ゲームセット
ティーミスの渾身の一撃から三人の仲間を守り抜いた金色の巨人は、役目を終えて消え去る。
「…すげえ、あれ防ぎきったのか!さっすがセリアちゃ…」
コグは、自身に背中を向け立っているセリアのポンと叩く。
セリアは、その衝撃で倒れる。
「…!?」
焦燥した様子のトゥキーエが、セリアが仰向けになる様に膝の上に乗せる。
セリアはうっすらと目を開けたまま、全身に裂傷と火傷を負い意識を失っていた。
「一先ず屋内に避難だ!愚かだったんだ…あれの前に立つ事自体が!」
トゥキーエは半ば錯乱しつつも、仲間達に指示を送る。
だが、その指示が実行される事は無かった。
「…なあ、トゥキーエ。」
「何だドレア!」
「此処…何処だ?」
「あ!?」
トゥキーエは周囲を見回す。
「あ…あ…?」
トゥキーエは絶句する。
そこはもう、彼らの知っている地上の光景では無かった。
黒く焦げ、赤熱し、マグマの様な色になった平らな地面が地平線の遥か彼方まで続き、彼らの脛よりも高い物体は何処までも存在しない。
空は夜よりも黒く明るい漆黒色に染まり、時々黒色の火の粉が舞い降ちている。
一同はやがて冷静さを取り戻したが、平静に戻ったが故に噎せ返る程の熱が一同を襲う。
「クソ!地面がまるで焼けた鉄板だ!」
コグは熱から逃れる為にせわしなく足踏みをしながら、命からがらの愚痴を垂れる。
「信じられない…雪も、コロシアムも、草木も、文字通り跡形も無く…」
トゥキーエはセリアを治療しながら、譫言の様に呟く。
彼らが見る光景は、もしかすれば今の一撃で世界が滅んでしまったのでは無いのではと言う仮説を彼らに与えるには十分過ぎる。
「…これでセリアは、一先ずは大丈夫でしょう。取り敢えず此処を移動してみよう。情報を集めなくては。」
トゥキーエはセリアを背負ったまま立ち上がり、背後の二人にも合図を送る。
そうして一行は、その何処までも続く平らな焦土を歩き始めた。
一行が最初に見つけたのは、地面から突き出す様に生えた、人一人分ほどの大きさの氷の塊だった。
この熱の中自然に氷が出来る訳が無い。
コグは多少警戒しつつも、その氷の塊をノックをする様にコンコンと叩く。
『…!?ティーミス!お前なのか!』
氷の中からは、怯えた男の声が聞こえる。
「安心してくれ。僕等も貴方と同じ生き残りだ。」
コグがそう言った途端に、先程までは水滴一つ垂らさなかった氷が見る見るうちに溶けてゆき、やがて中から一人の男が姿を現す。
ギズルである。
「ああ良かった…まさか奴の持っているあの剣に、あんな爆発を起こせる程の魔力が込められて居たとは…コロシアムはどうなっている。他には誰が…」
ふとギズルは周囲を見回す。
「ん?此処は何処だ。まさかあの爆発に、転送効果が付いていたのか?」
「…陛下。あの攻撃に、物体を転送させる効果はありません。」
「それでは一体此処は…」
ギズルはたまたま、自身の足元の様子が目に入る。
完璧に融解し地面と同化しているが、その質感は確かに、コロシアムを形作っていた岩魔法の石材である。
ギズルは、この場所で何が起こったのかを理解してしまう。
「…嘘…だろう…?」
ギズルは実況席の床に氷のシェルターを接着させ、一行が確認した時も引き剥がされた形跡は無かった。
つまり会場のどの席よりも高い位置にあった実況席は、倒れる事なく焼け潰れ、地面と同化してしまったのである。
「…これを…奴が…あの状態で…」
ギズルは狼狽し、その場にしゃがみ込む。
これが、どう転んでもギズルの有利に働く筈のゲームの結末である。
「…陛下。陛下は氷の魔術を扱えるのですか。」
トゥキーエは、動揺するギズルに向けてある提案をする。
「ああ。だったら何だ。」
「宜しければ、暫し我々と同行して頂けないでしょうか。この環境で我々が生き残るには、貴方の力が必要なんです。」
