしか聞こえない位置に、外骨格を纏ったリテが、蔦の壁を見上げる様に佇んでいた。


“ごめんなさい。キエラ。…起こしてしまいましたか。”


キエラは野次馬の群れを掻き分けて、真っ直ぐとリテの元へと向かう。

キエラがリテの側に辿り着くと、リテも振り返りキエラの方を向き歩み寄る。


「空が黒くなって…貴女が黙って居なくなって…わたくし、怖かったんですのよ!」


“………”


リテは黙って、その外骨格の頭部を戯れる様にキエラに擦り付ける。


“…大丈夫ですよ。大丈夫ですから。”


外骨格越しでも、キエラの感じている恐怖はリテにも充分伝わる。

怯えるキエラを見てリテは、置き手紙くらい残しておくべきだったかと言う後悔と罪悪感を覚えた。

だがリテ反応があと一歩遅ければ、この国とこの国よりも背後の国が全て更地に変わっていたのである。


“今回ばかりは許して下さい。キエラさん。”


リテはカトプレパスだが、それ以前に召喚獣である。故にリテには主人を守る為の、未来予知さながらの動物的本能が備わっていた。

リテはこの国の誰よりも早く主人の危機を察知し、誰よりも早く東から西へと流れる熱風に気が付き、誰よりも早く黒炎への対処に当たったのだ。


“…私は少し休みますが、どうか…ご心配なさらずに…”


リテはそのまま、木製の外骨格の体を横転させる。

誰よりも早く、持てる力を全て使い果たしたのだ。

魔法疲労である。


「リテ!大丈夫?しっかりして下さいま…」


キエラはリテの外骨格の頭部に顔が近付き、そしてそれを聴く。


“すう…すう…”


