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浄化の炎と

天は、戦炎に焦げている。

崩れ落ちる王城の上を、枷で雁字搦めにされたドラゴンが羽ばたいている。

セガネの兵士には絶望と死の匂いが覆い被さり、自国を信じた自らの愚かさを悔いているか、死んでいた。


セガネ本土の正門前。

歩兵と騎兵、それから戦車数台による小隊が、本土を目指して進行していた。


「…ん?おいおい、急にどうした?」


突如癇癪を起こす騎馬を、騎兵は首を傾げながら宥める。

騎兵は周囲を見回すが、どうやら他の騎馬も同じ状態らしい。

中には暴れ回っている物も居る。


歩兵団の中央に、沢山の勲章を胸元に付けた、司令官と交信する一人の少年が居る。

ニルヴァネの軍服を身に纏い、髪は銀色、目は赤色だ。


『状況は分かった。…歩兵団は先に進んでくれ。何かしらの妨害魔法かも知れぬ。』


「了解しました。」


司令官は魔法陣による遠隔通話によって、実行される事の無い指令を出す。


「…ん?…セガネ正門に人影あり。恐らく一名です。精鋭兵の可能性があります。」


『恐らくは門番だろう。ギレッド、行けそうか?』


「状況から判断するに、恐らくは魔導師かその護衛かと。」


『ギレッド。』


「五分で終わらせます。」


そう言うとギレッドは、背負っていた長銃のスコープを覗く。

距離にして役5km。遮蔽物は土埃を除き他に無し。姿は良く見えないが相手は気付いていない様子。

完璧なフィールドコンディションだ。


「…?」


いくら目を凝らしても、先程確認した人影が見当たらない。

ギレッドはスコープから顔を上げるが、やはり何処にも見つけられない。


(見間違いか?いや、そんな筈は…)


