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時拾い

「…着きました。」


“此処が、キエラさんの故郷ですか?”


「ええ。…少なくとも、わたくしはこの国のお城の医務室で、産声をあげました。」


小銭を使って馬車を乗り継ぎ、一晩の野宿を経て、キエラとリテはイグリス共和国の門の前に辿り着いた。

リテは外壁の様式などをまじまじと観察し、キエラはしきりに襲って来る悪寒と戦っている。

門の外まで喧騒の音は響き、外壁の状態は明らかに前よりも損傷している。

門番すらも居ないとなると、城壁内は只事では無いらしい。

キエラは不安げに辺りを見回しながら。リテに追従する様に帰郷する。

リテの足元に、蓋の部分に火が付いたポーションが一本。


“危ない!”


リテはキエラを、建物の陰まで蹴り飛ばす。

ポーションは爆発し、リテの外骨格の一部が吹き飛ぶ。

幸い生身には別状は無かったが、リテもキエラと同じ物陰に身を潜める。


「これは…」


“ああ…何と醜い…”


市街地は、紛争の真っ只中だった。

魔弾と火炎瓶が宙を舞い、覆面をした者達が剣で斬り合い、銃で打ち合っている。

イグリスは今、教会側と反乱軍の大規模な内部紛争の真っ只中であった。


「リテ…さん…?大丈夫ですの…?」


“確かに、前足が片方しか無いのは不便ですね。”


リテがそう言うと、右前足のあった部分の付け根から、緑色の蔦が伸び始める。

蔦は伸び、編み合わさり、固まり、即席の右足を形作る。


“これで、歩く分には問題無いでしょう。”


「…そ…そうですか…しかし…」


先程の爆発で人が更に集まり、キエラとリテは今、下手に動けば見つかってしまう状態にある。

この隠れ場所が見つかるのも、時間の問題だろう。


「…リテさん?」


“恐らくですが、片一方はあの大きな建物を目指し、もう片方はそれを阻止している様に見えます。キエラさん。あの建物が何かご存知でしょうか。”


リテが見上げた先には、所々が爆発によって崩れた大聖堂が聳え立っている。

キエラのかつての我が家だ。


「…ええ。知っています。この国で、最も重要な建物です。」


“そうですか。では、私達もそこに行きましょう。”


「え?でも、此処を突破するのは至難の…」


キエラの懸念も何処吹く風。


リテは当たり前の様に、隠れていた建物の陰からその身を戦場に晒す。


「ん?何だありゃ?」


何処からか現れた木獣の姿に、反乱軍の兵士の一人が気付いた

気付いたのは、一人だけだった。


“《微睡森(ドリームフォレスト)》!”


リテは、右足をドンと地面に打ち付ける。

右足を形作っている蔦は、そのまま地面に潜り始める。

銃声の飛び交う戦場の地面から、突如無数の、捻れた松の木の様な樹木がいくつも出現し始める。

その樹木には、所々から淡く輝く紫色のキノコが生えていた。


「な…何だ!?教会の魔法使いか!?」


「反乱軍め…小癪な真似…を…」


一人、また一人と、武器を抱えたままその場に倒れ始める。

ものの一分で、戦場は沈黙に包まれる。

全員眠ってしまった。


“行きましょう。キエラさん。”


「え…ええ…」


キエラはリテの導きの元、眠れる戦場を横断し、聖堂の閉じられた正門まで辿り着く。

一体どれほどの効果範囲だったのか、周囲からは物音が消えていた。


キエラは、絵画の様な豪華絢爛な装飾の施された二枚扉を、掌でぐいと押す。

扉はビクともしない。


“…おや。鍵がかけられているのですか。では…”


「ま…待って下さい!えっと…」


キエラは少しの間、こめかみに指を当て遠い記憶を(まさぐ)る。


「青き羊。ストーブの果実。石英。」


キエラは、特に意味の無い単語を扉に向かって唱える。

二枚扉は少しの間淡く輝き、ガチャリと音を立てほんの少し片側がずれる。


“まあ。不思議な扉ですね。”


「魔法錠って言います。内側からか、限られた人だけが知る合言葉でしか開きません。…しかし、合言葉が変えられていないのは少し予想外でした…」


リテの背後から、僅かに物音が鳴る。

先程まで眠っていた教会と反乱軍の兵士達が目覚め始めているのだ。


“…早く行きましょう。”