外骨格の中から聞こえる、リテの穏やかそうな寝息である。


「…リテ…」


リテが意識を失った為、リテの生成物は力を失う。

お互いきっちりと密着し合ってた蔦の壁が突然解け出し、その蔦自体も急激な速さで萎え枯れ朽ちて倒れて行く。

そうしてその場に居た野次馬とキエラに、外の世界の有様を見せつける。


「…何ですか…これは…」


焼き潰された大地。

阻む物の無い美しい地平線。

背後で野次馬達がパニックに陥っているが、キエラにとってその喧騒は、前方に広がる気持ちの悪い静寂よりもずっと他愛の無い物だった。


「…ティーミス様…」


キエラは確信していた。

これはティーミスの仕業だと。

根拠を答える事は出来無いが。



◇◇◇



彼らが事に気付いたのは、雪原が消えた5分後の事だった。

否、その雪原も完全に消えた訳では無い。

あくまでも拡張して生まれた雪原だけが、炎に飲まれたのである。

雪原を生んだ力も、大陸全土を焼け爛らせた力も元は同じ。

ティーミスの力を相殺する事が出来るのは、同じティーミス由来の力である。

故に、雪原の中心部だけは、黒炎から免れたのである。


「ん…?」


最初に気が付いたのは、彼らの主食であるクリアフルーツの世話をしている、一人の若い男のスノーエルフだった。


「なんだ?ここの空って、こんな真っ黒色だったか?」


青年は首を傾げながらも、桃色のトマトの様な形をしたクリアフルーツの収穫作業に戻る。

多少雪原が狭まった所で、元々数の少なかった彼らはその事には気が付かない。

彼らは、図らずともティーミスの土地に移住した事により、図らずともティーミスの力から逃れる事が出来たのである。

少なくとも今は、彼らの平穏は揺らがなかった。


「お。スノーウィスプのつがいだ。こりゃ縁起が良いな。」



◇◇◇



地上の全ての存在が、ジョックドゥームに移住したスノーエルフの様に幸運に恵まれている訳では無い。

ティーミスの炎は、抵抗する事の出来る僅かな者達を覗く全ての存在を無に還した。

抗う術の無い者達にとってそれは、崩壊の摂理は酷く残酷で絶対的だった。


「祭りまであと三日か…よし、今日も頑張るか。」


平原にあるとある小さな村の広場で、農民の少年は青空を見上げながらそんな独り言を告げる。

この村では年に一度、村を挙げて五穀豊穣を祈る祭りが開催される。

この村に住む者達が皆、一年の中で一番楽しみにしている日。

三日後に、それが訪れる予定である。


「ああ!フィレン!」


「な…キッカ!?何だよ、なんか用かよ。」


広場で佇んでいたフィレンの元に、おさげ髪の少女キッカが現れる。

キッカも農業を営む家の子で、フィレンは主に野菜を、キッカは乳牛の世話を普段の仕事としている。

そんな彼らも、この数日は専ら祭りの準備に勤しんでいた。


「フィレンあんた、まーた冒険者になるとか言って、シブおじさんのゲンコツ喰らったんだって?」


「な…お、お前には関係無いだろ!毎度毎度…一体何処から漏れてるんだ…?」


「きゃははは!あんた、本当にガキのまんまね!知ってる?冒険者ってのはね、スキルって言う生まれ持っての才能がある、一握りの人しかなれないんだよ!」


「そ…そんな事も無いんだぞ!冒険者の中には、スキルを持っていなくたって強い人も沢山居るんだぞ!」


「ふぅん?あんた、剣なんて握れたっけ?」


「こんな村とっとと抜け出して、いつかは剣術だって会得してやる!そうして、でっかいダンジョンを沢山攻略して、贅沢三昧してやるんだ!」


「村を出る、ねえ。あんたが?」


「そうさ!」


「…ぷっ…あっはっはっはっは!あのフィレンが!村を!きゃははははは!」


「あーもう何がおかしいんだよ!」


「ひーはは…ん?なんか牛舎が騒がしいわね。ごめんフィレン、ちょっと待ってて。」


「あ、コラ!言うだけ言って逃げる気かよ!…ん?」


ふとフィレンは、自身の目の前に黒い論破煤の様な物が舞い降りている事に気が付く。

フィレンは最後の最後まで、その村に何が起こったかを理解する事は無かった。

次の瞬間にはその村と村を構成している全ての物は、黒炎によって一瞬で蒸発し、跡形も無くなった。

この世界から、小さな世界が一つ消滅したのである。



◇◇◇



爛れた大地の真ん中。

ティーミスは焼き固まった地べたに座り、黒炎の大剣をじっと見つめている。

否、それはもう黒炎の大剣では無かった。


ーーーーーーーーーー


【煤の大剣】

忿怒の大剣は持てる全ての力を解放し、剣の形をした鉄屑へとその姿を変えた。

最早霧を断つ事すらも叶わず、ただ朽ちるのを待つのみである。


攻撃力0

攻撃時100%の確率で攻撃失敗


ーーーーーーーーーー


剣の形をした金属製のゴミ。

それが、ティーミスが今手に持っている物を完璧に形容する言葉だった。


「…思えば、貴方とはかなりの長い付き合いでしたね。」


それは、ティーミスがダンジョンから勝ち取った最初の武器だった。

いつもティーミスの復讐と共に有り、いつしか戦いとなった時にティーミスが真っ先に取り出す武器となっていた。

そんな【憤怒の輝剣・ビスク=ツィーゼ】も、とうとうその役目を終えたのだ。

ティーミスが在りし日に望んだ存在証明を、この大剣は大陸一つを焼き尽くすと言う方法で叶えたのである。


ティーミスは、自身の存在する価値を求め、存在の誇示の為悪に堕ちた。

そして、それは大剣一本と引き換えに叶えられたのである。


「…今まで、ありがとうございます。」


ティーミスは、朽ちた大剣を自身の目の前の地面に突き刺す。

この大剣はティーミスの望みを叶えたが、同時にティーミスの背も押した。

大陸を焼いたティーミスは、拠点で引き篭もって暮らせる身分じゃ無くなった。

ティーミスは甘える先を失ったが、代わりに名声と、一部ではあるが殺すべき相手の名簿をを手に入れた。


「………」


ふと、ティーミスの脳裏にはギズルの顔が浮かぶ。

何故あの時、ギズルを殺さなかったのか。

その理由を、ティーミスは探せずにいたのだ。


「…これが、デフレーションって奴ですか…」


ギズルはティーミスの純潔を奪った相手ではあるが、それだけだった。

過剰な拷問も無ければ、ティーミスにはギズルに歪んだ遊ばれ方をされた覚えも無い。

ただ単に他と比べればマシだったから、ティーミスはギスルを見逃したのだろうか。


「…いえ、違いますね。」


自分がそんなに優しい訳が無い。そんなに理性的な判断が出来る訳が無い。

ティーミスは自身にそう言い聞かせた後、もう一度考えてみる。

答えは直ぐに出た。


ティーミスは、ギズルをとっておいたのだ。

一番好きな食べ物を最後まで残しておく様に。

最高の快楽が満杯に閉じ込められた、ギズルと言う名のピニャータを、自身は無意識の内に残しておいたのである。

ティーミスは、そんな結論を導き出した。


「…ぐぷ…」


不意にティーミスは、酷い吐き気に襲われる。

大陸一つを焼いた。

常人には想像も付かない程のスケールの罪を、ただの少女が耐えられる訳が無かった。

ティーミスは結局、その場で三日ほど苦悶し続けた。

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