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子守り

ピスティナは、ティーミスの言葉を理解する事は出来無い。

言葉は理解出来無いが、感情ならばある程度は読み取る事が可能だ。


「……」


「くぅ…」


ティーミスは今、悲しんでいる。

ピスティナに分かったのはそれだけだ。

それだけ分かれば、後は行動を起こすだけだ。


「…ピスティナちゃん…」


「がう。」


へたり込むティーミスは、背後からピスティナに抱き竦められる。


「…ありがとうございます…」


「がう♪」


体がポカポカする。ピスティナの目一杯の慈愛が流れ込んで来る心地がする。

しかし、やはり模造品の真心ではティーミスの心が満たされる事は無い。

そんな事、ティーミスはもう十分理解しているし自覚している。


「…ちょっと疲れちゃいました。少し…休んで…」


その言葉を最後に、ティーミスは訓練の疲労とピスティナの体温によって眠りに落ちる。

ピスティナは少し首を傾げた後。親が寝ぼけ眼の子供にするように、ティーミスをおんぶした。


「効率的な鍛錬にぃ…休息は不可欠ぁ…」


軍の訓練で、教官が生徒に告げるような冷たい口調で、既に意識など無いティーミスにそう告げる。

その慈愛に満ちた行動とは正反対であった。


ピスティナの目は、ティーミスの何倍も良い。

ピスティナは霧の向こうに、自然物とは到底考えられ無い角ばった何かを見つける。

もしかすれば、村か街かも知れない。

ティーミスの事情を理解する由も無いピスティナにとって、人里とは補給や休息を行う場所である。

勿論ピスティナは、“行けば何かいい事がある”程度の事しか覚えていないが

ピスティナは本能のままに、角ばった影が見えた方角へと歩き始める。


灰色がかった風が、かつて沼地だった平坦な堅い地面を吹き抜ける。

点在する黒色の裸木と、何かを隠す様に立ち込める濃霧以外は何も無い。

人によっては神秘的にも見える土地を。ティーミスを背負い歩くピスティナのその姿は、帰路を行く親子の様だ。


ピスティナの上等な革靴の靴音が響く。

靴音だけが響く。

角ばった影が次第に建物として認識できる距離になっても、靴音だけが響く。

案の定、その街は無人である。

否。

建っている建物の大きさ、方向は全てバラバラで、本来この規模の街にあるべき生活道や井戸と言った設備も見当たらない。

統一されている事と言えば、石英を基調としたその様式と、途方も無い時間の経過を感じさせる劣化度合いくらいである。

それは街と言うよりも、建物の群れと読んだ方が然り。


「…?」


元は此処は、沼地と草地の境界線辺りである。

その草も、沼の様な灰色をしていたが


「…教会…いや、墓か。」


実用性皆無の建物は、大抵の場合は宗教関係。

複数個存在しなければいけない宗教関係の建築物など、ピスティナの知っている中では墓くらいである。

建物一つ一つが大掛かりである事から、どれも相当手厚く葬られた事が伺える。

何十世紀経っても、未だにそこに立ち続ける程に頑丈な建物など、帝国の技術力を持ってしても建築は不可能だ。


帝国と言う単語に、ピスティナは妙な懐かしさを感じる。

ただ今のピスティナには、それについて深く考える気は毛頭無い。


(…此処で休むのは不謹慎か…)


大昔の墓があると言う事は、近くに大昔の村跡があるかも知れない。

ピスティナは少し足音を鎮める様に歩き、その墓地を抜けようと歩く。

常人ならば噎せ返る程の、強烈な蝋の臭いがピスティナの鼻を突く。

悪寒が走り、ピスティナは付近にあった建物の窓から中の様子を覗く。

礼拝堂の様な部屋の最奥に金属の台座があるが、その上には無数のガラスの破片だけがあった。


「…ッチ」


放置された集団墓地。

蝋の臭い。

それの正体を突き止めるのは、ピスティナにはその情報だけで充分であった。


“おいで。おいで。こっちにおいで。”


「断る。」


巨大な物体が、ピスティナの頭上から振り下ろされる。

ティーミスを起こさぬ様に丁寧に、しかし被弾せぬ様迅速に、ピスティナは振り下ろされたその物体を回避する。


「【エンシェントコープス・クロワド】ぉ。相変わらず不細工だなぁぁぁ。」


無数の人間が溶け合いボール状になった物から、無数の手を束ねて形作られた三本の巨大な右腕が生えている。

その姿は乳白色一色で、その体の彼方此方から、恐らく元になった人間の手足が突き出している。

常人ならば一目見ただけで、発狂し失神し、精神障害が後遺症として残るほどのグロテスクな容姿。

ピスティナはそれを一言、不細工と表現した。


ーーーーーーーーーー


【エンシェントコープス・クロワド】

数多の【聖域の聖骸】が、悠久の時を得て結合した、極めて特異な聖属性のアンデッドモンスターです。

信仰を失ってもなお、かつて受けた数多の祈りは、集結しその身を動かし続けます。


警告!