「申し出に感謝する。がしかし、悪いが…」
ギズルは首から下げている石を手に取る。
かつてリコールストーンだったそれは、大気中の高圧の炎魔力によって黒く焦げた様に変色している。
それだけでは無い。
5人が身につけている全ての魔道具が、黒炎に焼かれその機能を完全に失っていた。
「…悪いが、力になれるかどうか分からないぞ。」
「失礼ですが陛下、【フローズンエンチャント】はお使いになられますか?」
「その程度ならば可能だ。」
そう言うとギズルは、4人に向かって手をかざす。
ギズルの手からは僅かに冷風が放たれ、冷風は4人の体に纏わり付き、薄青白色のオーラに姿を変える。
4人は、ギスルの加護によって程良く冷却される。
「これで少しはマシになったか…助かったぜ。皇子様。」
ドレアは手の甲で額の汗を拭いながら、ギズルに向かってぶっきらぼうな感謝を述べる。
「気を緩めている場合か。…我々にはまだ、最重要かつ最悪の不安要素が残っているでは無いか。」
「不安要素?」
次の瞬間、ギズル以外の4人もギズル言っているそれを理解する。
まるで神話の様な、それでいて今現実として起こっているこの災厄の根源。
爆源たるティーミスがまだ、何処にも確認できていないのだ。
「…行くぞ。もしかすれば、我々以外にも生存者が見つかるかも知れな…」
不意にギズルは台詞をとりやめ、4人の遥か背後を凝視する。
遥か後方に、黒炎の大剣を引きづりながら彷徨う1人の少女の姿があった。
まごう事無きティーミスである。
「…早く此処を離れよう。奴と出会っても別にやましい事は無いが、だからと言ってわざわざ会わなければいけない理由も無い。行くぞ。」
ギズルはティーミスから遠ざかる為に、一行を率いて行軍を始める。
この時のギズルは最早ケーリレンデ帝国の第三皇子としてでは無く、ただの一人の氷魔術師としてそこに居た。
「おーい。誰か居ないのかー!」
一行から見て遥か向こうで、一人のオリハルコンのフルアーマーの戦士が叫んでいる。
この世に存在する中で最も強固な金属であるオリハルコンの前では、万物を融解させ無に帰す筈のティーミスの放った業火ですらぬるすぎるのである。
「クソ…あのガキ…不意打ちとは随分卑怯な手ぇ使ってくれたじゃねえか…」
一行より真右の方角に、一人の赤色のリザードマンの戦士が歩いている。
ファイアリザードマンの鱗は、どんな強大な熱も無効化する特性がある。
最もそのリザードマンは、爆発によって巻き起こった倒壊などの様々な事象によってかなりの傷を負っていたが。
「ウソ、俺生きてる…あそうだ!この間大金はたいて自動蘇生の烙印を手に入れてたんだ!助かったぁ…」
とある日の思い付きに偶然助けられた者。
「…奴ハ何処ダ…ヨクモ我ガボディノメッキヲ剥ガシテクレタナ…今スグコノ拳デ磨リ潰シテクレル…」
自身が、属性攻撃がそもそも効かないゴーレムと言う理由だけで無傷で生き残った者。
「く…痛え…久々の感覚だ…早くポーションで治療しねえと…」
数多の魔物を倒し無尽の経験値を手に入れた為、単純に自身の体力がティーミスの攻撃を上回った者。
広い目で見ればこの場所は死の土地となったが、だからと言って生存者が一人も居ない訳では無い。
「…一先ずは、集合場所が必要だな。」
ギズルは自身の目の前に手をかざすと、一行の正面には巨大な氷の柱が出現する。
遥か彼方から見た時でも、地平線を歪めるには充分な大きさである。
「ん?何だあれ。」
「氷…何だかよく分からないけど、凄く涼しそう…」
ギズルの思惑通り、生存者達は次々と氷の柱に集まっていった。
「…あれは…」
当然、ティーミスにも物を見る目はある。
ティーミスもまた、氷の柱に向かって歩み始める。