挑戦とは時に盲目
“カラリ…”
簡素なベルの取り付けられた、年季の入った酒場のドアが、ゆっくりと、或いは力無く開かれる。
青い鎧を纏った短い茶髪の男が、夜酒で賑わう酒場へと入っていく。
彼の名はファンソン。
冒険者である。
背負っている両手剣は、かつてファンソンのパーティが攻略したダンジョンで見つけた非常に高価な物だ。対して、ファンソンの纏っている鎧は非常に安価な物で、背負う両手剣とは不釣り合い。
他の冒険者から見れば、ファンソンのその格好は実に不可思議なものであった。
このご時世で無ければの話だが。
「お。こっちだ!リーダー!」
壁際のテーブルには、既に彼ののパーティメンバーが座っている。
ファンソンを呼んだのはフォレストオーガの大男、斧使いのダン。
オレンジジュースをゴクゴクと飲み干している銀髪の少女は、パーティのヒーラーを務めるエーミ。
既に酔い潰れ机に突っ伏している赤髪の女性は、帝国騎士と兼業でこのパーティに所属する、魔剣士のリジカ。
何処にでもある、平凡な冒険者パーティである。
「あ、リーダー、来た。リジカ。起きなよ。」
エーミが空のコップで数回リジカの頭を叩く。
唸り声の様な物をあげながら、リジカはゆっくりとその顔を上げる。
リジカの容姿は円熟した魅力的な容姿だが、その顔には額の右方から鼻を通り、唇左方までで続く大きな傷跡があった。
「…おせーよ…一体何処で油売ってたんだ…あれ、お前【赤龍の鎧】はどーした?」
「済まない、あの鎧を売ってて遅くなった。」
「あそ。……はぁ!?売った!?」
先程までの無気力な様子から一転し、リジカは目を丸くして怒鳴り声を上げる。
「お前いかれてんのか!?あれ幾らしたと…」
危険を察知したダンが、その褐色の大きな両腕でリジカを抱き込む様に抑え込む。
「姉御、まあ落ち着いて。…で、リーダー。そういやまだ、今日俺たちを集めた理由を聞いてなかったな。」
ファンソンはゆっくりと息を吐きながら、空いている4つ目の椅子に座る。
見た目では、今のこの青い鎧の方がずっと薄く軽そうに見える。
が実際は、この安物の鎧はファンソンが以前に纏っていた赤龍の鎧の3倍近い重量であった。
「…みんな、先ずはこれを見てくれ。」
ファンソンは、手に持っていた麻袋から一枚のスクロール紙を取り出す。
赤いリボンに冒険者協会の印鑑。
「クエストじゃん。何ヶ月振りかな。」
エーミは、机の上でスクロール紙のリボンを解き広げる。
この時3人は、今回の集会がクエストの打ち合わせの為のものだと確信する。
その内容を見るまでは。
「ん?難易度…7?」
最高ランクから3つ下。
ちょうど上級と超級の境界線辺り。
このパーティの現在のランクから三つ上。
二つ以上上のクエストを受注するのは、基本的には自殺行為である。
遺跡型ダンジョン
場所 スルチア山脈麓
危険度 7
「…リーダー。どう言う事?」
エーミは、思い当たる数多の疑問を一言でファンソンにぶつける。
まさか、攻略と銘打って無理心中でも図るつもりか。
「流石超級って受注料でさ。手持ちじゃ足りなかったんだ。」
リジカはファンソンの首根っこを掴み持ち上げる。
「…ファンソン…テメエ何考えてんだ…死にたきゃ一人で死ね…こいつらを巻き込むんじゃねえ!」
「…その事を、話し合いに来た。」
「あ?」
「先ずはクエストをよく見てくれ。頼む。」
リジカは顔をしかめたまま、ファンソンを下ろし机に広げられた紙を凝視する。
まるでその時を待っていたかの様に、エーミはクエストの詳細の欄を指でなぞりながら読み始める。
「…草属性。ゴーレム多数。支援物資は、流石超級って感じ。」
リジカは草属性に有利な炎の魔剣士。ダンはゴーレムに対して相性の良い重量武器。状態異常多発の文字は無く、回復専門のエーミにとっても都合が良い。
そして、回避に長けたファンソンにとっても、動きが鈍重なゴーレムは絶好の獲物である。
鎧を売ってしまっても、問題無い程度には。
「…成る程。高難度クエストの中でも、俺たちが一番攻略し易いと。」
「でも、難易度7だよ。一歩間違えれば、いや、間違えなくても少しでも運が悪ければ、みんな一緒に…」
ファンソンは一度深呼吸をする。
