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後攻

「お…俺も棄権する!」


「私も降りる!…だからお願い、命だけは…」


適当に勝ち進んで賞金だけ貰おうなどの動機でこの大会に参加した、命を賭ける勇気の無い人々が次々と棄権を声明し、ティーミスの開けた空間の穴へと飛び込んで行く。

ティーミスはその様子を、霜ついた瞼を重たげに下げた目でぼんやりと眺めている。


「…これで全員ですか。」


ティーミスは、先程の半分程の人数になった選手達に向けてそう告げる。

ティーミス自身もこのゲームには不本意に参加した身、出来る限りの殺傷は控えたかった。

ティーミスは、残った出場者達、このゲームの参加者達の顔ぶれを確認する。

冒険者に、帝国騎士、ティーミスを知っている者、知らない者、それからティーミスの知っている顔もあった。


「…まさか、此処で会うとはね。咎人。」


コグが、ティーミスに話し掛ける。


「貴方方は確か、シュレアさんを狙っていた…」


ティーミスがシュレアの手によって誘拐されていた時に、たまたまロードハート家を襲撃していたヴァンパイアハンターの四人である。

彼らはティーミスに一度、敗北している。


「…ご安心下さい。シュレアさんなら私が殺しました。…貴方方が受けた依頼の報酬額を教えて下さい。私がそれをお支払い…」


「金じゃ無い。」


コグは、背負っている銀色の大剣の切っ先をティーミスに向ける。


「僕等はあんたを倒す事に決めたんだ。シュレア・ロードハート。」


「…にゃ?だ…だからシュレアさんならもう…」


「あの日僕達はロードハート家の屋敷に赴き、最後の門番の次にあんたと出会った。だから僕はパーティリーダーとして、あんたがシュレア・ロードハートだと断定したんだ。」


「えっと…」


「あんたが本物のシュレアかどうかは関係無い。どうせもう組織そのものが存在しないんだ。本物の依頼を達成した所で、僕等には特に何も起こらない。

だけど、依頼は依頼だ。最後まで熟すのが筋だろう?」


ティーミスには、コグの言っている事が理解出来なかった。


「…だから、僕等はあんたを倒す。あんたが、僕等のピリオドなんだ。」


イグリスが解体したその日から彼等は経済的な理由でパーティの解散を検討していたが、長年の友情がそれを邪魔した。

彼等程の硬い友情ともなれば、何かきっかけが無いと前に進めないのだ。

故に彼等は、区切りを設けた。咎人ティーミスとの再戦と言う区切りを。

自身らに残された最後の依頼の達成と言う、ヴァンパイアハンターとしての終止符を設けた。


「…だから僕等は、あんたと戦う。あんたがどれだけ強くても。あんたと戦う事が、どんだけ無謀な挑戦だとしても。」


「…分かりました。」


コグのスピーチに呼応するように、周囲の参加者達からも声があがる。


「俺も闘う。己が誇りの為に。」


「なんか予定とちょっと違うけど、強者と闘えるなら何だって良いさ!」


「けへへ、ガキ一匹痛ぶって一括千金とか、最高の仕事じゃねえか!」


「ね…ねえ…闘うって事はさ…触っても良いんだよね…」


それがどんな形であれ、彼等は皆、己が信念の為に命を賭けた。

残った選手達は皆ティーミスに、己が信念を突き付けた。


「…分かりました。」


ティーミスは杖代わりにしていた黒炎の大剣を持ち上げ、参加者の意思に応えるべく戦闘態勢に入る。


「…っし、行くぜええ!」


数名の剣士が、武器を構えティーミスに向かって駆け出す。

ティーミスは、一番早く自身の前に到達した剣士の攻撃を黒炎の大剣で弾くと、そのまま大剣を自身の目の前に突き刺す。

不意に大剣からは熱風が放たれ、二番手以降の近接戦士達を後退させる。


「…今の私は見ての通り、身体が殆ど使い物になりません。…ですので、」


地面に突き刺さった黒炎の大剣は、刃元の方から地面に向かって炎を吹き出す。

それはさながら、地面に黒炎を流し込んでいる様にも見える。


「少しくらい、武器に頼ってもバチは当たりませんよね。」


大剣の周囲、即ちティーミスの周囲の地面が、中心付近は黒色に、その周囲は橙色の変色し始める。

地面の変色は、少しづつ拡大していく。


「…何だか、嫌な予感がする…」


ティーミスの様子を観察しながら、セリアはそんな事を呟く。

