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煤汚れ

月の無い夜。

キエラは最高級のベッドの上で、眠れぬ夜を過ごしていた。


自分は明日死ぬ。

否、教会と反乱軍双方に対して、盛大に死に演技を働く。

当然、現在の教会の最高権威である継天も騙さなければいけない。

継天にとっては、せっかく再会出来た孫娘が、目の前で処刑されてしまうのだ。継天はさぞや悲しむであろう。

だからと言って、事前に話してしまっては意味が無い。

継天はキエラの大切な祖父であるが、それと同時に敬虔な神の信徒でもある。

キエラが生きていると分かれば、継天はまた教会がこの国の主権を取るように動くかもしれない。


「…リテさん。」


“何ですか?”


「少し、継天様の元へと向かいます。宜しければ…」


“お伴しますよ。私も丁度、眠れずに居た所です。”


キエラは寝間着のまま、外骨格に身を納めたリテを伴い自らの寝室を出る。

廊下が暗い為キエラは机の上から手提げランプを手に取るが、リテが淡く発光していた為、そのランプは元の場所に戻した。

暗く長い廊下をひたすら歩き、上へと続く長い階段では二度ほどつまづきそうになったが、キエラは無事に法公の間の前へと辿り着く。


“…私は此処で待っています。”


リテは、扉の前に座り込む。

リテは確かに召還獣ではあるが、だからと言って主人のプライベートな問題に過干渉はしない。

或いは、単に眠たかっただけかも知れないが。


キエラは冷たい金属製のドアノブを捻り、法公の間へと入って行く。

法公の間から漏れ出た光に、キエラの目は一瞬眩む。

継天はまだ起きていた。


「…ん?…やあキエラ。眠れないのかい?」


「お爺様こそ、まだ起きていたんですか。」


「近頃あまり戦局が良く無くてね。全く、イグリスの聖騎士がこれ程までに使えないとは驚きだよ。」


「…ねえ、お爺様。」


キエラは、出入り口のすぐ横の壁にもたれ掛かる。


「もしもこの先何か大切な物を失ったとしても、あまり悲観しないで下さい。物事と言う物は、良い方へと転がる様に出来ていますから。」


「…?急にどうしたんだい?」


「いえ。ただ少し、近々何か大きな事が起こりそうな気がして、つい…」


「…安心したまえ。必ず勝つのは教会さ。何故ならばこちらには、偉大なる神…」


「ごめんなさい。そろそろ、お休みさせて頂きますね。」


「あ、ああ。おやすみ。キエラ。」


キエラは再びドアを開けると、法公の部屋、継天の事務室を後にする。


「リテ。そろそろ…リテ?」


“すう……すう……”


