最低
「皆さまこちらに。天候のスリップダメージを回復します。《寄る辺》。」
ヒーラーが、戦闘中に使うには不向きの広範囲回復魔法を使用する。
弓兵は弓を下ろし、隊長が方々への連絡の為の鳩を手配している。
その雰囲気は、激しい戦闘の後の一時の安らぎの時間に見える。
「は…が…は…」
「…可哀想に。運命に苦しめられ、苛まれた哀れな少女よ…せめて、安らかに…」
隊長ではなく前衛部隊の剣士が、ティーミスの言う本当の良心を持ち合わせていたようだ。
しかし、意識のほぼ無い今のティーミスにはその言葉は届かない。
麻痺と運命に苦しむ少女に、慈悲と許しの一刀が、振り下ろされる。
ーーーーーーーーーー
一括習得が完了しました。
『傲慢相』
・《招集・「獣戦士、放火魔、踊り子、盾持ち、砲兵」》
・《軍師》×13
『色欲相』
・《女帝の尋問》
残りスキルポイント 0
ーーーーーーーーーー
ティーミスは浅い呼吸を必死に繰り返しながら、絞り出す様に呟く。
「…て…て…《招集【獣戦士】…!」
ーーーーーーーーーー
徴兵力 800/800→760/800
ーーーーーーーーーー
「ん?」
剣士の一刀は、大振りな紅色の手斧によって、カキンと言う音と共に弾かれる。
ティーミスの傍に、いつの間にやら大柄な兵士が立っていた。
岩石の様に張り出した筋肉を纏った、紅色の体。
腰と頭に黒い熊の毛皮を纏い、両手には紅色の大きな手斧。その目は、被った毛皮のクマの頭部によって隠されていたが、固く結んだ口は露わになっていた。
獣戦士は、ティーミスを守る様に前に出た。
「多少はやる様だが、兵士1人で一体…」
黒い炎を纏った斬撃が、剣士の持つ剣を溶かし折り、鋼鉄の胴当てに深々と傷を刻む。
ティーミスは黒い炎を纏う剣を杖代わりにしながら、よろよろと立ち上がる。
ーーーーーーーーーー
【憤怒の輝剣・ビスク=ツィーゼ】
かつて炎帝と呼ばれた大英雄が愛用していた、極炎の魔剣。
【焦土に燃ゆる命】分解から、ごく稀に入手可能。
攻撃力+1340
炎攻撃
防御力無視25%
ーーーーーーーーーー
「はああ…は…はああ…」
ティーミスは、麻痺が残り震える肺で、血の味のする空気を必死に吸い込む。
赤い反吐を吐こうが、頭から流血しようが、心臓を急かし、生を繋ぐ。
奪取した命を全て分解してしまったので、これがティーミスの最後の命だ。
ーーーーーーーーーー
体力 21
ーーーーーーーーーー
獣戦士が死ねば、ティーミスも供する事となる。
体力を回復するには、今の所《晩餐》の【招かれた客】のスティール効果と、《血の池の宴》の二種類。
《晩餐》では回復が遅く、そもそも攻撃がトロく追いつかない為、敵を倒す事でノーモーションで体力を回復する後者だけが頼みの綱である。
「まだ立ち上がるか…!なんと執念深い!隊長!」
「分かっている。元の隊列に戻れ!」
ヒーラーによって全快状態へと戻った騎士小隊。
対するは、瀕死の少女1人とたった一体の獣戦士。
「はー…しー…はー…」
呼吸するたび、ティーミスの肺に刺さった骨が痛む。激痛だ。
しかし、ティーミスは最早その精神力だけで立ち上がり、剣を構え、目の前の敵を滅さんとしている。
「図体がでかくたって所詮は…ぐっふぉ!?」
獣戦士の斧の柄が、前衛部隊の片方の槍兵の腹を突く。
槍兵の胴当てがベッコリと凹み、槍兵ははるか後方に吹き飛ばされた。
「ロッニ!大丈夫か!?…貴様…」
敵の弓兵がティーミスめがけて矢を放つが、それも獣戦士の肉壁と斧によって全て阻まれた。
「ホーリーブレ」
ズシャア!
