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身なりのあれこれ

ユミトメザル。

ティーミスの寝室。


壁に空間の穴が空き、ニルヴァネ連邦の収容所からティーミスが徒歩で帰還する。


「…はひぅ。」


ティーミスはそのまま、ベッドにうつ伏せで倒れ込む。

多少痛んではいるものの、アトゥがあった頃に使っていた物よりはずっと上等な、かつて国王が使っていたベッドである。

ティーミスはベッドの上で寝返りをうち、仰向けになる。


「これで、彼らまで敵対する事は無くなった…でしょうか…」


先程までのティーミスの行動には、特段深い意味は無い。

ただ、その場の成り行きと直感に任せただけだ。

舐められないように、かと言って敵視もされない様に。

その場を上手く切り抜けたつもりだ。


「…」


ティーミスはゆっくりと目を閉じ、細く長い息を吐く。

集めたのは自分だが、やはり人前に出るのは得意では無い。

やはり、心労が募るものだ。

訪れた静寂の中、ティーミスは昼寝でもしようかと軽く寝返りをうった時だった。


ガシャン!ガラガラガラ…


「…にぁ…?」


ティーミスは、物が雪崩を起こす音を聞く。

恐らく同じ二階の、別の部屋だろうか。

肝の座った泥棒でも入ったのかと思い、ティーミスはゆっくりとその身を起こす。

どうせ誰の目を気にする必要も無いので、上着はベッドの横の壁に掛けておく。

胸元を覆う黒いベルト一本。かつてイグリスで貰った修道服の一部だったミニスカート。不可思議な力を持つピアスとロザリオと、舌先に付いているピアスの様な装飾品。

それが、今ティーミスが身につけている物の全てだった。


「…慣れた物ですね。」


ティーミスはまだ、肌を晒す事には中々の抵抗がある。

今やその抵抗、独特な羞恥心がまた、何処か心地良く感じられるのだ。

収容所時代に培った精神防衛の為の性癖か、はたまたスキルの影響か。


動く気力を回復させ、ティーミスはようやくベッドの上から立ち上がる。

その矢先だった。


“バン!”


ドアが勢い良く空き、四つん這いのピスティナが部屋の中へと飛び込んで来る。


「があああああああ!」


「にゃああああああ!」


騒乱の後、部屋はしばしの間静寂に包まれる。


「ぴ…ピスティナちゃん…いつの間に…」


「あう♪」


体のあちこちに布切れや食器が引っかかっており、頭には鍋を被っている。

ティーミスは、ピスティナに引っ掛かっている様々なガラクタを取り払い、そうしてようやく其れに気が付く。

ピスティナは、メイド服を纏っていた。


「はぁ…何処から見つけて来たんですか?ボロボロですし…」


「がうがう!」


「…そんなに気に入ったんですか。しかし…」


明らかにサイズが合っていない。

ピスティナが何処からか漁り出して来たそのメイド服は、ピスティナには小さ過ぎる様だ。

腰部は異様なまでに締まり、布地が軒並み肌に吸い付いている。

今にも破裂せんばかりの胸部からは、流石のティーミスも思わず目を逸らしてしまう。


「がうがう!」


「…気に入っているみたいですね。」


ティーミスは、何か方法は無いかと考える。

このメイド服に使われている布地はかなり高価な物で構造も複雑である為、ティーミスが仕立て直す事も出来そうに無い。

否、仕立て直しは可能かもしれない。


ティーミスは、親指の腹の皮を噛み切る。

傷口から滲み出た赤黒い液体を、ティーミスはピスティナのメイド服の胸部分に、縦一文字を描く様に塗り付ける。

ティーミスの血汚れは瞬く間に衣服全体に広がり、ピスティナのメイド服はやがて黒一色に染まる。


「?」


「もう少し待っていて下さいね。」


ーーーーーーーーーー


アップグレード成功

【メイド服】→【従属者装束・モデルメイド】


ーーーーーーーーーー


ティーミスが息を吹きかけると、メイド服を覆っていた黒色が、瘴気となって吹き飛ばされる。

“咎人属性”に染まった新たな装束は、お披露目となった。


素体は、ゴシック調のミニスカート、フリルエプロン、カチューシャを備えた、黒と白を基調とした、ピスティナのサイズにぴったりと合ったメイド服である。

ただし、袖が二の腕から始まっており肩が出る構造となっていたり、黒字の部分の所々に赤色が散っていたりと、細かな差異があった。


「…これは…」


そして何故か、胸部の布地は相変わらず破裂寸前であった。


(まさか、こう言うデザインだとスキルに勘違いされたんですか…?)


