不要不急の外出の決意
ユミトメザルの城。
主座の間。
「ぐるるるる…」
ピスティナは牙を剥き出しにしながら、シュレアに覆い被さる様に襲い掛かっている。
「キィ!?キィ!?」
「貴様…軍備品に手を出すとは良い度胸だなぁぁぁ!」
「軍備!?窃盗!?」
シュレアはピスティナの腹を蹴り上げ、ピスティナは後方まで吹き飛ばされる。
「キィ…」
「ぐるる…」
そんな二人の様子を、ティーミスは物思いに耽りながらぼんやりと眺めている。
ティーミスには、ピスティナを召喚した覚えが無い。
ユミトメザルの防壁の内側に限り、従属者が勝手に出現すると言った出来事が頻発するのである。
ティーミスはそのことについて、自身を納得させる答えを探しているのだ。
「キィ…」
シュレアはその手に、真紅の槍を出現させる。
それを見たピスティナも周囲に短刀を出現させる。
両者戦闘体勢である。
「キィ!キィィ!」
「ぐるる…」
先手を打ったのはピスティナ。
無数の短刀を、シュレアに向けて一斉に射出したのである。
キン!キン!ガガガガガガガガガ!
機関銃の如く連打されるピスティナの短刀をシュレアは紅槍で弾き続けるが、猛攻に押されシュレアは次第に後退して行く。
「キィ…」
シュレアは片手を壁に付けると、そのまま壁の中に解ける様に消えて行く。
「…にぇ?」
それを見たティーミスは首を傾げるが、ピスティナは当たり前の様にシュレアの消えた壁に向かって駆け出し、そのままピスティナも壁の中へと吸い込まれる。
ティーミスは慌てて椅子から立ち上がり、ピスティナ達が消えた壁の方へと駆け寄る。
ティーミスはその壁を叩いたりさすったりしてみたが、ティーミスにとってはそれがただの壁であると言う情報以外は得られなかった。
ガシャン!
「にゃ!?」
ガラス窓をぶち破り、シュレアが外から主座の間へと飛び込んで来る。
そしてシュレアを追う様に、外からピスティナも入って来る。
ピスティナの姿勢から見るに、どうやら地面からこの最上階まで跳躍で飛んで来たらしい。
「ぐるる…がう!」
ピスティナは飛び付いて来るが、シュレアはそれを手に持っていた紅色の槍で受け止める。
「キィ…何なのよこいつ!」
「それはぁ私の物ぁぁぁ!」
ティーミスは、揉み合っている二人に向けて両手をかざす。
ピスティナの全身に黒い鎖の呪印が走り、ピスティナはその体勢のままピクリとも動かなくなる。
「…ぐるる…」
「ごめんなさい。ピスティナちゃん。一旦兵舎まで戻って下さい。」
ティーミスがそう命じると、ピスティナの身体はそのまま床に沈む。
その光景を見て、ティーミスはとある結論を導き出す。
「…もしや、ユミトメザルと言う土地そのものが、私の一部…と言う事ですか…」
土地そのものがティーミスの所有物。
つまり、ユミトメザルの何処からでも兵舎と繋がるのである。
そして恐らくは、従属者自身の意思さえあれば、いつでも兵舎への出入りが可能と言う事だ。
「…成る程。」
ならば激昂したピスティナが突然現れた原因も、何と無く察しが付く。
彼女はただ、自身の見つけたメイド服を纏っているシュレアに嫉妬か、或いは怒りを抱いたのであろう。
「…ピスティナちゃんには悪い事をしました…」
ティーミスはしゅんと肩をすくなせ、椅子まで戻り座面の上で体育座りをする。
ティーミスは落ち込んでしまった。
「…キィ…」
ティーミスのその様子に、シュレアも少なからず責任を感じる。
元はと言えば自分が、はしゃいで血と酒で服を汚してしまったのが一連の原因であると、シュレアはそんな責任を感じる。
何かお詫びがしたいが、ティーミスが何をすれば喜んでくれるのかがシュレアには解らない。
シュレアは魔族、人間に関する知識に乏しいのである。
「…キィ!」
不意にシュレアは閃く。
ならば、人間に関して詳しい者を頼れば良いのではと。
先ずはティーミス本人に直接聞こうかと考えたが、それでは少々気まずい。しかしピスティナとか言う軍人のゾンビとは、今まで一度も会話が成立した事が無い。
残ったのは、
「…キィ?」
頼れそうなのは、あの地蔵の様なドラゴニュートだけである。