「…分かりました。」


キエラは、リテに寄り添う様な形で座り込む。

リテの外骨格は木製だったが、内部から伝わって来た体温によって仄かに暖かい。


「今日は此処で眠りましょう。」


結局キエラとリテは、寝室のベッドでは無く法公の間の前の壁で、誰にも知られずに一晩過ごす事が出来た。

夜が明けるまで誰も、法公の間の前を通らなかった。

かつて栄華を誇ったこの大聖堂の中には、もう10人も人間が居なかったのだ。



〜〜〜



「帝国が、ですか?」


「そうだ!何日か前、日時を指定した宣戦布告書がケーリレンデ帝国から届いたんだ。場所は此処で、応じない場合は魔導士が本土を火の海に変えると言う脅し文句付きでな!」


「……?」


ティーミスは右手の人差し指をしばしの間唇にあて、何事かと考え始める。

そしてやがて、限り無く現実的で合理的で、嗚咽が漏れる程醜い仮説に辿り着く。


「…一つ聞きますが…セガネが帝国の傘下から脱したと言う事はご存知でしょうか?」


「…何だと?」


ティーミスはおどけた様子でよろよろと後退し、倒れる様に瓦礫に座り込む。

ティーミスはそこで頭を抱え、瞳を緋色に染めて、ブツブツと独り言を呟く。

ティーミスは目を閉じて、深呼吸をして心を鎮め、冷静さを取り戻した後再び立ち上がる。


「…誠に残念ですが、セガネ王国も私も貴方方も、全員纏めて騙されてしまった様です。」


セガネが勝っても、ニルヴァネが勝っても、帝国にとってはただ敵が一人消えるだけである。

帝国のお家芸である情報統制が、今回は無意味な戦争を起こす為に使われたのだ。

それだけでは無い。

その無為な戦争にティーミスが介入した結果、ティーミスは帝国とは無関係な国の軍を倒してしまった。

これでティーミスにはまた更に、敵が増えてしまう。


「居たぞ!ドゥリクも一緒だ!」


複数の靴音が彼方此方から響き、やがてティーミスの正面に数人の兵士が集合する。

その容姿や武器に一般兵の様な統一性は無く、服には全員、勲章らしき物が多数取り付けられている。

ドゥリクと同じ、ニルヴァネの精鋭兵達である。


「…逃げろみんな!そいつはお前達の敵う相手じゃ…」


ドゥリクの心配とは、物事は少し違う方へと向かう。


「分かりました。」


ティーミスは、手に持っていた魔剣を虚無へとしまい込み、両手を挙げる。


「投降します。」



◇◇◇



同時刻、セガネ王国の大病院にて。

セガネ王は、何人もの医師や家臣に取り囲まれ治療を受けていた。


「…外の様子はどうだ。あれは戻ってきたか…」


「あのドラゴンは何処にも確認されていません。先程伝令を派遣しましたので、そろそろ連絡が来る頃かと…」


医務室の戸が、トントンとノックされる。

家臣の一人が扉の前まで駆け出し、扉の外の様子を確認した後、来客を医務室まで迎え入れる。

家臣の宣言通り、伝令が戦場から戻って来たのだ。


「報告します。突如出現した“咎人”により、敵軍はものの数分で壊滅し、既に撤退を開始しております。

…国王陛下、まさか…」


「そうか…“咎人”の召喚、それがあのハンドベルの能力だ。」


セガネ王は少し勘違いをする。

正しくはティーミスに、“ハンドベルが鳴らされた”と言う通知が届くだけの代物である。


医務室の扉が、突如外側から開かれる。

家臣は一瞬警戒し武器に手を当てる者も居たが、来客の姿を見て一同は安堵する。


「父上!」


来客は、豪勢な装束を着流した少年と、薄金色の長髪が目を惹く美しい女性だった。


「ルード!ああ…良かった…!」


来客はセガネ王の妻タティアと息子ルメスと、即ち王妃と王子であった。

二人はセガネ王の様子に安堵するが、当のセガネ王本人は酷く当惑した様子である。


「お前達…どうして…」


タティアが、セガネ王の疑問に簡潔に答える。


「伝令を受けて飛んできたのよ。大丈夫、トゥルーカー学院にはちゃんと言ってあるわ。」


ルメスは訳あって、勉学に励む為にタティアと共に、今までは遥か北国に身を置いていた。

二人とも、セガネ王とは四年振りの再会である。


「ああルメスよ、大きくなったなぁ。聞いたぞ。予定よりも早く単位が全て取れそうなんだって?」


「そうなんだよ父さん!実はさ、最近のテストで…」


ふとセガネ王は、とてつもない大事に気が付く。

先の戦争でセガネ軍はかつてない程に消耗し、ドラゴンにより蹂躙された市街地の修復のメドも現場は立っていない。

当然ながら帝国からの資金援助など無く、国政の資金繰りも危うい状態だ。

果たしてこんな状況で、息子にこの国を継がせられるだろうか。


「…父さん?ねえ聞いてる?」


「あ?ああ、自由課題が佳作を取ったって?」


「うん!スライムの持つ属性流動機構を調べてね…」


セガネ王は、胸元に仕舞ってあるハンドベルを服越しに撫でながら、物思いに馳せる。

果たして、あとどれだけの責任をティーミスに押し付けられるだろうか。


(あれはレイドモンスターとは言え、年端も行かぬ人間の少女だ。…いや、物は試しだ。)


また泣いて懇願するか、いやそれではもう王として、人間として流石にみっともない。

ただでさえ、格好のつかない事をしようとしているのに。


「…父さん?大丈夫かい?」


「…どうやら薬が効いてきたみたいだ、少し休みたい…」


「うん、分かった。母様、そろそろ行くよ。」


ルメスは、タティアと共に医務室を後にする。

いつの間にやら家臣は皆何処かへ行ってしまっており、先程まで数え切れぬほど居た医師も2名だけになっている。

医務室は、一気に静かになった。


(…せめて一年以内には、問題を全て片付けなければ…)


こんな酷い状況を、王子に引き継がせる訳には行かなかった。

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