離脱先も
「…生き…てる…?」
ティーミスは、自分の首や頭をペタペタと触りながら、怯えた様に呟く。
頭は、ちゃんとティーミスの胴体に繋がっている。
「良かった…という事は、此処がダンジョンですね。」
ティーミスは咄嗟に目に入ったダンジョンキーを使い、間一髪の所でダンジョンの中に逃げ込んだのだ。
ティーミスが使ったのは【色欲の館】に繋がる【[毒]ダンジョンキー】。
此処はどうやら、甘ったるい毒香が立ち込める森の中…否、毒草や菌類に支配された街の中。
建物を菌糸が覆い、地面からは石畳を割ってグロテスクなのから鮮やかな物まで、さまざまな種の毒草が咲き乱れていた。
街並みには劇場や巨大な商店街も見られ、かつてこの街が非常に豊かだった事が伺える。
(うう…前は熱で、次は毒ですか…うっぷ…気分が…)
ティーミスはすぐさま、《血の池の宴》のエクストラHPで自身を保護する。
こういった、生命が一定の割合でジリジリと削れていく環境下においては、エクストラHPは実に有効だった。
「…はあ…ゲホッゲホッ…こんなところに長く居ては死んでしまいます…早く攻略を…」
「あら?」
落ち着きのある女性の声が、ティーミスの耳に入る。
「にぁ!?」
「あらあら可愛らしいお嬢さん。この街は初めて?」
白いパーティードレスを身にまとった、青金の髪を頭のてっぺんで団子に結んだ大人の女性が、その鮮やかな青い目をティーミスに向けていた。
「は…はい…」
「ふふふ。ようこそ、娯楽の国アスマディスマへ。小さな女の子が来るなんて本当に珍しいけれど…歓迎するわ。」
「それは…どうも…」
「そんなに緊張しなくっても良いのよ?そうだ、私が案内してあげる。」
ティーミスはその正体不明の女性に連れられながら、菌と毒草の街を進んで行く。
空は今にも雨が降り出しそうな曇り空で、時々鳥の様に胞子の一段が横切っている。
ティーミスとその女性は、しばし街を共に歩く。
「ほら、此処がシーケイ劇場。此処にもうすぐサーカスがやってくるの。私、すっごく楽しみなんだ!」
「…へえ、サーカスが…」
屋根を巨大なキノコが突き破っているその“劇場”を、ティーミスは口をパクパクさせながら見上げた。
この女性に突っ込むべきか否か、ティーミスには検討も付かない。
「此処が、この国で一番大きな娼館の、トハっていう建物。お嬢さんはあんまり関係ないと思うけど、通り掛かったから紹介しておくわ。」
「…へえ…それはそれは…」
三階建ての大きな建物全体を覆う勢いで、サイケデリックな毒草やキノコが茂っている。
建物の原型自体は残っているため、ティーミスは一瞬ここがまともだと思ってしまった。
「それで、此処が目的地の、名付けて浴槽!今から貴女を新しい母体にするための場所だよ!」
「…へえ…私を母体に…へ?」
ティーミスは、七色の油の溜まった、かつて屋根と壁があったと思しき大浴場まで連れてこられていた。
「さあ雄株達!出てらっしゃい!」
油のプールがブクブクと湧き立ち、そこから次々と、赤や緑、紫などの大きな5枚花弁の花から二股に分かれた茎が足代わりに生えた物が、二足歩行で陸に上がってくる。
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【淫蕩なる殖花】
色欲を司る下級のクリーチャーです。
《拘束の蔦》によって侵入者を拘束し、毒によってじわじわと苦しめていきます。
あなたより格下のモンスターです。
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「ひ…ひきゃあああああああ!」
「もお、怖がらなくて良いのよ。あ貴女はここれかかからき綺麗ななおお花ななななのマママにななるの。な何にににも怖わわわわわわがららららららなくくくくてててててててて」
ティーミスは咄嗟に右手に顎腕を纏い、先程まで案内役を務めていた女性にかぶりつく。
女性の姿は一瞬でかき消え、代わりに夥しい数の胞子がふわりと舞う。
殖花は次々とティーミスの方によろよろと歩いて行き、ある一定距離まで到着したものは蔦を伸ばし始める。
ティーミスの顎腕から瘴気のブレスが放たれ、地面の毒草や菌糸と共に殖花を焼き払っていく。
(捕まったらだめです…あの蔦に捕まったら、多分終わりです!何故か分かりませんが、そんな気がします!)
