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とある奴隷の災難

薄暗い土壁の牢屋の中。

少女の朝は、鞭の音で始まった。


「……」


少女は鞭に引っ立てられるままに、無言で立ち上がる。


少女の名前はリリラ。

とある国の王女として産まれた彼女は、国が滅んだ今は奴隷として、至極惨めな暮らしを送っていた。

ボサボサに伸びきった紺色の長い髪。同じく夜海の様な紺色の瞳。少女の持つ唯一の財産は、最早ボロ切れの様な状態になった、布一枚で作られた茶色いワンピースが一枚だけである。

少女は朝早くに叩き起こされ、たった一食の食事の為に次の日の朝まで重労働をこなし、半時間程の睡眠の後再び起こされる。

そんな生活をもう随分と長い間しているものだから、少女の心身は既にボロボロだった。


「ほらとっとと歩け!バラされて豚の餌にされたく無ければな!」


「………」


少女は何も言わずに、鎖の付いた首輪の引っ張られる方向へと歩みを進める。

別に喉を焼かれて声を奪われた訳でも、呪術によって自我を奪われた訳でも無い。

ただ、口を開いて良かった事が一つも起こらなかったから、自然と無口になったのである。


「……!」


少女の首筋を、生暖かい液体が伝う。

首輪には内側に棘が付いており、力がかかり過ぎると少女の皮膚に傷を開けてしまうのだ。

痛くて怖かったが、それでも少女は声を出さない。

叫びでもすれば、少女にはこれの数十倍は酷い事が待っているのである。


少女の住まわされている牢屋は、とある鉱山の麓にポツンと建てられている。

いつもならば首輪を引く主人の導きに従い、少女は自身の仕事場である鉱山へと歩いて向かう。

鉱山の仕事は、素手に裸足の年端も行かぬ少女には酷だったが、耐えるしか無かった。

でなければ少女は本当の役立たず、飢え死ぬのがオチである。


「……?」


しかし今日は、いつもとは違った。

少女はそのままより小さな檻に入れられ、他の荷物と一緒に馬車に詰め込まれたのだ。

馬車には、主人の所有する他の奴隷の姿もある。

ただ、今の少女にはどうでも良い事である。


「………」


少女は体育座りの様な体勢で折りたたまれ、ギリギリの大きさの檻の中で過ごしている。

鎖は無くとも棘の首輪は健在の為、少しでも力を抜くとまた血を流す羽目になる。

この後は何処に連れて行かれるのだろうか。

これから自分はどうなるのだろうか。

そう言った漠然とした不安が、心身共に疲れ果てている少女を襲う。

ただ此処では、馬車の音を聞いている事以外は何も出来無い。


「……!」


数分か、或いは数時間が経ち、馬車は不意に停止する。

少女は他の荷物と同じ様に運び出され、少女は竹製の格子の間から見える景色から、自分が何処に連れてこられたのかを理解する。

此処は、土魔法か何かによって作られたコロシアムの様な場所だ。


「良いんですか?こんな貧弱な奴を、あんな高値で…」


「こちらとしても、ああ言った奴隷は有難いのですよ。むしろお売り頂いて感謝しております。」


「おおそうか。…まあ、返品はお断りだ。」


「ごもっともです。ははは。」


主の会話を聞き、次の瞬間少女は絶望に落ちる。

少女は主人によって、何者かに売り飛ばされてしまったのである。


「………っ」


少女は、誰にも見つからない様に涙を流す。

終わりだ。

建築の際の人柱にされるか、何かしらの魔術の生贄にされるか、更に酷い環境での労働を強いられるか、酔狂な貴族の拷問相手にでもされるか、はたまた生きたままバラバラにされて豚の餌にされるか。