後方から何かが焼ける様なパチパチと言う音を聞き、ギレッドはふと振り返る。

馬と騎士が、一本の黒炎の剣で地面に串刺しにされている。

剣の柄の上には、少女が一人。

ギレッドも、直ぐそばにいた筈のニルヴァネの兵士も、一瞬それが現実の光景には思えなかった。

夢の一幕の様な、どこか遠い場所で起こっている事だと、一瞬だけそう思えたのだ。


「…うわあああああ!?」


「何者だ!?一体いつから…」


「お前ら!武器を構えろ!」


束の間の幻想は途絶え、一同はそれが目の前で起こっている現実だと理解する。

馬は既に逃げ去るか失神しているかで使い物にならない。


小隊はティーミスから距離をとり、各々の携える火薬兵器を構える。


「…けぷ…良くそんな武器振るえますね…火薬の臭いで、胸焼けがしてきそうですよ。」


ギレッドは銃を構えたまま、苛立ち気味に応答する。


「そんなに魔法が偉いのかよ。どいつもこいつもバカにしやがって…」


「いえ、そう言うつもりでは…」


「どうせ魔力を、スキルを持ってる奴が偉くてそうで無い奴は出来損ないなんだろ?この重くて火薬臭い兵器にしか頼れない奴らの気持ちが、お前に分かるか!」


「火薬を直接詰め込むより、薬莢か何かの中に詰めた方が良いのでは?その方がずっと効率的ですよ。」


「…!」


「それで、戦うんですか?辞めますか?」


突然怒鳴られた物で、ティーミスの機嫌は悪くなっていた。


「…全体に告ぐ。対象への集中砲火を開始せよ。」


次の瞬間、ティーミスを取り囲んでいた兵士達は攻撃を開始する。

機関銃に、ただの銃、それと戦車の放つ砲弾だ。

ティーミスは、魔剣から別な剣に持ち変える。


「…《レッドドーナツ》」


ティーミスを中心とした、浮き輪型の斬撃が発生する。

ティーミスに向かってきていた弾と言う弾全ては、兵士、戦車諸共真っ二つに切断される。

ティーミスと一番距離が近かったギレッドを除き、小隊はたった一撃で全滅した。


「…は…あはは…」


「…何か面白い事でもありました?」


「全く…下らないな…凡人がどんなに努力したって…何にすがったって…無能者に何か思う資格は無いんだよな…」


「どうでしょうね。」


ティーミスは、意図的にギレッドを生かしたのである。

理由は単純で、会話を成立させてくれたからである。


「私には、生まれ持ってのスキルは有りませんでした。しかし、それが原因で不幸になった事はありませんでした。

今は人様のスキルを沢山持っていますが、無能者だった頃よりずっと不幸な生です。

…才能は、要因の一つではあると思いますが、其れで全て決まる訳では無いと思います。」


「はは…何を言っているんだ…祖国の為に戦えて…」


「あれは祖国ではありません。

…私は、責任の為に戦っているんです。」


ティーミスは、近くに見えて実際ははるか遠くにある、ニルヴァネの本隊を見据える。


「そうです…私には、責任があるんです…」


「待て。いくらお前でも、本体に突っ込めば流石に…」


「かもしれませんね。…ではこうしましょう。私が死んだ時の為に、貴方が私の事を覚えていて下さい。

私の名前は、ティーミスって言います。では、またどこかで。」


次の瞬間、ティーミスの姿は消える。

そうして初めて、ギレッドは周囲の惨状に目を向け知覚し


「…い…うわあああああああああ!」


永久に消えぬトラウマを得る。


































「ふん。所詮は属国か。せいぜい、我らを愚弄した罪をあの世で悔いるのだな。」


赤いマントをはためかせた一人ニルヴァネの騎士が、馬に跨り、騎兵隊を引き連れセガネの城へと歩いている。

燻んだ鳶色の長髪に、顎には僅かに無精髭が生えている。硬い黒皮で作られたニルヴァネの軍服を身に纏い、その顔立ちは貴公子の様である。

彼の名前はドゥリク。

ニルヴァネの誇る、最精鋭の一人である。


「…ま、どうやら俺の出る幕じゃ無いらしい。あー、あー、将軍?もう帰還しても良いっすか?」


『い…今すぐ本隊へと戻って来い!大至急だ!』


「ういーっす。今日の将軍は、珍しく物分かりが…」


ドゥリクは踵を返し、本隊の方へと向き直った瞬間だった。

部隊右翼側に立ち並んでいた戦車が、全て全く同じタイミングで爆散していた。

既に戦術ドラゴン兵は、本隊の方へと飛行している。


「…何かがおかしい。騎兵隊!モーターの使用を許可する!全速で戻るぞ!」


騎兵隊の馬に取り付けられていたエンジンが駆動を始め、後方に向けて勢い良く火柱を吹き上げる。

倍ほどの速度になった馬を駆り、騎馬兵隊は全速力で本隊へと駆けて行く。

最前を行くドゥリクは、いち早く情報を集めようと目を凝らし本隊の方を睨む。

しかし、何も捉えられない。

破壊された兵器や倒れた兵士は目視出来ても、兵器を破壊した、兵士を倒した者が何処にも見つからない。

既にドゥリクの隊は本隊の中へと入っていったが、情報が何一つ手に入らない。


爆発音を聞き、ドゥリクは右方へと顔を向ける。

そこにあったのは、巨大な包丁で上から真っ二つにでもされたかの様な、既に残骸と化した戦車だけだった。


「た…隊長!後ろです!」


「あ!?」


ドゥリクは振り返る。

目の前には、視界いっぱいの黒色の炎が広がっていた。


「…は?」


ドゥリクは、騎兵隊同様に黒炎の中へと消えていく。

黒炎はそのまま一直線に伸びていき、後方にあったありとあらゆる物体を融解させる。


「…」


ティーミスは、黒焔の魔剣をゆっくりと降ろす。

ティーミスの背後から、龍の羽ばたきによる暴風が吹きつける。


“グオオオオオオオオオ!”


