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デッドショウ

ポーション貿易路中継地点の街、テロエ。

商店や住宅が混在し、数世紀前までは何処の国にも属さない街として多国間の貿易を支え続けてきた。

が、ある年より此処はケーリンデ帝国の領土となった。


「ほら。此処が君の言う、人の多い場所だよ。」


剣士はシュレアに、雑多な人込みを見据えながらそう告げる。

魔器使いはすっかりシュレアに対しての警戒を解き、女戦士は半ば敵対を諦めたかの様にシュレアと接している。


「まぁ♪本当ですわ♪…美味しそうな人間が、沢山居ますわ♪キュフフ♪」


シュレアの目には一瞬吸血鬼としての本能が浮かび上がったが、直ぐにシュレアは本来の目的を思い出す。


「すみません、人間の大好物の、新鮮な情報を手に入れるにはどうすれば良いでしょうか?」


シュレアは、女戦士にそう問う。


「新鮮な情報?そりゃオレだったら新聞を買うな。」


「シンブン?虫か何かですの?」


女戦士は、遠巻きに見える雑貨屋の方を指差す。


「あそこで売ってる。新聞ってのは、冒険者協会が発行してる…まあ、色んな場所で起こってる色んな出来事が書いてある紙束だな。」


「キィ…人間とは不思議な方法で情報を手に入れるんですのね。」


「ああ。お前の言う通り、人間にとって情報ってのは、金出してでも買う価値がある物なのさ。」


「キィ…情報を、お金で…」


シュレアは困り果てる、

シュレアには、手持ちが無かったのである。


「お金…」


魔器使いが、シュレアに声を掛ける。


「もしかして人間のお金が無いの?だったら…」


魔器使いはポシェットから小銭を一掴み取り出し、鉄貨一枚と木貨二枚をシュレアに差し出す。


「はい。これ、戦闘支援料…だったら、あまりにも安過ぎるかな…」


「これは…」


「この街での新聞の値段。その…」


シュレアは、体温の無い身体で魔器使いを抱き締める。


「本当に、ありがとうございますわ!」


「……!」


その光景を見た女戦士は軽く顔をしかめたが、やがて呆れた様にその顔から力を抜く。


「…君。」


「キィ?」


シュレアは、剣士に呼び止められる。


「最後に、君の名前を教えてくれないか?」


シュレアは少し考えた後、溌剌とした声色で答える。


「わたくしの名前はシュレア=ロードハート。ただのしがない吸血鬼…?ですわ♪」


「俺の名前はキルモ。そこのでかい女はグリウぺ。そして、」


「ぼ…僕の名前はゼレイ!道具使いのエリート職、魔器使いさ!」


「キルモ様に、グリウぺ様、そしてゼレイ様。顔も名前も匂いも、全部覚えましたわよ♪」


シュレアの周囲に、黒色の靄が出現し始める。


「短い間でしたが、凄く素敵な旅でしたわ♪では、またいつかお会いしましょう。」


シュレアの体は黒色の蝙蝠の群れへと変わり、蝙蝠の群れは散り散りに飛び去って行く。


「シュレアさん…」


ゼレイは心此処に在らずと言った状態でシュレアの居た場所をぼんやりと眺め、グリウぺはそんなゼレイの様子を呆れた様子で眺める。

出会いと別れの余韻の最中、不意に剣士の脳裏に、いつ取り込んだとも知れない記憶が蘇る。


「…あのさ、吸血鬼って日光ダメじゃ無かったっけ。」


「「……え?」」






テロエ街の商店街にある、しがない雑貨店の中。

いつも通りの古ぼけ閑散とした店内で、中年男性の店主は今日もカウンターで居眠りをしていた。


“…キキ……”