どちらにせよ、中古品の奴隷の命運などたかが知れている。


「……!?」


不意に少女は檻ごと持ち上げられ、格子からは随分と真面目そうな青年が少女の様子を覗き込む。


「やあ。君が確か、リラちゃんだっけ…あれ、レラだっけ…?まあ良いや。おいで。可愛い女の子は大歓迎だよ。…血生臭い舞台には、花の一くらいは必要だしさ。」


「………」


歓迎。可愛い。花。

そんなポジティブな言葉を掛けられたのは、少女は久し振りだった。

故に少女は、自身の未来に対してほんの微かな希望を持つ。


他の奴隷は荷車で運ばれたのに対し、少女はその青年の手によって直接控室まで運ばれた。

コロシアムの地下にある、格子に囲まれた暗くて巨大な、奴隷や囚人専用の控室に。


「ほら。付いたよ。みんなと仲良くしてあげてね。」


青年は檻を降ろすと、格子越しに檻の鍵を開け少女が出られる様にする。

首輪の鍵は、いつの間にか外れていた。


「………」


少女は、少しでも希望を抱いた自分をアホらしく思う。

結局少女を取り巻く状況は何も変わらない。

何も変わらなかった方が、まだ良かったのかも知れない。


「ん?…おい、あれ見ろよ。」


「…女だ…小さいが…女だ…」


大歓迎の真意を、少女は何と無く理解する。

彼らにとってこの少女は歓迎すべき相手だが、少女にとって此処は地獄でしか無かった。


少女は目を閉じて黙って運送用の小さな檻の中に引きこもるが、屈強な奴隷の腕によってすぐさま引っ張り出される。


「……ぐす……ひっく……」


少女は、自身の死に様を悟り涙する。

こんな事ならばとっとと飢えて死んでしまっていた方が、まだマシだったのでは無いかと。

数時間後、少女は野蛮で壮絶な責め苦の中で意識を失ったが、まだ死にはしなかった。



〜〜〜



トゥメイエの一角にある、とある安宿の一室。


“キエラ。お休み前の朝食が出来ましたよ。”


外骨格を纏っていないリテは台所から、焼きたてのホットケーキと暖かいココアを持って来て、簡素な丸テーブルの上に並べる。

その食卓には、就寝の為に下着姿になっているキエラがついていた。


「ありがとうございます。リテ。」


リテとキエラは既に、お互いを呼び捨てで呼び合える仲になっていた。


“こちら、今日の新聞です。何々…剣闘大会の為の…“


次の瞬間、リテは憤慨した様子でその新聞紙を真二つに破りくしゃくしゃに丸める。


“まさか…あんな野蛮で暴力的で無意味な娯楽が、まだ地上に蔓延って居たとは…!これだから人間と言う生き物は…”


「…どうしたんですの?」


“え…?いえ、その…少し予想外の事があっただけです。お気になさらずに。”


キエラは首を傾げつつも、出された朝食を全て平らげ寝支度の為に洗面室に入る。


“…全く人間と言う物は…生命を一体なんだと思ってる…”


リテはくしゃくしゃにした新聞紙を広げ、汚物を見る様な蔑んだ目で新聞の文字を辿る。

そこには、今度開かれる剣闘大会の情報が掲載されていた。


“出場者は…帝国騎士、冒険者、各国の兵団…そして…”


次の瞬間、リテは口元を抑えながら軽く嗚咽を漏らす。


“…奴隷…”


この世界の人類は、リテが思っている以上に何も進歩していなかった。



〜〜〜



ユミトメザルの城。

主座の間。


「キュフフ♪キュフフフフ♪」


ティーミスの座る椅子の前で、シュレアが嬉しそうにはしゃぎ回っている。

元の服は洗濯中の為、今のシュレアは件のメイド服を纏っている。

シュレアは、それが嬉しいのである。


「…やっぱりあの服、着用した方に応じて形状が変わるんですね。」


メイド服はピスティナにぴったりのサイズだが、ピスティナよりも小柄なシュレアにもぴったりのサイズである。

しかもシュレアが身につけた時に限りその背中部分には翼を出す為の穴が出現し、フリルの位置やスカートの丈等の細かな構造にも若干の差異が生まれている。

そして何より最大の変化は、胸部の構造である。

ピスティナの場合は豊満なバストを全体的に主張する様な造りや装飾なのに対し、シュレアの場合は胸部の主張と言うよりも、全体的なバランスを考えられた装飾の仕方となっている。


「随分と便利な魔法もあったんですね…」


「キィ?」


その時突如天井から、シュレアに向かってピスティナが飛び掛かってきた。

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