戦術ドラゴンは、その大きな口から真っ赤な炎を吐き出す。

ティーミスはドラゴンの方を一切見ないまま、魔剣を魔刀に持ち替える。


「…聞こえますよ。貴方の悲鳴が。」


このドラゴンがニルヴァネに捕らえられたのは、ティーミスが、否、ティーミスの祖母が生まれるよりもずっと昔の事である。

それ以来このドラゴンは、数多の魔法で縛られ、かつての力も失い、制御され、百数年間の間を空飛ぶ戦車として過ごしてきた。

既にこのドラゴンからは自我は消え失せ、残ったのは憎しみと悲しみのみ。

ティーミスはそんな哀れな戦術ドラゴンと自分を、少し重ね合わせいた。


「もう終わりにしましょう。ドラゴンさん。」


ティーミスの魔刀が、鞘から抜かれる。


「天国はもう無いのかも知れませんが、せめて、安らかに。」


ティーミスの魔刀が、再び鞘に収められる。

無数の銀色の線光が宙を走り、戦術ドラゴンの身を粉々になるまで切断してゆく。

ティーミスは最後まで、ドラゴンの方を向きはしなかった。


細く息を吐き、ティーミスは壊滅したニルヴァネ軍の方を見据える。

既に外に動く物は無く、唯一原型を保っている移動要塞も、今や兵器を全て破壊されただの建物と化している。

セガネ軍は半日で崩壊したが、ニルヴァネ軍は十五分で全滅した。


ティーミスが唆し、セガネが帝国との繋がりを絶ったため今回の戦争は起こった。

故に、これがティーミスの責任の取り方である。

ティーミスの罪は、罪によってのみ贖われるのだ。


「…はあ…」


ティーミスはただ、セガネ王との約束を果たしただけである。

それ以外には、何の目的も無い。

理念も無い、意思も無い、理由の無い殺戮など、ただただ虚無感しか無い。


「…ん」


ティーミスは溜息替わりに少し喉を鳴らしながら、壊れた戦車の砲身に座り戦場を睥睨する。

確かに火薬兵器は魔法よりも安価で済むが、自然物故にその制御は難しいのだ。

今はティーミスは何もしていないが、ニルヴァネの本隊は自爆を始めていた。

少し部品が壊れただけでエンジンは無軌道に爆発する爆弾と化し、燃える火薬は自分勝手な破壊を繰り返している。

力はあれど、制御出来無くなってしまっては意味が無い。


「…私も、最期はああなるのでしょうか…」


ティーミスの最後は、自らの力に身を滅ぼされ自爆する運命なのだろうか。

それとも、


「…誰かが、私を倒すのでしょうか。」


そうなる前に、誰かがティーミスを止めるのだろうか。

死にたく無いと思う反面、誰かに倒されたいという思いを抱くのは、少し不思議な気分である。

ティーミスは自身の足元、即ち地上から騒がしい声を聞く。


「ひ…ひぃぃぃ!一体全体何だってんだ!」


光の粒子の塊が、黒炎の焼け跡で発生している。

光の塊はやがて散り、その中から一人の長髪の男、ドゥリクが姿を現す。

男の胸に刻まれていた烙印は、外側から焼ける様に縮んで行き、やがて跡形も無く消え去る。


「…自動蘇生?」


「ん?何だお前!さては全部お前の仕業だな!セガネの用意した尖兵か?でなければ、血の匂いに誘われて来た魔族か?」


「…前者が正しいのかも知れませんが、一先ず、」


ティーミスは少し小恥ずかしそうにドゥリクから目を逸らす。

蘇生されたのは、ドゥリク自身のみである。

ティーミスは虚無から一対の麻布を引っ張り出し、ドゥリクの方へと放り投げる。


ーーーーーーーーーー


【麻布の服】

安物の布で作られた衣服です。

防御力+2


ーーーーーーーーーー


「これを差し上げますから、その、何か着て下さい。」


「ん…?…うおあ!?」


ドゥリクはようやく自身の姿に気が付き、慌ててティーミスから渡された衣服を身に付ける。

ドゥリクが着替え終わったのを見計らい、ティーミスは戦車の砲身の上から地面に飛び降りる。


「っひ!?」


「落ち着いて下さい。今の貴方を殺す理由なんて、私にはありませんから。」


「そ…そうか…それは有り難い…」


「…しかし、それはそうと少し気になる事があるんです。」


ティーミスはニルヴァネ軍の残骸を眺めながら、近くにあった不発弾の上に座る。


「おお俺に答えれる事なら何でも教えてやる!」


「どうして帝国とは関係の無い貴方方が、あの国へと攻め込む事になったんですか?」


「な…何を言ってる。帝国の方から宣戦布告をして来たんだぞ?」


「にぇ?」

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