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世界一時離脱

鑿に金槌が打ち付けられる音と、鑿が磨かれた石板の表面に溝を刻む音がする。

かつてアトゥがあった場所。今や何も無い平野と化した場所にて。

ティーミスはぎこちない手つきで、そこに建てた石碑に最後の1文字を刻んでいた。


「…ふぅ…」


ティーミスは、石碑に文字を全て刻み終える。

出来上がりを確かめるべくティーミスは立ち上がり、手製の石碑から数歩下がる。


「下手くそな字ですね…でも、どうせ誰も読まないでしょう。」


ティーミスの作った石碑には一言、簡潔な文章が刻まれている。


“どうか安らかに”


これはティーミスが、アトゥで散った人々に宛てた言葉だった。

ティーミスはアトゥ公国にどんな人々が居たかは、全員の名前までは知らない。

それでも、そんな人々がこの場所に存在したと言う事を、ティーミスは確かに覚えていた。


あの日道端で笑い掛けてくれたパン屋のお姉さん。毎朝犬の散歩の為に屋敷の前を通るお爺さん。貴族学校のクラスメイト。その両親。アトゥをより良い場所にしようと日々努力していた沢山の貴族達。そして、ティーミスの家族。

全員分の名前を書く事なんて到底出来無いけれど、それでもティーミスは、そんなアトゥ公国を悼みたいと思ったのだ、


「…っ…」


ティーミスは胸が、否、全身が締め付けられる心地がする、

ティーミスは自身の作った石碑の前で跪き、その小さな手で顔を覆う。


「…す…ぐす…」


猛毒の清らかな涙が、ティーミスの眼から溢れ落ちる。

ティーミスは二度と戻らない平穏と、そんな平穏を忘れていく自分に涙する。

もしも壊れれば、もう悲しみに苛まれる事は無いのだろうか。

復讐の末に恨みからは解放されても、きっと過去と悲しみは残り続ける。


「…どうして私なんですか…」


アトゥには、自分よりもずっと優れた人間が沢山居た筈である。

自分よりもずっと勇気のある人が。自分よりもずっと強い心を持っている人が。自分よりもずっと頭のいい人が。自分よりもずっと強い人が。

自分よりもずっと、良い人が。


「…お兄ちゃん…」


ティーミスは不意に、冷たい御影石の石碑にしがみ付く。


「…私…どうすれば良い…?ぐす…このままで…良いのかなぁ…」


石碑に向かって敬語を解いた瞬間、ティーミスの脳裏に様々な思い出が蘇ってくる。

楽しかった事が、辛かった事が、忘却と美化の霧を纏い蘇って来る。


「嫌だぁ!地獄になんて行きたく無いよぉ!…うわあああああああん!」


物言わぬ石碑の前で、ティーミスの心の蓋が久方振りに外れる。


「痛い事…もう我慢出来無い…疲れた…家に帰りたい…独りぼっちは嫌…寂しいよ…」


ティーミスは頭を抱え、体を縮こまらせ、怯えた様に痙攣しながら感情を際限無く吐き出して行く。

ティーミスの心はもう、とうの昔に壊れていた。

耐え切れない苦痛と恐怖と、抱え切れない悲しみと孤独と、背負え切れない罪と自己嫌悪によって。


「嫌だ…地獄になんて行きたくない……っ!ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!うわああああああああ!」


