順調
コロシアム、選手控室。
「はぁ…まさかこんな事になるなんて…」
トゥキーエは俯きながら、溜息混じりにぼやく。
ティーミスの妨害によりシュレアの討伐に失敗した一行は、帰還先の街で次出撃の準備を整えていた所イグリスからの緊急招集を受けた。
彼らは早馬を使い祖国イグリスへとすぐさま帰還したが、その頃には既に教会は消滅しており、政府が変わっていた。
当然ヴァンパイアハンター達は路頭に迷ったが、政府の変わったイグリスにはもう彼らの居場所が無かった事だけは確かだった。
「おい。あそこに魔族が居るぞ。何で誰も騒がねえんだ?」
ドレアは至極珍妙そうな顔をしながら、人間の女性と肩を並べて話し込んでいる吸血鬼の女性を指差しながら、トゥキーエに向かってそう問う。
「もうイグリスの考える程、魔族と人類を隔てる溝は大きくは無いのでしょう。」
「ッチ、何だよ…駆逐してやろうと思ったのによ…」
「我々の神とは違い、時代とは変化する物です。イグリスは変わらぬ神を信仰する余り、変化する事を忘れてしまったのです。…故に、変化を求める者達に敗北したのでしょう。」
「…ああ!吸血鬼の顔なんて見ただけでイライラする!いっぺんブッ殺して…」
ドレアは双剣に手を掛け立ち上がろうとするが、大きな鞘に納められたままのコグの大剣によって阻まれる。
「駄目だドレア。調べた所、もう一部の魔族の家系は陽社会における正当な権利が保証されている。下手したら、“差別主義的思想の元での殺害罪”で一生牢獄の中だぞ。」
「はあ!権利だぁ!?あんな蚊共に一体何の権利があるってんだ!奴らの本性…お前だって解ってるだろ!」
「俺達も散々殺してきたろ。…もうお相子なんだよ。今の所はな。」
「…ッチ…」
ドレアはつまらなそうな舌打ちをすると、再び席につく。
ついこの間までは生業としていた事が、ある日突然犯罪行為になったのだ。
この場にいる4人とも、決して良い気分では無かった。
「もぉ、みんなくよくよしないで。今は目の前の事に集中しましょう。…優勝までとは行かなくても、せめて暫く暮らしていけるだけのお金を…」
ドレアは、セリアの襟を掴み上げる。
「ああ!?テメぇ俺を舐めてんのか!?こーんなちんけな大会、あっという間にぶっ潰してやるよ!お前らも…此処は戦場なんだぞ!少しでも弱腰になった瞬間終わりだ!…と言うかそんな腑抜けた奴は俺が殺す!」
「ぐぅ…分かった、分かったから!取り敢えず離して!」
ドレアは、セリアをゆっくりと地面に下ろし襟を離す。
「これで解ったか。」
「何がよ…全く…」
セリアは一つ深呼吸をして呼吸を整えると、少し修正した先程の台詞を言う。
「じゃあみんな。優勝目指して、一生遊んで暮らすのよ!良いわね?」
ドレアは、意気揚々と反応する。
「おうよ!」
他の2人も、若干呆れながらもセリアの台詞に賛同する。
「仕方無いですね。言っておきますけど、僕は1on1には自信ありませんからね。」
「弱気になるな…か。そうだよな。俺達にはまさ為すべき事も残ってるのに、逃げ腰じゃいけないよな。」
彼らにはまだ、ヴァンパイアハンターとしての使命が残っていた。
ヴァンパイアハンター最後の任務、シュレア・ロードハートの討伐。
例え国が滅びようとも、例え政府が変わろうとも、一度受けた任務は必ず完遂する。
それが、ヴァンパイアハンターとしての誓いだった。
◇◇◇
「………」
レオナルドは至極後ろめたい気持ちで、先程放った桃色の子蜘蛛と耳に取り付けていた芋虫を外し、その両方ともをポーチの中にしまい込む。
彼らには悪巧みも策など無く、ただ生きる為にこの場所に来たらしい。
(…ん?待て待て待て。イグリスが敗北ってどう言う事だ?まさかあの国、もう滅んじまったのか?