しかし彼女に関しては、今のところは唸り声しか聞いた事が無い。
がそれでも、シュレアよりも何千倍かは年上の筈である。
試すだけの価値はあった。
(…確かいつも、この城の屋根の上か使用人部屋に居た筈…)
シュレアは武器をしまって立ち上がり、主座の間を歩いて後にする。
兵舎を経由して移動する事も一応は可能ではあるが、兵舎からではユミトメザルの何処に出るか解らないのである。
故に決まった目的地がある場合は、移動方法としては適さない、
(しかし、本当に立派なお城ですの。わたくしのお屋敷“だった場所”よりもずっと広いですわ。…このお城も、ティーミス様が征服された物なのですのよね…)
シュレアはティーミスについてのあれこれを考えながら、城の階段をひたすら下へ下へと降りて行く。
そうしてやがて、シュレアは一番下の階の片隅にある使用人室の前まで辿り着く。
「…キィ?」
使用人室と廊下を繋ぐ扉が、周囲の壁諸共完全に凍り付いている。
シュレアは扉を開けようとドアノブに手を掛けるが、当然扉はビクともしない。
「…キィ…」
付近にあった松明で暖めてみるものの、ドアに纏わり付いた氷は水の一滴も零さない。
斯くなる上は、手段は一つである。
「覚悟しなさい!かっちんかちんのオーク材のドアめ!」
シュレアは両手に紅色の大剣を出現させると、凍り付いたドアに向けて乱撃を繰り出す。
最初は無傷だった氷にも次第に傷が入り始め、やがて氷はドアの大部分諸共砕け散る。
「キィ…キィ…ヒィ…」
シュレアはぼんやりと空いたドアの取っ手に手を掛け、ゆっくりと引き開ける。
シュレアを最初に出迎えたのは、常人には耐えられない程の熱気だった。
「キィ!?」
シュレアは顔の前に腕を掲げながら、熱風に争い部屋の中に入って行く。
砕けて付近に散らばっていた氷は、一瞬で水蒸気になった。
「キィ!」
シュレアが、熱風の中心に向かって鳴き声を一つ投げ掛ける。
先程までの熱風が嘘の様に一瞬で止まり、先程まで火の海と化してた室内の炎は一つ残らず鎮火する。
使用人室に据え付けられた沢山の二段ベッドのうちの一つの下の段で、カーディスガンドが自身の体を丸く折り畳んだ状態で休んでいた。
と言うよりはユミトメザルが出来てから、カーディスガンドはずっとこの状態である。
「…グルルル……」
カーディガンドは不機嫌そうな唸り声をあげながら、来客の為に数日振りにその身を起こす。
「…その、起こしてしまい申し訳ございませんでしたの。」
「グル…」
シュレアは、カーディガンドの休む二段ベッドの付近にあった、別なベッドの上に腰掛ける。
「…その、貴女はわたくしの何倍も長く生きていらっしゃったにですのよね。…その、人間について少し教えて頂きたいなぁ…と。」
「それはひゅーまん…?…それともジンルイ?」
「…ん?人間って二種類も居るんですの?」
「チガう。…いや、あるいみセイカイか。」
「その、ティーミス様を喜ばせるにはどうすれば良いのでしょうか!」
「…ヒトはジョウホウをクうイキモノだ…シンセンなヤツならモっとイイ…てぃーみすがどうかはシらないが。」
カーディスガンドはそれだけ言うと、再びベッドの上で丸くなってしまう。
シュレアは何度か声を掛けたが、カーディスガンドはもう何も応答する事は無かった。
「その、ありがとうございましたの!」
すっかり“生え変わった”ドアを開け。シュレアは使用人室を後にする。
(…新鮮な情報…一体どうすれば…いっそわたくしが作るのは…流石にダメでしょうね。)
ふとシュレアは、窓からユミトメザルの黒い防壁を眺める。
こんな壁に囲まれていては、外の世界がどうなっているのかも解らない。
(…別に、無断外出が駄目とかは無かった筈ですの、…ただ…)
自分が死ねばティーミスも死ぬ。自分が無断で外に出れば、ティーミスが外に出たも同義。
かえって厄介毎を増やしてしまうかもしれない中、果たして実行すべきか。
「…キィ!」
否、愛する君主の為、己が責任の為、絶対に成功させるべきである。
絶対にティーミスの為に新鮮な情報を手に入れて来ると、シュレアはそう決意した。