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宿る物

僅かに西に傾いた太陽が、当然の義務の様に大地を照らしている。

ダンジョンから戻ったティーミスは、アトゥ跡地の石碑の前に座っている。


「……」


ティーミスは、小箱を目の前にして迷っている。

果たしてこのダンジョン報酬は、自身が受け取るべき物なのだろうか。

鍵を使って入ったのはティーミスだが、ダンジョン自体を攻略したのはジッドである。

ダンジョンの報酬を、果たして鍵の交換物として捉えるべきか、鍵と努力の対価と捉えるべきか。

ティーミスは目を閉じて、そっと胸に手を当てる。


「…私もあの場所で、充分苦しみました。きっと、資格はありますよね。」


ティーミスは再び目を開け、胸に当てていた右手をそのまま小箱を伸ばす。

小箱を手に取り、蓋を外し放り投げ、中に入っている物を摘み上げる。


「…またポーションですか…」


小箱の中身は、青色の液体が少量入った、小さな菱形のガラス容器が入っていた。


ーーーーーーーーーー


【スキルポーション】


このポーションを使用する事ことで、スキルセット《冒涜の医学》を習得できます。

人道を無視した数々の実験の末に齎された、限り無く完璧に近い医学の知識です。


ーーーーーーーーーー


「…医学…」


果たして、自分にこの知識が必要なのだろうか。

ティーミスは不意にそんな考えにより、ポーションの蓋を開ける事を躊躇う。


「…でも、譲る相手なんて…居ません…」


これ以上寂しい思いをする前に、ティーミスは考える事を辞めポーションのキャップを開ける。

ティーミスは上を向き、口を開け、口の上で蓋の空いたポーションをひっくり返す。


「…ふごっふ!?」


不意にティーミスは咳き込み倒れ込む。

最初は変な飲み方をしたから気道にでも入ったのかと思ったが、やがてその原因が判明する。


「ぐ…ごっほ…ゲホ…」


いつか喉に流し込まれた、溶けたゴム様な味がする。

胃の底から嗚咽が込み上げるが、ティーミスはポーションを吐き出すまいと口を押さえ縮こまる。

ティーミスは必死にその苦痛から逃れようとするが、唾で希釈されたポーションの味が、口と喉に広がって行く。


「…はぁ…はぁ…胃袋が…気持ち悪い…です…」


ティーミスは自身の腹をさすりながら、よろよろと立ち上がる。


「…はぁ…」


耳鳴りがする程静かである。

ティーミスが此処で何をしようとも、何を得ようとも、此処は静かである。

ティーミスは自身の建てた石碑を二、三度撫でると、背後に空間の歪みを発生させる。


「…此処は少し、肌寒いですね…」


ティーミスはアイテムボックスから赤く分厚い布を一枚引っ張り出し、両断されたまま建っている石碑に被せる。


「…では、また。」


果たしてその石碑に、何か宿る物はあるのだろうか。

ティーミス自身にも、それは分からなかった。



〜〜〜



それを最初に発見したのは、空を飛ぶ鳥でも、野を駆ける狼でも無かった。


「…何だ?あれ…」


青空の下、防衛路を辿り酒を運ぶ馬車の騎手の少年だった。


「地図には無いよな…」


「どうした、坊主。」


少年の様子を見て、馬車の中に居た傭兵が顔を出す。


「あ、傭兵さん。あれ何だと思います?」


「ん?」


傭兵は、少年の指差す方に顔を向ける。

少年の指差す方には、黒塗りの城壁が聳え立っていた。


「あそこは確か、フィフィ王国とか言う場所で…」


「でも、国にしては何か変じゃ無いですか?その、ぞわぞわするって言うか…静か過ぎるって言うか…」


「…まあ確かに不気味だが…」


と、傭兵の背後、馬車の中から、しゃがれた声が聞こえて来る。


「フィフィ?あの国は確か、結構前に滅んじまったらしいぞ。」


傭兵が、少し驚いた様子で酒番に答える。


「滅んだ?それもどうして…政府が変わったとか?」


「いや、詳細は公表されて無いが確か、モンスターの襲撃に遭ったとかって話だぞ。」


「モンスター…?」


傭兵は馬車の中に戻ると、馬車の窓から再び、黒い城壁の方を見る。

威圧感を放つ黒い城壁には、戦乱の後どころか塗装の剥げ一つ見当たらない。


「…こりゃ、確かに変だな…」


唐突に、馬車は進行を止める。


「ん?どうした坊主。なんかあったか…って、あれ?」


傭兵は少年を様子を伺いに、もう一度馬車の前方の様子を伺う。

馬車の前方には、少年も、この馬車を引く馬も居なくなっている。


「…何処行った…?」


「キュフフ♪」


「!?」