いやまあ、ずっと鎖国してる国がそう長く持つ筈も無いよな、そりゃ。)
その時控室のドアが開き、冒険者協会のスーツを纏った1人の男が入って来る。
「皆様。今日はわざわざ遠方からこの大会の為にお集まり頂き、誠にありがとうございます。あ、申し遅れました。わたくし、今回の大会責任者を務めさせて頂きます、マーシャル・ベランと申します。」
今回のギズルの計画には、対ティーミスのレイドクランが主体となって動いている。
形式や内容の何から何までが異常だが、これも正式なティーミスへの攻撃作戦だった。
ただこの事は、出場者も殆どの大会職員も知らない。
この事を知るのは、ギズルと一部のレイドクランの幹部のみであった。
「では皆様。簡単な開会式を行いますので、一度中央闘技場の方へ…」
その時、コロシアムから遙か彼方の空に、血色の彗星が走った。
〜〜〜
「………」
コロシアムの外のテント街を、少女は当て所なく彷徨っている。
奴隷達のバトルロワイヤルを生き延びた少女は、大会への参加権を棄権し自由の身となった。
が、それ以上の物は何も得ていないし持ってもいない。
キャンプ街から一歩でも出ようものなら、真冬の寒さが少女を襲うだろう。
少女は、路頭に迷っていた。
「……?」
少女は遠巻きに、自身よりも少し大きい程度の不思議な動く物体を見つける。
少女は軽い好奇心のままに、それに近付いて行く。
「………!」
暫く進んだ所で、少女はやっとそれが人間の女の子だと言う事を認識する。
人の形をした動く物体として認識は出来た筈なのに、少女は何故かそれを暫くの間、生き物としてすら認知する事が出来なかったのだ。
「………」
少女はかなり不気味な気持ちになるも、その女の子に向けて尚も歩みを進める。
年は自分と同じくらいだろうと、少女がそんな見立てを建て始めた頃だった。
「………!?」
少女は瞬きをした。
その一瞬によって、少女が目指していた目標が消えてしまった。
生きている人間など多少はその場を動く事も有るだろうが、先程まで女の子の立っていた場所の周囲には、遮蔽物も何も無い。
完全に、幻覚の様に少女の前から消えてしまったのだ。
「どうも。今日は良い天気ですね。」
「!?」
少女は、背後から声を掛けられる。
少女が恐る恐る振り向くと、そこには先程少女が目指していた奇妙な出で立ちの女の子が、少女に背を向けた状態で立っていた。
女の子は、少女よりもほんの少し年上程度だった。
「…随分とボロボロな格好ですね。」
女の子は、少女の服を見て少し残念そうに言う。
少女は女の子の方を向き、自分に今何が起こっているのかを懸命に理解しようとする。
「あ…あなたは……」
少女は、ほぼ一日振りに声を出す。
「私ですか?私の名前はティーミスって言います。貴女のお名前は?」
「…リレア…って言います…」
リレアはティーミスがどんな顔なのかを見てみようとするが、ティーミスの目元はフードによって隠されているし、言い知れぬ威圧感によってティーミスの事を直視する事すらままならなかった為、ティーミスの顔を見る事は出来なかった。
「…裸足ですか?」
ティーミスは、リレアの足を見てそう問う。
テント街の内外に関わらず、地面には雪が降り積もっている。
相当な事情でも無い限り、こんな場所をボロ布一枚で出歩くのは不自然だ。
「…うん…私…この服と私の身体以外…何も持ってないの…」
不意に、リレアの中の生存本能が、これは好機と判断する。
「…だから…お願いします…高貴なお方…この惨めな私めに…何かお恵みを…」
リレアは跪き、ティーミスに向かって物乞いをする。
地面には薄雪が積もっているし、リレアの服も身も傷だらけである。
リレアの関節が痙攣しているのを見ると、この場所での平伏は相当身体に応えているらしい。
そうまでしてリレアは、自身を守り、生永えさせたいのである。
裏を返せば、今のリレアには自分自身以外の守る物が何も無いのである。
「…」
ティーミスはリレアの今の姿を、何処か他人事で無い様に思う。
今のリレアのその姿が、あったかも知れない自身のの姿なのかも知れないと、ティーミスはそう感じる。
「…では、これを。」
ティーミスは、両手代程の麻袋いっぱいの貨幣を取り出しそれを少女に手渡す。
この剣闘大会の優勝賞金の、軽く三倍ほどの額である。
「…リレアさん。貴女はきっと私よりも強いです。…だからもし世界が憎くなっても、悪役にはならないで下さい。」
「………?」
リレアは礼と疑問符をティーミスに捧げようと顔を挙げるが、そこにはもうティーミスの姿は無かった。
代わりにティーミスの立っていた場所には、緑色の水晶片の様な物が落ちている。
リレアは、その水晶片を拾う。
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セーフポイントの検索を完了しました。
これより転移を開始します。
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次の瞬間リレアはその場から消失し、二度とこの場所に戻って来る事は無かった。