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異種混浴

「おかえりなさいませ!ティーミス様♪」


「………」


ユミトメザルの城。

玉座の間の扉を開けたティーミスは、身体中に血と酒を浴び異様な臭気を纏っているシュレアに出迎えられる。

ティーミスはシュレアには一言、“留守番をお願い”と告げただけであったが、どうにもこの吸血鬼は何か勘違いをしていたらしい。


「…何処で何をしてきたのかは知りませんが、取り敢えず一度綺麗にしましょう。」


「キィ?」


そう言うとティーミスは、背後にある二枚扉をトンと指で触れ、その左側を引き開ける。

扉の向こうは本来あるべき廊下では無く、廊下よりも大分広い別の場所になっていた。


「キィ!?」


立ち込め玉座の間まで溢れ出す熱気と湿気。魔法証明で明るく照らされ、石英によって豪華な装飾の施された室内。部屋の向こうには、石柱で囲われた、湯気の立ち上る巨大な浴槽がある。

玉座の間の扉はこの瞬間の間、城の地下にある大浴場に繋がっていた。


「行きますよ。」


その光景はシュレアにとって、シュレア=ロードハートとして産まれてから今の今まで見た事の無かった未知の風景である。

当然シュレアはたじろぐが、優しい主人の手に誘われて一歩踏み出す。


「…ん?」


丁度扉の真下の辺りで、今度はティーミスが立ち止まる。

シュレアを含めティーミスの創造物は、基本的には反液体物質であるブラッドプラスチックによって形成されている。


「すみません。その…」


ティーミスはそのブラッドプラスチックのイメージから、シュレアが水やお湯に溶けてしまうのでは無いかと不意に不安になって行く。

対して、当然シュレアにはそんな特性は無い。

シュレアはティーミスが、自分の事を待っているのではと思う。

ティーミスはシュレアの勇気を待っているのではと、そう誤認する。


(…良い、シュレア…貴女は気高きロードハート家の令嬢ですのよ…それにきっとあの部屋は安全な場所ですし、仮に危険だとしても今のわたくしには関係御座いませんわ…!)


