自発的使い魔
平野の真ん中を、三人の冒険者が歩いている。
彼らはダンジョンの攻略を終え、直近の人里であるテロエ街と言う場所へと向かっていた。
「しかし、何だったんだあの期間は。めっきりダンジョン攻略の依頼が減ってよ。」
およそ17歳程の青年の剣士が、後ろを行く仲間に話題を持ち掛ける。
「あー確か、咎人とか言う奴が、雑魚ダンジョンを湧いたそばから潰してたらしいぜ。確か。」
青年の問いに最初に答えたのは、ガタイの良い粗暴な女戦士だった。
「咎人?ソロジャーニーか何か?…だったら案外、何処かで死んじゃってたりしてね。」
顔面の殆どをネックウォーマーで隠した、魔器使いの青年が面白おかしそうに話す。
「ただ実際、上級組までの連中にはかなりキツかったらしいぜ?あの出来事をキッカケに、下の方の冒険者がわんさか辞めたとか。」
粗暴な女戦士は自身の知見を述べた後、顔をしわくちゃにさせ笑いながら告げる。
「ま、超級潜れるオレたちにゃ関係無い話だけどな!」
上級のダンジョンを攻略出来るパーティは全体の約5割だと言われているが、超級になった途端に一気に1割程にまで絞られる。
そしてそんな超級のダンジョンの程どは軍勢のみでは片付けられなかった故に、ティーミスも超級以上のダンジョンは止む無く無視する事となったのである。
「…ん?」
ふと、剣士は足を止める。
そんな剣士の動作に、仲間も無意識の内に同調する。
「おい、急にどうした…あん?」
剣士の視線を辿り、女戦士も状況を理解する。
遠くの方にポツンと立つ、一人の人影がある。
人影が彫像の様に動かなかった為、青年は多少警戒しつつも再び歩みを進める。
その人影との距離が縮まれば縮まる程、その人影の不自然さも増大してゆく。
華やかな長いツインテール。魔物なども出没する平原の真ん中には明らかに似つかわしく無い、豪勢なゴシックロリータドレス。黒い日傘。そして、背中から生える一対の大きな蝙蝠型の翼。
「うっわ…魔族じゃん…」
魔器使いが、目元しか出ていない顔をしかめながらそう呟く。
「落ち着け。種族差別は良くないぞ。」
剣士は魔器使いを軽く叱責するも、その警戒を緩める事は無い。
剣士にもまた、魔族は危険で悍ましい物と言う偏見が根付いているのである。
実際魔族の中には本当にそう言う個体も居るが、それは人間でも同じ事が言える。
「…もしもし。有翼のお嬢さん。道に迷いましたか?」
「キィ?」
シュレアは始め彼らを何か別な動物かと思ったが、良く見れば人間だった。
ティーミスと同じ種類の生き物、人間だった。
「…貴方達は人間ですのよね。でしたら…」
シュレアは剣士の方へと駆け寄り、部分鎧で覆われたその両肩をがしりと掴む。
「初めまして!わたくしを、もっと人間が沢山居る場所に案内して下さいまし!」
「な…!?」
シュレアその顔を、文字通り剣士の目と鼻の先にまで近づける物だから当然剣士も困惑する。
「うわ…あの…えっと…」
不意に女戦士の大きな腕が、剣士からシュレアを引き剥がす。
「あんた、魔族だろ?人の多い場所に行って何をするつもりなんだい?…それともう一つ。」
女戦士は、シュレアの襟を掴みシュレアを片手で持ち上げる。
「ただの常識知らずなのかそう言う習性なのかは知らねえが、あんまオレの前でそう言う態度を取るのはやめてくれねえか?…初対面早々に色仕掛けとか気持ちわりんだよ。」
「キィ?」
シュレアはただ、首を傾げるのみである。
この人間の言う色仕掛けとは、一体何を指す言葉なのだろうかと。
「…で、何で人の多い場所に行きたがってんだ?返答次第じゃ、オレ達もアンタを無視出来なくなるんでな。」
「別に深い意味はありませんのよ?わたくしはただ、愛すべきテ…人間の御主人様の為に、人間の大好きな物を手に入れたいだけで御座いますの。」
「人間の大好きな物…?」
女戦士はシュレアを睨みながら、シュレアの言葉の解釈を始める。
人間の大好きな物と聞いて先ず真っ先に思い浮かぶのは勿論、金だ。