あなたに不利となるエリアギミックが存在します。


『朽ちぬ記憶』

・【エンシェントコープス・クロワド】の全能力値が50%上昇します。


ーーーーーーーーーー


「邪魔だ。退け。」


システムウィンドウとクロワドの双方に、鋼の様に冷たき女官としての声色でぴしゃりと告げる。

ウィンドウはすぐさま消え失せたが、クロワドはそうは行かない。


“おおいでよ。此処はみみぃんな居る居るよ。ほら。おおいいいいでおおいででで”


ピスティナは、右手の指をパチンと一つ鳴らす。

ピスティナの周囲や上空に、無数の赤黒色の短刀が出現する。

短刀はその刃先を一斉にクロワドに向けると、その場から音速で射出され、クロワドの巨体に次々と突き刺さって行く。


「…砕けろ。」


ピスティナは、右手の拳をぎっと握り締める。

クロワドの身に突き刺さっていた短刀は、赤黒い閃光を放ち始める。

貫通力と攻撃力が底上げされた短刀が、クロワドの体を貫通し、勢い良く地面に深々と突き刺さる。


“アアア…”

“オオオオオオ…”


切断面にも人の目や耳がある。

一体何人分の骸で形成されたのか、ピスティナは考える気にもならなかった。

そもそも、数の数え方も曖昧ではあるが。


メリメリと音を立て、クロワドの身はすぐさま再生を終える。

アンデッドの再生能力は、基本的には魔力による物である。

故に、外部から魔力を供給され続け無い限りはいつかは限界が訪れる。

この土地自体には魔力のかけらも存在しない為、クロワドの再生は自身の保有する魔力に起因する。


“きみも死んでるんでしょ?きみもさみしいんでしょ?おいでよ。”


「断るぁああ…」


地面に突き刺さっていた全ての短刀の柄から、赤い光線が放たれる。

再生を終えたばかりのクロワドの身には無数の穴が開くが、クロワドは怯みもせずに、右腕を二本振り上げる。

生者では無いピスティナがクロワドに触れた瞬間、ピスティナはすぐさま取り込まれてしまうであろう。


ピスティナは右手を振り上げる。

ピスティナの斜め上に短刀の障壁が出現し、クロワドの歪な二つの拳を受け止める。

左手はずっと、そっとティーミスをおんぶし続けている。


ティーミスを起こさぬ様に、ピスティナは出来るだけティーミスへの振動を抑えながら、駆け足で建物の間を縫う様に移動を始める。

幸いにも此処は遮蔽物が多い。

大型モンスターを相手にするには、ピスティナ側に多少の地の利がある。

クロワドは歪な三腕を足の様に使い、図体には似合わぬ異様な高速度でピスティナを追尾する。

時々クロワドは建物に衝突するが、建物はビクともしない。

建物には、悠久の時を経ても尚も消えぬ破壊耐性が掛けられているのだ。


先程光線を放った短刀が、再び浮かび上がる。

ピスティナが右手の人差し指をくいと動かすと、短刀はその刃先をクロワドの背後に向け、再びその場所から射出される。

短刀の内三本がクロワドの外皮を突き破り、貫通はせずにクロワドの体内に留まる。


“おいで…キシャアアアアアアアアア!!!”


クロワドの腕が、三本全て振り上げられる。

その腕が振り下ろされる事は無い。


「断るぁ。」


ピスティナの右手が、少し握られた後一息に開かれる。

クロワドの内部から、百本ほどの短刀が飛び出してくる。

そうして飛び出して来た短刀は、クロワドの皮膚を切り裂く様に、クロワドの周囲を飛び回る。

クロワドの体内でも十数本の短刀が駆け巡っており、クロワドはその内外から解体され始める。


“離れる…離れないで…”


クロワドは相変わらずの超再生を見せるが、この攻撃でピスティナの消費している労力とは明らかに釣り合っていない。

次第にクロワドから、乳白色の肉片が剥離し始める。

誰かの頭が、誰かの足が、誰かと誰かの繋がった二本の腕が、クロワドから別離して行く。


“グルル…グル…”


振り上げられた状態のまま、クロワドの腕はバラバラに裁断され落下して行く。


「…先ずはこのくらいかぁぁぁぁ。」


剥離したクロワドの破片が、ぐよぐよと蠢き始める。


ーーーーーーーーーー


【聖骸片】

残留した魔力によって自律行動を行う、聖属性のアンデッドです。

その大きさや形によって、能力値や行動パターンは変わります。


ーーーーーーーーーー


クロワドと戦う上で最も重要なポイントは、クロワドがダメージを受ける事で生成されるこの剝片の数を、どれだけコントロール出来るかだ。


ピスティナは、背中で眠るティーミスの様子を伺う。

ティーミスは相変わらず、穏やかな寝息を立て動かない。


剝片の一つが、光り輝く光線を放つ。

ピスティナはそれを短刀で弾こうとして、騒音を立ててはいけないと思い留まる。

ピスティナの、ノーガードチャレンジが始まった。

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