馬車の上から、楽しげな少女の声が響く。

傭兵はふと上から気配を感じ、すぐさま剣を持ち外に飛び出す。

直後、馬車は上空からの紅槍の一撃で全壊する。


「な…何だ!?」


かつて馬車のあった場所には紅色の槍が突き刺さっており、その槍の柄の上には少女が一人腰掛けている。

少女の黒いゴシックロリータ装束には鮮血がべっとりとこべり付いており、その右手にはかつて騎手の少年の物であった右腕を持っている。


「お留守♪わたくしがお留守番ですの♪ねえ聞いて下さる?わたくしが門番ですの♪」


シュレアは嬉しそうに、見ず知らずの人間にそう話し掛ける。


「何だ…どうして陽の下に吸血鬼がおるんじゃ…」


酒番の男、否、酒番として雇われていた冒険者の老人が、傭兵の傍に現れる。


「爺さん!生きてたのか!」


「まあ、今の所はな…」


紺色の鎧を身に纏った若々しい青年の傭兵と、長くしなる白髪が其処彼処から垂れ下がっている老槍兵は肩を並べ、昼光を浴びる吸血鬼と対峙する。


「…爺さん、ありゃ一体…」


「間違い無え。あれがフィフィを襲ったっちゅうモンスターだ。」


情緒不安定な吸血鬼は天を見上げながら、ブツブツと譫言を呟いている。


「ティーミス様はわたくしを門番にしてくれましたの。でも、ユミトメザルには門が無い…ではやはり、手当たり次第にお掃除すべきですの♪」


シュレアは手に持っていた騎手の右腕をガツガツと喰らい平らげると、目の前の二人の戦士に興味を移す。


「まぁステキな殿方♪剥製にしちゃおうかしら♪」


「…完全にイカれてやがる…」


傭兵が、苦虫を噛み潰した様な形相でポツリと呟く。


「魔族と人間じゃ、根本的に価値感が違うのさ。」


老槍兵は、そんな傭兵の呟きに呼応する。


「ふふふ♪うふふふ♪舞いましょう踊りましょう♪…鮮血の彩る世界で!」


老槍兵は身構える。


「来るぞ!」


老槍兵の読みは外れる。


「…来た。来ましたわ…」


シュレアは、ユミトメザルの方に顔を向ける。


「お帰りなさいませ!ティーミス様!…ティーミス様が戻られたのでしたら、留守番は終わり。キュフフ♪」


そう言うと、シュレアの体は黒い霧に包まれた後、数匹の蝙蝠となってユミトメザルノの方へ飛び去って行く。


「…あれが何なのかは分からないが、少なくともわしらの手には負えないのは確かだ…」


老槍兵は、懐から一冊の手帳を取り出す。

手帳には、今回通る筈だった貿易路とその周辺の地図が記されていた。


「…此処から歩いて行ける場所に、アトゥ植民区と言う帝国領の街がある。一先ずはそこに向かおう。」


そう言うと老槍兵は、ポケットから植物の種を一粒取り出し地面へと落とす。

種はすぐさま芽吹き、異常な無い速さで成長していき、やがて太い茎を持つ蔦状の植物となる。

老槍兵はその植物の茎をナイフで切り裂き、中から一人の少年を取り出す。


「…!それはまさか…」


老槍兵は、植物の粘液で濡れる少年を布切れで拭きながら答える。


「【リザレクションシード】さ。まさかこんな所で使う事になるなんてな。」


老槍兵は少年を布で包み、そのまま背中におぶる。

少年は深い眠りに就いており、意識は無い。


蘇生系アイテムは、総じて国を揺るがす程の価値がある。

人の手によって作る事は出来ず、超高難易度ダンジョンから極稀に産出されるのみである。

そうして発見された蘇生系アイテムは、基本的には発見した冒険者から巨額の富と引き換えに冒険者協会が引き取り、蘇生アイテム専門の評議会が管理する。

つまるところ、流れ者の老人のポケットの中には、本来ならば決して存在し得ない筈の物だった。


「…爺さん…あんた一体…」


「それより早く出発するぞ。またあいつに目を付けられれば、一巻の終わりだからな。」


“復活キャンディの惨戦”以降、評議会以外の国や組織や個人が蘇生アイテムを所有する事は原則として禁止されている。

ましてや蘇生アイテムの使用に関しては、評議会ですら一年から五年は掛けて議論を行う。


「あ…あの…」


「心配せんで良い。どうせわしの老い先などたかが知れてる。…だが、こいつにはまだ先がある。出来ればじゃが、この事はわしら二人だけの秘密と言う事にしといてくれんか?」


「ええ。勿論ですとも。」


と、老人の背中で、少年が一つしゃっくりをする。


「…ん?」


不意に老人は、周囲の様子を見て納得する。

付近には馬車で運んでいた酒がぶちまけられており、【リザレクションシード】を植えた場所も例外では無かった。

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