たがしかし相手は魔族、より人間としての種を見ての発言である可能性もある。
だとするならば、大好きと言うよりも人間には無くてはならない物を指している可能性も高い。水か、食物か、血か、命か、魂か。
「…なんだ、その“大好きな物”って。」
「ん?貴女がたがいっつも食べている…」
と、女戦士とシュレアの会話を、魔器使いが唐突に遮る。
「しっ。静かに。」
女戦士は、先程のやりとりがまるで嘘だったかの様に、シュレアを離し、瞬時に剣士の後ろに回り、戦闘態勢に入る。
魔器使いはその小さなポシェットから、腕ほどの長さの音叉を取り出し指で弾き鳴らす。
音叉は振動を開始する。
剣士と女戦士にとってその音叉の奏でる音は無音であり、シュレアにとっては不快な超低音であり、魔器使いにとっては超広範囲を探知する目である。
「…おかしいと思った。これだけ騒いでいて、ウルフの一匹も湧いてこないなんて…」
魔器使いは腕ほどの長さの音叉を、明らかにサイズの合わない小さなポシェットの中に収納する。
「来る。前方に。でかい奴。」
次の瞬間魔器使いが指し示した地面が割れ、地中から巨大な生物が出現する。
岩そのものを連想させる分厚い皮膚。大地を固めて作られたかの様な、大爪を備えた巨大な腕。山脈の縮図の様に生え揃った牙。明らかにその図体とは符合しない、枯れ葉の様な頼り無い翼。
「…【岩竜 ロックディザスター】。第九等級のドラゴンだ。」
「…!」
剣士は慌てて手帳に目を走らせるが、この場所が竜の領域だとは何処にも書いていない。
「…最近増えたよな。こう言う無秩序型ドラゴン。」
女戦士が忌々しそうに呟く。
「咎人の仕業…と言うか、咎人の影響らしいよ。噂によれば。」
魔器使いが、いつもと変わらぬ気怠そうな口調で応答する。
杖を持つその手には、冷や汗が滲んでいる。
「…大丈夫だ。俺たちだったら倒せるさ。」
剣士は冷静に敵の動きを観察しながら、仲間を鼓舞する為の台詞を吐く。
「…で、君はどうすんの?逃げるの?戦うの?」
魔器使いが、シュレアにそんな質問を投げ掛ける。
例えシュレアが邪悪な魔族だろうが善良な魔族だろうが、絶対的な力であるドラゴンの前では関係無い。
「…キィ…」
幾らシュレアと言えど、ドラゴンが相手では流石に余裕では居られない。
ましてや、“人間三人を庇いながら”ではさらに分が悪い。
「キィ!」
知恵の輪と同じ。
発想を変えれば良い。
「な…」
「突然身体が…」
「テッメェ…なんかしやがったな!」
三人はシュレアの魅了の鎖によって拘束される。
折角のおつかいの第一歩を、ドラゴンに喰われるわけにはいかないのだ。
「…《狂き好き劇》。」
シュレアの指先から三人に向けて、赤色の糸状のオーラが伸びる。
赤色の糸は三人の関節部に繋がると、程なくしてその糸は消え去る。否、実際にはそこに存在し続けているが、目視は出来なくなる。
「…動ける…お前、ドラゴンの前でさっきから何なん…」
女戦士の台詞もそっちのけで、シュレアのボルテージは上がっていく。
「わたくしの指の奏べに従い、全員が死なぬ為に踊って下さいまし!キュフフフフ!」
シュレアは空中に座ると、三人の冒険者の操作を開始する。
否、操作と言うよりも、効果としては三人へのバフに近い。
操作対象の速度と力を向上させ、動作によって生じる疲労をシュレアが全て肩代わりすると言う物である。
「キュフフ…キュフフフフ♪」
ただ従属者となった今、ダメージで動けなくなる事はあっても疲労の概念は無い。
岩竜がその両腕を地面に叩きつけると、地面からは巨大で鋭利な石柱が突き出して来る。
「“飛んで。”」
シュレアが右手の中指をくいと動かすと、三人は10m程飛翔し岩竜の上をとる。
シュレアが三人を跳躍させた訳では無い。
三人が回避の為にその足を地から離すと予測し、糸を上へと引いたのだ。
「そいつは頭の装甲さえなければ雑魚ですわ♪何方か、自信のある方は居ますか?」
シュレアの人形劇はまだ、始まったばかりだ。