「ええ…直ぐに。」


キエラは、この扉を自分の足で潜るのは初めてだった為、少し不思議な感じを覚える。

キエラを出迎えたのは、馴染みの大広間と、


「動くな!」


「反乱軍め…一体何処で合言葉を…」


ひどく疲弊した様子の、聖属性武器を構えた聖騎兵達だった。


「…主教様…?」


「騙されるな!あのお方はもう居ない!」


聖騎士達は、一向に武器を捨てる様子は無い。


「…主教様の革を被った偽物よ。貴女は包囲されています。大人しく投降しなさい。」


主教の前では決して見せる事の無かった、聖騎士達の騎士としての一面。

聖騎士達のそんな一面を垣間見たキエラは戸惑いつつも、心の片隅でこの状況を楽しんでいた。


「…ええ。主教はもう、この世界には存在しません。此処に居るのは、キエラ・イスラフィルと言う一人の人間だけです!」


「…反乱軍に、その名を口にする資格は無い!総員、攻撃開始!」


「「うおおおおおおお!!」」


剣や槍を持った聖腰達は一斉にキエラに斬りかかり、弓を持つ者はその弓を引きしぼり始める。

剣士の切っ先がキエラの頭髪に触れ。弓兵の矢が一斉に放たれた瞬間だった。


“《時閉じの琥珀牢》。”


聖騎士総勢24名は、金色の透明な水晶に、その瞬間のまま閉じ込められる。

放たれた矢は躍動感を残したまま静止し、同じく静止した剣士達のその姿は、戦いの開幕の瞬間を切り取った芸術作品の様だ。


《時閉じの琥珀牢》。

文字通り、琥珀を生成して対象を捕らえる草属性の拘束魔法だ。

この魔法の最もな特徴は、内包した物質の時を静止させる所にある。


キエラは、聖騎士を閉じ込めた琥珀をまじまじと眺める。

忿怒に叫び出したままの者。冷静な面持ちの者。ほんの少し笑みをこぼしている者。

やはり戦いへの向き合い方は人それぞれらしいと、キエラは再認識させられる。


「…この方達は、大丈夫ですの?」


“この琥珀に誰かが触れた瞬間、彼らは再び時間を取り戻すでしょう。”


リテはそれだけ言うと、キエラの傍らに寄り添う。


“…キエラさん。此処はまだ、貴女の故郷でしょうか。”


「………」


キエラは振り返り。琥珀の中の顔見知り達を少しの間再び眺める。


「どうやらまだ、此処にはまだ主教の時間が取り残されているみたいです。」



〜〜〜



セルルイーテの丘。

所々に木が数本立っているのを除いては、普段は青々とした芝生しか生えていないただのだだっ広い空き地である。


セルルイーテの丘東側に設営された、セガネ軍のキャンプにて。


「…雪か…」


兵士の一人が、青空から舞い落ちる雪の結晶を指に乗せ呟く。

雪の結晶は、兵士の指の上で極小の水滴へと還り、最後は何も無くなる。

生まれては消えそして忘れられる雪の結晶の運命を、兵士はふと自分達に重ねる。


「…違う。」


この兵士は、国に一人娘を残している。

妻は他界した今、自分まで居なくなってしまったら、あの子は。


「消えるのは、奴らの方だ…」


特別なスキルは無い。秀でた才能も無い。それでも、戦う為の剣と鎧があれば。


地の底から鳴り響く様な、臓物を揺さぶる様な、低い低いサイレンの音が響く。

事前の手はずを受けていた兵士達は、そのサイレンの意味を瞬時に理解する。

敵影確認だ。


「…来たか。」


帝国とセガネは長期に渡る軍事面での同盟を結んで来た故、セガネは帝国の軍事力をある程度は把握していた。

圧倒的な数とセガネ産の優れた兵器、そして、強力なスキルを持つ精鋭達による力による制圧。

それがケーリレンデ軍の戦法だった。

どんな戦法にも、弱点は必ず存在する。


ケーリレンデの戦法にセガネが打った手は、戦場全体へのトラップの配置、精鋭の散陣、そして範囲攻撃兵器の充実。

数が多い敵に対しての、所謂鉄板戦法だ。

いくら帝国と言えども、一朝一夕で軍の本質を変える事は不可能だろう。


「…幾らでも掛かって来い。帝国。」


セガネの兵士達は、既に砦の前で隊列を組んでいる。

準備は万全。

後は、帝国の軍旗を迎え撃つだけだ。


地平線から最初に現れたのは、帝国の旗でも、どの皇子の紋章でも無かった。

炎、又は血を表現した赤色の背景に、白い星月のモチーフが描かれた軍旗。


「…帝国じゃ無い…あれは…」


ニルヴァネ連邦。

表向きには、帝国と敵対関係にあるとされる軍事国家である。

セガネ同様の高い造機技術とセガネをも凌駕する魔法技術を持つ軍事国家だ。


キャタピラにて移動する鋼鉄の戦車を先頭に、機関銃を装備した馬に乗る騎兵隊。魔力によって砲弾を射出するキャノン砲を担ぐ重装兵。魔力では無く火薬によって鉛の弾丸を発射する最先端兵器、“非魔力銃”を持ち行進する歩兵。

淡雪の中行軍するその様は震え上がるほど酷く恐ろしく、そしてどこか壮麗であった。

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