ティーミスの美少女としての本能がフル稼働し、ティーミスは蔦を寄せ付けまいと、瘴気のブレスを振り回し続ける。
(…おかしいですね、明らかに敵の減り方が早い気がします…)
ティーミスは、遠距離の敵も仕留める為にブレスを直線型にしているのだが、明らかにブレスの掛かっていない地点の敵も消えている。
と、ティーミスの足首に冷たい蔦が絡みつく。
「にぇ!?」
ティーミスの背後の地面から、次々と殖花が生えてくる。地面を潜りティーミスに接近してきたのだ。
顎腕の瘴気のブレスを止めたティーミスは、背後の殖花を次々と顎腕で貪り食らっていく。
と、今度は浴槽の方からの殖花の蔦がティーミスに辿り着く。
「…蔦に捕まって、永遠に嬲られ続けるのは嫌です!」
ティーミスは顎腕から炎の魔剣に持ち変えると、ティーミスを絡める蔦ごと、殖花を焼き切っていく。
殖花の数が落ち着いたのを見計らい、ティーミスは後方に跳び浴槽から距離を取る。
「《招集・【放火魔】》!」
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徴兵力 760/800→690/800
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ティーミスの手首から、赤黒の半液の塊がボタボタと二つ落ちる。
塊は直ぐに形を成し、黒いローブと赤いネックウォーマーで顔を隠し、噴出口の付いた黒い炎のランタンを持った、二体の兵士へと変わる。
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《招集・放火魔》
消費徴兵力・1体/35
黒い火炎を操り戦う、あなたの火兵が召喚できます。
広範囲への火属性攻撃を得意とし、機動力の高い雑兵の処理に対して高い適性を持ちます。
ただし耐久力、機動力共に難があり、付近にタンクやアタッカーを用意するなどの工夫が必要です。
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放火魔は召喚された後、直ぐ様地を舐める黒い炎を放ち始める。
地上はおろか、地下に潜る殖花すらも消し炭に変えて行き、浴槽に残ったものはティーミスの顎腕によって処理される。
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wave1「殖花の余興」突破
次は
wave2「最終ボス 毒花の抱擁」
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「ふぅ…ふぅ…ふゅぅ…ゲッホゲッホ…」
放火魔をリリースしたティーミスは、肩で呼吸をしながら目を回してその場に座り込む。
今回は毒のステージの為、ティーミスの肺に空気が送り込まれる度に、じわじわとエクストラHPを削って行く。
ティーミスにダメージは無くとも咳は出るし、不快な臭いも絶えず届く。
「あら?」
「…にぇ…?」
「あらあら可愛いお嬢さん。この街は初めて?」
白いパーティードレスを身にまとった、青金の髪を頭のてっぺんで団子に結んだ大人の女性が、その鮮やかな青い目をティーミスに向けていた。
「何なんですか貴女は!」
ティーミスは魔剣を構え、その女性を滅さんと、全身の筋肉がくまなく痛むその体で駆け出す。
しかし黒い炎を纏うティーミスの魔剣は、その女性の鼻先に触れるか触れないかとのとこで停止する。
ティーミスの手首や足首や胴体や首に、棘の付いた植物の蔦が巻きつけられ、ティーミスを拘束している。
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【毒花の婦人・メレニー】
色欲を司る、上級のクリーチャーです。
その蔦で万物を絡めとり、【麻痺の鞭】【毒のイバラ】と言った多彩な状態異常によって獲物を死へと至らせます。
あなたより格上のモンスターです。
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「もお、初対面の女性に斬りかかるなんて、礼儀の無いお嬢さんだ事。まあいいわ。ずっと気絶させて、死ぬまで母体として使ってあげる。」
「いぎ…ぐえ…」
ティーミスの首に掛かる蔦の力が、次第に強くなっていく。このままでは、ティーミスは窒息する。
ティーミスの頭に酸素が回らない。ティーミスは、自分がどんなスキルを持ってたかも思い出しにくくなっていく。
エクストラHPが削れ切り、蔦に付く棘の傷がティーミスに刻まれ始める。血と涙と汗と、それから唾液が垂れていく。
「さあ、だんだん気持ちよくなってきたでしょう?そのままお眠りなさい。永遠に…」
ティーミスの視界が歪み始める。
(…ダメです…次まぶたを下ろしたら終わりです…!気を…しっかり…持って…!)
ティーミスはその締め上げられた喉から、搾り出すように呟く。
「ぐ…《晩餐》」
顎腕の出現に伴い、左手の蔦がブツブツと千切れていく。
「あら、変わった能力を持っているのね。でも…無駄よ。」
先ほどよりもかなり太く強靭な蔦が、ティーミスの顎腕を縛り上げる。
「…《復讐の始まり》…!」
ティーミスの右腕がバシャリと赤黒い閃光を上げ、ティーミスは右腕を振り上げる事によって右腕の蔦も千切る。
「…やああぁぁぁぁ!!!」
バキリべキリと、顎腕を拘束していた極太の蔦が割れ剥がれ、顎腕は蔦の妨害を受けつつそのまま、ティーミスの首を絞めておる蔦を噛み切る。
「がっは…ゲホッゲホ!すー…ゴッホ!」
拘束が解かれ、地面に投げ出されるティーミス。
しかし呼吸を急ぐにも、エクストラHP無き今では、毒のダメージを受け続ける。
「ごほ!ごほ!…かっは!」
ティーミスには一応《怠惰の持続本能》と言う体力を秒間2回復するパッシブがあるが
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毒の胞子があなたを苦しめます。
呼吸の度、10ダメージ。
あなたはイバラの傷を負いました。花の毒があなたを苦しめます。
毎秒、20ダメージ。
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とても間に合わない。
(…死ぬ…死んじゃいます…私…)
拷問の日々で、ティーミスが何度も経験した感覚。
相手は、少なくとも見た目は女性。《隷属への褒賞》は通じない。
「あらあらお嬢さん。苦しいんでしょ?私が今、癒してあげる。」
ティーミスは吐血する。
ティーミスの目や喉や鼻の奥が、脈打つようにズキズキと痛む。
(…相当強力な…毒ですね…)
毒漬けになったティーミス。
(このまま…死ぬの…?)
ティーミスはふと、収容所でされた毒責めの事を思い出す。
(確か…あの直後に怒った拷問官に両目を潰されたんだっけ…あれ、何で拷問官は怒ったんだっけ…
身体を八つ裂きにされる様な痛みが走って…それで私は思わず…あ。)
ティーミスは、手首についた傷から血を吸い出す。
「あら?今更解毒なんてしてももう…」
「プッ!」
ティーミスは、口の中に溜めた毒血を一思いにメレニーの目に吹きかけた。
「ぎゃああああ!?」
メレニーは一瞬の怯みを見せる。
「はあ…はあ…それを…《残機奪取》!」