ティーミスはピスティナから数歩距離を取り、全体像を捉える様にピスティナを眺める。

ピスティナは確かに美しく、メイド服も可愛らしく似合っている。

似合ってはいるが、ピスティナの肉体年齢を考えた場合、可愛らしいがそのまま痛々しいに転化されるのだ。


「…まあ、家用なら問題は無いですかね…」


「がうがう♪」


「でも良いですか。貴女が前線に立つ時は、メイドさんでは無く軍人さんとして立つんです。その…分かっていますね?てぃーぴーおーって奴です。」


「がう♪」


「…本当に分かっていますよね…」


「がうがう♪」


確認を済ませ、ティーミスはピスティナを収納しようとして、思い留まる。

ティーミスは、しばらくの間ピスティナを野放しにしてやる事にした。

ユミトメザル全体は何処にも門の無い防壁と、見えないし身に覚えもない障壁によって守られており、防壁内に存在するありとあらゆる物をティーミスは把握する事が出来る。

それに、兵舎の中がどうなっているかは分からないが、ピスティナのはしゃぎ様から見るに外の世界よりはかなり狭いらしい。


「私は少しお昼寝をします。防壁の外に出なければ、好きな場所に行っていて結構ですよ。」


「あう。」


ピスティナが、メイド服のまま四足歩行で窓から飛び出して行くのを見届けると、ティーミスは再びベッドに身を委ねる。

まだ正午だが、疲労からかティーミスは、三時間後に地鳴りに叩き起こされるまでは良く眠った。



〜〜〜



「はあ!」


寸分の狂いも無く、ファンソンの剣がグラスゴーレムの脚の関節部を砕く。

ストーンゴーレムに草苔が生した様な見た目のグラスゴーレムは、喧しい駆動音と共に体制を崩す。


「うおらああ!」


ダンの斧の一振りが、グラスゴーレムの胸部の装甲を叩き壊す。

石製の装甲の一部が破壊され、内部にあった魔水晶性のコアが露わになる。


「今でっせ!姉御!」


「あいよ!」


緑色に光り輝くコアに、リジカの剣が突き刺さる。

水晶はしばしの間激しい光を放った後、グラスゴーレムの体も吹き飛ばす大爆発を起こす。


「うわ!っとっとと…よっと!」


爆風で吹き飛ばされたリジカを、エーミがその小柄な体全体で受け止める。


「リジカ、傷口見せて。…《グレートヒール》。ほら、ダンもこっちにおいで。」


基本的な冒険者パーティの構成は、主にリーダー、タンク、ダメージディーラー、サポートで構成される。

一般的なダメージディーラーは魔法使いや弓使い等の遠隔攻撃職が務める事が多いが、このパーティは魔剣士であるリジカが務めている。

よってパーティ全体の被ダメージ量が多いため、エーミは回復に特化しているのだ。


「此処のゴーレムの仕様上、一体づつ出てくるのが幸いだな…よしみんな、少し休憩しよう。」


先程討伐したゴーレムで丁度10体目。

ダンジョンは中層と言ったところで、区切りには最適だった。


リジカは陽炎で燃える剣を床に置き、刃の上に付近で拾った石を乗せる。

刃に乗った石が程よく加熱されたところで、エーミはバッグから何かしらの獣肉を取り出し焼け石の上に乗せる。

ファンソンは、リジカの剣が放つ薄明かりでダンジョンの地図を照らし、今後の経路設計を行なっている。


「…成る程、最深部が丁度、スルチエイト山山頂の真下に来ているのか。雑魚がこれじゃあ、ボスもかなり厄介そうだ…」


断続的に襲来して来るグラスゴーレム。

このダンジョンにとっては雑魚敵なのだろうが、パーティの消耗度合いは普段のボス戦とそう変わらない。

10連続でボスを討伐し、まだ何体かボスが控えていると言う状態である。

果たして、このダンジョンの本当のボスに、このパーティは打ち勝つ事が出来るのだろうか。


「リーダー。お肉焼けたよ。」


「あ…ああ。」


ファンソンは、ステーキの盛り付けられた紙皿をエーミから手渡される。

ファンソンはそのステーキを受け取ると、洗った短刀でステーキを突き刺し豪快に噛みちぎる。

硬さや味からして、恐らくは非魔法生物の猪の肉だろう。


「なあなあ。此処クリアしたら、あたし達はしばらくは暇になるんだ。なんか胸躍らねえか?みんなは、暇な間何するんだ?」


静寂に耐えかねたのか、リジカは焼きたての肉を素手で食べながら、唐突に話題を挙げる。


「俺はまぁ、しばらく故郷に帰るかな。」


最初に答えたのは、フォレストオーガのダンである。


「私は、学校に行って単位を消化する。その後は…その後考える。」


雰囲気に乗っかる様に、エーミも続けて答える。


「ふうん。お前ら真面目なんだな。あたしはそうだな…騎士団の有給全部使って、トゥメイエに行って遊びまくってやる。流石に、この傷じゃナンパは無理そうだしさ。」


リジカは自身の顔に着いた大きな傷跡を撫でながら、少し照れ臭そうに答える。


「ファンソン。お前はどうすんだい?」


「ん?」


不意を突かれるように、ファンソンは唐突に話題を吹っ掛けられる。


「俺は…そうだな…」


ファンソンはふと、ダンジョンの奥を見据える、

このダンジョンは、円筒形のトンネルが延々と続く構造である。

緩やかに下に向かっているようで、かろうじて次に待ち受けるゴーレムの後ろ姿は確認出来るが、最深部までを見据える事は出来無い。


「エーミと同じさ。」


「ん?」


「先の事は後で考える。このダンジョンはまだ先が見えないからな。」

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