「…あん?何だよ…さてはまた米盗りネズミが来たな?」


微かな動物の鳴き声を聞き取り、店主はカウンターの下に隠していたボウガンを手に取り咳を立とうとする。

次の瞬間、カウンターの前に無数の蝙蝠が集結し、蝙蝠の群れは一人の少女に姿を変える。


「のあ!?」


「もしもし。シンブンお一つ下さいな。」


「あ…て、店内では魔法禁止だって書いてあるだろ!…客か?」


「シンブンお一つ下さいな。」


「新聞?お前、新聞が欲しいのか?」


「ええ。シンブンお一つ下さいな。」


そう言ってシュレアは、ゼレイから貰った三枚の貨幣をカウンターの上に出す。

きっかり、この店での新聞の値段である。


「お嬢さん…本当に新聞だけ買いに来たんだな。」


店主は不思議そうに首を傾げるも、客の注文通り新聞を一つ取り出す。


「毎度あり。本当に、新聞だけかい?」


「ええ。わたくしは、人間の大好物である新鮮な情報を手に入れるために此処まで来たんですの。」


「そうか。…全く、魔族の考えることは分かんねえな…」


シュレアは嬉しそうに新聞を受け取る。

その直後、シュレアの体は黒い靄のように散り、その場からは跡形も無く消えてしまう。


「…全く変な奴だぜ。新聞なんて、誰かが読み終わったやつがその辺に転がってるってのによ。」



◇◇◇



「………っ」


少女は震えながら、拾った大盾に身を隠しコロシアムの様子を眺めている。

コロシアムで戦う奴隷たちの数は減り、戦闘経験のある者や戦闘系スキルのある者が、戦場の中心付近で乱闘を繰り広げていた。

どうせ少女は死ぬ。

あの乱闘から生還してきた最後の一人に殺されるのだ。


「………」


少女は恐心の中での観戦を辞め、残りの命を人生について考える時間にする事にした。


「………」


少女は寝転がり、自身の上に大盾を被せる。

こうすれば外側からは、ただの地面に落ちた大盾にしか見えない。

そんな決死の擬態ですら、今のこの状況では僅かな時間稼ぎにしか成らない。

それでも良かった。

一秒でも長く鼓動を止めずに居られるのなら、それで良かった。



少女はかつて、フィフィと言う国に仕える異国の魔導士の娘として生まれた。

王宮魔導士の給付は国に仕える者の中では誰よりも高く、少女は王室の様な環境で育った。

ただある日、たった一日で、少女の人生は急変した。

少女はあの日、国に何が起こったのかは知らない。

余りにも急激に、全てが変わったのだ。


国王が何者かに殺され、フィフィはたった一日でその栄華に幕を閉じた。

少女の父の行方が分からなくなり、少女は母とともに、馬車一つで隣国へと逃亡した。

ただ逃亡先の暮らしは酷く劣悪で、更に少女には、有望な魔道系先天性スキルを持った弟も居る。

そうしてある日、無能者の少女は母の手によって奴隷商へと売られた。


「………」


檻の中で、鉱山の洞窟の中で、輸送の為の鳥籠の中で、いずれ剥がされる巨盾の中で。

少女は幾度と無く思った。

もしも自分にも、スキルがあれば。

弟よりも良いスキルがあれば。

こんな思いをしなくて、こんな人生を歩まずに済んだのにと。


「…………」


少女は分かっている。

その場合、代わりに弟がこの運命を辿る事くらい。

いや、弟は少女とそう年は離れていないし、少女よりも力が強い。

もしかすれば弟ならば、あの鉱山での仕事をしっかりこなす事が出来、もしかすれば役立たずとしてこんな場所には売られなかったかも知れない。

巨盾の中は、少女の虚しい妄想で満たされる。


「………」


不意に少女は思い立つ。

ならばせめて、誰にも邪魔されないこの盾の中で、幸せな妄想で満たそうか。


少女は目を閉じて、即席の暗闇の中に入り込む。

瞳の裏の漆黒に、少女は様々な夢想を描く。

自身が何処かの国の女王になる夢。幸せな家庭で幸せな一生を送る夢。一流冒険者としてその名を馳せる夢。

想い想いの幸せな妄想。

少女以外の存在から見ればそれは所詮はただの妄想だったが、間も無く死を迎える少女にとっては、現実でも妄想でもあまり変わらなかった。


不意に、少女を守っていた巨盾が退けられる。


「…お前か。良く生き残ってたな。」


「…………」


少女は日の光に目を慣らす様に、少しづつその目を開ける。

少女の目には、少女の事を上から覗き込む刀を持った青年が写る。


「…………」


少女は立ち上がり、青年の前に立ち、顎を軽く上げ首を差し出すポーズをとる。

少女はもう、妄想と妄想の齎す幸せによって満足した。

もう悔いは無い。


「一撃で、お願い。」


少女は久々に声を出す。

少女の目の前に迫る運命は、少女を死の恐怖や未来への不安から解き放った。

少女の目は、どこか虚ろに青年の顔を見上げている。


「…怖く無いんか?」


「うん。もう平気。だって私が奴隷になったから、私の弟が幸せになるんだもん。」


「………」


青年は元々強盗団の幹部だった。

青年は囚人になるまでに、罪無き人間を沢山殺した。

青年は、そんな自分の命と目の前の少女を天秤に乗せる。


「…分かった。」


青年は刀を振り上げる。

少女は少し微笑みながら、ゆっくりと目を閉じる。


ズシャリ!


青年の刀が、肉を切り割く音がする。


(…死というのは、思ったよりも痛く無い…あれ?)


不思議に思った少女は、再び瞼を上げる。

少女の目には、自分の刀を自分の腹に突き刺す青年の姿が映る。


「……え?」


少女も観客も目の前の出来事に絶句するが、観客だけは再び熱狂を取り戻す。

血と死さえ見られれば、観客にとっては奴隷同士の勝負の展開など二の次なのである。


「…これで君は…剣闘大会の正式な参加者だ…」


「え…?どうして…お兄さんが…」


「…俺なんかより、君の方がよっぽど生きる価値があるって、俺が判断したからだ。…これで君は正式な参加者。参加を辞退すれば…君はもう自由の身さ…」


青年の身体が、ゆっくりと崩れ堕ちていく。


「…願わくば…君にまともな人生が…あれば……良いな……」


青年は少女の傍にうつ伏せで倒れ、そのまま冷たい骸に変わる。


「……………」


少女はただ、呆然と立ち尽くす。

コロシアムで巻き起こった小さな劇に、観客からは溢れんばかりの拍手がコロシアムに向かって送られる。

奴隷の死など、その裏にどんな背景があろうとも、観客にとってはただの死という名前の見世物でしか無かった。

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