シュレアは動く心臓の無い胸を抑えながら、歩み出しティーミスの前に出る。


「シュレアさん?」


「此処は一体何をする場所ですの?」


シュレアは明るい声色で、ティーミスにそう告げる。


「待って下さい。もしかしたら溶けちゃ…」


「キィ?」


不意にシュレアはティーミスの方を振り返り、足を滑らせ浴槽の中に転落する。


「…!」


ティーミスは慌てて浴槽の方まで駆け寄る。

シュレアは、ボコボコと気泡を上げながら、浴槽の水面から戸惑った様子で頭を出す。

シュレアの皮膚は水に溶けるどころか、不自然な程に水を弾いている。


「…いえ、何でもありません。」


ティーミスはほっと胸を撫で下ろし、右手の人差し指をくいと動かす。

シュレアは見えない力によって、ティーミスの傍まで引き上げられる。


「…かなり頑固な汚れみたいですね。」


シュレアの衣服は浴槽の湯によってびしょ濡れだったが、血と酒の汚れは殆ど落ちていない。


「キィ…」


シュレアの衣服と華やかなツインテールは水を大量に吸ってその重量を増し、シュレアはティーミスの足元で寝転がったまま動けずにいた。


「…仕方ないですね。」


ティーミスは、自身の纏っていた上着を脱ぐ。


「一緒に入りましょうか。シュレアさん。」


「キィ?」



〜〜〜



「…おかしいな。何だこれは…」


老槍兵は、手帳と実際の風景を見比べながらそう呟く。


「おい爺さん。こんな場所に本当に街があるのか?」


老槍兵に従った結果、一行は、ポツリと建つ石碑らしき物以外、殆ど何も無い平地に辿り着く。

老槍兵の持つ手帳によると、この場所がアトゥ植民区である。


「…此処が、アトゥだ。」


老槍兵は一言、明らかにおどつきながら傭兵に答える。


「はぁ!?これの何処が…待て、あそこに何か書いてあるぞ。」


傭兵は石碑の方を指差しそちらへと向かって行く。


「よせ、そう言う物には下手に近づいちゃ…」


傭兵は石碑の前で立ち止まる。


「…何だよ…これ…」


傭兵を追いかけて、老槍兵もその場所へ駆け寄る。


「どうした!やはり魔導系のモニュメントか…」


「いや。こりゃただの布の掛かった石だ…だから不気味なんだよ…」


石碑は、実に精巧に造られた代物だった。

書かれた文字は実に滑らかで、中心を縦に走る亀裂は完璧な直線を描いている。

少なくとも人間の常識では、石細工に精通した職人でも無ければこの様な石碑の建造は不可能である。

そして、そんな熟達した技術によって刻まれた文字は、実に不気味な物であった。


「“私の殺した全ての魂に、安寧と輪廻が在ります様に”…何なんだよ、これ…」


石碑に端的に刻まれた至極不気味でおどろおどろしい文章を、傭兵は動揺した声色で読み上げる。


「あのフィフィと言いこれと言い…一体この場所に何が居るってんだよ!」


老槍兵は、石碑から少し離れた場所に立つ人影を見つける。そして少しして、それが人では無く一体のギルティナイトであると言うことを理解する。

神出鬼没のギルティナイトが、一地点から動かない事自体が異常である。


「…わしらの理解が到底及ぶ事の無い、おぞましい何かじゃろうな。」


老槍兵は石碑に背を向け、傭兵にも出発を促す。


「まだアテは幾つか有る。…わしらが知らない間に人類が滅びてなければの話じゃが。」


「…あ…ああ。そうだな。…もう此処には居たく無い。」


未知と言う名前の畏怖に背中を突かれながら、傭兵と老槍兵はアトゥのあった場所を後にする。

帝国の鋼の隠蔽工作に、また二人分、否、三人分の綻びが生まれた。



〜〜〜



「キィ♪」


「………」


ティーミスは初めて、この大浴場に誰かと一緒に入った。

魔界には入浴と言う文化が無かった為、自身よりも体積の大きな液体に身を浸すのは、シュレアにとっては初めての経験である。


「………」


「キィ?」


ティーミスはシュレアの事をじいと見ながら、入浴が人体に齎す効能と、従属者の身体の構造についてを考えている。

従属者の身体は見た目こそ素の物と大差無いが、その体内には筋肉や脂肪、骨や臓器と言った区別は無く、均一なブラッドプラスチックによって構成されている。言うなればゴム人形の様な状態である。


「………」


ティーミスはふと、シュレアの頰を指でなぞってみる。

生物のそれとは程遠い、鞣され硬められた皮の様な、又は固形チーズの様な触り心地である。


「キィ…」


シュレアは、少し照れる。

シュレアはそれが、ティーミスなりの愛情表現か何かだと思ったのである。


「キィ!」


「にゃ?」


不意にシュレアは両腕を挙げ、その手でティーミスに抱き付く。

その衝撃で、ティーミスは浴槽へと沈められてしまう。


「ぶくぶくぶく…」


「キィ!」


ーーーーーーーーーー


以下のバフを獲得します。


【水耐性】

【窒息耐性】


ーーーーーーーーーー


ティーミスは手足をジタバタと動かすが、シュレアの抱擁は一層力強い物になって行く。


「…ぶく…」


やがてティーミスは窒息する事も御構い無しに、シュレアの愛情表現を受け入れる事にする。


(…何だか変な気分です。まるで、自分で自分を抱きしめている様な…いえ、それも何だか違う気が…)


幾ら従属者と言えど、ブラッドプラスチックがティーミスの身体の一部である事には変わり無い。

ティーミスの感じている違和感は、あくまでも普通の人間であるティーミスにとっては至極当然な物である。

それでももう、何でも良かった。


「…ぶくぶく…」


ティーミスは溺れながら、シュレアの滅茶苦茶な愛情を受け取る。

ティーミスはシュレアのそれが魔族式のスキンシップだと思っていたが、実際はシュレアの見よう見まねである。

ティーミスとシュレアには思想などの様々なすれ違いが有ったが、二人の奇妙な関係に関係は無かった。


「キィ?」


ティーミスは、シュレアの腕の中でいつの間にやら失神していた。

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