ティーミスはふと拳を振り上げると、出来立ての石碑を叩き壊してしまう。

数時間掛けて彫った文字諸共、石碑はただの無数の石片に変わる。


「あぁ…ああああああああ!」


絶叫とも号泣とも付かない声を挙げながら、ティーミスは膝から崩れ落ちる。

これがティーミスの、戦う理由だった。


故郷を滅ぼし、自らを苦しめ続けた帝国がただ怖くて。

消えて欲しいと願ってもそんな事は起こらぬ故に、自分で消す事にして、そして敵は増えていき。

自分に向けられら牙が、憎しみが、ティーミスは一つ残らず怖くて。

そうして塊となった恐怖が、いつもティーミスに背後から迫って来ており、ティーミスはそんな恐怖に突き動かされ悪の道へと逃げて行き、そうしてティーミスは孤独になった。


「…こんな私でも…強くなれる気がしたの…許して…」


最早石碑も存在しないその場所に、ティーミスは許しを乞う。

答えは無い。


「……」


ティーミスは、壊れたティーミスを再び心の奥底に押し込み蓋をする。

意味が無い事くらいは分かっている。

本質を隠す事は出来ても、変える事は出来無い。


「…だったら全部壊してやります。怖い物、全部。」


ティーミスは涙を腕で拭うと、アイテムウィンドウから御影石の塊をもう一つ地面に建てる。

真っ新な石面に、ティーミスはソウルドレインの剣を使って乱雑に文字を刻む。

幸いソウルドレインの切れ味によって、そこには鑿と金槌でやるよりもずっと滑らかな文字が刻まれた。


“私の殺した全ての魂に、安寧と輪廻が在ります様に。”


そして最後にティーミスは、石碑を一刀両断する。

石碑の中央には真っ直ぐと切断線が入るが、石碑自体が倒れる事は無い。

そしてティーミスは、真二つに両断された石碑を見てある事に気が付く。


「そう言えば最近、ダンジョンに入っていませんね。」


ティーミスはアイテムボックスに手を突っ込むと、銀色の鍵を一本取り出す。


ーーーーーーーーーー


【[水]ダンジョンキー】


ダンジョン[レヴィアタン国立病院]へと繋がる門を生成します。


ーーーーーーーーーー


「私だって…平和に生きたいんです…」


ティーミスは、石碑の前に現れた大きなスライド式ドアに向けてポツリと呟く。

ティーミスは軽く深呼吸をすると、出現したドアの向こうに消えていった。

しばしの間、この世界から消えて行った。



〜〜〜



「…あーあ。もうメチャクチャだな。」


ジッドは薄型の端末片手に、ティーミスの居る世界の何処とも付かない場所をうろついていた。

ジッドは“ビジネスパートナー”からのお叱りを受け、この世界への直接的な干渉は行っていなかった。

そして今日、定期観測の為に久々にこの世界へと足を踏み入れたのだ。


「逸脱率47.5%とか…まだ一年も経って無えんだぞ?チテンミ、お前はどう思う?」


端末からは、おっとりとした女性の声が帰って来る。


『成る程〜世界操作運命強度が高ければ高い程〜転生者の出現の影響を受けやすいみたいですね〜』


「せかい…何だって?」


『未来で起こる事がしっかりと決定している世界ほど〜転生者の出現の影響を受け易いと言う事ですよ〜』


「なーるほど。あれか、堅けりゃ硬いほど案外ひび割れ一本でぶっ壊れる、的な?」


『まぁ〜そんな感じですね〜。精巧に作られた時計ほど〜部品一個がおかしくなれば全部駄目になる〜的な〜』


「そうかそうか。あれか、上手い事書かれた絵ほど何処かが汚れれば…って、続きは後でやろう。」


ジッドはビジネスパートナーとの例え合戦を切り上げると、再び端末に目を落とす。

この世界は現在進行形で本来あるべき状態から離れ続けている事を示す様に、“逸脱率”の数字は上昇を続けている。

それと同時に、様々なデータを記録したグラフの作成が、着々と進んでいる。


「…なあ。ふと思ったんだけどよ。」


『どうかしましたか〜?』


「世界一個を使って大実験するなんて、俺たちかなりヤバいんじゃね?」


『そうですか〜?でも〜世界なんて幾らでも在りますし〜…』


「…それもそうだな。」


例えティーミスがどうなろうと、例えこの世界がどうなろうと、ジッド達にとっては其処に、データ以上の意味も価値も無かった。


『あまり考えても仕方無いですよ〜遅かれ早かれ、世界はどっち道いずれ滅びるんですから〜』


「俺達も、月千の連中もか?」


『娑雪様だって〜可能性はゼロでは有りませんよ〜この世に絶対は有りませんから〜』


「それもそうだな、…もうそろそろ次行くぞ。虫の一匹の視界にでも入ったらマズイんだろ?」


ジッドは端末の液晶パネルを軽く弄る。

次の瞬間、何の光も、衝撃も、音も無く、ジッドはこの世界から去る。

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