「見ての通りこれ以上無い程に、このダンジョンは我々にとって絶好の条件だし、報酬の額も、向こう一年は食うに困らない。来年にはきっと咎人騒動も収まっている筈だろう。」
リジカは、少し機嫌良さそうに一同に聞こえる様に告げる。
「何だよそう言う事かよ…だったら行くに決ま…」
「ただし。」
ファンソンは、リジカの台詞を唐突に断ち切る。
「このダンジョンの難易度は7。臨むとなれば、命の保証は無い。幸いこのクエストはまだ仮受注状態だ。3日以内のキャンセルなら全額返金が効く。
…今すぐは決めなくても良いし、情け無い話、俺自身もまだ決断しかねている。」
一同は、誰も何も発言しない。
「3日後、また此処に集合だ。…みんな、ゆっくりと考えて…」
「乗った。」
エーミは、クエストの依頼書にポンと拳を置く。
「俺も、受注に賛成だ。」
ダンも続く。
「…良いさ。受けなかったって、どうせお前ら食いっぱぐれるだろ?」
リジカはそう言うと、ビールをジョッキから喉に流し込む。
「…お前達……分かった。」
ファンソンは依頼書の受注の欄に、判子を一つ。
「出発は明後日だ。全員最高の準備をしてくれ!解散!」
ファンソンのパーティの集会は、活気と希望に満ちた終了を迎える。
偉大な挑戦の前に、全員の士気は高揚し、全員が英雄気分を味わっていた。
「…リーダー、ちょっと良いかい。」
ただ一人、リジカだけは冷静だった。
「どうした、リジカ。」
リジカは何も言わずに、懐から石を一つ取り出す。
「!?…リコールストーン!?一体何処で…」
「忘れたかい。私も一応は帝国騎士さ。でさ…これ、一個しか無いんだけどさ…ダンにはもう話したんだ。で、あんたにも…」
「ああ、分かってる。エーミの才能は本物だ。あの子にはまだ未来がある。」
「へへ、話が分かるリーダーは大好きさ。」
どんな勝負も、負け筋が全く無いなんて物は存在しない。
しかも今回は、むしろ敗北の可能性が高い。
全力で勝利を目指すのも大事な事だが、負けた後の事を考える者も、一人は必要なのだ。
〜〜〜
“寂しいの…寂しいの…”
纏っていた聖骸が全て剥がれ落ち、クロワドがその本当の身を曝け出す。
僅か1m程の乳児のミイラが、このクロワドの本体である。
“あと一人…あと一人足りなかったの…何処を探しても…居ない…”
「…知るかぁぁぁぁぁ!」
今までの仕返しと言わんばかりに、ピスティナはクロワドに向かって無数の短刀を射出する。
最早魔力など殆ど尽き果てたクロワドは、ただただ短刀の中に埋もれて行く。
短刀の間から、一瞬だけ僅かに輝きが漏れ出る。
「…お母様…えへへ…」
ピスティナの背で、ティーミスは幸せそうな寝言を呟く。
ピスティナは、不細工なアンデッドからティーミスの眠りを守り切る事が出来たらしい。
建物の欠け落ちた屋根が、ピスティナの帽子に落下する。
ピスティナはティーミスを抱え込むと、建物の倒壊から逃れる為、二足走行でその場から退避する。
どうやら、長年放置されていた屋外型ダンジョンだったらしい。
崩れた瓦礫は早回しの風化を始め、土埃となり跡形も無く消え去って行った。
「…?」
流石に音が大きく、ティーミスは目を覚ます。
「…ああ、いつの間にか眠っちゃっていました…ごめんなさい。ピスティナちゃん。」
「がう。」
自分がどれだけ眠っていたのかすらも知らぬティーミスは、ほぼ反射的にピスティナを兵舎に格納する。
抱き抱えられた状態でピスティナを収納した為、ティーミスはその灰草の地面に尻餅を着く様に落ちる。
「…?何でしょう、あれ。」
沼地と草地の境界辺りに、ガラスの棺の様な物がある。
ティーミスは、その棺に近付いてみる。
リグテアが眠っていた棺と殆ど同じ作りの棺の中には、遺体では無く一本の剣が、ドライフラワーに囲まれて安置されていた。
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【聖遺のドレインソード】
聖と邪、相反する二つの属性を持つドレインソードです。
攻撃力+5000
攻撃時HP吸収+75%
光属性50%
闇属性50%
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それが、ピスティナの一時の挑戦を、世界で唯一証明する物であった。