振り下ろされた片手斧の片方が剣士に振り下ろされ、剣士はあえなく真っ二つに。
ーーーーーーーーーー
《招集・獣戦士》
消費徴兵力・1体/40
紅の双斧を手に戦う、あなたの獣戦士が召喚できます。
耐久力と攻撃力に優れ、前線部隊の要となる強力な兵士です。
歩兵部隊の先頭もよし、乱戦の最中に参陣させるもよし、獣戦士だけの部隊を作り、戦場を蹂躙するも良し。あなたの裁量が試される、強力な手札です。
ーーーーーーーーーー
ノシリ、ノシリと、獣戦士の巨大な足が地面をゆっくりと踏み締める。
ティーミスを庇うように周囲を警戒するその様は、子を守る親獣の様だった。
「エーリッヒ!」
「落ち着け!奴の動きは遅い!…俺が動きを止める!その間に魔法攻撃の準備を!」
「おお!…あいつ…許せねえ!」
レイピアを構えた隊長が、満を持して前線に立つ。
ティーミスの体力は、剣士の最大体力分の829回復したが、まだ交戦出来る状態でも無い。
「くっそぉ…よくも…」
「ロッニさん!今傷の手当てを…」
よろよろと歩く槍兵に駆け寄るヒーラーに向かって、獣戦士は手斧を片方投げる。
風を薙ぐ音とともに縦回転しながら、手斧はヒーラーめがけて飛んで行く。
「…!危な!」
庇うように前に出た槍兵と、その背後に居たヒーラーは、等しく縦に切り裂かれる。
血肉を纏った手斧が、木を三本貫通し、その奥にあった岩にめり込みようやく停止する。
「…!い…一旦体せ…」
次の瞬間、後方からばらけようとした敵の弓兵三人の頭を、飛来するもう片方の手斧が一直線に砕く。
獣戦士はその性質上、防御力の無視や魔法攻撃を不得手とするが、今回は運よく騎士たちがそれに気が付く前に戦況を好転できた。
「なあ!?…おのれぇ…おのれええええええ!!!」
魔法兵が杖を振り上げ、魔法陣を展開していく。
「今まで、よく頑張りましたね。ベルセルク。…最後の仕事、頼めますか?」
獣戦士に自我は無く、完全なティーミスの傀儡である。
ティーミスはそれを知ってなお、その命の恩人に声を掛ける。
当然、獣戦士は何も答えないまま、詠唱を始める魔導士に素手で突撃していった。
「《血の池の宴》」
ティーミスは、血濡れた自己回復をする。余剰は出さずに、全回復のみで済ませた。
(さっきの魔導士の攻撃を受けなんとなく分かりました。
エクストラHPとやらには、私の防御力が反映されないみたいですね。…何か特別な事が起こらない限り、攻撃を受けたその都度回復した方が良さそうです。)
エクストラHPが受ける攻撃に痛みは無いが、この方法ではその恩恵が無い。
それは即ち、戦いの中で生じる全ての痛みを受け入れるという手段だが、ティーミスもそれは重々理解していた。
「ま…待て!今俺を殺せば…ぎゃあ!?」
詠唱途中の魔道士の首を、獣戦士は片手でべキリと折る。
魔道士の周囲に集結していた魔力が行き場を失い、魔道士の持っていた杖がパラパラと不安定な閃光を放ち始める。
「へディ!…っく…!」
小隊長は、魔道士の亡骸から離れ、身につけていたマジックアイテムを弄る。
獣戦士は、ティーミスを庇う様に、ティーミスの前に立つ。
ティーミスは林に隠れ、かがんで頭を抱えている。
一瞬、その林全体を包む様な閃光が放たれ、次の間には、出来損ないの魔法の様な大爆発が起こった。
爆風と瓦礫と熱が、全て獣戦士によって受け止められる。
獣戦士の体が少しづつ融解していくが、その場からは一歩も動かない。
ティーミスは目をキュッと結び。素数を数えている。
爆風が晴れる。
獣戦士の姿も、林地帯も、もうそこには無かったが、獣戦士よりも後ろの僅かな草木とティーミスは、傷一つ無く無事だった。
見渡す限りの焦土と化した、かつての森林地帯。
ティーミスは、ぴったり真上から一直線に突き出されたレイピアを、間一髪で剣で弾く。
ぐるりと一周バク転しながら、ティーミスの目の前に小隊長が現れる。マジックアイテムを使った跳躍により、上空に逃げたのだ。
「…みんな死んだ。逃げたあいつと、伝令に出した奴以外。みんな。
…別に俺は、お前を恨んだりはしない。ただ違う理念同士が衝突して、あいつらの方が焼かれただけだ。」
「その衝突の最中、貴方は後方で踏ん反り返っていただけでは?」
「…はは…ははは。何で俺が、“踏ん反り返ってた”かって?決まってるさ。」
不意にティーミスは、顔のすぐ左横から迫るそれを剣で弾く。
小隊長とティーミスの距離は、およそ3m。
「俺の戦闘は、とてもじゃないが集団戦向きじゃ無い。俺もウエにそう言ったんだよ。
…ただ、指揮官として就いて欲しい。て言われてね。」
ティーミスは、そう語る小隊長の目に身に覚えがあった。
小隊長も、自分を塗り潰そうとしていたのだ。
「…ただ、今の俺はウエからの、命令じゃない、理屈ともも外れた、完全な感情だけでここに立っている。」
小隊長は、瞬きの間にティーミスの左側からレイピアの突きを繰り出す。
「地獄に落ちろ。クソガキが。」
「爆発オチないなんて、最低ですね。」
「おおおおおおおおおおおお!《千刺突》!!!」
光り輝くレイピアの刺突が、秒間10発程の速度でティーミスに降りかかる。
その怒りと使命に燃える眼光は、ティーミスを捉えて離さない。
「…最低ですね。私。」
ティーミスは、小隊長の怒りと向き合わなければならないと、そう思っていた。
(最低…最低最低最低…!…最低最低最低最低最低最低最低…サイテー!!!!)
ティーミスは自分を罵る。罵る。罵り続ける。
目の前には、【隷属】状態となった小隊長が、ぼんやりと天を仰いでいた。
一見するとどれも、強スキル〜チートスキル並のパワーを持つティーミスちゃんのスキル。
ただしノーコストな分、欠点も多いのです。
・《残機奪取》
射程が短く、発動中は他のスキルが使用出来ない。
更に不意打ちで発動する場合、相手の装備がベニヤ板以上であれば貫通でき無い。
・《隷属への褒賞》
発動可能まで、最低でも3m以内で5秒は見つめ合わなきゃアウト。
さらに自分の魅力が少ない場合、失敗する可能性もあり。