ふとセリアは学生時代に見た、超高密度に達した魔力の挙動についての、教科書の隅に書いてあったコラムを思い出す。

第13種魔力光が付近に満ち、依代となった物質は膨大過ぎる魔力に耐え切れず変質を始め、やがて、


「…!今すぐ私の後ろに隠れて!」


セリアはその場にいる全員に聞こえる様に叫んだが、真っ先に反応しちゃんとセリアの背後に隠れたのはヴァンパイアハンターの他の三人だけだった。

最早それは、身体に染み付いた反射反応の様な物だった。


「何だよ!俺はまだ剣すら抜いてね…」


「《パーフェクトガード》!」


セリアの背後でドレアが垂れた文句は、不意に掻き消される。

セリアの声にでは無い。

地鳴り。燃焼音。家屋すらも軽く吹き飛ばす勢いの突風。倒壊音。融解した何かに何かが落ちる、パシャリと言う音。何かが一瞬で蒸発する音。セリアのパーフェクトガードが、みるみるうちにひび割れていく音。パーフェクトガードのひび割れから、黒色や橙色の炎が吹き出す音。

滅亡と破壊のオーケストラの前ではドレアの声など、獄炎の中の羽虫の様に一瞬で搔き消える。


(ダメ…割れる…!)


セリアは、自身の持つ聖盾が圧倒的な熱の前に溶けていく音と、自身の腕が圧力に耐え切れず軋む音を聞く。

最早、盾とその後ろ以外の場所がどうなっているか分からなかった。

光を放つ黒色の炎によって覆われ、盾によって炎が弾かれて出来た僅かなスペース以外の全ての場所が、黒塗りの光る闇に沈んでいた。


(…斯くなる上は…トゥキーエ、貴方を信じてるからね。)


セリアは盾から手を離し、自身の前に立つひび割れだらけのパーフェクトガードに右手の甲を向ける。

セリアの手の甲に、金色の文様が浮かび上がる。


「《リベリオンイージス》!…がああああああああ!!!」


ひび割れた聖なる障壁が、セリアの手の甲と同じ文様が胸に刻まれた金色の大男の上半身に姿を変える。

セリアの聖魔力の全てを以って形作られた大男は先程までとは比べ物にならない強度によって4人を黒炎から護るが、セリアの全身に不自然な切り傷が走り始める。

トゥキーエの声が聞こえるが、破滅の合唱によって掻き消された為セリアには届かない。


「…信じてるよ。みんな。…私を死なせたら、承知しないんだから。」


セリアはそう呟くが、炎の音によって掻き消され誰にも届かない。


「《スペルカスタム・コストオブミー》」



〜〜〜



ブリス地方の何処かの空。

1体のブリザードエンジェル、タローエルが、自身の放つ吹雪に身を任せ飛行していた。


「……?」


タローエルはふと背後に熱風を感じる。

タローエルは振り返り、それが何かを認識する前に行動を起こす。


「《凝氷球》。」


タローエルは空中で体を丸めると、自身の身体を透明な薄い球体のカプセルで囲う。

タローエル入りのカプセルは空中で熱風に吹き飛ばされ、近くの森の中に落下する。

たまたま顔が上になる様に落下した為、タローエルは空の様子を眺める事が出来た。


「…空が…黒い…」


それは闇では無い。

闇では無く、ただ黒いのである。

空は黒いだけなので、地上の明るさは何も変わっていない。

タローエルにとってそれは、否、浮世に存在する全ての存在にとってそれは、初めて見る光景だった。


「…暑い…まずいな…」


タローエルは防御用のカプセルの中から抜け出し、そんな第一声を放つ。

ブリザードエンジェルにとって、高気温環境は身体に毒である。


「…ゲホゲホ…このままじゃ蒸し焼きだ…」


タローエルは周囲を見回す。

木々は黒炎をあげて炎上を始め、周囲には黒色の火の粉が漂っている。


「…一か八かね…」


タローエルは一度肺の空気を全て吐き出し、付近にあった炎上する低木の近くに移動する。


「すぅーー…ゲホゲホ!」


タローエルは、黒炎から立ち昇る熱と火の粉を胸いっぱいに吸い込む。

最初は度々咳き込んだがそれも次第に収まり、やがて黒炎をそれが灯っている枝草ごと喰らい始める。

堕天使からの二度目の変容。

少なくとも、前例は無い。


「…嘘だろ…?」


ふとタローエルは、自身の爪先が赤色と黒色の互い違いに変色している事に気が付く。

タローエルはそれを見ると、黒炎の摂食を続けた。

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